無自覚な悪役令息は無双する

久乃り

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第10話 僕は一体何をする?

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「足元にお気を付けください」

 馬車の扉が開いて、声をかけられた。生まれて初めて乗った馬車である。緊張しすぎて馬車酔いなんてしなかったし、カーテンが閉められてしまったから外の景色を楽しむ余裕もなかった。最も寝ていたのだけれど。さてはて、ここは何処だろう?

「はい」

 元気よく返事だけはして、立ち上がる。だがしかし、どうやって馬車から降りるのかなんてわからない。カバンは持って降りた方がいいのだろうか?そもそもカバンは抱きかかえていたのだった。その態勢のまま一歩前に踏み出てみた。

「お荷物を持ったままはあぶのうございます」

 誰かの声がして、目の前に手が差し出されてきた。

「へ?あ、はい」

 間抜けな返事をしたらカバンが横に消えていった。宙に浮いた手が誰かに掴まれた。しかも両手である。

「ゆっくりとおりてください」

 そんなことを言われたから、足元だけに集中して下まで降りた。たったそれだけで妙な達成感を味わってしまい、レイミーは思わず鼻息荒くなってしまった。顔をあげてみれば、父親より立派な身なりの人たちが立っていた。

「レイミー様、お疲れ様にございます」

 そう言ってレイミーの前で優雅に頭を下げてきたのは一人の女官だった。

「あ、はい。お疲れ様にございます」

 思わずつられて頭を下げてしまった。

「レイミー様、わたくしどもに気軽に頭を下げてはいけません。よろしいですね」

 いきなりの説教にレイミーは面食らった。

「はじめましてレイミー様。わたくし後宮で女官を務めさせていただいておりますセシリアと申します」

 見たこともないぐらい素晴らしいお辞儀をされて、レイミーは目を見開いて驚いた。だがしかし、不穏な言葉が耳に入ってきた気がする。そこを聞き返していい物か考えようとしたが、思考におちいる前に前に進むように促されてしまった。

「こちらのお部屋にお入りください」

 案内された部屋はとんでもなくシンプルな作りだった。一見粗末な作りに見えるけれど、使われている素材は何もかもが一級品だ。布張りのソファーだって、刺繍が入っていないだけで上等なシルクが使われているのだ。

「マイヤー子爵家のレイミー様に間違いございませんね?」

 向かいのソファーに座った女官が書類を見ながら確認してきたから、レイミーは素直に返事をした。もはやそうする以外の選択肢など見当たらないからだ。

「ここは第48代アインホルン王国国王アルベルト様の後宮にございます。この度レイミー様の後宮入りが決まりましたのでこうしてお迎えさせていただいた次第にございます」

 突然の堅苦しい挨拶に、レイミーはただただ戸惑うばかりだった。言われている言葉はちゃんと聞こえているし、意味だって理解しているが、思考がまったく追い付いていなかった。だって、後宮って言ったのだ。後宮……レイミーは男の子なのに。

「すでにマイヤー子爵とは魔法契約が済んでございます。レイミー様のお支度金の支払いや、マイヤー子爵家の体裁を整えるためのあれこれは、宰相閣下がすべて手配を整えてございますからご安心くださいませ」

 流れるように説明されて、レイミーはうっかり聞き流してしまった。内容はよくわからなかったが、大人たちが何やらを済ませてくれたことだけは理解した。

「こちらがレイミー様の雇用契約書にございます」

 女官は持っていた書類をレイミーの前に差し出した。間違いなく魔法契約書で、大変立派な作りの紙だった。

「まずはよくお読みくださいませ」

 言われてレイミーは魔法契約書を手に取り読んでみた。言い回しが若干わかりにくかったりはするが、ようはレイミーが後宮で働くことについての内容が書かれていた。仕事内容についてはとしか書かれておらず、経費はとなっているし、休日はだった。明確に書かれているのは一か月の給金だけで、今のマイヤー子爵の十倍だった。しかし給金はマイヤー子爵家の体裁を整えるために使われるらしい。主な用途は使用人の雇用なんだそうだ。たしかに、子爵家なのに使用人が一人もおらず、馬車も所有していないのは問題だろうことぐらい、レイミーは理解していた。だって、学園に歩いて登校している貴族はレイミ―しかいないのだから。

「わかりました。僕お仕事頑張ります。でも……学園には通いたかったです」

 レイミーはわかりやすいぐらいしょんぼりしてしまった。頑張って買いそろえた制服や学用品が無駄になってしまうことはとても残念だ。まだ一週間しかたっていないから、友だちらしい友だちはいないけれど、図書館にある本が読み放題で、学食が無料で食べられることがとても魅力的だったのに。

「ご心配なさらないでください。レイミー様は学園に通えましてよ。卒業まできちんと通えます。必要なものはいつでもすぐに買いそろえますのでご安心ください。こちらにとあるではありませんか。お休みだってでございます。何も心配なことはございません。もちろん、通学は馬車になりますから安全で快適です」

 なにか安っぽい通販番組みたいなことを言われたが、すれていないレイミーは素直に喜んだ。学園に通える、しかも卒業まで。これだけでレイミーにとっては好待遇であった。後宮に勤めるとはなんと素晴らしいことなのだろう。

「ありがとうございます。僕頑張ります。どうぞよろしくお願いします」

 そう返事をすると、レイミーは魔法契約書にサインをしたのだった。
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