人形令嬢の幸福~嫌われ者の道化王子に婚約破棄を宣言されたので、お人形ゴッコはもうおしまいです~

三月

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第二幕 道化王子の三文芝居

素晴らしい未来図

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「……こうしてても仕方ないか」

顔を押し付けていた袖口の皺が頬に移るほど長い間落ち込んでから、ようやっと動き出す。のろのろ立ち上がり、暖炉脇の長椅子に崩れるように腰掛けた。

外の雪は徐々に激しくなっており、部屋はしんしんと冷える。いつものように暖炉は冷たいままで灰だらけだ。自分で火を熾そうかと思ったが、薪の残量を見て止めた。今薪を使い切れば、極寒の夜に困る。

使用人たちは高圧的な道化王子を忌み嫌う一方で、ひどく軽んじており、こちらからお願いしないと何もしてくれない。侍女に手を出しているという噂が流れ始めたあたりで、ますます世話がいい加減になった気がする。物もしょっちゅう無くなる。もう慣れたので気にしないようにしているが。

クロッドは窮屈な上着を脱ぎ、長椅子に引っ掛けた。3年前に仕立てたきりのため、サイズが合っておらず、ひどく肩が凝った。ボタンが閉まらないのも無理はない。悪趣味でうっとうしい装飾品をジャラジャラと外し、小さな指輪を通したペンダントだけは首にかけたままシャツの中に仕舞い込んだ。

ようやく人心地ついた。

今から出来ることを考えよう。

まず、婚約破棄についてだ。
計画通り破棄には至らなかったが、この話はドロシーを通してドロフォノス侯爵の耳に入る。きっと婚約に待ったがかかるだろう。うまくいけばそのまま解消。侯爵とクロッドが話す機会ができれば、今回の『愛する人は自分で探す』というバカ持論をかまして、侯爵を呆れさせ、王家有責の破棄まで持っていけばいい。本来ドロフォノスには王命を覆せるだけの力があるのだから。

それと、もうひとつ。
さっきの現場には、評議会に所属する高位貴族が大勢いた。
神聖なる宗教典礼における婚約破棄は問題行動として報告され、クロッドはなんらかの処罰を受けるはずだ。いつもは謹慎ばかりだけど、今回はかなり重い処分になる気がする。

大切な式典を乱し、有力貴族の婚約者を切り捨てた。

「これは王位継承権剥奪……廃嫡になれるかもしれないな」

――ん?計画は失敗したけど、大まかには筋書き通りじゃないか?

うっすら希望が見えてきた。

――そうだよな!婚約破棄できなくても、詰まるところ私が廃嫡になれば丸く収まるもんな!

そうなれば、自分とドロシーの婚約はきっと破談になる。ルナールが立太子したと同時にドロシーと婚約できれば、ドロフォノス家のおかげで後ろ盾は盤石。ドロシーも憎からず思っているルナールと一緒になれて、道化の世話係だった辛い過去を払拭できる。彼女なら、もちろん建国至上最良の立派な妃になるだろう。ルナールもドロシーも、父王も側妃も、ドロフォノス家も臣下も大喜び。めでたしめでたし。

素晴らしい未来図を想像し、クロッドはニヤニヤした。


みんながルナールを王太子にしたいと願ったから。

ルナールがドロシーを譲ってくれと泣いて請うたから。

ルナールと一緒になればドロシーは幸せだと信じたから。

だからこの四年間、クロッドは道化王子を演じている。

この秘密を知るのは、ルナールだけ。

いよいよ、その努力が報われそうで、クロッドは嬉しくて仕方がなかった。


――よーし!あとちょっと頑張るぞ!

とりあえずドロシーには悪いことをしたから、いつものように王宮名義で贈り物を用意しよう!とはりきって立ち上がったクロッドの耳に控えめなノックの音が届く。

次いで、硬い侍従の声。

「殿下、王陛下がお呼びです」
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