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第14話 名前
しおりを挟む翌日、とんでもないニュースを聞いた。
なんと、和服屋、その隣の肉屋、さらにその隣の風呂屋で、人間が神隠しに会ったように、ごっそり消えたと。
全部で百人はいなくなったんじゃないか、とうわさされている。
俺はぞっとした。
あいつだよな? 間違いないよな?
「行こう、ヌカタ」
白い手提げかばんの中で、スライムは可愛らしい声で言う。
「わかった、いこうか。楽しみだね」
全然楽しみじゃない。このかばんをゴミ捨て場において、走り出したい。
俺は旅館の前で、頼んでいた車を待つ。
「あの、スライムさん」
「ねえ、そろそろ名前で呼んでよ」
「え、名前? なんて、名前なの?」
「ヌカタがつけていいよ」
うわー、迷惑。本当に迷惑。なんでこんな化け物に名前を付けないといけないんだよ。
適当でいいや。
ブタとかどうかな。
大福阿呆でもいい。
いやいや、ご機嫌取りが必要だ。
「じゃあ、アンズって名前はどうかな。女の子らしくて、かわいいと思うな」
「アンズ、いいね。じゃあ私、今日からアンズね」
声だけ聞いてればなあ。
声だけはかわいいんだよなあ。
「アンズ」
「なあに? ヌカタ」
ご機嫌なようだ。
こっちは最低な気分だってのに、腹立たしいぜ。
「その、和服屋さんや、銭湯の方で、人間がごっそり消えたって噂を聞いたんだけどさ、何か知ってる?」
「私が食べたんだよ!」
最低だよォォォォ! この化け物、ホントどうにかしてくれよ! 準備ってそれ!? なんで旅行に行く前に、デートの前に、大量の人間を食べるんだよ! 頭おかしいよ!
「なんで、たくさん食べたの? 太っちゃうよ?」
「もう、ヌカタったら。意地悪だなあ」
お前に比べればマシだよ!
「ヌカタの親しい人は食べない、って約束したでしょ? おなか一杯にしておかないとさ、旅行先で仲良くなった人、食べたくなっちゃうかもしれないじゃん」
「あ、そっか。ありがとう」
なんで俺が礼を言わないといけないんだよ。
「いいよ、ヌカタのためだもん! あ、ただ、ヌカタが浮気したら、その相手がどれだけ親しくても、食べちゃうからね?」
「しないよ、浮気なんて」
さっさと呪術師の髪の毛を手に入れよう。この悪夢から一刻も早く覚めたい。
車での移動中は最低だった。
俺が「運転手が驚くから静かにしててね」と言ったら、返事をしたが、触手を伸ばし、俺をくすぐったり、つんつんつついたりしてきた。
つい声を上げると、運転手が不審そうに俺を振り返り「どうしました」と聞いた。
「いえ、なんでもないです」
スライムはまた俺をくすぐるとかしてくる。
もしこいつが、人間のかわいい子なら、ちょっと楽しいよ。でも化け物だ。
楽しくもなんともない。
むしろブスに口づけされるような、不快感をずっと感じていた。
呪術師センカは、山の中腹にぽつんとある旅館を経営していた。
「アンズ、ここで、デートしましょう。ほら、普通の旅館よりも、ムードがあるでしょ?」
なんでこんなばかなことを、笑顔で言わないといけないんだよ。スライムと一緒な時点で、ムードも何もないわ!
「そうだね、なかなか味のある木造建築だね」
スライムの分際で、味のある木造建築とかわかるのかよ。つか、お前の目はどこにあるんだよ!
電話連絡をしていたため、すぐセンカという女性が出てきた。
まずいな。たぶんまずい。
センカは美しい女性だった。
十八、九歳ほどで、色が白く、黒く美しい髪を腰まで伸ばしていた。
落ち着いた雰囲気があり、呪術師らしく、灰色の着物で身を包んでいた。
「あなたが、ヌカタ様ですね」
「はい。お世話になります」
事情は電話で全部話してある。このスライムが喋れるってことも。
「ほら、アンズ。挨拶だ」
アンズは、いや、アンズって呼びたくないよ? でもそう名前つけちゃったじゃん。
アンズはさ、ああ、こんな名前で呼びたくない、白い手提げからするっと出て、美貌のセンカにあいさつをした。
「お世話になります」
礼儀正しい。そこがむかつく!
センカは笑顔で「料理などのお世話をさせていただきます」と返した。ああ、早く髪の毛をくれ。
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