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第二幕 道化王子の三文芝居
ずっと続けばいいのに
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小さなドロシーとは、手紙で近況を報告し合った。
彼女はまだ社交デビュー前。公然と王宮を出入りできない年齢だ。クロッドも好きに動ける立場ではないので、次に会えるのはずっと先になるだろう。
手紙とはいえ、小さな女の子の相手は初めてだ。しかし、戸惑ったのは最初のうちだけだった。ドロシーの手紙は興味深く面白かった。今日はあれをやった。昨日これを読んだ。自分はこう考えた。殿下はどう思いますか。たどたどしい筆致と話題ながら、こちらを知ろうとしてくれているのがいじらしかった。
クロッドに好意的な興味を持ってくれる人なんて今までほとんどいなかったから、嬉しくて楽しくて、届けばすぐに返事を書いた。気が付けば週に一度くらいの頻度で届く手紙を心待ちにしていた。
――こんな関係が、ずっと続けばいいのに。
当初の不審を忘れ、いつしかそう思うようになった。
――用無しになっても、さすがに無一文で放り出すなんてことは父もしないはず。遠くの領地を少しくらい分けてくれるかもしれない。もしドロフォノス家が許してくれるなら、このままずっと婚約者でいてくれないかな。せいいっぱい大切にして、幸せにできるよう頑張るから。
「なに熱心に読んでるの?また新しい手紙?」
クロッドの部屋に入り浸っているルナールが、会計算術の本をめくりながら言う。
「よく続くねえ、僕だったら面倒になってとっくにやめてるよ。いいよね兄上は。家庭教師もついてないし、会議も社交も出なくていい。いつもヒマそうで羨ましい」
定例会議も交流会も、父に「出るな」と厳命を受けている。国政にわずかでも携わらせるのが嫌なんだろう。心配しなくても、母の葬儀以来なんの音沙汰もないクラウィスに情報漏洩なんてしない。
「えーと……私はそういうことはやらない方がいいみたいで……。だってほら!父上は私なんかよりルナールに期待してるからな!そのうちお前にも、とびきりの婚約者が紹介されて、もっと忙しくなるぞ!すごい美人かも!」
「それで仲良く文通でもしろって?やだよ、くだらない。僕は将来の勉強で忙しいんだから。兄上もあんまり遊んでたら王籍だけじゃなくて貴族籍も取り上げられちゃうよ?平民になってもいいの?」
「平民かあ……」
もしそうなったら野菜とか花とか育てて、毎日好きなところを散歩して、大きなパイを独り占めして、思う存分朝寝坊して……こんなバカみたいなこと言ったら、ますます怒られそうだ。
ルナールがじっとりとした目で睨んでいるのに気付き、緩んでいた口元を引き締めた。
「なにを夢見てるのか知らないけど……平民になんかなったら、ちっちゃな婚約者が困るでしょ?向こうがどういういきさつで婚約してるのか知らないけどさ」
チクリと胸が痛む。
「……そうだよなあ」
そうなったら婚約は絶対白紙だ。
「……ルナールは、ドロフォノスのお嬢さんに興味ある?」
「ない!だから、僕は忙しいんだってば!」
ちょこっと探りを入れただけなのに、プリプリしながら一蹴された。なんだか今日は機嫌がよくないようだ。クロッドは話を切り上げ、ルナールが手元に広げている紙の束を覗き込んだ。
「さっきから何を怒ってるんだよ。砲兵団長になるわけじゃないんだから、そんなに数学の勉強しなくたっていいだろ」
「数学じゃないよ。小麦の産出量から税収出すヤツの試算練習やってるの。領地ごとに形式が違うし、どの数字がどこの数列に収まるのか全然分からないし、設備投資の費用配分だってぐちゃぐちゃだよもう」
「王領地だろ?そんなの財務官がちゃんとやってくれるよ」
「父上みたいに何も分かってなくて、いちいち聞くのカッコ悪いじゃん。ねえ、この教材より前見せてもらった本の方がいいかも。兄上の書き込みがあったやつ。あれ見せてよ」
「あーごめん、アレなくなっちゃった。誰かが間違って捨てたかも」
「え」と、ルナールは大きな目をさらに見開く。
「また?しょっちゅうじゃない?」
「まあ、大したことじゃないし」
「大したことだよ。きちんと対応しなくちゃ王族としての示しがつかないでしょ。兄上は王籍抜けちゃうからカンケーないのかもしれないけどさあ」
と、帝王学で学んだらしきことを言い出したかと思えば。
「……もし、兄上が平民になっちゃっても遊びに行ってあげるよ」
我が弟ながら、こういうところが憎めない。
ルナールとは仲のいい兄弟だ、と。クロッドはずっとそう思っている。でも、ルナールも同じ気持ちかどうかは、今となってはもう分からない。
彼女はまだ社交デビュー前。公然と王宮を出入りできない年齢だ。クロッドも好きに動ける立場ではないので、次に会えるのはずっと先になるだろう。
手紙とはいえ、小さな女の子の相手は初めてだ。しかし、戸惑ったのは最初のうちだけだった。ドロシーの手紙は興味深く面白かった。今日はあれをやった。昨日これを読んだ。自分はこう考えた。殿下はどう思いますか。たどたどしい筆致と話題ながら、こちらを知ろうとしてくれているのがいじらしかった。
クロッドに好意的な興味を持ってくれる人なんて今までほとんどいなかったから、嬉しくて楽しくて、届けばすぐに返事を書いた。気が付けば週に一度くらいの頻度で届く手紙を心待ちにしていた。
――こんな関係が、ずっと続けばいいのに。
当初の不審を忘れ、いつしかそう思うようになった。
――用無しになっても、さすがに無一文で放り出すなんてことは父もしないはず。遠くの領地を少しくらい分けてくれるかもしれない。もしドロフォノス家が許してくれるなら、このままずっと婚約者でいてくれないかな。せいいっぱい大切にして、幸せにできるよう頑張るから。
「なに熱心に読んでるの?また新しい手紙?」
クロッドの部屋に入り浸っているルナールが、会計算術の本をめくりながら言う。
「よく続くねえ、僕だったら面倒になってとっくにやめてるよ。いいよね兄上は。家庭教師もついてないし、会議も社交も出なくていい。いつもヒマそうで羨ましい」
定例会議も交流会も、父に「出るな」と厳命を受けている。国政にわずかでも携わらせるのが嫌なんだろう。心配しなくても、母の葬儀以来なんの音沙汰もないクラウィスに情報漏洩なんてしない。
「えーと……私はそういうことはやらない方がいいみたいで……。だってほら!父上は私なんかよりルナールに期待してるからな!そのうちお前にも、とびきりの婚約者が紹介されて、もっと忙しくなるぞ!すごい美人かも!」
「それで仲良く文通でもしろって?やだよ、くだらない。僕は将来の勉強で忙しいんだから。兄上もあんまり遊んでたら王籍だけじゃなくて貴族籍も取り上げられちゃうよ?平民になってもいいの?」
「平民かあ……」
もしそうなったら野菜とか花とか育てて、毎日好きなところを散歩して、大きなパイを独り占めして、思う存分朝寝坊して……こんなバカみたいなこと言ったら、ますます怒られそうだ。
ルナールがじっとりとした目で睨んでいるのに気付き、緩んでいた口元を引き締めた。
「なにを夢見てるのか知らないけど……平民になんかなったら、ちっちゃな婚約者が困るでしょ?向こうがどういういきさつで婚約してるのか知らないけどさ」
チクリと胸が痛む。
「……そうだよなあ」
そうなったら婚約は絶対白紙だ。
「……ルナールは、ドロフォノスのお嬢さんに興味ある?」
「ない!だから、僕は忙しいんだってば!」
ちょこっと探りを入れただけなのに、プリプリしながら一蹴された。なんだか今日は機嫌がよくないようだ。クロッドは話を切り上げ、ルナールが手元に広げている紙の束を覗き込んだ。
「さっきから何を怒ってるんだよ。砲兵団長になるわけじゃないんだから、そんなに数学の勉強しなくたっていいだろ」
「数学じゃないよ。小麦の産出量から税収出すヤツの試算練習やってるの。領地ごとに形式が違うし、どの数字がどこの数列に収まるのか全然分からないし、設備投資の費用配分だってぐちゃぐちゃだよもう」
「王領地だろ?そんなの財務官がちゃんとやってくれるよ」
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「あーごめん、アレなくなっちゃった。誰かが間違って捨てたかも」
「え」と、ルナールは大きな目をさらに見開く。
「また?しょっちゅうじゃない?」
「まあ、大したことじゃないし」
「大したことだよ。きちんと対応しなくちゃ王族としての示しがつかないでしょ。兄上は王籍抜けちゃうからカンケーないのかもしれないけどさあ」
と、帝王学で学んだらしきことを言い出したかと思えば。
「……もし、兄上が平民になっちゃっても遊びに行ってあげるよ」
我が弟ながら、こういうところが憎めない。
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