夜カフェ〈金木犀〉〜京都出禁の酒呑童子は禊の最中でした〜

花綿アメ

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第5章

四 あやかしのいる夜カフェ

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 四 

 芽依は次第に気持ちが落ち着き始め、芽依は椅子に座り直す。
 芽依の腕をエスプレッソ好青年が支えてくれ、そのやさしさが身に染みた。

「大丈夫か? 無理はするな」
「ありがとうございます。少し落ち着きました。大丈夫です」

 そして芽依は、バッグを手繰り寄せ、ペットボトルと薬のゴミをバッグの中へ収める。

「あの……、お話を戻して申し訳ありませんが、店主さんはその東京ファタジアが不愉快でライターを探していたということでしょうか」
「ああ。そうだよ。それもあるけど、なによりも許せないのは俺たちのタブーに触れてるからだ」
「タブー?」
「古に犯した罪を償うために禊を課せられたあやかしがいるっていうこと。これは俺たちが明かしてはならないタブー中のタブーだ。それをお前は堂々とネタにして。しかも不特定多数が目にするものに書き綴った」
「お言葉ですが、これはあくまでも架空の物語設定です」
「架空であるかよ。実際、俺は禊を課せられている」
「?」
「俺だけじゃ無い。鴑羅は人間の命を救う禊を課せられて医者をしている。俺たちのような大罪を犯したあやかしは、過去の罪を償うために、何百年という年月を費やし、この理不尽極まりない人間界での苦行を課せられ続けている。しかも、お前は鞍馬天の悩みをネタにしやがった。お前、いったいどこのあやかしだ」
「鞍馬、天?」

 そこまで話を聞いていた鴑羅が、何かに気付いて口を挟んだ。

「待ってくれ。君、まさか知らないのか?」
「なにをですか? 確かに、私が書こうとしていたのは、東京と舞台にしたファンタジーの物語で、そこにあやかしを登場させています。ですがこれは私が作った設定です。逆にお聞きしたいのですが、なぜそんな細かな設定を店主さんはご存知なのですか?」
「真実だからだろ。俺を誰だと思ってる」
すると、鴑羅はカフェラテ店主へ目配せをした。
「天童。彼女の禊を開けるか?」

 そういうと、天童と呼ばれたカフェラテ店主は芽依を見つめた。

「ああ、もちろん」

 すると、カフェラテ店主は芽依の両眼を見つめ、手のひらを目の前にかざした。
 そして人差し指と中指を合わせると、芽依の額の上で、真横に線を描く仕草をみせた。

「……」
「……天童?」
「待て。開かねえ」

 ぞわぞわと、体中の毛が逆立ってきた。
 この人たち、相当にやばい思想癖を持っている!
 何故気付かなかったのだろうか。実家で散々見てきたオカルト的行為。それを彷彿とさせる仕草を、このカフェラテ店主は行おうとしている。
 芽依は実家での儀式を思い出してたまらず叫んだ。

「あの、やめてもらえますか! 私、そういうことには興味はありません!」

 芽依は顔の前でカフェラテ店主の腕を振り払い、店主から目を逸らした。

「こいつ、俺の腕を振り払ったぞ? お前、人間なのか?」
「どうしてそんな質問をするのですか? 私が、人間以外の何かに見えるんでしょうか。幻聴を持ってるからって人格否定はどうかと思います!」

 店主の顔色が青ざめていた。
 言い過ぎたのだろうか。いや、違う。おかしいのはどう見ても彼らの方だ。
 カフェラテ店主は事実を受け入れられないのか、今度は芽依を恐ろしい生き物を見るかのような目を見せている。

「おい……、冗談だろ?」
「天童……」
「鴑羅……」

 この状況で、二人は気持ちを確かめ合うかのように名前を呼び合った。
(待って。ガチで気持ち悪いんですけど!)
 芽依がそう思った、そのときだった。

「天童さん。鴑羅さん。遅くなってすみません」

 再び店の扉が開いたと思うと、入ってきたのはロイヤルミルクティー男子だった。

「あっ……」

 芽依がロイヤルミルクティー男子を見ると同時に、ロイヤルミルクティー男子も芽依を見て、同じように声を出した。

「君……、病院で倒れた人……」

 すると、店主が再び質問をした。

「なあ、阿倍野芽依。お前、出身はどこだ」

 これで全てがはっきりする。そんな言い方だった。
 今、ここで出身地を聞くなんて。頭のほうは大丈夫なのだろうか。これだけおかしな人たちに、微塵もプライベートを明かす気になどなれない。

「答えたくありません」
「まさか、京都じゃないよな?」
「っ!」

 答えないつもりだった芽依だったが、まさかのドンピシャだったため、顔で返事をしてしまっていた。

「京都なんだな」
「彼女は人間だ……」

 断言するように、鴑羅が言った。
 来たばかりで状況の読めないロイヤルミルクティー男子は、困惑して皆の様子を伺っている。
その傍らで、カフェラテ店主は口元を抑え、雷にでも打たれたかのような衝撃をにじませながら、ふらついてつぶやいた。

「……やべえ。俺、やらかしたぞ」

 店主は腰が抜けたように、カウンター内に置いてあった丸椅子に力なく座り込む。

「やらかした。……禊延長、確定だ」
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