エルメニア物語 - 辺境の令嬢は大きな獣に愛される -

小豆こまめ

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第5章

06 シュロ

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 あのリングだ。
 間違いない、フェイに教えて貰った時も同じ色だった。

 綺麗な赤、鮮やかな緋色。
 同じ色の魔鉱石を持つ人はいない。
 それにフェイが持っていたハンカチと同じ匂いがこの部屋に残っている。

 それなのに、運んでいる樽の中からは何も感じない。
 魔道具になっているのか、抱えている自分でさえ、中に何が入っているのか分からなくなっている。

『殿下がね、番にしたいと思っている人なんだ。僕が半人でも弟に似ているって、すごく優しい人なんだよ』

 そう嬉しそうに話していたフェイの言葉を思い出す。
 そしてその言葉が正しい事を、王都にいる獣人達はよく知っていた。

 彼女が大熊族の獣人のためにしたことは、自分たちの間でさえ正確に伝わっている。
 その人が危険な目に合っていて、その手伝いを自分がしているのだ。

 樽を乗せた荷馬車は古都も、東の城門も何の問題も無く通過して行く。

 そのまま、外壁の第三城門から街道の方に出ようとしているのを見ると、これがどういう状況なのか想像がつくが、半人である自分が魔道具を付けた男達を相手に樽の中身を守れるとも思えない。

 誰かに知らせなければと思う。

 あまり離れてはいくら獣人でも匂いを感じられなくなる。
 城門を抜け、荷馬車がスピードを上げた瞬間、よろけた様にぶつかって樽を倒す。

「何をしている! 命が惜しければ余計な事をするな」

 男達に脅されるが、どのみち殺されるのは分かっている。

「すみません」

 怖がるとみせて樽の蓋をずらして隙間を作る。

 獣人は匂いに敏感だ。
 気づいてくれるだろうか、それでも間に合わないなら自分がやるしか無い。

 イーストリアに向かう街道を外れて、荷馬車が左に進んで行く。
 彼らがガロアの森に向かっているのを知ってぞっとする。

 このまま森の奥に入ってしまえば、魔力を持っていない自分では、彼らからも魔物からも彼女を守る事が出来ない。

『ダメだ、何とかしないと』

 森の奥に進まれると、魔物に襲われる可能性が高くなるが、この辺りならまだ大丈夫かもしれないと思った瞬間、荷馬車が急に止まる。

「どうした」
「なぜこんな所に狼がいる」

 荷馬車を囲んでいた男達が前方に注意を向けたので、その隙に樽を抱えて荷馬車を跳び降りる。

「何をしている!」
「待て! 何処へ行く!」

 自分を呼ぶ声が聞こえるが、樽を抱えてひたすら森の中に入って行く。

 矢が追ってくるが、そのくらいなら自分でもどうにか出来る。
 
 流石に森に火炎を使って来る事は無いし、馬を降りて追って来られると厄介だが、狼を前に馬を降りる事はしないだろう。

 少しでいい。
 おそらく狼は、殿下が近くにいるからだ。
 銀狼である殿下は、野生の狼を掌握することが出来る。

 ゼイゼイと息を切らして走った後、樽の蓋を開けて眠った様な女性を外に出す。
 気持ちの悪いベールを外していると、目の前に大きな銀色の狼がやって来た。

「何があった」
「解らない。僕が見た時はもうこの中に入れられていて、、、でもカップがあったから、何か飲まされたんだと思う」

 殿下が彼女を腕の中に抱いて、自分の魔力を与えているのが見える。

『ああ大丈夫だ』と安心する。
 
 きっと殿下がこの優しい人を助けてくれる。そう思うと意識が無くなった。


 気がつくと知らない場所で寝ている。
 びっくりして飛び起きたが横腹は痛いし、頭がクラクラするのでまたベッドの上に倒れ込む。

「あら、気がつかれましたか? どこか痛いところはありますか?」

 緑色の瞳が自分を覗き込んでいるので、『どこだろう?』と考えていると、

「ここは、緑樹院です。昨日、ひどい怪我で運び込まれたんですよ。
 まだ動くのは辛いでしょうが、何か食べられそうなら持って来ましょうか?」

「あの、どうしでここに」
「もちろん、怪我をしていたからです。怪我の治療をするのが、緑樹院の役目ですから」

 薄い緑色の服を身に付けて人が、テキパキと傷の手当てをしてくれている。

「まぁ、良かった。思った以上に回復が早いですね、傷の治りも良いようです。これなら三日もすれば治りますよ」

「ありがとうございます」
「気にしないで、さぁ、もう少し横になって、スープでも持って来ましょう」

「あの、あの人は?」

 明らかに話していた人が困った顔をする。

「大丈夫です、あなたは自分の体のことだけを考えて下さい」

 そう言ってその女性が離れて行く。

 あゝ、僕のせいだ。
 あの気持ちの悪いベールを外した時、手に触れたひんやりとした感触を思い出して悲しくなる。
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