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波乱の三学期

第6話 佐藤と下総

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生徒会室に戻って一息ついていると、佐藤は下総のそばに寄った。

「なぁ、下総」

 呼ばれて下総が顔を上げる。
 佐藤と目が合ったが、下総は特に何も言わない。

「お前、俺が嫌いだろう?」

 佐藤がそう言うと、下総の片眉が少し動いた。

「俺の事、嫌い、だよな?」

 ソファーに座る下総の足の間に佐藤の膝が入る。

「俺の弱点が知れて嬉しい?」

 佐藤の片手が下総の頬に触れる。

「なに、を?」

 下総が驚いた目を佐藤に向ける。

「俺が人の作ったもの食べられないとか?」
「潔癖、なのでは?」
「潔癖だったら、こうやってお前に触らなくね?」

 佐藤がそう言って、下総の顔を軽く撫でた。

「人の作ったもん食えない理由って、なにかな?って思わなかった?」
「…多少は」

 佐藤の顔が下総に近づいていた。

「嫌いな俺の弱点、知りたいよな?」

 耳元で言われて、下総が、慌てて顔を上げる。

「教えてやるよ、お前にだけ」

 息がかかるほど近づいて、軽く唇が耳朶に触れた時、下総は佐藤を突き飛ばして逃げていた。

「痛てぇな、もう」

 資料の乗ったテーブルに、背中から倒れた形になりつつも、佐藤は腹筋だけで自然に立ち上がる。突き飛ばされるのを見越していたのか、背中の資料は特に崩れてはいなかった。

「逃げられると追いかけたくなるのが心理なんだけどな」

 佐藤はゆっくりと部屋を出ていった。
 残された役員は、顔を見合わせる。

「新聞部の質問ですけど」

 遠山が話し出した。

「佐藤くんの早起きの件、アレ一年の間では公然の秘密って言うか、結構知られていることだから、あえて質問して答えてくれるかな?って言う、そんな程度だったと思うんですよね」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、何してるかも、知ってる?」

 神山が尋ねると、遠山が答える。

「廃部になった部室使ってトレーニングしてるんです」

 意外な答えが返ってきて、神山が、大きく目を見開いた。

「編入説明会の時、佐藤くんがカードキーになにかしてもらっていたのを見た生徒が複数いたので、後をつけたらしくて」
「へえ、空き部室がある事佐藤くん知ってたんだ」

 神山が、そう言いつつ現会長を見る。

「風紀で把握しているのか、疑問だな」
「親衛隊がいないのに、あぶないよね」

 神山が、そう言うとみなが頷いた。

「食事の件も、中等部の時から佐藤くんは一度も利用したことがないので、知ってて質問を出したと思います」

 遠山がそう言うと、現行役員たちが顔を見合せた。

「それは、誰もが知っている?」
「ほとんどの一年はしっていると思います。佐藤くんは、修学旅行にも不参加でしたから」
「食事が、理由で?」
「おそらく」

 何となく気まずい空気が流れた。言われてみれば、佐藤は生徒会室で一度もお茶さえ口にしていない。

「下総くんは、知っているのかな?」
「知っているはずです。中等部の時も三年間同じS組でしたから」
「って、ことは?」
「はい。そうです、下総くんは中等部の時からずっと佐藤くんの次、でした」
「出席番号も、成績も、かぁ」
「それで、無意識に避けているんだと思います。それが佐藤くんにはしっかりと伝わっているんだと」
「それで、今回の生徒会でも佐藤くんが会長で、下総くんが副会長かぁ」

 口にしてみると、残酷ではある。

「まさか、佐藤の方から動くとは思っていなかったが」

 現会長が、口にすると神山が相槌を打つ。

「そーそー、佐藤くんあの見た目でプチ俺様入ってるから、無理やり従わせるのかと思っていたんだけど、ちょっと意外な展開」

 それを聞いて遠山は苦笑いをした。

(歩み寄ってないし、プチじゃなくて完全に俺様)

「僕たちからしたら、親衛隊もいないのに会長に当選した佐藤くん凄いなって、思うんですけど、噂通りだなぁ、ってぐらいかな」

 二年の次期会計と書記の二人が顔を見合わせる。二人とも穏やかそうな外見をしているので、性格もそう言う感じなのだろう。

「佐藤くん、誰とも仲良くしないからね」

 相葉がスマホを弄んでいた。

「未だに番号もしらないし、LINEも交換してなかったね」

 すっかり忘れていた。と苦笑するしか無かった。



 生徒会室を一人後にした下総は、うっかり廊下を走っていた。
 特別棟なので、放課後生徒の姿はない。下のフロアに風紀委員会の部屋があるが、上の階で生徒が一人走ったところで様子を見に来ることは無い。
 後からゆっくりと生徒会室を出てきた佐藤は、走る下総の背中を確認して、ゆっくりとそちらに歩いていった。
 何故か下総は屋上に向かって階段を昇っていた。そして、登りついて、ドアに鍵がかかっていることを思い出して踊り場に力なく座り込んだ。

(何してんだ俺?)

 何故か逃げ出してしまった。
 佐藤にはずっと苦手意識があった。中等部の時から、ずっと佐藤の次にいたのがストレスだったのかもしれない。
 ずっと隣にいたのに、気づかれていないと勝手に思っていた。のに、

「バレてるとか、ないよな」

 思わず口にして、慌てて自分の手で口を塞ぐ。

「逃げるなよ」

 突然上から声がして、顔を上げると、やはり佐藤の顔があった。思わず唾液を飲み込んだ。その音がやけに大きく聞こえる。
 最後の一段を登って、佐藤がそのまま下総目掛けて落ちてきた。

「!!」

 突然の行動に下総の脳内処理が追いつかない。

「なんで、俺の事嫌いなんだ?」

 佐藤が下総の胸の辺りに頭を押し付ける。

「理由が分からないから俺には何も出来ない」

 縋るように佐藤の手が下総の、学ランを握る。
 額を擦り付けるような仕草を取られて、下総の眼下で佐藤の髪がふわふわと揺れた。

「俺の事、嫌いなんだろ?」

 言って佐藤が下総に、体重を預けてくる。それに押されて下総は、身動きが取れなくなる。

「そ、それ、は…」

 佐藤にそう言われて、今更ながら下総は動揺していた。佐藤を嫌っている?そうなのだろうか?

「なんで?」

 佐藤に問われても、下総は答えられなかった。

(佐藤を嫌う理由?俺は、佐藤が、嫌いなんだっけ?)

 下総は佐藤を抱き抱える体勢をとりながら、考え込む。

「俺のこと、そんなに嫌い?俺、嫌われるようなこと、したのか?」

 三段しかない階段の一番下に座っていた下総は、それでも自分より小柄な佐藤にのしかかられて一瞬仰け反るようなことにはなったが、胸元に頭を擦り付ける佐藤が、下総の上半身を引っ張るため、結果的に下総が、佐藤を抱きしめるような体勢で落ち着いていた。

「して、ません」

 下総は答えながらも考える。

(勝手に苦手意識を作ったのは俺だ)

 中等部からずっと同じクラスにいて、ずっと隣にいて、特に何も無かった。何も無かったからこそかもしれない。

(佐藤を分かろうとしなかったのは、俺か)

 佐藤は下総の気持ちに気づいて行動した。負の感情を読まれていた。

「俺の事、なんで嫌う?」

 佐藤の体温が近い。

「……嫌って、ません、ね」

 知らずに、佐藤の背中に手を回していた。
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