上 下
5 / 37
波乱の三学期

第5話 秘密と内緒と

しおりを挟む
「送別会って、予算どのくらい?」

 不意に佐藤が口を開いた。
 今日も当たり前の顔をして、現会長の膝の上でパソコンのモニターを眺めている。

「約2百万円ですね」
「多いのか少ないのか分かりにくいな」
「外部から司会者と芸人さんを呼びますから、足代食事代含んでます」
「なるほど…」

 佐藤はモニターを眺めながら次の項目をクリックする。去年のプログラムを眺めてしばらく考え込むと、口を開いた。

「送別会に参加するのは演劇部だけと決まっているのか?」
「え、いえ、そういう決まりはありません」

 遠山が答えた。

「分かった。じゃあ、有志の参加を募っても問題は無いんだな」

 佐藤がそういった途端、椅子替わりにしていた現会長が反応した。気づいたのは佐藤だけなので、そのまま続ける。

「下総、送別会に参加希望者を募る告知を出せ」
「……!」

 下総は返事もせずにただ驚いた顔を佐藤に向けた。

「どうした?返事は?下総」
「え、なんで…そんなことを…」

 下総が戸惑っていると、会計の相葉が口を挟んだ。

「確かに、予算が余ってますからね。有志を募ってそこに予算を消化するのもありですね」
「理由がわかったな、下総」
「…はい」
「じゃあ、やれよ」

 モニターを目でおいながら、佐藤は左手で器用に手帳にメモをとる。それを見ながら、椅子にされている現会長は佐藤の左手を掴んだ。

「なにか?」
「お前、左利きなのか?」
「え?」

 本人は無意識でしていたために、改めて聞かれて戸惑っている様子だった。
 全員の視線が集まったのに気づいた佐藤が、ようやく掴まれた左手を見た。

「ああ、俺、両利きです」

 佐藤が答えると、現会長が佐藤の手帳を眺めた。なかなかしっかりとした文字が書かれている。

「便利だな」
「そうですね、こういう時便利ですよ」

 そんな話をしていると、扉が叩かれる音がした。

「新聞部です」

 ほぼ時間通りの訪問だ。

「はい、開けますねぇ」

 神山が扉を開けて新聞部を招き入れた。




 新聞部は6名やってきた。つまり、新役員に一人づつ着いて、アンケートをとるつもりらしい。
 やりやすいように会議テーブルに、新役員と新聞部員がペアになるようについた。

「毎年恒例の新役員のスリーサイズは最後に保健室で測らせてください」
「スリーサイズ?」

 遠山が口にした。

 男子校で男子のスリーサイズを知って嬉しいものなのだろうか?という本音が出てしまった。

「需要あるんですよ」

 新聞部員が笑いながら答えた。

(スリーサイズ知って、セーターでも編むのか?)

 個人的に心の中で遠山は突っ込んでみだが、中等部からこの学園にいるが、バレンタインデーなどで手編みのセーターを送ったとか、貰ったなんて話は聞いたことがない。

「知ってどうするのか、謎しかないんだが」

 そう口にしたのは佐藤だった。

「生徒会役員は言わばこの学園のアイドルですからね」

 そう言われて、遠山も納得した。

(アイドルね、アイドル)

 遠山も若干ではあるが、佐藤よりの思考をもってはいる。この学園にずっといることはいるが、遠山も所謂ノンケなのだ。生徒会役員に憧れるとか、そういった思考は持ち合わせてはいない。
 だから、佐藤の冷めた言動を見聞きしても別段驚きもしなければ、怒りもわかなかった。

(佐藤が本来なら普通なのに、ここでは異質扱いされるんだから厄介だよな)

 新役員共通の質問に、それとなしに答えていくと、目の前の新聞部員は目を輝かせて聞いている。

「恋人はいますか?」
「いません」

 共通質問は、新聞部部長が読み上げている。

「童貞ですか?」
「………却下、だ」

 佐藤が少し首を傾げながら答える。そろそろ質問内容が怪しくなってきたようだ。

「処女ですか?」
「…………」

 佐藤が、眉根を寄せる。男にする質問ではない。普通なら。だが、この学園では普通になってしまうのが恐ろしいところだ。遠山は佐藤を見た。一応、同じノンケであるから、佐藤の回答の仕方が気になる。

「却下」

 佐藤の答えは簡潔だった。

「抱くのと抱かれるの、どちらが好み?」
「女なら抱く」

 佐藤はあくまでも、質問者側の意図は完全に無視している。

「えーっと、全員への質問はここまでになります。後は新会長の佐藤くんへの質問なんですが、いいですか?」

 ついにやってきた質問タイムに、役員の目線が佐藤に集まる。

「さっさと終わらせて、保健室に行けばいいんだろ」
「ありがとうございます」

 新聞部部長は笑顔で佐藤への質問を読み上げた。

「毎日早起きですが、何をしているんですか」
「……却下」
「食堂で見かけませんが、ご飯食べてますか?」
「三食自炊だ」
「お弁当を作ったら受け取って貰えますか?」
「断る」
「え?断っちゃうの?」

 神山が思わず口を挟んだ。

「っあ、ああ…そう、か」

 佐藤が、言い淀む。
 口に手を当てて、しばらく黙り込むと、一瞬相葉を見てから口を開いた。

「人の作ったものは食べられない」
「え?潔癖?」

 神山がまた突っ込む。

「あ、いや、その……潔癖ではないけど…そんな、ものの一種、か」
 佐藤はそこまで言って、軽く目を閉じると、新聞部部長を見た。

「理由も、それとなく載せておいて欲しい」
「了解です」

 それをメモすると、質問が再開された。

「スマホを見て笑っている事がありますが?」
「意識していなかった。今後気をつける」
「カラコンのメーカー教えてください」
「多分メニコ⚫」
「カラコンは度入りですか?」
「………度なしだ」

 それを聞いて、全員の視線が佐藤に集まった。

「え?佐藤くん、カラコン度なし?」

 神山が思わず口にする。

「それが何か?」
「え、と、本気でカラコン…」

 神山は驚きが隠せないで佐藤を見つめている。

(それでネコじゃないとか、好きな人はいないとか、全く信用出来ない)

 神山の心の声は、後日新聞を読んだ生徒がほぼ思うことでもあった。

「卒業まで満点記録狙ってますか?」
「意識はしていないが努力はするつもりだ」
「体育祭でMPVでしたが、鍛えてますか?」
「却下」
「俺様ですか?」
「意味がわからん」

 佐藤の回答を聞いて、神山はまた内心突っ込んだ。

(その答え方が既に俺様入ってるって)

 そもそも、佐藤はそういう事を全く意識していないので、無意識なのは分かっていた。

「えっと、以上です」

 ようやく質問が終わって、保険に移動をすることになった。

「あ、僕が測るから」

 神山が新役員に付いて保健室に向かう。



「身長、体重、スリーサイズで」

 保健室には既に保健医の姿はなく、神山のカードキーで解錠して入室した。

「俺が一番小さいのか…」

 身長を測り終えると、佐藤が若干悔しそうな顔をしていた。

「佐藤くん、170なかったね」

 測定していた神山が、動かしようのない事実を告げる。

「ほとんど伸びてない…」

 佐藤はかなりショックだったようだ。

「スリーサイズはかるから、学ラン脱いでね」

 メジャーを手に、神山は嬉しそうだ。

「あー、佐藤くんのパーカーは生地が厚いから、服の下で測らせてね」

 そう言ってパーカーをめくると、神山はメジャーを佐藤の体にまきつけた。

「っ」

 肌に触れたメジャーの冷たさに、おもわず小さく佐藤は声を上げた。

「ごめんね、つめたかった?」

 神山はそう言いつつも、数値を告げるとそのままメジャーを腰に移動させる。

「っう」

 メジャーが触れて、また佐藤が小さく声を出した。

(ちょっと、ヤラシイかも)

 メジャーが触れての佐藤の反応が、なかなかいやらしくて、神山は内心困ってしまった。こんなものをうっかり新聞部に見せてしまった。きっと記事に書かれるだろう。

「ありがとうございます。これで新聞が作れます」

 新聞部部長がそう言うと、他の新聞部員も頭を下げた。

「どういたしまして、いいもの書いてくださいね」

 神山がそう言うと、新聞部は帰って行った。

「じゃあ、僕たちも戻ろうか」

 保健室の電気を消して、神山は扉を閉めた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,435pt お気に入り:4,186

成り上がり令嬢暴走日記!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:315

どこまでも醜い私は、ある日黒髪の少年を手に入れた

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:1,738

乙女ゲームの世界に転生したけど推しのルートじゃなかった件

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:36

片思いの相手に偽装彼女を頼まれまして

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,349pt お気に入り:14

処理中です...