【完結】知っていたら悪役令息なんて辞めていた

久乃り

文字の大きさ
36 / 75

第35話 初めてのおつかい

しおりを挟む
 背中に感じる視線を振り切るような思いをしながら、ロイの転移魔法に身を任せた。
 実は、セドリックは国境なんて超えたことなんてなかった。王都に生まれ育ち、バカンスの季節に別荘のある避暑地に行くぐらいの、典型的なおぼっちゃまなのだ。
 英雄の家系とは言えど、そんなのが隣国で通用するとは思ってなどいない。近年では戦争よりスタンピードなどの魔物討伐での英雄ではあるが、ひと昔前なら、他国では目の敵にされてもおかしくない家系なのだ。それを教え込まれてきたからこそ、セドリックは隣街なんて気軽にロイに連れてこられたけれど、内心はビクついていた。

「身分証は?」

 街に入る際、当たり前のように門番に聞かれ、ロイはポケットからカードを取り出した。空間収納に入れておいたものを、さらりとポケットから取り出したように見せたのだ。手慣れているとしか言いようがない。
 セドリックは、制服の内ポケットからカードを出した。

「確認しました。どうぞお通り下さい」

 門を抜けると、なかなかの通りの風景が広がっていた。
 ダンジョンがあると言う事は、こんなにも街の発展に作用すると言う事らしい。国境の街と聞いていたのに、規模が大きくセドリックはとても驚いた。

「セド、どうしたの?」

 惚けていたら、ロイが顔を覗き込んできた。セドリックは完全にお上りさんだった。街といえば王都しかしらなかったのだから。しかも、着ているのは学園の制服だ。右も左も分からない子どもだと言って歩いているようなものだけれど、ロイは全く気になどしていないようだった。

「いや、その……意外と街の規模が大きいなと、思って」

「そう?ダンジョンがある街はたいていこんなもんだよ」

 ロイはそう言ってセドリックの手を引いた。

「ガロ工房に行こうよ」

 ロイは道案内よろしくセドリックをグイグイ引っ張って行く。大通りはそれなりに人出があって、人混みを歩き慣れていないセドリックは、手を引かれながらなんとかロイのあとをついて行った。

「ここだよ」

 ロイがグイグイ進んで、何回か角を曲がったとき、ガロ工房の看板が見えた。大きな火を扱うからか、ガロ工房は川沿いにあった。ロイがガロ工房に入ろうとした時、その前に大きな人影が立ちふさがった。
 セドリックは慌ててロイの肩を掴んだ。間一髪でぶつかりはしなかったけれど、どう見てもわざとだ。

「………」

 ロイは何も言わず、目の前に立ちふさがる相手を見た。セドリックよりもさらに大きく、体格もいい。いかにも冒険者といった出で立ちで、セドリックは呆気に取られた。王都ではお目にかかれないタイプだ。

「ここは子どもの遊び場じゃねえぜ」

 ロイに一瞥をくれながらお約束のようなセリフを口にする。セドリックはそれがおかしかった。人を見た目で判断してはいけない。それの典型のようなのがロイなのだ。

「知ってるよ。だからさ、おじさん邪魔だよ」

 ロイは男の脇をすり抜けるでなく、指先一つで男を弾き飛ばした。

「冒険者なら、相対した相手の技量ぐらい見抜けよ」

 後ろから見ているだけのセドリックは、ロイがどんな顔をしているか見えないが、声の感じからして、ダンジョンで暴れていた時の顔を思い浮かべた。あの顔はなかなかだった。

「入ろう、セド」

 振り返り、セドリックに手を差し出した時の顔は、いつもの見慣れた顔だった。

「ああ」

 セドリックは素直にロイの手を取ると、一緒にガロ工房に入った。そうして振り返ると、遮音と認識阻害を織り交ぜた結界を展開させた。

「おいおい、随分と物騒な客が来たもんだな」

 カウンターには、一癖も二癖もありそうなこの店の主人が座っていた。

「そんなことないでしょ?」

 ロイはお菓子でも買いに来たような気安さを見せて、カウンターの席に着く。そして、腰の剣を置いた。

「これ、ここで作った剣だよね?」

 ロイが置いた剣を、店の主人はじっくりと眺めた。そして、鞘から剣を抜くと、その刀身を確認する。
 剣に掘られた文字を指先で撫でるように確認すると、その刀身を、鞘に戻した。

「なかなか、使いこなしてくれてるみたいだな」

 ニヤリと笑うその顔は、随分と人が良さそうだ。だが、何かしらの含みが感じられる。セドリックはロイの後ろに立って店の主人と対峙した。

「なるほど、『英雄』の剣が欲しいって?」

 セドリックの顔を見て理解したのか、店の主人はロイの後ろに視線を固定した。

「祖父が英雄だった。その剣がそこにあるものだ。だが、俺は俺の剣が欲しい」

 セドリックは自分の腰に提げた剣に一瞬視線を動かした。この剣も何代か前の英雄の物である。が、魔力の質が違うのか、完全に使いこなせていない感がある。

「なるほどねぇ」

 そう言いながら、店の主人はセドリックのことを上から下までじっくりと眺めた。そしてロイを見て考え込む。

「ウォーエント家の坊ちゃんが連れてきた英雄か。で、どれくらいあんだ?」

 店の主人がカウンターに肘を着いてロイに近付いた。そんな不躾な態度なんて、セドリックの中では有り得なかった。まして、ロイの顔に店の主人の顔が近すぎる。

「結構あるよ」

 ロイは空間収納から魔石を取り出し、カウンターに並べた。ダンジョンで集めた中でも、とびきり大きく色艶のいいものだ。

「ほう、そっちの英雄はこの手の魔力がいいってか」

 並べられた魔石を手に取り、店の主人はじっくりと眺めた。魔石の中の魔力を確認しているらしい。

「で、使いこなせんのかい?」

 セドリックを値踏みするように聞いてきた。ロイのことはウォーエント家の坊ちゃんと呼ぶほどに見知っているのだろう。英雄の家系と知っても、セドリックの実力を知ったわけではない。セドリックだって、先代の剣を使いこなせていたのかまでは分からないのだ。

「セドはいい腕してるよ」

 ロイがニヤリと笑った。ダンジョンの中で見たような、肝の座った男の笑い方だ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。 妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、 彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。 だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、 なぜかアラン本人に興味を持ち始める。 「君は、なぜそこまで必死なんだ?」 「妹のためです!」 ……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。 妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。 ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。 そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。 断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。 誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 透夜×ロロァのお話です。 本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけを更新するかもです。 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑) 大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑) 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...