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第7話 休み前

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『そろそろだね』

 メッセージアプリに石崎から届いたメッセージはこれだった。
 何がそろそろなのか。夏休みか、将晴のヒートか。
 どちらもだろう。
 朝食を食べているときに、それとなく母親に伝えると、オメガである母親は「そうなのね」と軽く返事をしてくれた。

 本格的に夏服になり、オメガの生徒のネックガードが顕になる。一応、後ろからはシャツの襟でそこそこ隠れてはいるが、前から見れば丸見えだ。隠そうとして喉を覆えば逆に不自然だろう。
 本当は嫌だけれど、将晴は襟足の髪を少し伸ばすことにした。世間的にオメガは髪を伸ばす傾向がある。後ろから項やネックガードが見えないようにと言う意識が働くからだろう。

「暑いな」

 いろんな意味で今年の夏は暑いと思い、将晴は思わず口にした。オメガがいるクラスだから、空調がきいていて、そこまで暑くは無いはずだけど、それでも首周りが、暑いと思う。どんなにいいネックガードでも、鍵の部分は通気性は宜しくない。

「もうすぐ夏休みじゃん」

 同じクラスのオメガの男子が声をかけてきた。

「まぁ、そうだけど」

「それはそうと…」

 目線が自分の首に来ていることぐらいわかった。

「それ、最新モデルじゃん、どうしたの?」

 冬服を着ている間は隠せていたけれど、夏服になったあたりで、クラスのオメガ女子の目線が来ていたのは分かっていた。
 体育はオメガだけが集まって行うため、男子も女子も一緒ではあったけれど、着替えのための更衣室が違うから何とか逃げられてはいた。男子は女子と違って着替え中に周りを見ない。衣替えしてすぐ梅雨入りもあったから、第一ボタンまで、きっちりとしめて、カーディガンなどで隠して過ごしてきた。
 それで、梅雨明けして、もうすぐ夏休みと言うタイミングで、ついに声をかけられてしまった。

「最新モデル?」

 石崎から渡されただけで、そこまで調べてはいなかった。高級品なのはわかっていたけれど、モデルの新旧までは気にしていなかった。

「指紋認証でさ、ヒート中は絶対に解錠出来ない設定になったんだよ」

「ヒート中?」

「ヒート中にさ、アルファが無理やりオメガの指を押し付けて解錠する事故があったから、心拍数とフェロモン値で判定されて、ヒート中は解錠できないように改良されたの」

 随分と詳しいらしい。将晴はそこまで調べなかったから、ネックガードのモデル番号にまで気が回らなかった。

「で?誰から貰ったの?」

 小声で聞いては来るが、クラスの女子がこちらを見ているのが丸わかりだ。

「…父親」

 将晴は、ボソリと答えた。
 石崎から、学校の友だちに聞かれたらそう答えるように言われていたから。別れた父親が心配して送り付けてきた。そうしておけばどんなに高価なものでもそれ以上詮索はされない。そう言われたのだ。

「え?……確か、木崎んちって」

「そうだよ、別れた父親。最近になって突然。俺がオメガだってどこかから教えられたらしくてね」

 めんどくさい。という顔をすれば相手も納得した顔をする。別れたとはいえ、自分の子どもがオメガであるなら、きちんと監視をして保護しなくてはならない。それがアルファの親なら尚更だ。社会的信用にも関わるからだ。

「お父さん、アルファなんだ?」

「ああ、そうらしいよ。ほとんど覚えてないけど」

「会ってないの?」

「親とはいえアルファだからな、代理の人が持ってきたんだ。そんなことができるぐらいだから、それなりに偉いんじゃない?」

「うわ、勿体ない」

 クラスメイトはそう言うけれど、実際は父親からでは無いし、本当の送り主の、正体なんて知らない。
 新薬を処方箋付きでくれたり、銀行口座を旧姓で作ったりできるぐらいの権力者であることは間違いないだろう。
 まぁ、父親のことも、調べる気になれば調べられる。アルファなのは分かっているので、名前を検索にかければすぐに勤め先まで分かるだろう。別れたのは小学生の頃だけど、顔は覚えている。十年も経っていないから、成人男性ならそこまで顔が変わるとも思えない。
 ただ、別れた理由を知らないだけだ。

「まぁ、離婚した時の条件知らないからな。薬代ぐらいならすぐに貰えんじゃない?」

「あー、そーかぁ。良い薬は高いもんなぁ」

「副作用の少ないヤツって、高いから対象外なんだ」

「副作用キツイよな」

 クラスメイトは、そんな話を信じたのか、薬はの話に乗ってきた。最新モデルのネックガードをくれるのなら、副作用の少ない薬代を払ってくれてもいいじゃないか。そんなたわいもない話をしていると、チャイムが鳴って担任がやってきた。
 夏休みが近いこともあり、期末テストを返されながら、補習の説明をされるとそれだけで教室がうるさくなる。追試を受ける者はもっと、うるさい。なにしろ親に連絡が行くからだ。高校生になって三者面談とか、本気でダルい。

「後、悪いけど、オメガの生徒は放課後特別室に集まるように。別枠で説明会があるから」
 ホームルームが終わろうとした時、当然担任からそう言われて、一瞬教室がざわめいた。が、バースに関することとなれは、騒ぎ立てることはしない。

 言われた通りに特別室に移動すれば、1年子ら3年までのオメガの生徒が集められていた。
 換気と空調のよく働いた部屋で、夏休み中の注意事項が特別に説明された。夏休みにオメガが項を噛まれる事故が多いらしい。薄着になってネックガードが晒されるのが第一の要因で、暑さからうっかり着用を忘れると言う事故が多いらしい。特に、つけなれていない一年生は要注意とか念を押された。

「こんにちは、この近くのコテージ管理をしている職員の高木と言います」

 教師の説明が終わると、直ぐに、本題が話し始めた。
 メインはこちらだ。

「先程先生から話があったと思いますが、オメガの保護施設通称コテージが、近くにあるのは知ってますか?」

 二、三年生は去年も聞いているからか、パンフレットを開きもせずに黙って聞いている。一年生は隣の生徒とパンフレットを開いて真剣だ。

「コテージ体験ってことで、夏休み期間中無料で開催しています。親御さんと相談して申し込んで下さい。もちろん、夏休みの間ずーっと利用してくれても問題はありません」

 世間が言うところのオメガ優遇措置のひとつだ。これを利用すれば、宿泊費無料で旅行ができてしまう。
 進学や就職を考えているオメガは、これを利用して下見をするぐらいだ。
 全員にパンフレットと、申込書の入った封筒を配り終わると、また職員が口を開く。

「申込はスマホからも出来るので、基本スマホから申込はをすることをおすすめします。空きがあれば、全国どこのコテージでも申し込みできるから、是非利用してくださいね」

 そんな話は右から左に流れていた。おそらく、帰った頃に石崎からメッセージが、届くだろう。将晴はもう分かっていた。
 帰宅して、渡されたパンフレット入の封筒を机に置いたあたりでメッセージがきた。見なくてもわかるけど、一応開く。

 石崎からだ。

 内容も、ほとんど予想取りだった。
 夕飯を食べながら、将晴は母親に今日貰ってきたパンフレットの話をした。

「ああ、私の時もあったわ。それで旅行したものよ」

「そうなの?」

 母親からの、意外な告白に将晴は多少の後ろめたさが消えた。

「だって、タダで泊まれるのよ?あの頃は沖縄なかったけど、今はあるじゃない?羨ましいわ」

「母さんはどこに行ったの?」

「一年生の時は、都心のコテージに行ったけど、二年生の時はともだちと一緒に北海道にしたわ。飛行機代はお年玉とかためこんでね。三年生の時は就職活動で利用した感じかしらね」

 母親が、意外な事を言ってきたので、ますます将晴は重荷がおりていく。

「それで?将晴も使うんでしょ?」

「うん、バイトもできるし、クーラーあるし」

「何よそれ、クーラーが目当てなの?」

「だって、電気代気にしなくていいんだよ?」

「それも、そうね」

「来年は旅行できるように足代貯めておく」

「楽しーわよ、沖縄行きなさいよ」

「母さんが行きたいだけじゃん」

「ダメかしら?」

「母さんは利用料金取られるんじゃない?」

「親子なんだから、同じ部屋でいいのに」

「俺がヤダよ」

「あら、酷い。昔は一緒に寝てたじゃない」

「昔って、どんだけだよ」

「あの頃は可愛かったのになぁ」

「やめてよ、もう」

 意外なことに会話が弾んでしまい、将晴は後ろめたさがなくなった。母親がコテージを有効活用していたというのなら、夏休み中家にいなくても追求されることは無さそうだ。ただ、将晴が利用するのはコテージでは無い。石崎が用意する高級ホテルだ。
 寝る前に、夏休み中の外泊許可が取れたことを石崎に送ると、行先の希望を聞かれて驚いた。
 さすがに沖縄はまずいので、近場で電車で行けそうな場所として思い浮かんだ軽井沢と、江ノ島と答えてしまった。
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