【完結】英雄が番になるって聞いたのになんか違う

久乃り

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第1話 俺の人生が決まった

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 中等部での学習が終わる頃、検査結果が渡される。
 平民も貴族も王族も、みな等しく学業を受け、剣術や、魔術を習得することが出来る。

 これは全て、国がΩを管理するためのシステムのひとつに過ぎない。優秀なΩから優秀なα‬が産まれるからだ。隠蔽は許されない罪となる。
 Ωは国で徹底管理され、Ωを提供した家庭には国から報奨金があてがわれる。貴族には一括で、平民にはΩを育てた期間と同じく15年間。出生を誤魔化されないように、みな等しく学業を受ける制度が生まれた。

 検査は学園内の衛生機関で15の年に一斉に受ける。検査の結果により、16からの上等教育はΩだけは国が管理する寮に入り、優秀なΩとなるべく教育されるのだ。
 全ては優秀なα‬を生み出す為に。



 適性検査の結果を表示されて、俺は覚悟を決めてはいたけれど、やはり背中に寒気を感じてしまった。
 背があまり伸びないな。とか、筋肉が付きにくいな。とか、喉仏が出てこないよな。とか、色々気がついてはいた。
 気がついてはいたけれど、なんとなく現実から目を逸らしていた。

 俺が現実から目を逸らしていただけで、母上(男のΩ)が、俺に買い与える普段着がフリルやレースの付いているものだったり、やたらと襟の詰まったものだったりするのは気になってはいた。
 同族の匂いを、産みの親だからこそ感じ取っていたのだろう。

「分かっているとは思うけど、既に家長であるお父上には通達が出されているからね」

 衛生機関の医師は俺に諭すように言ってきた。
 知っている、国の管理下に置かれるのが嫌で、逃げ出すΩがいることを。貴族なら、一族の名誉に関わることなので恐ろしくて出来ないが、下級貴族の場合一族で、隠匿する場合もある。
 平民の場合は、15年間も給金が入るため、喜んで差し出してくる。国が行う正当な人身販売だと思う。
 だが、そうしないと平民のΩは、悲惨な目にあう。

 全てのΩが安心して生きていくための制度なのだ。
 分かっている。
 分かってはいるが…

 俺は内心喜びと悲しみが同居していた。
 喜びとは、わかりやすい。戦争に行かなくて済む。これに尽きる。
 悲しみとは、すなわち国の管理下に置かれることだ。衣食住全部国持ちだかららくなんだけどさ。

「わかりました」

 俺は目の前の書類を、用意された封筒にしまい込んだ。そうして制服のジャケットにある内ポケットにしまい込む。
 実質授業はほとんど行われておらず、自習のような状態だ。βで騎士課に進む生徒が剣術を習っているのが窓の向こうに見えた。

 俺はもう、剣術を習うことは無い。ひたすら知識と教養を高める授業を受けることになるのだ。
 静かすぎる廊下を歩き、教室にたどり着くと、まばらに生徒が座っていた。

「おかえり、リュート」

 同じく、今日検査結果を聞きに来ていたレオンが声をかけてきた。

「あぁ、ただいま」

 なんとなく、ぎこちない返事をしてしまって、俺は内心気まずくなった。

「どうだった?」

 レオンは俺の検査結果を聞いてくる。

「うん、Ωだった」

 隠しても仕方が無いので、俺はアッサリ答えた。
 上位貴族になればなるほど、α‬かΩしか産まれなくなるものだ。優秀なα‬の元に、国から優秀なΩがあてがわれる。
 国を守るために必要な措置だから。
 優秀なΩを輩出し、そのΩから優秀なα‬が産まれれば、貴族の中で優位性が生まれてくる。国に貢献しているから。
 俺は、上位貴族の子息だ。誰よりも優秀なΩにならなくてはならない。

「そっかぁ、じゃあ上等教育ではお別れなんだね」

 レオンはあっさりとした返事をしてきた。
 まぁ、そんなもんだよな。
 Ωを勝手に番に出来ないし、手を出したら国から処罰の対象になるからな。

「そうだな、ダンスとかの授業で会えるといいな」

「楽しみにしてる」

 レオンはそう言って手を振ってくれた。俺は鞄を片手に手を振ると、そのまま教室を後にした。
 外に出ると、すぐそこに馬車が控えていた。

「リュート様お待ちしておりました」

 いつもならこんなところに停めないのに、校舎のすぐ横に停められた馬車は朝とは違う。

「え?」

 母上が使う馬車が、とめられているのだ。

「早くお乗り下さい」

 侍従に急かされて俺は慌てて馬車に乗り込んだ。
 馬車の中は暗かった。
 なぜなら、カーテンがきっちり閉められていたからだ。理由は知っている。Ωの姿を隠すため。
 俺は侍従に言われた通りに内鍵を掛けた。
 その音が聞こえたのか、馬車がゆっくり動き出した。

 侍従はβだ。

 βとβの間に、稀にΩが産まれることがある。これが平民から産まれるΩのほとんどだ。α‬はΩからしか産まれない。

 だから、貴族は優秀なΩを欲しがる。それゆえの対策だ。貴族が誘拐を企てるのだ。優秀なΩを孕ませたい。α‬の本能らしいけど、恐ろしい話だ。
 上位貴族の子息でΩの俺は、誘拐などされないように注意しなくてはならない。そう言うことだ。

 俺が考え事をしていたからか、自宅に着いたことに、気づかなかった。
 侍従が外から数回ノックしてきたことに気づくのに、少し時間がかかってしまった。
 カーテンを少し開け、外の様子を確認してから鍵を開ける。
 侍従が扉を開けたので、ゆっくりと馬車から降りた。

「旦那様がお待ちでございます」

 玄関に入った途端、家令が俺に言ってきた。
 やっぱり、既に知られているのか。
 形式上、俺から報告しなくちゃいけないんだよな。
 俺は鞄を持ったまま、父上のいる書斎に向かった。

「リュートです」

 扉をノックして、名前を名乗ると中から直ぐに返事が来た。
 扉を家令があけるので、俺はゆっくりと中に入った。家令は扉の近くで立ち止まったが、俺はそのまま父上の前まで進む。

「検査の結果が出ました」

 胸ポケットから封筒を取り出し、父上に渡す。
 既に検査結果は父上に届いていることは知っているが、家長である父上に報告を上げねばならない。

「そうか」

 父上はそう言って俺から封筒を受け取った。
 今更中身を見る必要はあまりないと思うけれど、父上は書類に目を通す。
 ゆっくりと瞬きをして、俺を見た。

「寂しくなるな」

 父上はそう言って目を細めた。
 まぁ、薄々感づいていた所に決定打とも言える診断書だ。それで、国からも、書類が届いたのだろう。上位貴族である我が家からしたら、大喜びする程でもない金額なんだろうけどな。

「荷造りはミュゼと一緒にするといい」

 父上がそう言ったので、俺は礼を言って書斎を後にした。次に向かうのはミュゼこと、母上のところだ。

「待っていたわ、リュート」

 部屋に入るなり、満面の笑顔で迎えられた。母上は優秀なα‬である兄上を産んでいて、今回更にΩである俺を産んだということになり、優秀なΩとして更に尊ばれることになるだろう。

「母上」

 Ωであるからこそ、こうして俺は母上の隣に座ることができる。

「リュート、これは私からのプレゼントよ」

 そう言ってテーブルに出されたのは、チョーカーだった。

「はぁ」

 俺はそのチョーカーを見てもなんだか実感がわかなかった。万が一、うっかり防止のためのチョーカーだ。うちにはα‬の父上と兄がいる。その二人がうっかり間違って俺の首筋を噛まないようにするために付けるのだ。

 もちろん、首の詰まった服を着るのは当たり前だし、父上と兄とは2人っきりに、なることは今後ない。
 母上は俺の首にチョーカーを付けて満足そうに微笑んだ。
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