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第16話 後宮は魔宮と言うものだ
しおりを挟む「レイミー様、これから後宮に住まわれているマーガレット様とリリィ様にご挨拶に伺います」
女官のセシリアにそう言われ、レイミーはセシリアの後ろをついていくが、
「あ、あの、僕は今日学校に行かないのでしょうか?」
正確な時間はわからないが、食堂でちらと見た時、時計は今までならレイミーが家を出る時間をさしていた。もっとも、貴族街で一番端にある子爵家から徒歩で通学していたため、レイミーが家を出ていた時間はずいぶんと速かったのだが。
「本日はお休みをいただいております。レイミー様の後宮でのお勤め初日でございますから、まずはご挨拶が第一にございます」
セシリアにそう言われ、レイミーは納得した。入学式の後、先輩たちと対面式という名のご挨拶をしたのを思い出したからだ。
「マーガレット様とリリィ様は伯爵家のご令嬢にございます。お二人とも陛下が後宮を立ち上げてからずっといらっしゃいますので、ベテランでいらっしゃいます。とてもお優しい方たちにございますので、レイミー様は何でもご質問されるのがよろしいかと思います」
セシリアにそうは言われたものの、レイミーだって王宮でのお作法ぐらい知っている。だって学校で一番最初に習ったからだ。成人したら誰もが必ず一度は王宮でのパーティーに参加する。そう、国王陛下に成人のご挨拶をするからだ。その時の大切なお作法を一番最初に習うのだ。だって粗相をしては一大事だから。
「いらっしゃい、かわいいお客様」
レイミーがセシリアに案内されて入ったサロンにマーガレットとリリィがいた。二人とも二人掛けのソファーに一人で座っていて、とてもゆったりとくつろいでいる。
「初めまして、マイヤー子爵家が長男レイミーと申します」
ぺこりと頭を下げれば、二人とも微笑ましいものを見たという笑顔を浮かべた。
「怖がらないで、ゆっくりして頂戴。今日が最初で最後だから」
耳当たりのいい笑い声を発しながらそんなことを口にしたのはマーガレットなのかリリィなのか、レイミーにはわからなかった。わからなかったけれど、二人がとても優しそうだとレイミーは思った。促されるままソファーに座り、勧められたお菓子を口にする。だから、最後の言葉をきちんと聞いていなかったのは仕方がない。
「レイミーちゃんが男の子でちょっと残念だけど、私たちのお下がりをもらって欲しいのよ」
そう言ってレイミーの前にドレスをずらっと並べた。どれもこれもレイミーが見たこともないような素晴らしいドレスだ。後宮の予算をふんだんに使ったドレスは、王宮のパーティーでしか着たことがない。なにしろ国王陛下が結婚できない状況だから、マーガレットとリリィが妃の代わりを務めているのだ。だから誰よりも豪華なドレスを着なくてはならなくて、必然的にとんでもない一着が出来上がるのだ。
「ぼぼぼぼ、僕、ドレスなんて着られません」
びっくりしすぎてレイミーは両手を前に突き出してぶんぶん振った。お作法としては完全にダメダメだけど、かわいいから問題ない。マーガレットもリリィもまったく笑顔を崩さなかった。
「いいのよ。レイミーちゃんには妹がいるでしょう?このドレスを解体して新しく仕立てればいいのよ」
「そうそう、お母さま用に仕立て直してもいいと思うわ」
そんなことを言われては、断れない。いや、元からレイミーには断る選択肢は与えられてはいなかった。お作法として身分が上の人から言われたら、受け入れるしかないのである。
「ありがとう、ございます」
レイミーがそう返事をすると、すぐさまドレスが運び出された。レイミーは実際どんなドレスが何着あったのかなんてまったくはあくができなかったけれど、それはもうどうでもいいことだった。マーガレットとリリィはとにかく後宮での自分たちのものを一つ残らずレイミーに押し付けたいのだから。
「このサロンいいでしょう?日当たりが良くて、庭には綺麗なお花が咲いているの」
「はい。とっても素敵だと思います」
ソファーは全て庭が見えるように配置されているから、レイミーはマーガレットとリリィよりも花を見ていた。だから返事をするたびに体の向きを変えていたので、なかなか面倒なことだった。
「学校がお休みの日はここでくつろぐといいわ」
「マナー講師をここに呼べばいいのよ」
マーガレットとリリィはそんなことを言って誰かを招き入れた。
「マナー講師のデアローと申します」
セシリアみたいなドレスを着ているけれど、少し違う。そんな地味な色のドレスを着た女性は、大変素敵なお辞儀を披露してくれた。
「デアローはね、後宮専任のマナー講師なの。これからはレイミーちゃん専属ね」
そんな風に笑いながら言われたので、専属という言葉に突っ込むことができなかったレイミーであった。
「そうだわ、この宝石あげるわ」
そういってマーガレットがレイミーの首に何かを付けてきた。なかなかの重量があったので、レイミーは驚いて自分の胸元を見た。そこには大きなヒスイが一粒。
「私からはこれね」
手を取られ、顔を上げたレイミーの目に映ったのは、これまた大きなヒスイが一粒。
「ふぇ」
驚きすぎてへんな声が出てしまったレイミーを無視してマーガレットが誰かを呼んだ。
「レイミーちゃんに似合うようにして頂戴」
そう言った先に立っていたのは片メガネの女性が立っていた。
「失礼いたします」
そう言ってレイミーを色々な角度から観察する。
「鎖骨の辺りにヒスイが来るようデザインしたチョーカーはいかがでしょう?」
「いいわね。学園支給のは面白みがないもの」
「勉学の邪魔にならないよう、ブレスレットにしてはいかがでしょうか?」
「いいわね。袖からちらみせね」
レイミーがあわあわしている間に話が進んでいく。
「レイミー様はほっそりとしていらっしゃいますから、その線を強調した方がよろしいかと」
「そうね、アルファの庇護欲がそそられた方がいいわ」
瞬き一つしているうちに話がすすむ。
「肌に当たる部分はベルベットがいいかしら?」
「オニキスが落ち着いた感じでよろしいかもしれません」
「そうね、誰のものか知らしめなくてはなりませんものね」
「だったら黒パールで連ねたら素敵じゃないかしら?」
「手入れが大変よ」
「スピネルならどうかしら?」
「希少な石を使うとなると」
「そうね、よくないわね」
「やっぱりオニキスで連ねればいいのではなくて?」
「ベルベットの布地に縫い付けるデザインはいかがでしょう?」
「そうね、肌に当たるのは優しい方がいいわ」
「ブレスレットとチョーカーを同じデザインにしましょう」
「いいわね。きっと素敵だわ」
そんな話をしているだけなのに、片メガネの女性は何かのスケッチをさらさらと書いてマーガレットとリリィに見せた。
「「素敵」」
二人が声を揃えて同意した。
「レイミーちゃん、きっと気に入るわよ」
そんなことを言われてもレイミーにはさっぱりわからなかった。瞬きをしているうちにヒスイは回収され、恭しく宝石箱にしまわれた。
「そのほかの部分を仕上げましたらご連絡いたします」
片メガネの女性はそう言っていなくなってしまった。その後は、ひたすらマーガレットとリリィが話すことをひたすらに聞き続けたレイミーなのであった。
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