無自覚な悪役令息は無双する

久乃り

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第9話 そんなの聞いてない(もちろん言ってない)

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「奥様、邸のことはセバスティアンが致しますので、今後は手出し無用にございます。よろしいですね」

 執務室のソファーに座らされ、マイヤー子爵夫人は大層居心地が悪かった。自分の邸なのに、まるで借りてきた猫のように居心地が悪いのだ。子どもたちはセバスティアンが持ってきた本を渡され、昼食まで部屋で大人しくするよう言われてしまった。なんでも庭師がやってきて、荒れ果て何もないマイヤー子爵家の庭を改善するらしい。あと馬小屋も立てるらしい。家紋付きの馬車は納品まで二か月ほどかかるため、マイヤー子爵は当面の間黒塗りの箱馬車を借りるのだそうだ。この費用もレイミーの支度金から出される。

「それで、なぜ私はここにいるのかしら」

 何もしなくていいのなら、ゆっくりと刺繍がしたい。いや道具がないけれど。花嫁道具として持ってきたのがあるけれど、どこにしまい込んだのかさっぱり覚えてなどいなかった。

「社交に疎い奥様に、レイミー様のお立場について説明するためです」

 マリアはそう言って夫人の前に紙を置いた。そこに文字を書いて説明を始める。

「まず、国王陛下が結婚なさっていないことはご存じですね?」

 入り口はここからだ。こんなことを知らないで、貴族などされていては困るのだ。マリアの目がそう言っている。夫人は「もちろんです」と若干震える声で答えた。

「現在後宮には二人の貴族令嬢が寵姫というお立場で在籍しております。お二人とも伯爵家のご令嬢で共にオメガです」

 オメガと言われて夫人の喉がゴクリとなった。完全に忘れていたけれど、自分の産んだ息子のレイミーはオメガだった。五歳の時に教会でそう診断されていたが、その後に双子を二回も産んで忙しさからすっかり忘れてしまっていたのだ。ついでに言えば、学園の入学手続きの際、かかる費用の大きさに眩暈がして、抑制剤を必ず待たせること。なんて一文なんて目に入ってなどいなかったのである。だって、夫人はベータなのだ。抑制剤の知識なんて持ち合わせていなかった。

「アルファはオメガにしか産めません。国王陛下は国で一番優秀で偉大なるアルファです。必然的にオメガの花嫁を欲します。国のためですから、後宮を興すさいに貴族家からオメガが後宮にはいりました。現国王陛下が後宮を興してから三年もたつのにいまだお子は産まれていません。なぜだと思いますか?」

 唐突に疑問形で話をふられ、夫人はとまどった。

「え、それはやはり……相性がよろしくなかったのでは?」

 よくある話だ。子どもなんてそう簡単にできるものではない。夫人だって、結婚してから第一子のレイミーを産むまで五年かかった。だが、その後は知っての通り貧乏子だくさんである。

「違います。オメガは三か月に一度来る発情期にアルファの精を受ければ確実に妊娠します。つまり、三年もの間後宮に上がったオメガの令嬢が懐妊しないのではなく、懐妊しないよう制御しているからなのです。理由は内密なことになります。ですから、遮音の魔法を発動しているのですよ。奥様」

 言われてマイヤー子爵夫人は背筋が伸びた。これは高位貴族たちは暗黙の了解で知っていることで、社交に出ていれば噂好きの御婦人方の口に上がっていることではないだろうか?マイヤー子爵夫人は静かに喉を鳴らした。

「国王陛下が戴冠式をされたのは三年前、その時には近隣諸国から大勢の来賓客が来られましたでしょう?その中のお一人、隣国の姫君が国王陛下に一目惚れしてしまったのです。なにしろ今は各国が平和です。小さな小競り合いもなく、内乱が起きそうな気配もない。無理して国同士の政略結婚などする必要はないのです。平和的にお断りするために、陛下はオメガなら。と返事をしたそうです。当時陛下は25歳、隣国の姫は12歳。年齢差もあり陛下は隣国の姫に興味などなかったのです」

 その話を聞いてマイヤー子爵夫人は、はて?と思った。隣国の姫君の年齢だ。自分の息子、レイミーと同じではなかろうか。

「付け加えるのなら、16で成人しかつ発情期を迎えてからなら婚約してもよい。と、さらには、姫君がオメガであることを正式に発表すること。も付け加えられました。なぜならオメガは各国の王族が伴侶に欲しい存在ですからね。我が国が極秘に略奪したと思われれば不要な諍いのもととなります」

 ここまで聞いて、さすがに社交に疎いマイヤー子爵夫人も気が付いた。つまりあれだ、不確定だが国王陛下のもとに隣国の姫が輿入れするかもしれないから、上位貴族のオメガは後宮入りを拒んだのだ。不確かな未来など必要はない、一族の繁栄に貢献した方がオメガとしては有意義な暮らしが確約されるのだ。四年も子を設けられず、寵姫という不安定なポジションに甘んじるなどプライドの高い彼女たちが耐えられるはずがなかった。

「…………」

 マイヤー子爵夫人は言葉を失った。浮かれている場合ではない。息子はとんでもない大役を押し付けられてしまったのだ。

「もちろんすべて憶測でのお話です」

 マリアがきっぱりと告げたところでマイヤー子爵夫人の不安が払拭されるわけではなかった。憶測は憶測にすぎないけれど、隣国の姫君のワガママごときに振り回されていいほどオメガはお安くないのである。

「ですから、奥様。それにふさわしくなくてはなりません。お分かりですね?」
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