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14.ちょっと時を遡る

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「発情しているんですよ」

 レントゲンやら血液検査やらいろいろした結果を見せながら、医師はそう言った。
 言われたところで義隆は理解できないでいた。特別室のベッドで寝ている杉山貴文の保険証には【β・M】の表記がある。三歳と、十二歳の一斉検診で第二次性の検査が行われ、ほとんどの場合十二歳の検査で確定される。ベータ家庭においてオメガ性は未知の性のため、三歳児検診でオメガ性が判定された場合、9割が施設に子どもを預けてしまう。かわいい盛りではあるが、発情期のあるオメガ性に対する畏怖の念の方が勝る結果でもある。
 仮に十二歳まで確定していなかった場合、発情期の時の隔離部屋などの準備の大変さと、進学できる高校の関係で本人がシェルターに入ることを希望することがほとんどだ。周りから奇異の目で見られることは耐え難い屈辱になってしまうからだ。女の子はまだいい、問題なのは男の子の場合だ。思春期に成長するべき生殖器が周りと違ってしまうのだ。たいてい耐えられるものではないため、シェルターにやってくる。さらには無理解による性の暴力沙汰への懸念である。絶対に起こらないなんて保証がない以上、安全な場所に逃げ込むしかないのである。
 そう、今まさに起きている発情期だ。
 発情期にオメガが放つフェロモンはアルファを誘う。ただ、免疫の少ないベータも惑わされることが多いため、特に中高生は注意が必要なのだ。思春期は特に性への興味関心が強い。なんの予備知識もないままに、発情期のオメガのフェロモンを嗅いでしまえば、簡単に狂ってしまう。昔はそんな事故が多発していた。だからこそ、早期の検査で第二次性を確定するのである。そうして、シェルターという安全な箱庭で、オメガを大切に育てるのだ。
 そんな風にオメガを守る施設と法律を作り上げたのが義隆の先祖である一之瀬匡いちのせたすくである。今では社会科の教科書だけではなく、政治経済の教科書にも載っているし、世界を変えた現代の偉人ともされている。そんな素晴らしい祖先をもつ義隆ではあるが、一つだけ受け入れられないことがあった。
 それは運命の番が後天性オメガだったことだ。しかも男である。

「いや、彼はベータだろ?」

 ようやく絞り出した言葉はどこか震えていた。

「血液検査ではそうだったんでしょうね」

 医師は軽く笑うような顔をして、モニターに新しいレントゲン写真を映し出した。

「頭を打ったからときいたんで、当然レントゲンを撮るじゃないですか。でもね、レントゲン室に甘い香りが充満したんですよ」

 そう説明しながら医師は写真を拡大していく。

「レントゲン技師も私もアルファでしょ?助手はベータ、そうなると甘い香りを放つのは彼しかいない。しかし保険証を見ればベータと記されている。これはおかしいと思って急遽腹のレントゲンも撮ったんですよ」

 拡大されたレントゲン写真の上をカーソルの矢印が動く。

「ここ、ここですよ」

 カーソルがくるくると円を描くが、義隆にはそこがなんなのかさっぱりわからなかった。

「これね、オメガの子宮なんです」

 医師はなんてことはないとあっさりと口にした。
 
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