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第二幕 道化王子の三文芝居
失敗した筋書き
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はるか彼方から幻想的な調べが流れてくる。
教会で礼拝が始まったようだ。
「どうしよう……」
クロッドは近衛に放り込まれた態勢のまま、自室の床にへたりこんでいた。
そこから立ち上がって、椅子かなんかに座る気力がゼロだった。太い眉毛は情けなく垂れ、大きな背中は丸まっている。
「……婚約破棄、できなかった」
本当はこの計画を実行するのは、越冬祭のはずだった。
高位貴族が大勢集まり、王や側妃の目が新年の準備で行き届かず、ドロフォノス侯爵夫妻も王宮にいらっしゃる年越しの連夜舞踏会。二夜目が一番条件に合っていたから、その日に向けて計画を調整していた。
しかし、クロッドは今夜独断で婚約破棄を行った。
このあとの予定――王家の聖餐を中止にせざるを得ないような事件が、どうしても必要だったから。
――多分、それはうまくいったと思うんだけど……。
聖餐はきっと中止になる。
だから、ドロシーは無事に屋敷に帰るだろう。
問題は、『婚約破棄』の方だ。
一番の障害は、やはり父王だった。
クロッドは、これまで何度もドロシーとの婚約を白紙あるいは解消してくれるよう、父に頼んでいるが全く相手にされない。そして、クロッドがこんなに真面目に悪評を振りまいているにも関わらず、ドロフォノス家からも解消の嘆願はなかった。ほぼ面識のない侯爵に「王命は気にしないでいいんで、そちらから婚約を解消してくれませんか」と頼めるはずもない。
仕方なく、大勢の高位貴族を証人として『婚約破棄』を強引に宣言し、ドロシー本人から了承の言質をとる強硬手段をとったのだが。
「……おかしいな……なんで、拒否されたんだろう」
クロッド・イグルーシカは、最低最悪の『道化王子』。
婚約破棄されたら、逆に大歓迎されるような相手だったはずだ。
その証拠に、会堂の貴族たちは完全にドロシーの味方で、破棄が成立していれば『道化の世話おつかれさまでした』と拍手してくれそうな雰囲気だったではないか。
「……長年、道化の婚約者を耐えてくれた聖女みたいな人だから……最後まで情けをかけてくれたんだろうな」
おそらく思慮深いドロシーは王家の立場を慮って、あえて拒否してくれたんだろう。
気を遣わなくていいのに。あの状況なら誰もドロシーを悪いなんて思わないのに。「破棄を断る」なんて言わずに、「持ち帰って検討しまーす」くらいの軽い返事にしてくれてよかったのに。
彼女は、こんなに迷惑ばかりかける王家にもクロッドにも敬意を払ってくれる。誠実で理性的で優しい。そう思うと、これまでの所業も合わせて申し訳なさに吐きそうだ。
破棄を断られた理由としては、もうひとつ心当たりがある。
教会入場前にした、婚約者として臣下として大切――ようは『クロッドが王子だから大切だ』というあの話だ。「第二王子殿下がおっしゃるには」と言っていたから、ドロシーの忠誠心をくすぐるようなことをルナールが口走ってしまったのかもしれない。
――すっごく嬉しいんだけど、その話をするタイミングは今じゃないんだ……。
「……ルナールも、もうちょっとフォローしてくれればよかったのに」
決行日を勝手に変更したのは悪かったけれど、異母弟がもうちょっとアドリブを利かせてくれたら。
クロッドが婚約破棄を宣言した瞬間、ルナールがさっと立ち上がって「なら、僕がドロシーと結婚する!」くらい言ってくれたら、王家に忠実なドロシーも了承してくれて、周囲は拍手喝采。負け犬の道化は退場。
そういう計画通りのシナリオになったかもしれないのに。
これじゃあ、ただドロシーを傷つけただけだ。
「…………婚約破棄、喜んでもらえなかったな」
悲しげな深緑の瞳が脳裏によみがえり、両手で顔を覆った。
教会で礼拝が始まったようだ。
「どうしよう……」
クロッドは近衛に放り込まれた態勢のまま、自室の床にへたりこんでいた。
そこから立ち上がって、椅子かなんかに座る気力がゼロだった。太い眉毛は情けなく垂れ、大きな背中は丸まっている。
「……婚約破棄、できなかった」
本当はこの計画を実行するのは、越冬祭のはずだった。
高位貴族が大勢集まり、王や側妃の目が新年の準備で行き届かず、ドロフォノス侯爵夫妻も王宮にいらっしゃる年越しの連夜舞踏会。二夜目が一番条件に合っていたから、その日に向けて計画を調整していた。
しかし、クロッドは今夜独断で婚約破棄を行った。
このあとの予定――王家の聖餐を中止にせざるを得ないような事件が、どうしても必要だったから。
――多分、それはうまくいったと思うんだけど……。
聖餐はきっと中止になる。
だから、ドロシーは無事に屋敷に帰るだろう。
問題は、『婚約破棄』の方だ。
一番の障害は、やはり父王だった。
クロッドは、これまで何度もドロシーとの婚約を白紙あるいは解消してくれるよう、父に頼んでいるが全く相手にされない。そして、クロッドがこんなに真面目に悪評を振りまいているにも関わらず、ドロフォノス家からも解消の嘆願はなかった。ほぼ面識のない侯爵に「王命は気にしないでいいんで、そちらから婚約を解消してくれませんか」と頼めるはずもない。
仕方なく、大勢の高位貴族を証人として『婚約破棄』を強引に宣言し、ドロシー本人から了承の言質をとる強硬手段をとったのだが。
「……おかしいな……なんで、拒否されたんだろう」
クロッド・イグルーシカは、最低最悪の『道化王子』。
婚約破棄されたら、逆に大歓迎されるような相手だったはずだ。
その証拠に、会堂の貴族たちは完全にドロシーの味方で、破棄が成立していれば『道化の世話おつかれさまでした』と拍手してくれそうな雰囲気だったではないか。
「……長年、道化の婚約者を耐えてくれた聖女みたいな人だから……最後まで情けをかけてくれたんだろうな」
おそらく思慮深いドロシーは王家の立場を慮って、あえて拒否してくれたんだろう。
気を遣わなくていいのに。あの状況なら誰もドロシーを悪いなんて思わないのに。「破棄を断る」なんて言わずに、「持ち帰って検討しまーす」くらいの軽い返事にしてくれてよかったのに。
彼女は、こんなに迷惑ばかりかける王家にもクロッドにも敬意を払ってくれる。誠実で理性的で優しい。そう思うと、これまでの所業も合わせて申し訳なさに吐きそうだ。
破棄を断られた理由としては、もうひとつ心当たりがある。
教会入場前にした、婚約者として臣下として大切――ようは『クロッドが王子だから大切だ』というあの話だ。「第二王子殿下がおっしゃるには」と言っていたから、ドロシーの忠誠心をくすぐるようなことをルナールが口走ってしまったのかもしれない。
――すっごく嬉しいんだけど、その話をするタイミングは今じゃないんだ……。
「……ルナールも、もうちょっとフォローしてくれればよかったのに」
決行日を勝手に変更したのは悪かったけれど、異母弟がもうちょっとアドリブを利かせてくれたら。
クロッドが婚約破棄を宣言した瞬間、ルナールがさっと立ち上がって「なら、僕がドロシーと結婚する!」くらい言ってくれたら、王家に忠実なドロシーも了承してくれて、周囲は拍手喝采。負け犬の道化は退場。
そういう計画通りのシナリオになったかもしれないのに。
これじゃあ、ただドロシーを傷つけただけだ。
「…………婚約破棄、喜んでもらえなかったな」
悲しげな深緑の瞳が脳裏によみがえり、両手で顔を覆った。
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