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クロの特性
しおりを挟む母さん要望のオナミの天ぷらや、昨日大量に買ってきた物の残りで朝食を食べ、満足気に寝転がるクロは今日も機嫌良くグルグル喉を鳴らしている。
「怒る以外に使い道があったのね。猫族に似てるわ」
ホットドールを抱き締めマーキングをするクロを真顔で動画に収めるライージュは、うーんと少し唸った。
「足を踏み鳴らすのは兎族に近い。吠え方はヒト独特だけど」
「警戒していると猫族の様にシャーと歯を剥き出しにする時もある。犬族の様に鼻や眉間に皺を寄せる時もあるか」
「一部の鳥族や牛族の様に唾を飛ばす個体も居るというわね。本当、今でも謎の多い生き物よね、ヒトって」
そう言いながら母さんはクロに着せる服を吟味している。
「ヒトは普通服を着ないから、嫌がるんだけどな……」
朝起きてクロが自ら着替えている所を見た二人は仰天していた。
嫌々ながら着せられる個体は居ても、自ら服を選び着る個体はなかなか見られないだろう。
ライージュのぼやきを聞き、母さんは鼻で笑った。
「可愛ければいいのよ。可愛いは正義。というか、昨日も着替えで驚いたの忘れてたわ。ヒトの観念何処かに置いてきて……今日からもうクロちゃんはヒトの皮かぶった人だと思うようにするわ」
「可愛い、ね。ルーシ、クロちゃんに首輪は付けないのか?」
「持ってはいるが、付けた時はない」
「チョーカーと首輪って何か違うの?」
「チョーカーは装飾用、首輪は調教用」
「チョーカーにはリードを付けられない。首輪はリードを付ける事前提の作りだ。首を絞めて勝手に何処かへと行くと苦しい思いをするぞ、と教える物だな」
「……クロちゃんに必要なの?」
「場所によっては義務として首輪や口輪を付けなければならない。役所なんかだとヒューマンに預ける以外に、併設施設に入れるか、首輪と口輪と手枷を付ける事で入場出来るようになる」
「ヒューマンに預けても大丈夫なのか?クロちゃん、分離不安持ちだろう?」
「ヒューマンの中にお気に入りが居てな、ソイツなら大丈夫だ。毎回世話になっているが、クロが恐慌状態になった時は無い」
「分離不安?どの程度なら耐えられるの?」
「試してはいないが……ゴミ出しの間は酷く鳴くから、一緒に行くか。病院内だと離れないし、散髪屋だと視界に入っていれば問題無い」
「もし貴方が入院とかになっても、預かったりは出来ないわね。クロちゃんの入院時は……病院が大変そうだわ」
「鳴くと言ってもそこまでだろう?」
「いや、そうだな……かなり……試そうか?」
リビングから出て鍵を持ち、玄関を出てオートロックの閉まった音が聞こえた途端……背後から絶叫が聞こえた。
クロの鳴き声はそれはもう手の付けられない子供の鳴き声にヒト独特の鳴き声が混ざっていて、ずっとは聞いていられない。
俺達耳のいい種族に合わせて作られた防音壁も突き抜けるこの声は一体どうすれば防げるのだろう。
鍵を開け中に入ると玄関先で地団駄を踏むクロが先程とは違う声でキャンキャンと異議申し立てをしていた。
この声なら、響かないんだけどな。
「……悪かったって。そう怒るな」
ふんふん鼻息を荒らし腰に抱きついたクロを抱き上げ、リビングへ入れば耳を塞いだ2人が震えていた。
「どうだった?」
「未だに耳に音が響いているわ。ヒトが生まれると防音室に閉じ込めるって話、きっとこれが原因よ」
「耳鳴りがする」
「犬族の遠吠えより響くし耳に残るだろう?」
「悪いけど、ちょっと静かにして。耳がおかしくなりそう」
耳を塞いでうんうん唸る2人を静かに見つめる。
……耳の悪いヒトが親を呼ぶ為にあの大声を出すのだとしたら、声帯除去をするヒトが居るのも頷ける。
近所迷惑の域を超えるからな。
一旦クロを床に下ろし冷蔵庫からクロの両手に収まらないほど大きなプリンを取り出すと、不機嫌そうに此方を見ていたクロはそそくさとスプーンを取りに離れていった。
「鳴く以外に物を壊すとかの衝動が無い分、まだ愛嬌があるだろ。オヤツ1つでこの上機嫌振りだぞ?」
スプーンを持っていつもの場所に座るクロは目を輝かせながら、興奮からかはふはふと息を乱している。
机の上にプリンを乗せ、手を前に翳す。
『待て』の合図を守り、ヨダレが垂れそうなクロは『良し』の合図を待っている。
「良し」
その言葉にペリペリと上蓋を剥がしたクロは近くのゴミ箱に上蓋を捨て、上納をしてからプリンにがっついた。
「……前言を撤回する。クロちゃんの鳴き声はとてもじゃないが静かだとは言えない。とてもヒトらしい鳴き方だった」
「この家に来る前までは一切鳴かなかったとペットショップで言われたのだが……いや、確かに鳴かなかった。小さく鼻を鳴らしたりしていたが、それも初めだけ。分離不安を患うまでの間だ。今も離れたりしなければ意思表示はしても、ヒトのように鳴き叫びはしないからな……」
「今やエミュウで人気を誇るクロちゃんの鳴き声……投稿すべきか否か……」
「しても構わないが音量は下げろよ。叩かれるぞ」
「……うぅ……思い出したら耳が痛い……」
プリンを頬張るクロを撮りながら片手で耳を押さえるライージュ。
クロ用の服を避け両耳を押さえ蹲る母さん。
……近距離であの声か……よく鼓膜が耐えたものだ。
祭りに行くまでに治まるといいが……そう思いながら、温めたミルクをクロの前に置き自分用の珈琲に口をつけた。
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