夜カフェ〈金木犀〉〜京都出禁の酒呑童子は禊の最中でした〜

花綿アメ

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第6章

三 敗北

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 一

 芽依はその日、鞍馬とともに弁護士事務所を訪れていた。
 東京駅から山手線と使い、神谷町で下車。
 駅から歩いて六分くらいのところにある7階建ビルの5階にその事務所は入っていた。
 緊張しながらその戸を叩くと、出てきたのは人の良さそうな中年の男の人だった。

「弁護士の森岡です。お待ちしておりました。さあどうぞ」

 森岡の年齢は四十代前後といったところだろうか。細身の体ながら目尻のしわは深く、人のよさそうな男性だった。
 弁護士事務所と聞いていた芽依は、オフィスは高級感に溢れていて、至るところに有名な絵画や美術品が飾られていて、応接間には黒革のソファが部屋を占拠しているものかと思っていたが、イメージからは程遠い、実にシンプルで昔ながらのどこにでもあるオフィスと変わりなかった。

「奥の部屋、使いますね」

 そして、案内された部屋の戸には「応接室」と書かれていた。
 芽依と鞍馬は中に入ると、先に席に座ってまっているよう促された。
 黒革のソファではなかったが、すわりごこちのよいグレーのソファに鞍馬と横並びで腰を下ろす。
 森岡は芽依たちの向かいに座ると、もっていたパソコンを開いて自分の斜め前において前を向いた。。

「あ、あの、本日はお忙しい中お時間いただきありがとうございます」
「いえとんでもない。田野前くんから軽くお話を聞いております。大変でしたね」

 そういうと、森岡はパソコン画面に目を移し、マウスをクリックして画面に何かのページを開いたようだった。

「さっそくですが、お困りごとというのは、物語を書くために作った企画書の無断利用と、調香レシピに関するアイデアの盗作についてでしたね」
「はい、そうです」
「おそらく、お二人の気がかりとして、「権利はどこにあるか」「盗用は認められるか」といった部分が気になっておられるかと存じます」

 すると、森岡は内ポケットから取り出した老眼鏡をかけると、慣れない手つきでキーボードを叩きながら何かを確認していた。

「率直に申し上げて、今回の阿倍野さんの企画書というのはアイデアという扱いにあたります。そして残念ながら、アイデアは法的には著作権の保護対象とはならないのが現状です」
「えっ……」
「これが創作物となるとまた変わってきます。どんなものであれ、プロでも素人でも関係なく、制作物には著作権が存在します。ですが頭の中に思い描いたものは該当しません。アイデアはそれにあたりますね」

 緊張の中、森岡から言われた言葉はやはりというものだった。

「じゃあ、それを止める方法もないんでしょうか」
「止める。つまり、使用の差し止めということですか?」
「はい、そうです」
「企画の内容物に、自社のシステム情報であったり、それに値する具体的なプログラムコードなどが可能です。ですが、阿倍野さんの企画書場合、目を通させていただきましたがあくまでも提案の範疇である場合が多く、残念ながらそこまでもっていくのは難しいのが現状でしょう」
「そうですか……」
「今はたくさんのクリエイティブな世界がさかんです。正直、僕は専門外ですが、もう少し、こまかな法整備があってもよいかとあらためて思いました」

 森岡は希望をなくして俯く芽依に寄り添うように告げた。

「それから、鞍馬さんのレシピ盗用に関しては一部認められる可能性はあります。詳細な記録も残っていますし、明らかに、このレシピは鞍馬さんのオリジナル作品として、著作権は鞍馬さんにあるものであり、先方は著作権侵害に当たるでしょう。ですが問題は、SEEmyの商標は相手側が考えたブランド名であること。また、その商標登録を済ませているという部分です。ということは、これらを無効にすべく準備が必要となります。そして、鞍馬さんの企画の際に起こしたアイデアに関しても、阿倍野さんの件と同じように、香水の素材や配分に著作権があるわけではないので、どこまでを鞍馬さんの著作物として認められるかは、対企業となると正直なんとも言えません。鞍馬さんの作った香りが、相手側の作った香りが似ているかという証明は、もっと専門的な話になってきますので、よろしければ僕の知り合いの専門家をご紹介いたします」
「専門家……」

 森岡の話はとてもわかりやすく、ゆえに手段が乏しいことを言われているような気がした。

「アイデアの盗用というのは道義的に許されたことではありません。ですが、法律にかかるとそこまでの効力はないのが実情です。もっと調査して、相手の参考にした資料などが発見されればなんとか争えるかもしれませんが、僕から言えることはこれくらいです。お力になれず申し訳ございません」
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