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第一幕 人形令嬢の一人舞台
王宮からの贈り物
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ドロフォノス家の邸宅は、王都の中心部から少し離れた場所にある。
貴族の多くは、毎日王宮に通って王家のご機嫌伺いをするため中心部に邸宅を構えており、王宮の中に部屋までもらう者もいるが、ドロフォノスはそんなことに興味はない。
だから、馬車で1時間程度離れた豊かな森のそばに屋敷を用意し、一年のほとんどをそこで暮らしている。移動時間が長いせいで、王宮に行く際は早起きをしなくてはいけないのだが、煤と騒音にまみれた王都よりは住み心地が良かった。
ドロシーが家に戻る頃には日が暮れており、父も母も出かけてしまっていた。
食堂でひとり、夕食をとりながら今日の出来事を振り返る。
側近たちの去る姿、側妃殿下の言葉、王陛下の思惑、憶える箇所のない歴史書、第二王子のひたむきな眼差し。それから――
『その調子できちんと弁えてろ。お前は私の婚約者なんだからな』
ぎりぎりぎり。
くわえていたフォークを、思わず無表情のまま噛み締めるドロシー。
「失礼致します。お嬢様、また『例の贈り物』が届いています」
侍女に声をかけられ、ドロシーはフォークから口を離した。
「そう、今見せてちょうだい」
即座に、侍女たちが美しい紙箱や包みを運び込んできた。
透かし模様が美しいたっぷりとした夜色のショール、黒絹の靴下、大粒の黒真珠を葡萄のように連ねた耳飾りと揃いの首飾り。
「今回のお品も素晴らしいですね、お嬢様」
侍女の言う通り、一級品ばかり。
ドロシーは贈り物をひとつひとつ手に取りじっくり眺めたあと、包み紙をひっくり返させ、プレゼントのおさめられていた入れ物も隅々まで検分した。しかし。
「……今回もない」
念のためもう一度確認するが、やっぱり他の色――黒以外の贈り物はなかった。なんなら箱をくるんでいたリボンまで黒だった。
いつもどおりメッセージも添えられていない。宛名はドロシーで、送り主は『王宮』とあるだけ。
この贈り物は、ちょうど王子妃教育で王宮を出入りするようになった十五歳頃から始まり、今まで四年間続いている。
ドロシーはむっつりと黙り込み、まだ紙箱を逆さにして振ったりしていたが、やがて諦めて贈り物たちを大切にしまうように指示した。
出て行く侍女と入れ替わるように、食堂にひとりの男が入って来た。
「おや、愛する妹よ。ご機嫌ななめかな?」
芝居がかった口調で現れたのは、ドロシーと同じ黒髪に緑眼の美男子。妙齢のご婦人から社交界デビューしたばかりの令嬢まで、逢引きの誘いが絶えない兄のディフェットであった。
ディフェットは運ばれていく贈り物の山を眺めて、悪戯っぽく目を輝かせる。
「また王宮からお詫びの品が届いたのかい?ドロシーの婚約者殿が誕生日にさえなーんにもくれないからって、いちいち気を遣わなくてもいいのにね」
「お兄様」
ドロシーが咎めるように名を呼ぶも、ディフェットはどこ吹く風。
よいしょと食卓に腰掛け、壁際に控えていた使用人にワインを頼んでいる。
「それにしても昨夜は大変だったようだね。今朝の大衆紙に載っていたよ。『波乱の舞踏会!逃げ出す道化王子と縋る人形令嬢!』。あとは『哀れ第二王子は蚊帳の外!』とか『黒いドレスで葬式気分の侯爵令嬢』とか。みんな想像力豊かで結構なことだ。ドロシーも読むかい?」
「そんなもの暖炉にくべてくださいまし」
ドロシーは表情を変えず、ワシワシと酢漬け野菜を頬張る。
「私も行けばよかったな。退屈だったろう?ただ彼を待っていたのかい?なんにもせずに?ひとりで?」
「ええ、誰ともお話していませんしダンスもしていません。待っている間中ずっと」
「――ふうん、なるほどね」
ディフェットは訳知り顔で頷く。
「父上たちはなんと言ってる?」
ドロシーは「さあ」と肩を竦めた。
「でも、いつもどおりのお返事でしょう。『王陛下のおっしゃる通りにすること』」
貴族の多くは、毎日王宮に通って王家のご機嫌伺いをするため中心部に邸宅を構えており、王宮の中に部屋までもらう者もいるが、ドロフォノスはそんなことに興味はない。
だから、馬車で1時間程度離れた豊かな森のそばに屋敷を用意し、一年のほとんどをそこで暮らしている。移動時間が長いせいで、王宮に行く際は早起きをしなくてはいけないのだが、煤と騒音にまみれた王都よりは住み心地が良かった。
ドロシーが家に戻る頃には日が暮れており、父も母も出かけてしまっていた。
食堂でひとり、夕食をとりながら今日の出来事を振り返る。
側近たちの去る姿、側妃殿下の言葉、王陛下の思惑、憶える箇所のない歴史書、第二王子のひたむきな眼差し。それから――
『その調子できちんと弁えてろ。お前は私の婚約者なんだからな』
ぎりぎりぎり。
くわえていたフォークを、思わず無表情のまま噛み締めるドロシー。
「失礼致します。お嬢様、また『例の贈り物』が届いています」
侍女に声をかけられ、ドロシーはフォークから口を離した。
「そう、今見せてちょうだい」
即座に、侍女たちが美しい紙箱や包みを運び込んできた。
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「今回のお品も素晴らしいですね、お嬢様」
侍女の言う通り、一級品ばかり。
ドロシーは贈り物をひとつひとつ手に取りじっくり眺めたあと、包み紙をひっくり返させ、プレゼントのおさめられていた入れ物も隅々まで検分した。しかし。
「……今回もない」
念のためもう一度確認するが、やっぱり他の色――黒以外の贈り物はなかった。なんなら箱をくるんでいたリボンまで黒だった。
いつもどおりメッセージも添えられていない。宛名はドロシーで、送り主は『王宮』とあるだけ。
この贈り物は、ちょうど王子妃教育で王宮を出入りするようになった十五歳頃から始まり、今まで四年間続いている。
ドロシーはむっつりと黙り込み、まだ紙箱を逆さにして振ったりしていたが、やがて諦めて贈り物たちを大切にしまうように指示した。
出て行く侍女と入れ替わるように、食堂にひとりの男が入って来た。
「おや、愛する妹よ。ご機嫌ななめかな?」
芝居がかった口調で現れたのは、ドロシーと同じ黒髪に緑眼の美男子。妙齢のご婦人から社交界デビューしたばかりの令嬢まで、逢引きの誘いが絶えない兄のディフェットであった。
ディフェットは運ばれていく贈り物の山を眺めて、悪戯っぽく目を輝かせる。
「また王宮からお詫びの品が届いたのかい?ドロシーの婚約者殿が誕生日にさえなーんにもくれないからって、いちいち気を遣わなくてもいいのにね」
「お兄様」
ドロシーが咎めるように名を呼ぶも、ディフェットはどこ吹く風。
よいしょと食卓に腰掛け、壁際に控えていた使用人にワインを頼んでいる。
「それにしても昨夜は大変だったようだね。今朝の大衆紙に載っていたよ。『波乱の舞踏会!逃げ出す道化王子と縋る人形令嬢!』。あとは『哀れ第二王子は蚊帳の外!』とか『黒いドレスで葬式気分の侯爵令嬢』とか。みんな想像力豊かで結構なことだ。ドロシーも読むかい?」
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ドロシーは表情を変えず、ワシワシと酢漬け野菜を頬張る。
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「ええ、誰ともお話していませんしダンスもしていません。待っている間中ずっと」
「――ふうん、なるほどね」
ディフェットは訳知り顔で頷く。
「父上たちはなんと言ってる?」
ドロシーは「さあ」と肩を竦めた。
「でも、いつもどおりのお返事でしょう。『王陛下のおっしゃる通りにすること』」
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