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波乱の三学期
第5話 秘密と内緒と
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「送別会って、予算どのくらい?」
不意に佐藤が口を開いた。
今日も当たり前の顔をして、現会長の膝の上でパソコンのモニターを眺めている。
「約2百万円ですね」
「多いのか少ないのか分かりにくいな」
「外部から司会者と芸人さんを呼びますから、足代食事代含んでます」
「なるほど…」
佐藤はモニターを眺めながら次の項目をクリックする。去年のプログラムを眺めてしばらく考え込むと、口を開いた。
「送別会に参加するのは演劇部だけと決まっているのか?」
「え、いえ、そういう決まりはありません」
遠山が答えた。
「分かった。じゃあ、有志の参加を募っても問題は無いんだな」
佐藤がそういった途端、椅子替わりにしていた現会長が反応した。気づいたのは佐藤だけなので、そのまま続ける。
「下総、送別会に参加希望者を募る告知を出せ」
「……!」
下総は返事もせずにただ驚いた顔を佐藤に向けた。
「どうした?返事は?下総」
「え、なんで…そんなことを…」
下総が戸惑っていると、会計の相葉が口を挟んだ。
「確かに、予算が余ってますからね。有志を募ってそこに予算を消化するのもありですね」
「理由がわかったな、下総」
「…はい」
「じゃあ、やれよ」
モニターを目でおいながら、佐藤は左手で器用に手帳にメモをとる。それを見ながら、椅子にされている現会長は佐藤の左手を掴んだ。
「なにか?」
「お前、左利きなのか?」
「え?」
本人は無意識でしていたために、改めて聞かれて戸惑っている様子だった。
全員の視線が集まったのに気づいた佐藤が、ようやく掴まれた左手を見た。
「ああ、俺、両利きです」
佐藤が答えると、現会長が佐藤の手帳を眺めた。なかなかしっかりとした文字が書かれている。
「便利だな」
「そうですね、こういう時便利ですよ」
そんな話をしていると、扉が叩かれる音がした。
「新聞部です」
ほぼ時間通りの訪問だ。
「はい、開けますねぇ」
神山が扉を開けて新聞部を招き入れた。
新聞部は6名やってきた。つまり、新役員に一人づつ着いて、アンケートをとるつもりらしい。
やりやすいように会議テーブルに、新役員と新聞部員がペアになるようについた。
「毎年恒例の新役員のスリーサイズは最後に保健室で測らせてください」
「スリーサイズ?」
遠山が口にした。
男子校で男子のスリーサイズを知って嬉しいものなのだろうか?という本音が出てしまった。
「需要あるんですよ」
新聞部員が笑いながら答えた。
(スリーサイズ知って、セーターでも編むのか?)
個人的に心の中で遠山は突っ込んでみだが、中等部からこの学園にいるが、バレンタインデーなどで手編みのセーターを送ったとか、貰ったなんて話は聞いたことがない。
「知ってどうするのか、謎しかないんだが」
そう口にしたのは佐藤だった。
「生徒会役員は言わばこの学園のアイドルですからね」
そう言われて、遠山も納得した。
(アイドルね、アイドル)
遠山も若干ではあるが、佐藤よりの思考をもってはいる。この学園にずっといることはいるが、遠山も所謂ノンケなのだ。生徒会役員に憧れるとか、そういった思考は持ち合わせてはいない。
だから、佐藤の冷めた言動を見聞きしても別段驚きもしなければ、怒りもわかなかった。
(佐藤が本来なら普通なのに、ここでは異質扱いされるんだから厄介だよな)
新役員共通の質問に、それとなしに答えていくと、目の前の新聞部員は目を輝かせて聞いている。
「恋人はいますか?」
「いません」
共通質問は、新聞部部長が読み上げている。
「童貞ですか?」
「………却下、だ」
佐藤が少し首を傾げながら答える。そろそろ質問内容が怪しくなってきたようだ。
「処女ですか?」
「…………」
佐藤が、眉根を寄せる。男にする質問ではない。普通なら。だが、この学園では普通になってしまうのが恐ろしいところだ。遠山は佐藤を見た。一応、同じノンケであるから、佐藤の回答の仕方が気になる。
「却下」
佐藤の答えは簡潔だった。
「抱くのと抱かれるの、どちらが好み?」
「女なら抱く」
佐藤はあくまでも、質問者側の意図は完全に無視している。
「えーっと、全員への質問はここまでになります。後は新会長の佐藤くんへの質問なんですが、いいですか?」
ついにやってきた質問タイムに、役員の目線が佐藤に集まる。
「さっさと終わらせて、保健室に行けばいいんだろ」
「ありがとうございます」
新聞部部長は笑顔で佐藤への質問を読み上げた。
「毎日早起きですが、何をしているんですか」
「……却下」
「食堂で見かけませんが、ご飯食べてますか?」
「三食自炊だ」
「お弁当を作ったら受け取って貰えますか?」
「断る」
「え?断っちゃうの?」
神山が思わず口を挟んだ。
「っあ、ああ…そう、か」
佐藤が、言い淀む。
口に手を当てて、しばらく黙り込むと、一瞬相葉を見てから口を開いた。
「人の作ったものは食べられない」
「え?潔癖?」
神山がまた突っ込む。
「あ、いや、その……潔癖ではないけど…そんな、ものの一種、か」
佐藤はそこまで言って、軽く目を閉じると、新聞部部長を見た。
「理由も、それとなく載せておいて欲しい」
「了解です」
それをメモすると、質問が再開された。
「スマホを見て笑っている事がありますが?」
「意識していなかった。今後気をつける」
「カラコンのメーカー教えてください」
「多分メニコ⚫」
「カラコンは度入りですか?」
「………度なしだ」
それを聞いて、全員の視線が佐藤に集まった。
「え?佐藤くん、カラコン度なし?」
神山が思わず口にする。
「それが何か?」
「え、と、本気でカラコン…」
神山は驚きが隠せないで佐藤を見つめている。
(それでネコじゃないとか、好きな人はいないとか、全く信用出来ない)
神山の心の声は、後日新聞を読んだ生徒がほぼ思うことでもあった。
「卒業まで満点記録狙ってますか?」
「意識はしていないが努力はするつもりだ」
「体育祭でMPVでしたが、鍛えてますか?」
「却下」
「俺様ですか?」
「意味がわからん」
佐藤の回答を聞いて、神山はまた内心突っ込んだ。
(その答え方が既に俺様入ってるって)
そもそも、佐藤はそういう事を全く意識していないので、無意識なのは分かっていた。
「えっと、以上です」
ようやく質問が終わって、保険に移動をすることになった。
「あ、僕が測るから」
神山が新役員に付いて保健室に向かう。
「身長、体重、スリーサイズで」
保健室には既に保健医の姿はなく、神山のカードキーで解錠して入室した。
「俺が一番小さいのか…」
身長を測り終えると、佐藤が若干悔しそうな顔をしていた。
「佐藤くん、170なかったね」
測定していた神山が、動かしようのない事実を告げる。
「ほとんど伸びてない…」
佐藤はかなりショックだったようだ。
「スリーサイズはかるから、学ラン脱いでね」
メジャーを手に、神山は嬉しそうだ。
「あー、佐藤くんのパーカーは生地が厚いから、服の下で測らせてね」
そう言ってパーカーをめくると、神山はメジャーを佐藤の体にまきつけた。
「っ」
肌に触れたメジャーの冷たさに、おもわず小さく佐藤は声を上げた。
「ごめんね、つめたかった?」
神山はそう言いつつも、数値を告げるとそのままメジャーを腰に移動させる。
「っう」
メジャーが触れて、また佐藤が小さく声を出した。
(ちょっと、ヤラシイかも)
メジャーが触れての佐藤の反応が、なかなかいやらしくて、神山は内心困ってしまった。こんなものをうっかり新聞部に見せてしまった。きっと記事に書かれるだろう。
「ありがとうございます。これで新聞が作れます」
新聞部部長がそう言うと、他の新聞部員も頭を下げた。
「どういたしまして、いいもの書いてくださいね」
神山がそう言うと、新聞部は帰って行った。
「じゃあ、僕たちも戻ろうか」
保健室の電気を消して、神山は扉を閉めた。
不意に佐藤が口を開いた。
今日も当たり前の顔をして、現会長の膝の上でパソコンのモニターを眺めている。
「約2百万円ですね」
「多いのか少ないのか分かりにくいな」
「外部から司会者と芸人さんを呼びますから、足代食事代含んでます」
「なるほど…」
佐藤はモニターを眺めながら次の項目をクリックする。去年のプログラムを眺めてしばらく考え込むと、口を開いた。
「送別会に参加するのは演劇部だけと決まっているのか?」
「え、いえ、そういう決まりはありません」
遠山が答えた。
「分かった。じゃあ、有志の参加を募っても問題は無いんだな」
佐藤がそういった途端、椅子替わりにしていた現会長が反応した。気づいたのは佐藤だけなので、そのまま続ける。
「下総、送別会に参加希望者を募る告知を出せ」
「……!」
下総は返事もせずにただ驚いた顔を佐藤に向けた。
「どうした?返事は?下総」
「え、なんで…そんなことを…」
下総が戸惑っていると、会計の相葉が口を挟んだ。
「確かに、予算が余ってますからね。有志を募ってそこに予算を消化するのもありですね」
「理由がわかったな、下総」
「…はい」
「じゃあ、やれよ」
モニターを目でおいながら、佐藤は左手で器用に手帳にメモをとる。それを見ながら、椅子にされている現会長は佐藤の左手を掴んだ。
「なにか?」
「お前、左利きなのか?」
「え?」
本人は無意識でしていたために、改めて聞かれて戸惑っている様子だった。
全員の視線が集まったのに気づいた佐藤が、ようやく掴まれた左手を見た。
「ああ、俺、両利きです」
佐藤が答えると、現会長が佐藤の手帳を眺めた。なかなかしっかりとした文字が書かれている。
「便利だな」
「そうですね、こういう時便利ですよ」
そんな話をしていると、扉が叩かれる音がした。
「新聞部です」
ほぼ時間通りの訪問だ。
「はい、開けますねぇ」
神山が扉を開けて新聞部を招き入れた。
新聞部は6名やってきた。つまり、新役員に一人づつ着いて、アンケートをとるつもりらしい。
やりやすいように会議テーブルに、新役員と新聞部員がペアになるようについた。
「毎年恒例の新役員のスリーサイズは最後に保健室で測らせてください」
「スリーサイズ?」
遠山が口にした。
男子校で男子のスリーサイズを知って嬉しいものなのだろうか?という本音が出てしまった。
「需要あるんですよ」
新聞部員が笑いながら答えた。
(スリーサイズ知って、セーターでも編むのか?)
個人的に心の中で遠山は突っ込んでみだが、中等部からこの学園にいるが、バレンタインデーなどで手編みのセーターを送ったとか、貰ったなんて話は聞いたことがない。
「知ってどうするのか、謎しかないんだが」
そう口にしたのは佐藤だった。
「生徒会役員は言わばこの学園のアイドルですからね」
そう言われて、遠山も納得した。
(アイドルね、アイドル)
遠山も若干ではあるが、佐藤よりの思考をもってはいる。この学園にずっといることはいるが、遠山も所謂ノンケなのだ。生徒会役員に憧れるとか、そういった思考は持ち合わせてはいない。
だから、佐藤の冷めた言動を見聞きしても別段驚きもしなければ、怒りもわかなかった。
(佐藤が本来なら普通なのに、ここでは異質扱いされるんだから厄介だよな)
新役員共通の質問に、それとなしに答えていくと、目の前の新聞部員は目を輝かせて聞いている。
「恋人はいますか?」
「いません」
共通質問は、新聞部部長が読み上げている。
「童貞ですか?」
「………却下、だ」
佐藤が少し首を傾げながら答える。そろそろ質問内容が怪しくなってきたようだ。
「処女ですか?」
「…………」
佐藤が、眉根を寄せる。男にする質問ではない。普通なら。だが、この学園では普通になってしまうのが恐ろしいところだ。遠山は佐藤を見た。一応、同じノンケであるから、佐藤の回答の仕方が気になる。
「却下」
佐藤の答えは簡潔だった。
「抱くのと抱かれるの、どちらが好み?」
「女なら抱く」
佐藤はあくまでも、質問者側の意図は完全に無視している。
「えーっと、全員への質問はここまでになります。後は新会長の佐藤くんへの質問なんですが、いいですか?」
ついにやってきた質問タイムに、役員の目線が佐藤に集まる。
「さっさと終わらせて、保健室に行けばいいんだろ」
「ありがとうございます」
新聞部部長は笑顔で佐藤への質問を読み上げた。
「毎日早起きですが、何をしているんですか」
「……却下」
「食堂で見かけませんが、ご飯食べてますか?」
「三食自炊だ」
「お弁当を作ったら受け取って貰えますか?」
「断る」
「え?断っちゃうの?」
神山が思わず口を挟んだ。
「っあ、ああ…そう、か」
佐藤が、言い淀む。
口に手を当てて、しばらく黙り込むと、一瞬相葉を見てから口を開いた。
「人の作ったものは食べられない」
「え?潔癖?」
神山がまた突っ込む。
「あ、いや、その……潔癖ではないけど…そんな、ものの一種、か」
佐藤はそこまで言って、軽く目を閉じると、新聞部部長を見た。
「理由も、それとなく載せておいて欲しい」
「了解です」
それをメモすると、質問が再開された。
「スマホを見て笑っている事がありますが?」
「意識していなかった。今後気をつける」
「カラコンのメーカー教えてください」
「多分メニコ⚫」
「カラコンは度入りですか?」
「………度なしだ」
それを聞いて、全員の視線が佐藤に集まった。
「え?佐藤くん、カラコン度なし?」
神山が思わず口にする。
「それが何か?」
「え、と、本気でカラコン…」
神山は驚きが隠せないで佐藤を見つめている。
(それでネコじゃないとか、好きな人はいないとか、全く信用出来ない)
神山の心の声は、後日新聞を読んだ生徒がほぼ思うことでもあった。
「卒業まで満点記録狙ってますか?」
「意識はしていないが努力はするつもりだ」
「体育祭でMPVでしたが、鍛えてますか?」
「却下」
「俺様ですか?」
「意味がわからん」
佐藤の回答を聞いて、神山はまた内心突っ込んだ。
(その答え方が既に俺様入ってるって)
そもそも、佐藤はそういう事を全く意識していないので、無意識なのは分かっていた。
「えっと、以上です」
ようやく質問が終わって、保険に移動をすることになった。
「あ、僕が測るから」
神山が新役員に付いて保健室に向かう。
「身長、体重、スリーサイズで」
保健室には既に保健医の姿はなく、神山のカードキーで解錠して入室した。
「俺が一番小さいのか…」
身長を測り終えると、佐藤が若干悔しそうな顔をしていた。
「佐藤くん、170なかったね」
測定していた神山が、動かしようのない事実を告げる。
「ほとんど伸びてない…」
佐藤はかなりショックだったようだ。
「スリーサイズはかるから、学ラン脱いでね」
メジャーを手に、神山は嬉しそうだ。
「あー、佐藤くんのパーカーは生地が厚いから、服の下で測らせてね」
そう言ってパーカーをめくると、神山はメジャーを佐藤の体にまきつけた。
「っ」
肌に触れたメジャーの冷たさに、おもわず小さく佐藤は声を上げた。
「ごめんね、つめたかった?」
神山はそう言いつつも、数値を告げるとそのままメジャーを腰に移動させる。
「っう」
メジャーが触れて、また佐藤が小さく声を出した。
(ちょっと、ヤラシイかも)
メジャーが触れての佐藤の反応が、なかなかいやらしくて、神山は内心困ってしまった。こんなものをうっかり新聞部に見せてしまった。きっと記事に書かれるだろう。
「ありがとうございます。これで新聞が作れます」
新聞部部長がそう言うと、他の新聞部員も頭を下げた。
「どういたしまして、いいもの書いてくださいね」
神山がそう言うと、新聞部は帰って行った。
「じゃあ、僕たちも戻ろうか」
保健室の電気を消して、神山は扉を閉めた。
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