7 / 49
第1部 第1章 ケース オブ 調香師・鞍馬天狗『盗まれた香り』
七 忘れられない店
しおりを挟む
一
夜が開けて、街の空気が入れ替わる。
天気の良い土曜の朝が始まった。
まだ日は低いが、東京駅は観光気分に身を染めた人々が多く行き交っていた。
芽依は、帰りの始発に乗り込んで、帰宅の途へつく。
空いているだろうと目論んでいた車内は、夢の国へ向かう若者たちで溢れかえっているという予想外の混雑ぶりであったが、それでも座席は無事確保出来、昨晩から行っていない睡眠を補っていた。
地下を走る電車はやがて地上に出る。
東京湾沿いを走りながら、朝日を受ける水面がめずらしく煌めいていた。
電車に揺られながら、芽依は心地よい眠りに身を任せていた。
朝帰りだというのに、贅沢な朝を迎えた気分だ。
(それにしても、良い店だったな)
一晩中、アイデアとアイデアをつなぎ合わせながら、一つの形に捏ね上げ出来がったものに、芽依は手応えを感じていた。
芽依はコートに入れてあるスマホを取り出すと、うつろな目で《夜カフェ金木犀》と検索をかけた。だが、一晩中いたあの店は、どうしても出てこなかった。
(おかしいな……)
ヒットするのは、別の店や水商売関係の店名ばかり。いくらスクロールしても、昨日の店は出てこなかった。
あれだけのオシャレでトレンドを抑えたカフェであれば、ブログや写真が残っていてもおかしくない。そもそも、店のホームページすらヒットしないのは妙である。
(お店の名前、違っていたのかな)
東京駅、新店、夜カフェ。
東京駅、隠れ家、カフェ。
だが、どう工夫して検索してもやはりあの夜カフェ・金木犀は現れなかった。
(なんでだろう。まさか夢だった?)
そんなわけがなかったが、夜中練りまくっていたファンタジー企画のせいで、現実との境があやふやになっていた。
芽依は諦めてスマホをしまった。
あの店が出てこなかろうと、昨日のような不運な日が特別な日になったことに変わりはない。考えていると、再び眠気が襲ってきた。
(駅に着いたら、モーニングセット買って帰ろう)
そんなことを思いながら、芽依は駅までもう一眠りすることにした。
*****
不足している睡眠を補うために一眠りするつもりが、目を覚めすと時刻は午後四時を回ろうとしていた。
カーテンを閉じたままの部屋に、これから朝と夜のどちらがやってくるのか分からず脳が戸惑う。
まさか一日の半分以上を、睡眠で終えてしまうことになろうとは。だが芽依の頭はすっきりとしていた。
3年目となる8畳1Kのアパート暮らし。芽依はベッドから起き上がり、芽依はカーテンを開けた。
外は明るかった。ずいぶん日が長くなったものだ。芽依はキッチンへ向かい、冷蔵庫から飲み物を取ると、そのまま口をつけて飲み始める。
そして、家に帰る前に寄ったコンビニで買い込んでいたプリンを手に取り部屋へ戻る。
部屋の中心に敷いている毛足の長い白のラグ。その上に置いているお気に入りに楕円形のガラステーブルは芽依の食卓兼作業場だった。
芽依は部屋着のまま、プリンをスプーンで掬い、口へと運ぶ。少し固めのレトロな風味が美味しい。それとともに、昨晩のカフェを思い出してしまった。
直置きしてあるバッグからパソコンを取り出しテーブルに置く。スリープ状態が解除され、パソコンはいくつかのメールの受信した。
ひと通り確認を済ませた芽依は、昨日書き上げた企画に目を通す。
一眠りして、すっきりした頭で見る企画書は、変わらず芽依の気持ちを底上げした。この企画なら、東京とファンタジーが融合できるはずだ。
すると、タイミングよく、芽依のスマホに林田からのメッセージが入ってきた。
芽依は昨日の御礼と合わせて進捗を送っておく。
『前回の企画書を大幅にブラッシュアップさせています。調整が終わりましたらいったんお送りいたします』
次に会うのは一週間後だ。どうせなら、具体的なイメージを確保しておきたい。
メールを返信し、プリンをを食べ終えると、芽依は今夜もあの夜カフェへ行ってみたいという気持ちに駆られた。
あのカフェオレ美男子に会いたいというよりは、あの夜カフェ・金木犀の店の雰囲気を参考にしたいと思ったのだ。だが、芽依には即日誘えるような彼氏も友人すらいない。行くならば、ひとりで行くしかなかった。
(連チャンだけど、行ってもいいよね?)
たしか、お店は終電頃から開くといっていたはずだ。まだ五時前だが、店が開くのはまだまだであろう。さすがに二日連続ともなれば、体内時計が狂いそうではあるが、幸いなことに明日は日曜だ。それに、胸の内にみなぎる企画への想いが強まっている。
芽依は念のため、パソコンで店の名前を検索した。だが、のホームページはおろか、あらゆるSNSのコンテンツにもヒットしない。
「う~ん。やっぱり出てこない」
もしかしたら、昨日がオープン初日だったのだろうか。いや、それならばお祝い花などあってもよさそうだ。それに、常連客らしいあの医者と思われる男の人は、いつも立ち寄っている感が滲み出ていた。
(どうして何も出てこないのかな)
下調べができない以上、やはりもう一度店へ行ってみるしかない。
(よし。今夜もあの店に調査に行こう!)
芽依は夜に備えて準備を始め、夕方6時前には家を出て、東京駅へと向かうことにした。
夜が開けて、街の空気が入れ替わる。
天気の良い土曜の朝が始まった。
まだ日は低いが、東京駅は観光気分に身を染めた人々が多く行き交っていた。
芽依は、帰りの始発に乗り込んで、帰宅の途へつく。
空いているだろうと目論んでいた車内は、夢の国へ向かう若者たちで溢れかえっているという予想外の混雑ぶりであったが、それでも座席は無事確保出来、昨晩から行っていない睡眠を補っていた。
地下を走る電車はやがて地上に出る。
東京湾沿いを走りながら、朝日を受ける水面がめずらしく煌めいていた。
電車に揺られながら、芽依は心地よい眠りに身を任せていた。
朝帰りだというのに、贅沢な朝を迎えた気分だ。
(それにしても、良い店だったな)
一晩中、アイデアとアイデアをつなぎ合わせながら、一つの形に捏ね上げ出来がったものに、芽依は手応えを感じていた。
芽依はコートに入れてあるスマホを取り出すと、うつろな目で《夜カフェ金木犀》と検索をかけた。だが、一晩中いたあの店は、どうしても出てこなかった。
(おかしいな……)
ヒットするのは、別の店や水商売関係の店名ばかり。いくらスクロールしても、昨日の店は出てこなかった。
あれだけのオシャレでトレンドを抑えたカフェであれば、ブログや写真が残っていてもおかしくない。そもそも、店のホームページすらヒットしないのは妙である。
(お店の名前、違っていたのかな)
東京駅、新店、夜カフェ。
東京駅、隠れ家、カフェ。
だが、どう工夫して検索してもやはりあの夜カフェ・金木犀は現れなかった。
(なんでだろう。まさか夢だった?)
そんなわけがなかったが、夜中練りまくっていたファンタジー企画のせいで、現実との境があやふやになっていた。
芽依は諦めてスマホをしまった。
あの店が出てこなかろうと、昨日のような不運な日が特別な日になったことに変わりはない。考えていると、再び眠気が襲ってきた。
(駅に着いたら、モーニングセット買って帰ろう)
そんなことを思いながら、芽依は駅までもう一眠りすることにした。
*****
不足している睡眠を補うために一眠りするつもりが、目を覚めすと時刻は午後四時を回ろうとしていた。
カーテンを閉じたままの部屋に、これから朝と夜のどちらがやってくるのか分からず脳が戸惑う。
まさか一日の半分以上を、睡眠で終えてしまうことになろうとは。だが芽依の頭はすっきりとしていた。
3年目となる8畳1Kのアパート暮らし。芽依はベッドから起き上がり、芽依はカーテンを開けた。
外は明るかった。ずいぶん日が長くなったものだ。芽依はキッチンへ向かい、冷蔵庫から飲み物を取ると、そのまま口をつけて飲み始める。
そして、家に帰る前に寄ったコンビニで買い込んでいたプリンを手に取り部屋へ戻る。
部屋の中心に敷いている毛足の長い白のラグ。その上に置いているお気に入りに楕円形のガラステーブルは芽依の食卓兼作業場だった。
芽依は部屋着のまま、プリンをスプーンで掬い、口へと運ぶ。少し固めのレトロな風味が美味しい。それとともに、昨晩のカフェを思い出してしまった。
直置きしてあるバッグからパソコンを取り出しテーブルに置く。スリープ状態が解除され、パソコンはいくつかのメールの受信した。
ひと通り確認を済ませた芽依は、昨日書き上げた企画に目を通す。
一眠りして、すっきりした頭で見る企画書は、変わらず芽依の気持ちを底上げした。この企画なら、東京とファンタジーが融合できるはずだ。
すると、タイミングよく、芽依のスマホに林田からのメッセージが入ってきた。
芽依は昨日の御礼と合わせて進捗を送っておく。
『前回の企画書を大幅にブラッシュアップさせています。調整が終わりましたらいったんお送りいたします』
次に会うのは一週間後だ。どうせなら、具体的なイメージを確保しておきたい。
メールを返信し、プリンをを食べ終えると、芽依は今夜もあの夜カフェへ行ってみたいという気持ちに駆られた。
あのカフェオレ美男子に会いたいというよりは、あの夜カフェ・金木犀の店の雰囲気を参考にしたいと思ったのだ。だが、芽依には即日誘えるような彼氏も友人すらいない。行くならば、ひとりで行くしかなかった。
(連チャンだけど、行ってもいいよね?)
たしか、お店は終電頃から開くといっていたはずだ。まだ五時前だが、店が開くのはまだまだであろう。さすがに二日連続ともなれば、体内時計が狂いそうではあるが、幸いなことに明日は日曜だ。それに、胸の内にみなぎる企画への想いが強まっている。
芽依は念のため、パソコンで店の名前を検索した。だが、のホームページはおろか、あらゆるSNSのコンテンツにもヒットしない。
「う~ん。やっぱり出てこない」
もしかしたら、昨日がオープン初日だったのだろうか。いや、それならばお祝い花などあってもよさそうだ。それに、常連客らしいあの医者と思われる男の人は、いつも立ち寄っている感が滲み出ていた。
(どうして何も出てこないのかな)
下調べができない以上、やはりもう一度店へ行ってみるしかない。
(よし。今夜もあの店に調査に行こう!)
芽依は夜に備えて準備を始め、夕方6時前には家を出て、東京駅へと向かうことにした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる