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第一幕 人形令嬢の一人舞台
大聖夜の七日間
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十三月第三週目は、一般的に『大聖夜の七日間』と呼ばれる。
最初の一日目はそれぞれの血族教会でお祈りをして、『終末の宴』を模した晩餐を囲む。二日目から五日目は肉食や飲酒、喫煙、性交渉などを控えて身を清め、静かに過ごす。六日目は聖水を頂き、日没後はなるべく寝台から出ない。七日目にはディルクルム大教会で『復活の告示式』が行われ、しめやかな時間が終わればそのあとは貴族たちお待ちかね、贅と粋を凝らした宮廷舞踏会『越冬祭』が年明けまで連日開かれる。
今日は、その記念すべき大聖夜一日目。
ドロシーは王宮の北側にそびえる、壮麗なブロウクス教会前で入場を待っていた。
例年ドロフォノスの教会でお祈りするのだが、今回は「次期王子妃として王家側に出席してほしい」と、あの日お茶会で側妃に頼まれていたのだ。そのあとの晩餐にも招かれているので、初めて王族と食事をご一緒せねばならない。少しばかり気が重い。
教会の前は、王家の縁戚や高位貴族でごった返している。公爵家、大臣一家、評議会の面々。北領公セルペンス王弟殿下はいらっしゃらない。幼い頃の落馬事故で思うように動かなくなった足が痛むため、あまり自領から出ず、いつも暖かくなってから王都に来られるのだ。
ドロシーは見事な曲線を描く手すりに身体を預け、長い階段を降りた先にある広場を見下ろす。広場にも人が大勢詰めかけており、熱いワインが供されているのかところどころ暖かそうな湯気が上がっている。
ともに入場する予定の相手――クロッドの姿はまだ見えない。
雪がちらつき始めた。幸い風はない。小さな硝子玉に入れられた灯があちこちに置かれて静かに燃え立っている。
灰色の空を見上げ、白い息をほうと吐いた。
――時間が空くと、どうしても考えてしまう。
数日前家族と話し合って以来、『契約不履行』の件が頭から離れない。
父には考える猶予を与えられており、全てはドロシーの思いひとつで決められる。でも、ドロシーは今まで言われた通りのことをやってきた。最後まで言われた通りにするつもりだった。
父侯爵の早合点かもしれない、なにかの間違いかもしれない、などと普通の乙女のように決断を先延ばしにしてなにも思い切れない。いざとなったらどうにかできるという自負もある。どうせ選択肢はふたつだけだ――放置するか、介入するか。
こんなふうに思い悩むなんて、長年生きてきて初めてかもしれなかった。
「わたくしはどうしたいんでしょう」
ぽつりと呟く。
ふいに歓声が聞こえ、視線を広場に向けると、人の間を泳ぐように歩く金茶色の頭を見つけた。行き交う全員に捕まって次々話しかけられている。ルナールの背後に、疲れ切った様子のワゼル・ワンド政務官や護衛騎士リッター・ピークらがくっついていて、やはり周りの人にもみくちゃにされている。人気者だ。
磁石に集まる砂鉄のようで面白く、ついドロシーが見入っていると、愛嬌のあるシェリー酒色の瞳とぶつかった。紅顔にふわりと笑みが広がり、ルナールがこちらを目指して一生懸命人波をかき分けてくる。
「美しいお嬢さん、おひとりですか?」
「なんちゃって」と、息を切らせながらはにかむ。クロッドと話す心の準備がまだ出来ていないドロシーは、明るい弟王子の登場に少しだけ安堵した。
最初の一日目はそれぞれの血族教会でお祈りをして、『終末の宴』を模した晩餐を囲む。二日目から五日目は肉食や飲酒、喫煙、性交渉などを控えて身を清め、静かに過ごす。六日目は聖水を頂き、日没後はなるべく寝台から出ない。七日目にはディルクルム大教会で『復活の告示式』が行われ、しめやかな時間が終わればそのあとは貴族たちお待ちかね、贅と粋を凝らした宮廷舞踏会『越冬祭』が年明けまで連日開かれる。
今日は、その記念すべき大聖夜一日目。
ドロシーは王宮の北側にそびえる、壮麗なブロウクス教会前で入場を待っていた。
例年ドロフォノスの教会でお祈りするのだが、今回は「次期王子妃として王家側に出席してほしい」と、あの日お茶会で側妃に頼まれていたのだ。そのあとの晩餐にも招かれているので、初めて王族と食事をご一緒せねばならない。少しばかり気が重い。
教会の前は、王家の縁戚や高位貴族でごった返している。公爵家、大臣一家、評議会の面々。北領公セルペンス王弟殿下はいらっしゃらない。幼い頃の落馬事故で思うように動かなくなった足が痛むため、あまり自領から出ず、いつも暖かくなってから王都に来られるのだ。
ドロシーは見事な曲線を描く手すりに身体を預け、長い階段を降りた先にある広場を見下ろす。広場にも人が大勢詰めかけており、熱いワインが供されているのかところどころ暖かそうな湯気が上がっている。
ともに入場する予定の相手――クロッドの姿はまだ見えない。
雪がちらつき始めた。幸い風はない。小さな硝子玉に入れられた灯があちこちに置かれて静かに燃え立っている。
灰色の空を見上げ、白い息をほうと吐いた。
――時間が空くと、どうしても考えてしまう。
数日前家族と話し合って以来、『契約不履行』の件が頭から離れない。
父には考える猶予を与えられており、全てはドロシーの思いひとつで決められる。でも、ドロシーは今まで言われた通りのことをやってきた。最後まで言われた通りにするつもりだった。
父侯爵の早合点かもしれない、なにかの間違いかもしれない、などと普通の乙女のように決断を先延ばしにしてなにも思い切れない。いざとなったらどうにかできるという自負もある。どうせ選択肢はふたつだけだ――放置するか、介入するか。
こんなふうに思い悩むなんて、長年生きてきて初めてかもしれなかった。
「わたくしはどうしたいんでしょう」
ぽつりと呟く。
ふいに歓声が聞こえ、視線を広場に向けると、人の間を泳ぐように歩く金茶色の頭を見つけた。行き交う全員に捕まって次々話しかけられている。ルナールの背後に、疲れ切った様子のワゼル・ワンド政務官や護衛騎士リッター・ピークらがくっついていて、やはり周りの人にもみくちゃにされている。人気者だ。
磁石に集まる砂鉄のようで面白く、ついドロシーが見入っていると、愛嬌のあるシェリー酒色の瞳とぶつかった。紅顔にふわりと笑みが広がり、ルナールがこちらを目指して一生懸命人波をかき分けてくる。
「美しいお嬢さん、おひとりですか?」
「なんちゃって」と、息を切らせながらはにかむ。クロッドと話す心の準備がまだ出来ていないドロシーは、明るい弟王子の登場に少しだけ安堵した。
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