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第6章
四 盗まれた香り
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四
「え……。えええ!!」
それは、ここにいる三人が禊を受けるあやかしだと打ち明けられたこと以上の衝撃だった。
「それって、パクられたってことですか!」
「そうだよ……」
遠い目をして、鞍馬は返事した。
「そんな……」
(私の企画に関わっている人が、そんな問題を起こしていただなんて……)
「なあお前、松井って男、知ってるの?」
そう尋ねたのは天童だった。
「それは……、えっと守秘義務が」
「守秘義務? イエスかノーかのどっちかだろ」
いやいや、松井が絡んでいるとなればその二択すら運命の分かれ道になるのだ。
だが芽依は、もうその話を聞いてしまった以上、自身が関わる企画にすら不審感が募り出す。
本当に、東京ファンタジアの企画は大丈夫なのだろうか。芽依の脳裏にそんな不安が過ぎった。
「あの……、鞍馬さん。このことってきちんと弁護士さんとかに相談した方がいいんじゃないですか?」
すると、鞍馬は塞ぎ込むように俯いた。
「すでにSEEmyは志摩ユウキのブランドとして世間に知れ渡っている。いまさらそれを取り返すなんてこと、僕には無理だよ」
「それじゃ、泣き寝入りじゃないですか!」
「天の気持ちもわからなくもない。まして、俺たちがこのことを知ったのは数週間前のことだ。だが、天の企画が動いたのは一年前の話だ」
「そんなに時間が経っていたんですか?」
「俺は専門家じゃないから確かなことはいえないが、弁護士を立てて争ったところで、精神的苦痛による慰謝料がいいところだと思っている。相手側には大きな広告スポンサーがついている。販売差し止めにまでもっていくには、個人の力ではかなり難しい。それに天の受けた傷は消えることはない」
「鴑羅はそういうけど、俺はそうは思ってねえ。痛い目に合わせればいいんだよ。こんなことがまかり通っていたら、世の中、パクったもん勝ちじゃねえか」
「確かに……」
「でも僕は、そんなところで自分の名前を出したくないんです。志摩ユウキに訴訟を起こした男の商品だってことになってしまうから。あの、阿倍野さんならどう思いますか?」
「私ですか?」
「物語を書く人として……、どう思うのかなって」
芽依ですら、東京ファンタジアを企画するにあたって、何かの版権に触れていないかなど、さまざまなことに気を払った。だが、創作についていえば、似てる似ていないの線引きはむずかしい。ましてあやかしの登場する話など、いまやごまんとあるのだから。
「おい、待て。俺たちはなんでこの話をこの女に話してる!」
「お前が始めたんじゃないか」
「くそ。違う。俺はお前に聞きたいことがある」
そういうと、天童は店にかかっている時計に目を向けた。
「開店の時間だ。今日のところはこれで勘弁してやる」
「あ、終電……」
芽依がそう呟くと、突然、芽依の手首が天童に掴まれる。
「ひゃっ! 何ですか!」
「少し黙れ」
「お前に印を刻むんだ」
「印……?」
すると、手首のあたりがじわりと熱くなり、ピリピリとした感覚が走り抜けた。
「えっ、何したんですか?」
「喜べ。俺の印をつけた」
だが、手首に印らしきものが刻まれてる気配はない。
「あやかしにしかわからない印だ。言った通り、お前は俺たちのタブーを知ってしまった。今後、俺たちを裏切ろうとすれば、その印がお前に苦痛を与えることになるだろう」
「おい、天童。人間に印をつけることは禁止されてるだろう」
「ばれなきゃいいんだよ」
「印……」
芽依は手首をさすりながら、どこかで聞いたような話だと思った。
——あやかしは、我々は印をつける生き物だ。だが我々は、それを跳ね返す力を持っている。
(あれ……、これってどこで聞いたんだっけ)
なにかの小説だったか、それとも昔見たアニメのセリフだったか。
それに似たものを、付けられてしまったのかと芽依は素直に受け止めていた。
「終電に乗るというのなら、家まで送ろう」
「えっ?」
「俺は夜勤明けでね。今夜は家に帰る。家はどこだ」
「えっと、千葉……」
「そうか。天、君も乗っていくか?」
「いいんですか?」
「おいおい、鴑羅。帰るのか?」
「ああ。言った通り、夜勤明けなんでな」
「天くんも帰っちゃうの?」
「そうですね。僕もあまり調子もよくないので」
「なんだよ。こんな一大事な夜に俺だけひとりで店番かよ」
拗ねる天童を残して、芽依は鴑羅の車の洪武座席に乗り込んだ。
過ぎ去る街並みを眺めながら、芽依は冷静に状況を飲み込んでいた。
この人たちはあやかしで、自分はこの人たちのことを描いていたのだ。
(信じられない……。これは、とんでもないことだ)
「え……。えええ!!」
それは、ここにいる三人が禊を受けるあやかしだと打ち明けられたこと以上の衝撃だった。
「それって、パクられたってことですか!」
「そうだよ……」
遠い目をして、鞍馬は返事した。
「そんな……」
(私の企画に関わっている人が、そんな問題を起こしていただなんて……)
「なあお前、松井って男、知ってるの?」
そう尋ねたのは天童だった。
「それは……、えっと守秘義務が」
「守秘義務? イエスかノーかのどっちかだろ」
いやいや、松井が絡んでいるとなればその二択すら運命の分かれ道になるのだ。
だが芽依は、もうその話を聞いてしまった以上、自身が関わる企画にすら不審感が募り出す。
本当に、東京ファンタジアの企画は大丈夫なのだろうか。芽依の脳裏にそんな不安が過ぎった。
「あの……、鞍馬さん。このことってきちんと弁護士さんとかに相談した方がいいんじゃないですか?」
すると、鞍馬は塞ぎ込むように俯いた。
「すでにSEEmyは志摩ユウキのブランドとして世間に知れ渡っている。いまさらそれを取り返すなんてこと、僕には無理だよ」
「それじゃ、泣き寝入りじゃないですか!」
「天の気持ちもわからなくもない。まして、俺たちがこのことを知ったのは数週間前のことだ。だが、天の企画が動いたのは一年前の話だ」
「そんなに時間が経っていたんですか?」
「俺は専門家じゃないから確かなことはいえないが、弁護士を立てて争ったところで、精神的苦痛による慰謝料がいいところだと思っている。相手側には大きな広告スポンサーがついている。販売差し止めにまでもっていくには、個人の力ではかなり難しい。それに天の受けた傷は消えることはない」
「鴑羅はそういうけど、俺はそうは思ってねえ。痛い目に合わせればいいんだよ。こんなことがまかり通っていたら、世の中、パクったもん勝ちじゃねえか」
「確かに……」
「でも僕は、そんなところで自分の名前を出したくないんです。志摩ユウキに訴訟を起こした男の商品だってことになってしまうから。あの、阿倍野さんならどう思いますか?」
「私ですか?」
「物語を書く人として……、どう思うのかなって」
芽依ですら、東京ファンタジアを企画するにあたって、何かの版権に触れていないかなど、さまざまなことに気を払った。だが、創作についていえば、似てる似ていないの線引きはむずかしい。ましてあやかしの登場する話など、いまやごまんとあるのだから。
「おい、待て。俺たちはなんでこの話をこの女に話してる!」
「お前が始めたんじゃないか」
「くそ。違う。俺はお前に聞きたいことがある」
そういうと、天童は店にかかっている時計に目を向けた。
「開店の時間だ。今日のところはこれで勘弁してやる」
「あ、終電……」
芽依がそう呟くと、突然、芽依の手首が天童に掴まれる。
「ひゃっ! 何ですか!」
「少し黙れ」
「お前に印を刻むんだ」
「印……?」
すると、手首のあたりがじわりと熱くなり、ピリピリとした感覚が走り抜けた。
「えっ、何したんですか?」
「喜べ。俺の印をつけた」
だが、手首に印らしきものが刻まれてる気配はない。
「あやかしにしかわからない印だ。言った通り、お前は俺たちのタブーを知ってしまった。今後、俺たちを裏切ろうとすれば、その印がお前に苦痛を与えることになるだろう」
「おい、天童。人間に印をつけることは禁止されてるだろう」
「ばれなきゃいいんだよ」
「印……」
芽依は手首をさすりながら、どこかで聞いたような話だと思った。
——あやかしは、我々は印をつける生き物だ。だが我々は、それを跳ね返す力を持っている。
(あれ……、これってどこで聞いたんだっけ)
なにかの小説だったか、それとも昔見たアニメのセリフだったか。
それに似たものを、付けられてしまったのかと芽依は素直に受け止めていた。
「終電に乗るというのなら、家まで送ろう」
「えっ?」
「俺は夜勤明けでね。今夜は家に帰る。家はどこだ」
「えっと、千葉……」
「そうか。天、君も乗っていくか?」
「いいんですか?」
「おいおい、鴑羅。帰るのか?」
「ああ。言った通り、夜勤明けなんでな」
「天くんも帰っちゃうの?」
「そうですね。僕もあまり調子もよくないので」
「なんだよ。こんな一大事な夜に俺だけひとりで店番かよ」
拗ねる天童を残して、芽依は鴑羅の車の洪武座席に乗り込んだ。
過ぎ去る街並みを眺めながら、芽依は冷静に状況を飲み込んでいた。
この人たちはあやかしで、自分はこの人たちのことを描いていたのだ。
(信じられない……。これは、とんでもないことだ)
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