エルメニア物語 - 辺境の令嬢は大きな獣に愛される -

小豆こまめ

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第5章

07 ジャルド(1)

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 初めてお嬢に会ったのは、いつだっただろう。

 主人あるじに捕まって、是非娘に会えと煩いので、中庭で遊んでいる子どもを少し離れた所で見ながら、昨夜のことを思い出す。

『はぁ?』
『僕の娘、もうすぐ2歳になるんだよね。奥さんに似てとっても可愛いよ、大人になったら凄い美人になると思うよ』

 ジャルドを捕まえた男が、娘自慢を始める。

『俺、泥棒っすよ。何言ってるんすか?』
『うん、知っているよ。だからそっちはめてって話さ』

『意味わかんないっす。何でわざわざ俺なんすか』
『う~ん、なぜかなぁ。いいと思ったんだよね』

 いきなり娘の護衛にならないかと言った男が、ニコニコと話し続ける。

『君の事は知っているつもりだよ。泥棒としての腕もね』
『もしかして俺、はめられたんすか』

 何となく嫌な予感がして聞くと

 にっと笑って、『それに感がいい事も』と答える。

 いつもならこんな屋敷に盗みに入ったりしなかった。
 偶然条件が揃って、これなら大丈夫だと思ったから実行した。

 それが偶然ではなく、そう思わせられただけなら、目の前で娘自慢の続ける男が、見かけ通りでは無い事になる。

 まだ、2歳にもならない娘を美人だと自慢し、護衛を付けるなんてどんな親馬鹿かと呆れていると、金色の固まりが近くにやって来ると隣に座って、ぎゅっと手を握ってくる。

「何をしてるんだ?」

 びっくりして問いかけても、手を握ったままニコニコと笑っていて、意味の分からない言葉が返ってくる。

 側にいる女性も、周りにいる使用人達も、前日盗みに入った男が隣にいて、のんびり笑っているようでは護衛を考える前に、彼らの危機管理をどうにかした方がいいのではと思う。

「ほら、あっちに戻れよ」

 いくら言っても離れないので、連れて戻っても、離れて座っているとまたやって来る。
 仕方ないので、近くに座ると安心したように母親達と遊んでいる。

「変な奴だなぁ」

 暗くなったので、旨い飯を食って、寝心地のいい場所で眠る。  

 最初は気まぐれだった。

 一ヶ所に落ち着く事の無い暮らしは、気軽でもあったが寂しくもあり、居心地も良かったので、少しの間ここに居ても良いと、妙な提案に同意して、そのまま暫くここに留まる事にした。

「旨い飯が食えるなら、しばらく居てもいいっすよ」
「もちろん構わないよ。それで約定を結ぶかい?」

「俺は流れ者っすよ、そんな約定で移籍させていいんすか?」
「ん? 僕の心配かい?」

「別に、そういう訳じゃぁないっすけど」
「まぁ仕方ない、先行投資だとでも思っておくさ」

 エルメニアでは、この約定で全てが決まっている。

 主に住んでいる場所と仕える主人、そのための条件。
 この国で住む場所を変えるには、王都に行くか、移籍したい土地の領主にそれを認めて貰うしかない。

 王都に住むには、決められた税を納めればいいが、ふらふらと盗みをしているような者では城壁の中に入ることも許されない。

 城壁の外で生活する者もいるが、それでは夜になって魔物に襲われても守って貰えない。

 ジャルドの様に籍を持たない親から生まれた子どもは、どうしても流れ者になるしかなく、気軽な生活と言えば聞こえはいいが、安定する場所がないのは不安なものだった。

 だが流れ者を自領に移籍させるのは、大量の“エル”が必要になる。

 籍を持たせても、いなくなってしまえばそれまでだし、籍があれば王都に住むことが出来るようになる為、約定に必ず移籍不可の条件を付けるのは当たり前で、目の前の男がそんな事を知らない訳がない。

「何、考えてんすか」
「ひどいなぁ、僕はそんなに腹黒ではないよ」

「そうは見えないっすけどね」
「君のような人を約定で縛っても仕方ないだろう? 僕は無駄なことをしないだけさ」

 何となくごまかされた気もしたが、籍が手に入るなら断る理由はない。

「では、明日からフランツに色々教えて貰うと良いよ」

 約定を結んだ後、にっこり笑った主人あるじの顔を見て、嫌な予感がしたのを覚えている。
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