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39.出会いは突然に泡沫は微熱

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「ひどいじゃないですか」

 目の前の義隆が非難めいた口調で訴えてきた。

「ああ、ごめんね」

 貴文はシャインマスカットのケーキを一口大に切って、義隆の口に入れてやった。

「もうなかったもんね。このケーキ。さすがは予約限定だよね」

 そう言いながら自分の口にも一口入れた。やっぱりおいしい。

「そうじゃありません」

 きちんと飲み込んでから口を開くあたり、名家のお坊ちゃまだと思うのだ。

「違うの?限定じゃなかったの?また出てくる?ああそうか、大人の部の分か」

 貴文が合点がいったというような顔をしたら、義隆は貴文が手に持つフォークを握ってきた。

「違います。ケーキの話じゃありません」
「え?ケーキじゃないの?」

 違ったということに内心ほっとして、貴文は遠慮なくブッシュドノエルに手を出した。先にあの泣いてしまった子に食べさせてしまったけれど、半分以上残っているから良しとしよう。

「これもおいしい」

 貴文は一口食べて確信した。やっぱりお高い(階数)ところはなんでもおいしいのだ。

「貴文さん。はぐらかさないでください」

 幸せそうにケーキを食べる貴文に、とうとう義隆が切れた。

「暇つぶしなんかじゃありません。俺は本気です」

 ばっちりと目が合って、貴文はたじろいだ。人と目を合わせるのが苦手な方で、いつも視線を落としてきたが、さすがに今日のこれは視線を逸らすことができなかった。おまけに、アルファの目力のすごさは半端なかったのである。逸らすことができなくて、貴文の体が自然と後ろに動いた。

「その、ごめん。泣いたあの子がかわいそうで」

 貴文がそう口にした時、会場の照明が落ちた。そして、一つの扉にライトが当たった。まるで新郎新婦の入場のようである。

「おじいさまです」

 義隆が小声で告げた。

「え、じゃあ……」

 貴文が言葉をつづけようとしたら、会場内に陽気なクリスマスソングが流れ、両開きで開かれた扉から、厳めしい顔をした老人が入ってきた。隣には優しい顔立ちのご婦人が立っていて、一目で番なのだと知れた。

「おじいさまが会場を回りますので、このままお待ちください」

 義隆に言われ、貴文は黙って頷いた。
 クリスマスソングに乗って会場を練り歩くおじいさまは一之瀬和親いちのせかずちかという。この情報も母と姉からもたらされたものだ。なんといっても一之瀬グループの代表であり、本日の主催でもある。聞いていた年齢よりも若々しく見えるのは、やはりアルファだからなのだろうか。会場内にいる子ども一人一人の名前を呼んで、なにか一声かけている。一族の子どもの名前と顔が一致しているのかと思うと恐れ入る。
 そうしているうちに貴文と義隆のテーブルの前におじいさまがやってきた。慌てて席を立とうとする貴文を、和親が制した。

「今日ここにいるのはすべて私の可愛い孫たちだ。改まる必要はないのだよ。貴文くん」

 そう言ってなぜだか貴文の頭を撫でて立ち去ったのだった。ちなみにプレゼントは番様から渡された。

「おじいさまがプレゼントを渡しに来たらそろそろ終わりだぞ、って合図なんです」

 プレゼントを渡された子どもたちは、そのままその場で黙って待っていた。そうして最後の一人がプレゼントを受け取り、和親が会場全体を見渡した。巨大なプレゼントボックスを模した台車を押していた秘書らしき人が何かを耳打ちすると、和親は満足そうに頷いた。

「また来年まで、いい子ですごすのだぞ」

 みんなのおじいさまはそう言うと会場を後にしたのだった。
 その姿を見送ると、反対側の扉が大きく開かれた。ホールにはお迎えらしい人たちの姿が見えるが、誰一人として親らしい姿はいなかった。

「あれ?大人は?」

 貴文が首を傾げると、義隆が笑いながら答えた。

「さすがに大人の部は違うホテルです。一族すべてが同じ場所にいたら万が一のことがあったら大惨事ですからね」

 もっとも、大人の部は全員が参加していなかったりするらしい。どうせ新年会があるからと、海外旅行に行ってしまう人がそこそこいるらしい。それをきいて妙に納得してしまう貴文なのであった。

「では、俺たちも戻りましょう」

 義隆に手を引かれ、それでももらったプレゼントはしっかりと離さなかった貴文なのであった。
 来た時とは逆に、階段を登る。降りるときはさほど気にはならなかったのだが、段差の低い階段は地味に登り辛い。貴文でもそう思うのだから、足の長い義隆はもっと大変だろう。そう思って足元を見れば、なんと義隆は一段ぬかしで登っていたのだった。こんなところで地味にアルファのハイスペックぶりを実感する貴文なのであった。

「貴文さん。甘いものばかり食べてましたけど、お腹は満たされましたか?会場に残った料理を少し運んでもらいますが……」

 おじいさまからいただいたプレゼントをテーブルに置き、義隆は貴文に問いかけた。部屋ではサンドイッチを絶賛していたから、会場で出されたサンドイッチも気に入るだろうと思ったのだ。それから子どもでも食べやすいようにと毎年出されるてまり寿司は、義隆も気に入っている一品だ。

「なにかアルコールを頼みましょうか?いいシャンパンが入ったと……」

 義隆がソファーに座る貴文に目をやると、貴文の体は少し右に傾いていた。

「貴文さん?」

 ついさっきまでしゃべりながら階段を登ってきたというのに、なんだか貴文の様子がおかしかった。

「義隆くん、なんか、俺、熱いんだ」

 自己申告してきたとおり、貴文の頬が赤くなっていた。それだけではない、目も潤んでいて、口も半開きになっている。

「風邪ひいちゃったかな?……あ、インフルだったらどうしよう。みんなにうつしちゃうよね」

 貴文が言葉を紡ぎ、口を開くたびにそこから熱が伝わってくる。相当に熱いのだろう、短く浅い呼吸を繰り返している。

「体が、熱い、ですか?」

 義隆が慎重に訪ねてた。

「うん、なんか、熱い、どうしよう」

 突然の発熱に貴文は動揺してるらしく、視線がせわしなく動いている。

「ベッドに移動しましょう」

 そう言って義隆は慎重に貴文を抱き上げた。まだ高校生とはいえ、そこはアルファである。中肉中背の貴文など、何の苦も無く楽々と抱き上げたのだった。

「うぅん」

 抱き上げた振動で、一瞬貴文が抗議のように鼻を鳴らした。その独特な音に義隆の肩が一瞬ピクリと反応をする。

「キングサイズだから、広くて寝やすいですよ。それと、寝づらいでしょうから脱ぎましょう」

 義隆は自分で結んだタキシードのネクタイを丁寧に解き、それからシャツのボタンを外していった。ベルトを緩めシャツとジャケットをまとめて腕から抜き去る。それを右と左両方やってようやく一息ついた。

「下はそのままよろしいのですか?」

 義隆の置いた服を回収しつつ秘書の田中が聞いてきた。
 義隆は振り返らずしばらく悩んだあと、ようやく貴文のズボンを脱がせる決心をした。貴文に負担をかけないよう、腰に手を当てゆっくりとズボンを脱がせていく。

「んっ」

 義隆の手が軽く当たった時、貴文が鼻から抜けるような声を出した。体はだいぶ熱くなっていたので、だいぶ辛いようだ。

「貴文さん、少し楽になりましたか?」

 布団を肩までかけて義隆が聞いた。

「うん。でも体、熱いな……熱、あるよね?」

 貴文が熱に浮かされているのは見ただけでよくわかった。

「体温計を持ってきますね」

 そう言って貴文の傍をいったん離れると、義隆は田中に指示を出した。

「あの医者は呼べるか?簡易検査キットがあるならそれを持ってくるよう伝えてくれ」
「承知しました。体温計はこちらをお使いください」

 いつ用意したのか、田中の手にはまだ箱に入ったままの体温計があった。

「ありがとう。とりあえず水を飲んでもらうよ」

 備え付けの冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを一本取り出した義隆に、田中がさらに何かを差し出してきた。

「万が一でも起きてはなりませんので」

 渡された錠剤を義隆はかみ砕いた。
 

 
 
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