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43.あの日を振り返る

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 あの日、義隆は一之瀬家の管轄するショッピングモールに向かっていた。車の中で資料の確認をしながらただ面倒臭くてたまらないという感情をかみ殺していた。なにしろ周りがうるさいからだ。妹の美幸にお土産をねだられるのは嬉しいことだが、「ぜひご一緒に」なんて言われて年頃の親族を同行させられるのがどうにもうざったいのだ。

「本日は、紗雪さゆき様と遠夜とおや様がご同行となっております。お二人とも指定したコーヒーショップにてお待ち頂いております」

 運転席の田中がすらすらと説明をする。いつものことだが、こいつの頭の中はどうなっているのだろう。と義隆は思うのだ。一之瀬グループのありとあらゆる情報を網羅し、それどころか親戚一同の家族構成から利害関係まで把握しているのだ。まだまだ高校生の義隆では到底把握しきれていないことまで全てだ。

(人間アーカイブってところだな)

 そんなことを思いつつも、いずれは自分も同等のことを記憶しなくてはならない。ついでに言えば、田中は誰の恋人は何処の誰で経歴は……などと説明が始まるので少々面倒くさいのである。

「少し待たせてしまったようだが、怒っていないといいんだがな」

 腕時計で時刻を確認すれば、予定時間を10分以上過ぎていた。だが、本来なら義隆一人がお忍びで視察をする予定だったところに、突然あの二人が同行を申し出てきたからだ。紗雪はアルファだからまだいいとして、問題は遠夜だ。オメガなのに視察に参加したいだなんて、トラブルの予感しかしないというものだ。万が一の時の対策として、ベータである島野の一族に一般客を装った警護を手配していたら、遅くなってしまったのだ。何も知らずにコーヒーショップで待たされている二人は気付きもしないだろう。コーヒー、パン、ケーキなどの匂いは、オメガのフェロモンをうまいこと隠すのだ。
 シェルター在住のオメガたちが隣接するショッピングモールで働く際、最初に紹介されるのはこのあたりの業種なのだ。「オメガのフェロモンで誘惑してきた」などといちゃもんを付ける割に、ベータはそのあたり鼻が悪いのだ。コーヒーの苦い匂いや、パンの香ばしい香り、ケーキの甘い匂いを嗅げば、そこからオメガのフェロモンを嗅ぎ分けることなどできないくせに。
 二人をコーヒーショップで待たせているのは、フェロモン対策でもあるが、その実視察ができるほどの嗅覚を有しているかを確認するためでもあった。

「ここからが一番近いので」

 路上駐車はよろしくないので、ショッピングモールの駐車場に入り、一番近い入り口に車を停める。田中がドアを開ける前に義隆は自分でロックを解除してドアを開け車を降りた。

「適当に合流してくれ」

 いつもなら専用駐車場に車を停めて連れだって視察をするのだが、今日は好きで待たせているわけではないが、人を待たせている都合上、できるだけ急ぐことにした。自動ドアのガラスの向こうに紙袋を手にした細身の男性が目に入った。あの歩き方だと、こちらの駐車場に向かっているのだろうことが予想される。義隆は自動ドアを通り抜けると同時に、前方の男性をよけるように進路を少し変更した。あちらも義隆に気が付いて、正面に立つ必要のなくなった自動ドアの左寄りに進路を修正してきた。これでぶつからずにお互いのパーソナルスペースを保ってすれ違えるはずだった。

(なんだ?)

 体はよけているはずなのに、頭がそちらを向いてしまった。すれ違った瞬間、見たいと本能が言ったのだ。

「っ」
「うわ」

 結果からだけ言えば、義隆は全く避けてなどいなかった。どちらかと言えばぶつかるギリギリの距離感で相手に近づいていた。そうして相手が身をひるがえした時、その顔をよく見てしまった。平凡な、ベータらしい実にあっさりとした顔の作りだった。けれど白い肌の目元に見える薄いそばかすが少年のようで、大きく見開かれた目はそんなにも大きいのにくっきりと一重だった。小さく開かれた色素の薄い唇からのぞくのは白い歯で、その奥に見えた舌もまた色素の薄いピンク色だった。
 義隆は、脳天に突き刺さるかのように襲ってきたその衝撃に耐えた。耐えなければならないとアルファの本能が言っているのだ。

「なんだよ、もう」

 そんな声が背中越しに聞こえたが、義隆は立ち止ることができなかった。
 なんとか理性を総動員させてたどり着いたのはトイレだった。誰もいないことを確認して、そのまま一番奥の個室に駆け込んだ。

「はっ、なんだこれは?なんなんだ、いったい」

 義隆は自らの太ももに緊急抑制剤を突き立てた。
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