43 / 66
43.あの日を振り返る
しおりを挟む
43
あの日、義隆は一之瀬家の管轄するショッピングモールに向かっていた。車の中で資料の確認をしながらただ面倒臭くてたまらないという感情をかみ殺していた。なにしろ周りがうるさいからだ。妹の美幸にお土産をねだられるのは嬉しいことだが、「ぜひご一緒に」なんて言われて年頃の親族を同行させられるのがどうにもうざったいのだ。
「本日は、紗雪様と遠夜様がご同行となっております。お二人とも指定したコーヒーショップにて仲良くお待ち頂いております」
運転席の田中がすらすらと説明をする。いつものことだが、こいつの頭の中はどうなっているのだろう。と義隆は思うのだ。一之瀬グループのありとあらゆる情報を網羅し、それどころか親戚一同の家族構成から利害関係まで把握しているのだ。まだまだ高校生の義隆では到底把握しきれていないことまで全てだ。
(人間アーカイブってところだな)
そんなことを思いつつも、いずれは自分も同等のことを記憶しなくてはならない。ついでに言えば、田中は誰の恋人は何処の誰で経歴は……などと説明が始まるので少々面倒くさいのである。
「少し待たせてしまったようだが、怒っていないといいんだがな」
腕時計で時刻を確認すれば、予定時間を10分以上過ぎていた。だが、本来なら義隆一人がお忍びで視察をする予定だったところに、突然あの二人が同行を申し出てきたからだ。紗雪はアルファだからまだいいとして、問題は遠夜だ。オメガなのに視察に参加したいだなんて、トラブルの予感しかしないというものだ。万が一の時の対策として、ベータである島野の一族に一般客を装った警護を手配していたら、遅くなってしまったのだ。何も知らずにコーヒーショップで待たされている二人は気付きもしないだろう。コーヒー、パン、ケーキなどの匂いは、オメガのフェロモンをうまいこと隠すのだ。
シェルター在住のオメガたちが隣接するショッピングモールで働く際、最初に紹介されるのはこのあたりの業種なのだ。「オメガのフェロモンで誘惑してきた」などといちゃもんを付ける割に、ベータはそのあたり鼻が悪いのだ。コーヒーの苦い匂いや、パンの香ばしい香り、ケーキの甘い匂いを嗅げば、そこからオメガのフェロモンを嗅ぎ分けることなどできないくせに。
二人をコーヒーショップで待たせているのは、フェロモン対策でもあるが、その実視察ができるほどの嗅覚を有しているかを確認するためでもあった。
「ここからが一番近いので」
路上駐車はよろしくないので、ショッピングモールの駐車場に入り、一番近い入り口に車を停める。田中がドアを開ける前に義隆は自分でロックを解除してドアを開け車を降りた。
「適当に合流してくれ」
いつもなら専用駐車場に車を停めて連れだって視察をするのだが、今日は好きで待たせているわけではないが、人を待たせている都合上、できるだけ急ぐことにした。自動ドアのガラスの向こうに紙袋を手にした細身の男性が目に入った。あの歩き方だと、こちらの駐車場に向かっているのだろうことが予想される。義隆は自動ドアを通り抜けると同時に、前方の男性をよけるように進路を少し変更した。あちらも義隆に気が付いて、正面に立つ必要のなくなった自動ドアの左寄りに進路を修正してきた。これでぶつからずにお互いのパーソナルスペースを保ってすれ違えるはずだった。
(なんだ?)
体はよけているはずなのに、頭がそちらを向いてしまった。すれ違った瞬間、もう一度その顔を見たいと本能が言ったのだ。
「っ」
「うわ」
結果からだけ言えば、義隆は全く避けてなどいなかった。どちらかと言えばぶつかるギリギリの距離感で相手に近づいていた。そうして相手が身をひるがえした時、その顔をよく見てしまった。平凡な、ベータらしい実にあっさりとした顔の作りだった。けれど白い肌の目元に見える薄いそばかすが少年のようで、大きく見開かれた目はそんなにも大きいのにくっきりと一重だった。小さく開かれた色素の薄い唇からのぞくのは白い歯で、その奥に見えた舌もまた色素の薄いピンク色だった。
義隆は、脳天に突き刺さるかのように襲ってきたその衝撃に耐えた。耐えなければならないとアルファの本能が言っているのだ。
「なんだよ、もう」
そんな声が背中越しに聞こえたが、義隆は立ち止ることができなかった。
なんとか理性を総動員させてたどり着いたのはトイレだった。誰もいないことを確認して、そのまま一番奥の個室に駆け込んだ。
「はっ、なんだこれは?なんなんだ、いったい」
義隆は自らの太ももに緊急抑制剤を突き立てた。
あの日、義隆は一之瀬家の管轄するショッピングモールに向かっていた。車の中で資料の確認をしながらただ面倒臭くてたまらないという感情をかみ殺していた。なにしろ周りがうるさいからだ。妹の美幸にお土産をねだられるのは嬉しいことだが、「ぜひご一緒に」なんて言われて年頃の親族を同行させられるのがどうにもうざったいのだ。
「本日は、紗雪様と遠夜様がご同行となっております。お二人とも指定したコーヒーショップにて仲良くお待ち頂いております」
運転席の田中がすらすらと説明をする。いつものことだが、こいつの頭の中はどうなっているのだろう。と義隆は思うのだ。一之瀬グループのありとあらゆる情報を網羅し、それどころか親戚一同の家族構成から利害関係まで把握しているのだ。まだまだ高校生の義隆では到底把握しきれていないことまで全てだ。
(人間アーカイブってところだな)
そんなことを思いつつも、いずれは自分も同等のことを記憶しなくてはならない。ついでに言えば、田中は誰の恋人は何処の誰で経歴は……などと説明が始まるので少々面倒くさいのである。
「少し待たせてしまったようだが、怒っていないといいんだがな」
腕時計で時刻を確認すれば、予定時間を10分以上過ぎていた。だが、本来なら義隆一人がお忍びで視察をする予定だったところに、突然あの二人が同行を申し出てきたからだ。紗雪はアルファだからまだいいとして、問題は遠夜だ。オメガなのに視察に参加したいだなんて、トラブルの予感しかしないというものだ。万が一の時の対策として、ベータである島野の一族に一般客を装った警護を手配していたら、遅くなってしまったのだ。何も知らずにコーヒーショップで待たされている二人は気付きもしないだろう。コーヒー、パン、ケーキなどの匂いは、オメガのフェロモンをうまいこと隠すのだ。
シェルター在住のオメガたちが隣接するショッピングモールで働く際、最初に紹介されるのはこのあたりの業種なのだ。「オメガのフェロモンで誘惑してきた」などといちゃもんを付ける割に、ベータはそのあたり鼻が悪いのだ。コーヒーの苦い匂いや、パンの香ばしい香り、ケーキの甘い匂いを嗅げば、そこからオメガのフェロモンを嗅ぎ分けることなどできないくせに。
二人をコーヒーショップで待たせているのは、フェロモン対策でもあるが、その実視察ができるほどの嗅覚を有しているかを確認するためでもあった。
「ここからが一番近いので」
路上駐車はよろしくないので、ショッピングモールの駐車場に入り、一番近い入り口に車を停める。田中がドアを開ける前に義隆は自分でロックを解除してドアを開け車を降りた。
「適当に合流してくれ」
いつもなら専用駐車場に車を停めて連れだって視察をするのだが、今日は好きで待たせているわけではないが、人を待たせている都合上、できるだけ急ぐことにした。自動ドアのガラスの向こうに紙袋を手にした細身の男性が目に入った。あの歩き方だと、こちらの駐車場に向かっているのだろうことが予想される。義隆は自動ドアを通り抜けると同時に、前方の男性をよけるように進路を少し変更した。あちらも義隆に気が付いて、正面に立つ必要のなくなった自動ドアの左寄りに進路を修正してきた。これでぶつからずにお互いのパーソナルスペースを保ってすれ違えるはずだった。
(なんだ?)
体はよけているはずなのに、頭がそちらを向いてしまった。すれ違った瞬間、もう一度その顔を見たいと本能が言ったのだ。
「っ」
「うわ」
結果からだけ言えば、義隆は全く避けてなどいなかった。どちらかと言えばぶつかるギリギリの距離感で相手に近づいていた。そうして相手が身をひるがえした時、その顔をよく見てしまった。平凡な、ベータらしい実にあっさりとした顔の作りだった。けれど白い肌の目元に見える薄いそばかすが少年のようで、大きく見開かれた目はそんなにも大きいのにくっきりと一重だった。小さく開かれた色素の薄い唇からのぞくのは白い歯で、その奥に見えた舌もまた色素の薄いピンク色だった。
義隆は、脳天に突き刺さるかのように襲ってきたその衝撃に耐えた。耐えなければならないとアルファの本能が言っているのだ。
「なんだよ、もう」
そんな声が背中越しに聞こえたが、義隆は立ち止ることができなかった。
なんとか理性を総動員させてたどり着いたのはトイレだった。誰もいないことを確認して、そのまま一番奥の個室に駆け込んだ。
「はっ、なんだこれは?なんなんだ、いったい」
義隆は自らの太ももに緊急抑制剤を突き立てた。
29
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
【完結】スローテンポで愛して
鈴茅ヨウ
BL
平凡な日常を送る三上日和(みかみ・ひより)は、自宅のマンションのゴミ捨て場に打ち捨てられている派手な男、副島隆弘(そえじま・たかひろ)を介抱したことがきっかけで、友人になって欲しいと言われる。
友人として副島の経営するバーに通いながら、交流を深めていると、副島から『三カ月のお試し期間を置いた上で、恋人関係になって欲しい』と告白され――。
四十五歳×三十三歳の、大人の年の差ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる