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第7話
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さて、待ちに待った当日。10時に俺の家に集合という約束だったが、俺はあまりに期待しすぎて3時間も前に目が覚めた。入念に何度も持ち物を確認し、身だしなみに十分時間をかけたにもかかわらず、完全に身支度が終わってしまい、今に至る。現在の時刻は9時。この1時間は長い。絶対に長い。気を紛らわそうとつけているニュース番組の内容も一切頭に入ってこないし、スマホを弄っていても気づけば篠崎とのトーク画面を開いている。そのうち自然と溜息が出ていた。
「......早く10時にならねえかな」
「そんなに楽しみだったの?」
聞こえるはずのない声に、その場で身体が飛び上がった。
「びっ、くりした」
心臓が止まるかとおもった。胸に手を当て、肩で息をしながら振り返ると、篠崎がニコニコと笑って手を振ってきた。
「おはよう。あははは、そんなびっくりしなくても」
「入ってくるなら言えよ......」
「俺の可愛いペットをあんまり待たせちゃ可哀想かなーと思って」
確かにめちゃくちゃ待ち遠しく思っていたので、悔しいが何も言い返せない。とはいえ、篠崎も準備が終わっていたということは、それなりに俺と会うことを楽しみにしてくれていたんじゃないだろうか。いや、それより何より。
「その服、凄い似合ってる」
「えへへ、ありがと」
似合ってるなんてもんじゃない。キラキラ感というかオーラが半端なくて俺の目が潰れそうだ。眩しい。こんなんで人前に出たらと思うと不安でしかない。......格好良い。
「惚れ直した?」
「まあな」
これ以上夢中になんてなれないと思ってたのに、本当に罪深い男だ。
「純君も今日かっこいいね」
「お世辞はいい」
「本当だって。いつもの着古した服も捨て猫みたいで良いけど、今日は高級猫って感じ」
「なんだその例え」
あくまでこいつにとっての俺はペットってわけだ。......てかどう考えても俺は猫って柄じゃないだろ。そんな可愛げは無い。
「さ、行こっか純君」
「あの、その前に篠崎。今日はお互いにマスクつけないか......?」
インフルエンザやその他諸々流行ってるって言うし、水族館は子供も多いし、というニュアンスで提案するが、真の目的はこの男のキラキラオーラを少しでも封じこめることだ。
「えー。俺マスクあんま好きじゃない」
「肺炎も流行ってるらしいから、ほら」
好きとか嫌いとか言ってる場合か、俺にとっては死活問題だ。黒いマスクを差し出すと、篠崎は渋々それを身につけた。よし、ミッション達成。俺も同じマスクをつけていると、何やら篠崎が訝しげにこっちを見ている。
「なんだよ」
「そういうことか、純君は策士だなぁ」
バレている。俺の浅知恵が完全に。
「まあ今回はのってあげるけどさ。その代わり1つ条件ね」
篠崎の得意げな顔に嫌な予感がする。
「俺今日純君の家泊まってくから」
「は?!」
「これが飲めないなら、今日俺は一切マスクつけないし、積極的に目立つ行動とるからね。居酒屋の店員くらいデカい声出すし」
最悪すぎるだろふざけんな。なんか色々増えてるし。
「どうする?」
「......布団は1人分しか無いからな」
「交渉成立だね」
交渉ってかほぼ脅しだろ。いや、ちょっと待ってくれ。最早水族館を楽しむどころの話ではなくなってしまった。泊まり......?朝まで一緒......?俺にはハードルが高すぎる。正気を保てる気がしない。緊張して吐きそうだ。寝る場所は俺がソファに行けばいいとして......。
「そんなに動揺しなくても大丈夫だって。俺が使うものは自分で持ってくし。隣同士だったのが同じ部屋になるだけ、ね」
「そ、そっか。そうだよな」
経験値が無いあまり、深く捉えすぎていたのかもしれない。普通の男友達2人だって泊まりで一晩遊んだり飲んだりするじゃないか。そんなに大したことじゃない。とりあえず今は水族館のことだけ考えよう、そうしよう。
目的地までは篠崎の車で一緒に行くことになっていた。俺は免許こそ持っているものの車は持っていない。故に車にはそんなに詳しくないが、篠崎の車が大学生が乗るにしてはかなり良い部類だということは、一目見て分かった。
「ほら、乗って」
「......失礼します」
篠崎に促され、おずおずと助手席に乗り込む。一応新しめの靴を履いてきたが、汚してしまっていないだろうか。しかし大学生でこんな車乗ってるなんて、やっぱ俺とは住む世界が違うな。自分が情けなくなってきた。
「別に気にしなくていいよ。親が勝手に高級車にしたんだ、頼んでもないのにね」
俺の挙動不審ぶりに気を遣ってくれたのだろうか。そう言った篠崎の表情が、少し暗いような気がした。思えば、俺のことは根掘り葉掘り聞くくせに、篠崎自身の話はほとんど聞いた事がない。親御さんが裕福なんだろうな、とはその出で立ちから何となく察していたが。
「あんまり親御さんと......」
「俺の話はいいよ、楽しいこと話そ」
柔らかい口調で遮られたが、そこにはハッキリとした拒絶が見てとれた。ピシャリと心のシャッターを閉められたのが分かる。......無神経だったな。俺は篠崎の友達でも恋人でもなんでもないのに。
「そっか、ごめん」
この関係を壊してでも、その先に踏み込む勇気は無かった。それに、彼の持つ闇と対峙するのが怖かったのかもしれない。
「気にしないで。そんなことより、今日行く水族館なんだけどさ」
それからしばらくは心がついていかなくて、やけに明るい調子で話す篠崎に、上手く相槌が打てているか不安だった。
「......早く10時にならねえかな」
「そんなに楽しみだったの?」
聞こえるはずのない声に、その場で身体が飛び上がった。
「びっ、くりした」
心臓が止まるかとおもった。胸に手を当て、肩で息をしながら振り返ると、篠崎がニコニコと笑って手を振ってきた。
「おはよう。あははは、そんなびっくりしなくても」
「入ってくるなら言えよ......」
「俺の可愛いペットをあんまり待たせちゃ可哀想かなーと思って」
確かにめちゃくちゃ待ち遠しく思っていたので、悔しいが何も言い返せない。とはいえ、篠崎も準備が終わっていたということは、それなりに俺と会うことを楽しみにしてくれていたんじゃないだろうか。いや、それより何より。
「その服、凄い似合ってる」
「えへへ、ありがと」
似合ってるなんてもんじゃない。キラキラ感というかオーラが半端なくて俺の目が潰れそうだ。眩しい。こんなんで人前に出たらと思うと不安でしかない。......格好良い。
「惚れ直した?」
「まあな」
これ以上夢中になんてなれないと思ってたのに、本当に罪深い男だ。
「純君も今日かっこいいね」
「お世辞はいい」
「本当だって。いつもの着古した服も捨て猫みたいで良いけど、今日は高級猫って感じ」
「なんだその例え」
あくまでこいつにとっての俺はペットってわけだ。......てかどう考えても俺は猫って柄じゃないだろ。そんな可愛げは無い。
「さ、行こっか純君」
「あの、その前に篠崎。今日はお互いにマスクつけないか......?」
インフルエンザやその他諸々流行ってるって言うし、水族館は子供も多いし、というニュアンスで提案するが、真の目的はこの男のキラキラオーラを少しでも封じこめることだ。
「えー。俺マスクあんま好きじゃない」
「肺炎も流行ってるらしいから、ほら」
好きとか嫌いとか言ってる場合か、俺にとっては死活問題だ。黒いマスクを差し出すと、篠崎は渋々それを身につけた。よし、ミッション達成。俺も同じマスクをつけていると、何やら篠崎が訝しげにこっちを見ている。
「なんだよ」
「そういうことか、純君は策士だなぁ」
バレている。俺の浅知恵が完全に。
「まあ今回はのってあげるけどさ。その代わり1つ条件ね」
篠崎の得意げな顔に嫌な予感がする。
「俺今日純君の家泊まってくから」
「は?!」
「これが飲めないなら、今日俺は一切マスクつけないし、積極的に目立つ行動とるからね。居酒屋の店員くらいデカい声出すし」
最悪すぎるだろふざけんな。なんか色々増えてるし。
「どうする?」
「......布団は1人分しか無いからな」
「交渉成立だね」
交渉ってかほぼ脅しだろ。いや、ちょっと待ってくれ。最早水族館を楽しむどころの話ではなくなってしまった。泊まり......?朝まで一緒......?俺にはハードルが高すぎる。正気を保てる気がしない。緊張して吐きそうだ。寝る場所は俺がソファに行けばいいとして......。
「そんなに動揺しなくても大丈夫だって。俺が使うものは自分で持ってくし。隣同士だったのが同じ部屋になるだけ、ね」
「そ、そっか。そうだよな」
経験値が無いあまり、深く捉えすぎていたのかもしれない。普通の男友達2人だって泊まりで一晩遊んだり飲んだりするじゃないか。そんなに大したことじゃない。とりあえず今は水族館のことだけ考えよう、そうしよう。
目的地までは篠崎の車で一緒に行くことになっていた。俺は免許こそ持っているものの車は持っていない。故に車にはそんなに詳しくないが、篠崎の車が大学生が乗るにしてはかなり良い部類だということは、一目見て分かった。
「ほら、乗って」
「......失礼します」
篠崎に促され、おずおずと助手席に乗り込む。一応新しめの靴を履いてきたが、汚してしまっていないだろうか。しかし大学生でこんな車乗ってるなんて、やっぱ俺とは住む世界が違うな。自分が情けなくなってきた。
「別に気にしなくていいよ。親が勝手に高級車にしたんだ、頼んでもないのにね」
俺の挙動不審ぶりに気を遣ってくれたのだろうか。そう言った篠崎の表情が、少し暗いような気がした。思えば、俺のことは根掘り葉掘り聞くくせに、篠崎自身の話はほとんど聞いた事がない。親御さんが裕福なんだろうな、とはその出で立ちから何となく察していたが。
「あんまり親御さんと......」
「俺の話はいいよ、楽しいこと話そ」
柔らかい口調で遮られたが、そこにはハッキリとした拒絶が見てとれた。ピシャリと心のシャッターを閉められたのが分かる。......無神経だったな。俺は篠崎の友達でも恋人でもなんでもないのに。
「そっか、ごめん」
この関係を壊してでも、その先に踏み込む勇気は無かった。それに、彼の持つ闇と対峙するのが怖かったのかもしれない。
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それからしばらくは心がついていかなくて、やけに明るい調子で話す篠崎に、上手く相槌が打てているか不安だった。
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