世界でひとつ、君の歌声〜命を諦めた彼と、夢を賭けた私の再生譚〜

山口三

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15 舞子の葛藤

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 舞台を見るのは久しぶりだった。映画やドラマと違って舞台は役者の息遣いを感じられる場所だ。役者はもちろん、舞台を作り上げる沢山の人々の熱に直に触れられる。舞子の中に、ふつふつと演技への渇望が湧いて来た。

 歌は好きだ、歌うことも。でも子供の頃に染み付いた演技をするということ、違う自分になり切って、物語を作り上げる一部になるという魔法を求めている自分に、舞子は気が付いた。だが舞子は自問する━━いまさら大丈夫なのだろうか?



「おーい、舞ちゃん、入りが間違ってる」
「わっ、ごめんなさい」

 今日は新曲のレコーディングだ。だが舞子は朝からずっと小さなミスを繰り返している。スタッフも怜も心配になってきた。体調が悪いのか?

「少し休憩しましょう」

 控室のソファでぼんやりしている舞子にコーヒーを差し出す怜。ノンファットミルク入り砂糖なし、ちゃんと舞子の好みを把握していた。

「舞ちゃん、体調悪かったりする?」
「いえ……とちってばっかりでごめんなさい」

「乗らない時ってあるからね、そういう時はどうしようもない。俺だってギターなんか見たくもない日もあるよ」

 舞子はまじまじと怜を見つめた。この人はどこまでも優しい。こんなに私に気を使ってくれているのに、私はひとりで鬱々として。こんなんじゃ怜さんにも他のスタッフさんにも迷惑を掛けてしまう、きちんと話さなきゃ。

「この間、真島さんの招待で舞台を見に行ってきたんです。とても面白いお話で……私、舞台を見ていたら無性にお芝居がしたくなって。歌うことは大好きだし、やめたくない! でも演じたい、ドラマでも映画でも舞台でも、何でもいいから演じたいって、もうそればっかりが浮かんできて」

 舞子の芝居への情熱は、ひたむきな瞳だけでも十分、怜に伝わった。一呼吸置いて怜はにっこり笑った。

「うん、そうしよう」
「え?」

「両立すればいいんだよ、歌もお芝居も出来る……ミュージカルに挑戦してみればいいんだよ!」

「あっ!」


 休憩の後、舞子は朝とは別人のようにレコーディングを成功させた。二人は、迎えに来た沢本にすぐ相談した。車のハンドルを握りながら、沢本は頷く。

「そうだね、ここ二年近くずっと音楽漬けだったね。あまりにも二人が売れちゃったから、音楽の仕事が途切れなかったし。でも仕事の調整はきくよ、怜君はソロの仕事が増えちゃうかもだけど」

「俺は平気です、いい曲が出来たらまた一緒に歌えばいいし」
「あの、でも私、ひとつだけ心配なことがあるんです」

 そこでちょうど車は怜の家に到着した。三人で話の続きをしようと、一階のリビングに入って行く。舞子が出た後の二階は空き部屋のままだ。

「それで舞ちゃんの心配事っていうのは?」

 怜は軽食を作ることにしてキッチンに籠った。沢本が舞子に先を促す。

 舞子はこれまで受けたオーディションにことごとく落ちたこと、その中で映画監督に言われた「存在感の無さ」について話した。そして思い当たる、そうなった原因も。

 沢本は良心が痛み、激しい後悔を感じた。復帰を望んだ舞子のマネージャーになることを社長に止められて、それ以上深くは舞子に介入しなかった。舞子になかなかいい仕事が決まらないのを不思議に思いながらも、シェーナのマネージメントに忙しく、気がかりを放置してしまったのだ。

「舞ちゃん……僕がもっとしっかりしていれば、星川さんに止められても強引にマネージャーになっていたら」

「沢本さん、これは私自身のせいです。それでも、遠回りしてでも今の自分がいるから。これで良かったんだと思ってます」

「うん、舞ちゃんらしい。舞ちゃんのそういうポジティブなところが大好きだよ」

 怜は急ごしらえで作った軽食を運びながら、舞子に笑顔を向けた。

「うん、俺もそういうところ、大好きだね。さ、食事しながら話し合おう」
「うわ、うまそう。これビビンバ? 怜くんすごいね」

「石焼きじゃないけどね、具材のストックがあったから肉を焼いただけだし。温泉卵を崩して召し上がれ」

 食事をしながら、舞子が不安に思っている数々、沢本たちから見た懸念材料などを出し合った。それを時間のある時に検証してみようと、話はまとまった。



 今日は舞子も怜もオフだった。終日オフなのは久しぶり、せっかくのオフだが先日沢本を交えて話し合ったことを実行する日にあてた。なんてことはない、スターフォックスの一部屋を使って、オーディションを再現するのだ。ただ、沢本と怜では気心の知れたメンツなので、他に助っ人を二人呼んだ。一人は真島亜紀、もう一人は伏見だ。

「真島さん、こちらまでご足労いただいてすみません」
「いえ~他でもない舞ちゃんの為ですから。舞ちゃんがお芝居に復帰するのは私もとても楽しみだわ」

 まず、舞子は有名なミュージカルの曲を歌う。伴奏なし、アカペラだ。これは文句なし、音程も発音も安定しているし、表現力も抜群。おまけにマイクが無くても十分な声量もある。

「番組で聞いた時も思ったけど、ほんと上手いわ舞ちゃん。ただ上手なだけじゃない、ハートに訴えかけてくるの」

 真島も歌については絶賛する。次はやはりミュージカルの台本から台詞を二種類。舞子が演じ終わると少し沈黙が流れた。

 最初に口を開いたのは伏見だ。

「歌のようにはいかないみたいだ。演技は出来てる、上手に。でもそれだけという感が拭えない」

「そうねぇ……」と真島も言葉を濁す。

「今の舞子の名声だとミュージカルのオーディションには受かると思う。でもここで評価が下がると次に繋がらない可能性がある。それどころか、今の勢いを失速させてしまうことになりかねない」

 伏見の厳しい言葉が続く。

「その殻を打ち破れそうかい?」

 舞子の顔に刹那、不安がよぎったが、舞子はきゅっと拳に力を入れて頷いた。「やります、やってみせます」

「じゃあ期限を決めよう。いつか多分じゃだめだ、挑戦してみたいミュージカルのオーディションを期日にしよう。それがだめなら、しばらくは歌でやっていくこと」
「はい、分かりました」

 真島は帰り際に舞子に声を掛けた。「私で出来る事は何でもお手伝いするわ、遠慮なく言ってね」

「亜紀さん、ありがとうございます」


 舞子が目指すオーディションは二ヵ月後。最近制作発表が出されたばかりのミュージカル「マイ・フェア・レディ」だ。

 今回、主人公イライザ役はダブルキャストで行われる。一人はもう決定していて、舞子は二人目を狙う。数週間ほどで舞子はイライザのセリフは全て覚えてしまった。楽曲の練習は怜が手を貸した。

 だが舞子はまだ殻を破れていないことを自覚していた。自己啓発の本を読んで実践してみたりしたが、存在感を出せているのか自分ではよく分からない。歌い手としてはそれなりに成功したと思う。それについては自信もついた。それなのにやっぱり影が薄い、存在感が薄いと言われるのは何が欠けているんだろう?

 残りはあと一ヵ月だ、舞子はじりじりとした焦りを感じていた。でも普段の仕事も疎かにはできない。今日は都内の幼稚園で童話の読み聞かせをするという仕事だった。

「この仕事っていつもとちょっと違う方向性ですね。でも子供は好きだから楽しみです」
「これね、伏見さんが舞子にやらせてくれってご指名があったんだ」

 社用車のワゴンを運転しながら沢本が言う。信号待ちでチラッと舞子を盗み見てさらに沢本は続けた。

「舞ちゃん、調子はどう? 無理して今回のオーディションを受けることはないんだよ。ドラマとか映画でお芝居の感覚を取り戻してからでも遅くはないと思う」
「心配してくれてありがとうございます、これは私にとっては一種の洗礼だと思うことにしてます。殻を破れたら私は生まれ変われるって思うんです」

 言ってから舞子は恥ずかしそうに笑った。

「ちょっとカッコつけ過ぎでした」

 沢本は心から言った。「舞ちゃんはカッコいいよ」

 舞子が向かった幼稚園には沢山の子供が通っている。読み聞かせをする広いお遊戯室という場所は、園児の騒がしい声と熱気に満ち満ちていた。

「はーい、今日の特別ゲストの舞子先生ですよ! みなさん静かにして下さいね~」

 だが園児たちは騒ぐのを止めない。読み聞かせを期待しているのは、どちらかというと先生たちのようだった。今をときめくM-Yが間近にいるというだけで、軽い興奮状態だ。「後で簡単な記念撮影、お願いします」と園長先生が耳打ちする。

 先生の再三にわたる「静かに!」と、見知らぬ大人がいることに気づき始めたちびっこ達は、少しだけ静かになった。舞子が今日読むのは「王様の耳はロバの耳」だ。

 読み聞かせが始まると一旦は静けさが支配した。みんな舞子に注目して物語を聞いている。だが数分もしないうちに園児たちの集中力は消え、またがやがやとおしゃべりやいたずらが始まる。先生たちはハラハラとし出すが、とうとう立って歩き回る園児まで出て来た。

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