男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三

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義久の失言

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 その週の日曜に結花と沙耶は買い物に出掛けた。自宅の前で記者が待ち構えていたが、沙耶が男性に変装して出掛けたおかげで気づかれずにやり過ごす事が出来た。

「あんなに沢山いるとは思わなかったね」
「帰りもこの作戦でいけるかちょっと不安ね・・さてと、まずは洋服からね」

 沙耶は人の洋服を見立てるのは気が楽だった。単に相手を素敵にしてあげればいいのだ。景子にとやかく言われることもない。

「あっ、これ可愛い。でも私に似合うかな?」
「どれ? ほんとだ可愛いね。結花ちゃんに似合うわよ、色はこっちのほうが顔色がよく見えるみたい」

 色んなショップを回って持ちきれない程の買い物を二人は楽しんだ。結花の買い物のはずが、勧められるままに沙耶も何着か購入してしまった。

 今回は結花と沙耶が二人で買い物に行くと知った義久が結花にクレジットカードを貸し与えたのだ。「好きなだけ、買ってこい」と。

 結花はこんな風に買い物を楽しむのは初めてだった。買い物の合間にカフェでひと息つきながらスイーツを食べたり、ファッション雑誌を見て話題のショップに足を運んだりした。

「もうこんな時間だね。楽しくて時間を忘れるってこういう事なんだね!」
「私も結花ちゃんと一緒でほんとに楽しかったわ。2軒目のカフェには絶対また行きましょうね」


 帰りは念のため沙耶は裏口から入ろうとしたが、裏口にも記者は張っており沙耶は二人の記者に捕まってしまった。片方の男がフラッシュを放ちながら沙耶の写真を撮っている。

「五瀬馨さんと結婚された石井沙耶さんですよね? ちょっとお話聞かせていただけませんか? アメリカで出会ったというのは事実ですか?」

「すみませんが、ノーコメントでお願いします」

 沙耶は中に入ろうとしたが記者は執拗に声をかけてきた。

「ちょっとでいいんです、出産のご予定日は? 妊娠してらっしゃるそうですが?」

 馨に言われた通り、それ以上は何も言わずに記者を振り切って沙耶は門を閉めた。


 裏口からは離れがすぐそこで、騒ぎを聞きつけて義久が出てきた。

「沙耶さん、大丈夫かい?」
「はい、ある事ない事を聞かれてびっくりしましたけど」

「マスコミには自粛するように私から声をかけておくから安心しなさい。・・せっかくだから少し歩こうか」

 義久は先立って静かな日本庭園の小道を歩き出した。池の鯉がたてる水音が時々聞こえてくる。

「ここでの生活には慣れたかね?」
「はい、人に作って貰う朝食がこんなに美味しいなんて知りませんでした!」

「ほう? 朝食かね。ハハハ、面白い感想だな。馨はちゃんと君を気にかけているかな?」
「はい。私には勿体ないほど・・」

「そうか、なら良かった。・・昔話になるが、私は仕事人間であまり家族を顧みなかった。五瀬家は古い家柄でね、昔から事業を手広くやって成功していたが、馨が生まれる前にはじけたバブル経済の影響を五瀬グループも少なからず受けた。私の代でこの家を没落させる訳にはいかないと必死でね」

「大変な時期だったんですね・・」

「ああ。ようやくひと段落ついてほっとしていると今度は無理が祟ったのか馨の母親が倒れてね、そのまま帰らぬ人となってしまった。悪い事は続くものでグループ会社のひとつがまた傾き始めてね、色々なしがらみから取引先のご令嬢と再婚することになってしまったんだが、母親を亡くしてまだ2年も経っていない馨には理解できない事だったようだ」

「それが結花さんのお母様なんですね?」

「そうだ。馨は新しい母親に懐かなくてね。あの女、真矢は家柄も良く教養も高かったが気位も高くてね、私の知らない所で随分と馨を虐めていたようなんだ。だが私はそれを知っていながら何も手を打たなかった。結花が生まれてからも馨は継母に執拗にいじめられ、支配的な母親の下で結花もすっかり母親に逆らえない子になってしまった」

 義久の手にぐっと力が入った。関節が白く浮き出る程その拳は固く握られていた。

「だから馨はあんな病気になってしまったんだよ」
「えっ、馨さんはどこかお悪いんですか?」

「むぅ、沙耶さんは・・。これはしまったな、君はてっきり馨の病気の事を知っている物だとばかり・・」
「すみません、私何も知らなくて‥でも馨さんが病気なら、何か私が出来る事は無いんでしょうか? 馨さんの病気ってどんな病気なんですか?」

 沙耶は必死になって義久に尋ねた。命に係わる深刻な病気だったらどうしよう・・その顔にはそう書いてあった。

「ううむ、私から話していいものか。だが馨の状態は以前よりずっと回復しているように見えるしな・・。沙耶さん、馨は女性恐怖症なんだよ」

「えっ?! 女性恐怖症です‥か?」

「そう、女性と話すのが苦手だったり、近くに女性がいると緊張して動悸が起きたり具合が悪くなったりする。継母に虐められたトラウマのせいだ」

「私と一緒にいて大丈夫なんでしょうか・・」
「それは本人にしか分からんが、傍から見てる分には平気に見えるな。無理している様には見えない」

「そうですか・・」
「こんな事を言っておいてなんだが、あまり気にしない事だ。馨が君に話してないのは何か理由があるからだろう。いつも通りに振る舞ってやってくれないか?」

「はい・・分かりました」

 そうは言ったものの、沙耶の心のうちは複雑な思いが交差していた。

(契約結婚にしたのはそういう理由からだったのね。でもどうして話してくれなかったのかしら。それに朝の見送りの時だって・・)

 あれから朝の見送り時には毎日馨の頬にキスしている事を想いだした沙耶は自分が恥ずかしくなってしまった。

(きっと馨さんは嫌だったに違いないわ。誰も見ていないからキスする必要なんてなかったのに・・。私が何も知らないから耐えてくれてたんだわ)

「これからは気を付けよう」一緒にいる間、馨に不快な思いをさせたくない。そう沙耶は呟いた。

 
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