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かおるの事情
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「社長~戻りました。石井さんは自宅へ帰られましたが良かったですよね?」
社長室へ戻ってきた涼はドーナツの入った大きな箱をテーブルに置きながら言った。
ほどなくしてドアがノックされ、良い香りを漂わせたコーヒーが運ばれてきた。
「さ、どうぞ社長。わざわざホーカスポーカスまで行って買ってきたんですから」
テーブル前のソファに座った馨は手を差し出しながら言った。「俺のカードで買ったドーナツだろ?」
「アハハ、正解です。ではカードは確かにお返ししましたよ」
「それで・・買い物はどうだった?」
(おや、珍しい。仕事場で馨君が仕事以外の事柄に意識を向ける事はほぼ無いのに)
「母の所で売り上げに貢献して頂きましたよぉ。石井さんも楽しんでらしたと思います」
コーヒーをすすりながらドーナツをつまむ馨を見て、涼は思った。―逆に馨君にとっては喜ばしい事ではないかもしれないな。あんな石井さんを目の前にしたら・・馨君は大丈夫かな。
「社長は石井さんと一緒に居ても全く平気に見えますね」
「全く平気ではないが・・不思議と不快感がない。あまり緊張もしないな」
「初めて見た時、男性と間違えましたね。ああいう外見のせいかな?」
「そうかもしれない。声以外は女性を感じさせないな」
だが仕草や表情が男らしいとも言えない。そしてそのどちらにも馨は嫌悪を感じなかった。
馨は女性恐怖症だった。
子供の頃は近くに女性が立っているだけでも緊張して吐き気がした。中学は男女共学だったため毎日が苦痛で危うく不登校になりかけた。なんとか死に物狂いで3年間を過ごし高校はインターナショナルスクールの男子校を選んだ。
大学ではうまく立ち回り女性を避け、表面上は普通に過ごすことが出来るようになった。
サークル活動も女性が絡まない物を選んだ。合コンなんてものは全て断ったが、恨めしいかな馨はその外見からも由緒正しい血筋からも相当女性にモテてしまった。
国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの御曹司でまるでモデルか俳優のような容姿。頭脳明晰、スポーツ万能、何の宣伝文句かと思うような全てを持ち合わせたイケメンがモテない訳がないのだ。
だが女性を寄せ付けない態度のせいでそのうち馨はゲイだろうと囁かれるようになった。そうなると馨に興味を示す女子生徒も減ってきた。馨としてはその方がありがたかったから否定もしなかった。
馨の病気を知るのは涼だけだった。中学からの幼馴染である涼の協力のお陰で何とか今日までやってこれたのだ。
家族には内緒で心療内科に通ってはいるが、大きな改善は見られない。幼少期に体験したトラウマが原因の場合は時間がかかると言われた。
「治らないとは言われなかったんだろう? それに馨は女性が嫌いな訳じゃない。きっと、気づいたら治ってました! ってなるさ」
涼はいつもそう言って馨を励ました。
今も目の前でドーナツをパクつきながら馨の心配をしている。
「あの石井さんさ、あんな身なりだから男っぽく見えるけど着替えると見違えたよ。当日会ってあんまり驚かないようにね」
_________
沙耶は洋服やバッグが入った袋を抱えて高野家に帰ってきた。
景子に見つからない様にこっそり自分の部屋へ入ろうとしていたのに、帰宅を察知した景子がリビングから顔を出した。
「遅かったわね、台本の読み合わせするって言ってたの忘れたの?」
沙耶が手にしている買い物を見て景子は続けた。
「何? 買い物行ってきたの? 結婚するからって色気づいちゃって嫌ぁねぇ。ふぅーん、随分高い店に行ってきたのね。ちょっとこっちで見せてよ」
リビングに沙耶を引っ張り入れた景子は許可も得ず、袋から中身を次々と取り出した。
「へぇ~沙耶にしてはいいセンスじゃない。靴もバッグも全部コーディネートされてるわ。ここのブランドは高くて私でもそうそう手が出ないのに随分買い込んだわね。お母さぁ~ん、ちょっとぉ~」
大声を張り上げて母親を呼ぶと、今度は2人で沙耶の買い物の品定めがはじまった。
「あら、このブラウス素敵じゃない。沙耶、これは私が貰っておくわね」リカが当たり前のように薄いグリーンのブラウスを取り上げた。
「えっ・・」
「こっちのワンピースは私が着るわ。これに合うバッグと靴はこれね。ああー靴が大きくてだめだわ。仕方ない、バッグとワンピースにするわ」
「あっ、それはご家族に会う時に着るワンピースなの。だから・・」
「えええ~これ着て彼のご家族に会うのぉ? それよりいつものパンツスーツの方がいいわよ。こんなチャラチャラしたのよりずっとご家族受けがいいわよ! 真面目できちっとした感じに見えるから!」
いつものように言い包めようとする景子に沙耶もつい、いつもと同じように素直にそれを受け入れてしまう。
(そうか、真面目できちっとした感じね。それは大事かもしれないわ! でもせっかく池田さんたちが選んでくれたのに悪いわ・・)
「でも一緒に選んでくれた方に悪いから・・」
「店員なんて高い物を買わせようと必死なだけで沙耶の事を考えてないのよ。その点私は沙耶の為を思って言ってるんだから、言う事聞きなさいよ」
「そうよ、そうしなさい沙耶」リカも横目で睨み付けた。
このままここに居たら靴以外すべてを持っていかれそうだった。仕方なくワンピースは諦めて、沙耶は他の洋服を素早く袋に詰め直して自分の部屋へ引き下がった。
「ちょっと景子、このタグ見てよ。このブラウス1枚で4万だって」
「そうよ、このワンピースだって16万よ。ここは高いの」
「あのバカはどうしてこんな高い店で買おうと思ったのかしら?」
「さぁね。騙されてるのにも気づかないで舞い上がってるんじゃないの。まあでもこの店の服をゲット出来てラッキーだったわ」
「ほんとバカなんだから。こっちは厄介払いが出来て助かったけどね」
早速沙耶から取り上げたワンピースを着た景子はご機嫌だった。
社長室へ戻ってきた涼はドーナツの入った大きな箱をテーブルに置きながら言った。
ほどなくしてドアがノックされ、良い香りを漂わせたコーヒーが運ばれてきた。
「さ、どうぞ社長。わざわざホーカスポーカスまで行って買ってきたんですから」
テーブル前のソファに座った馨は手を差し出しながら言った。「俺のカードで買ったドーナツだろ?」
「アハハ、正解です。ではカードは確かにお返ししましたよ」
「それで・・買い物はどうだった?」
(おや、珍しい。仕事場で馨君が仕事以外の事柄に意識を向ける事はほぼ無いのに)
「母の所で売り上げに貢献して頂きましたよぉ。石井さんも楽しんでらしたと思います」
コーヒーをすすりながらドーナツをつまむ馨を見て、涼は思った。―逆に馨君にとっては喜ばしい事ではないかもしれないな。あんな石井さんを目の前にしたら・・馨君は大丈夫かな。
「社長は石井さんと一緒に居ても全く平気に見えますね」
「全く平気ではないが・・不思議と不快感がない。あまり緊張もしないな」
「初めて見た時、男性と間違えましたね。ああいう外見のせいかな?」
「そうかもしれない。声以外は女性を感じさせないな」
だが仕草や表情が男らしいとも言えない。そしてそのどちらにも馨は嫌悪を感じなかった。
馨は女性恐怖症だった。
子供の頃は近くに女性が立っているだけでも緊張して吐き気がした。中学は男女共学だったため毎日が苦痛で危うく不登校になりかけた。なんとか死に物狂いで3年間を過ごし高校はインターナショナルスクールの男子校を選んだ。
大学ではうまく立ち回り女性を避け、表面上は普通に過ごすことが出来るようになった。
サークル活動も女性が絡まない物を選んだ。合コンなんてものは全て断ったが、恨めしいかな馨はその外見からも由緒正しい血筋からも相当女性にモテてしまった。
国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの御曹司でまるでモデルか俳優のような容姿。頭脳明晰、スポーツ万能、何の宣伝文句かと思うような全てを持ち合わせたイケメンがモテない訳がないのだ。
だが女性を寄せ付けない態度のせいでそのうち馨はゲイだろうと囁かれるようになった。そうなると馨に興味を示す女子生徒も減ってきた。馨としてはその方がありがたかったから否定もしなかった。
馨の病気を知るのは涼だけだった。中学からの幼馴染である涼の協力のお陰で何とか今日までやってこれたのだ。
家族には内緒で心療内科に通ってはいるが、大きな改善は見られない。幼少期に体験したトラウマが原因の場合は時間がかかると言われた。
「治らないとは言われなかったんだろう? それに馨は女性が嫌いな訳じゃない。きっと、気づいたら治ってました! ってなるさ」
涼はいつもそう言って馨を励ました。
今も目の前でドーナツをパクつきながら馨の心配をしている。
「あの石井さんさ、あんな身なりだから男っぽく見えるけど着替えると見違えたよ。当日会ってあんまり驚かないようにね」
_________
沙耶は洋服やバッグが入った袋を抱えて高野家に帰ってきた。
景子に見つからない様にこっそり自分の部屋へ入ろうとしていたのに、帰宅を察知した景子がリビングから顔を出した。
「遅かったわね、台本の読み合わせするって言ってたの忘れたの?」
沙耶が手にしている買い物を見て景子は続けた。
「何? 買い物行ってきたの? 結婚するからって色気づいちゃって嫌ぁねぇ。ふぅーん、随分高い店に行ってきたのね。ちょっとこっちで見せてよ」
リビングに沙耶を引っ張り入れた景子は許可も得ず、袋から中身を次々と取り出した。
「へぇ~沙耶にしてはいいセンスじゃない。靴もバッグも全部コーディネートされてるわ。ここのブランドは高くて私でもそうそう手が出ないのに随分買い込んだわね。お母さぁ~ん、ちょっとぉ~」
大声を張り上げて母親を呼ぶと、今度は2人で沙耶の買い物の品定めがはじまった。
「あら、このブラウス素敵じゃない。沙耶、これは私が貰っておくわね」リカが当たり前のように薄いグリーンのブラウスを取り上げた。
「えっ・・」
「こっちのワンピースは私が着るわ。これに合うバッグと靴はこれね。ああー靴が大きくてだめだわ。仕方ない、バッグとワンピースにするわ」
「あっ、それはご家族に会う時に着るワンピースなの。だから・・」
「えええ~これ着て彼のご家族に会うのぉ? それよりいつものパンツスーツの方がいいわよ。こんなチャラチャラしたのよりずっとご家族受けがいいわよ! 真面目できちっとした感じに見えるから!」
いつものように言い包めようとする景子に沙耶もつい、いつもと同じように素直にそれを受け入れてしまう。
(そうか、真面目できちっとした感じね。それは大事かもしれないわ! でもせっかく池田さんたちが選んでくれたのに悪いわ・・)
「でも一緒に選んでくれた方に悪いから・・」
「店員なんて高い物を買わせようと必死なだけで沙耶の事を考えてないのよ。その点私は沙耶の為を思って言ってるんだから、言う事聞きなさいよ」
「そうよ、そうしなさい沙耶」リカも横目で睨み付けた。
このままここに居たら靴以外すべてを持っていかれそうだった。仕方なくワンピースは諦めて、沙耶は他の洋服を素早く袋に詰め直して自分の部屋へ引き下がった。
「ちょっと景子、このタグ見てよ。このブラウス1枚で4万だって」
「そうよ、このワンピースだって16万よ。ここは高いの」
「あのバカはどうしてこんな高い店で買おうと思ったのかしら?」
「さぁね。騙されてるのにも気づかないで舞い上がってるんじゃないの。まあでもこの店の服をゲット出来てラッキーだったわ」
「ほんとバカなんだから。こっちは厄介払いが出来て助かったけどね」
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