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2 モフモフと協定
しおりを挟む「モフってなった?」
ぶつかってきた男子生徒の手を掴んでいるはずの私の右手には、ふかふかの物体が握られている!
「うわっ、離せ!」
その声に顔を上げると、そいつは同じクラスのアロイス・スタークだった。いや、顔は確かにアロイスなのだが、彼の頭の上には大きなケモ耳がふたつ生えている。私が握っているのは青みがかったシルバーに輝く大きな尻尾だ!
えっ、これって獣人? でも『ホーリースターダスト』の世界に獣人なんていないはず。と、ポンと破裂音が響いたと思うとアロイスは消え、急に重くなった私の手には大きなキツネがぶら下がっていた。
キツネは体をよじりながら「離せ! 離せって!」を繰り返す。
「そんなに離してほしいならお願いすべきじゃないかしら?」
キツネになっても人語を話せるの? そう思いながら踏みつぶされたサンドイッチの哀れな姿が、まだ脳裏にちらつく私は意地悪を言ってしまった。
「な、なんだと!?」
とりあえずキツネをしっかりと抱え直し、私は庭園の中へ入っていった。いくらゲームの世界でも、しゃべるキツネを見られたらまずい気がする。適当なベンチに腰を下ろし、膝の上にアロイスキツネを乗せて向き合った。
「きちんと事情を聞くまでは離しませんからね」
私はそう言いながらアロイスの事を考えていた。アロイス・スターク伯爵令息。背は高いけど、静かで目立たないクラスメイト。ブルーがかった銀色の前髪がすっかり目を覆い隠していて、鼻と口しか見えない地味なキャラ。
ホリスタにも登場しているが、第二王子のジェリコや他のアカデミーキャラの攻略に失敗するとアロイスと結ばれて残念エンドとなる。アロイスは伯爵家の次男で家も継げない上に、卒業後もぱっとしない人生を送るらしく、『ちょっとこの先、苦労しそうね』なんて言われて終わってしまう。
「キツネになっても人間の言葉が話せるのねぇ」
「こ、この事は誰にも言うな。秘密にしてくれ」
「事情を話してくれたら、考えてあげるわ」
ゲームにない展開だけれど、もしかしたら私がたどり着けなかった隠しキャラの為のイベントなのかもしれない。そう思った私はアロイスに話を促したのだ。それと、さっきからずっと命令口調のアロイスに反感を抱いていたのもある。
「アロイス・スタークなんでしょ?」
黙り続けるキツネにもう一度問いかける。キツネはちらっと私を見上げると体をひねって逃げ出そうとした。でも私はしっかりと体を両手でつかんで逃がさない。
「……ああ、アロイスだよ」
とうとう諦めたのか、アロイスはため息をつきながら話し始めた。
「俺は呪われてるんだ。くそっ、ただのハムだと思ったのにスモークチキンだったなんて」
アロイスの話によると9歳の時に突然、耳と尻尾が生えて爪も鋭く尖り、獣人に変身してしまったそうだ。医者に見せても原因不明で日に日に獣に近づいていき、終いにはすっかりキツネになってしまったという。
「医者やら胡散臭い祈祷師やら、外国から取り寄せた薬だの…いろんな手を使ったけど俺は元に戻らなかった。で、ある日父上が俺をコリウス教の徳の高い聖人に会わせると、俺は呪いを掛けられていると言われたんだよ」
その徳の高い聖人様の神聖力のおかげで、また人間の姿を取り戻すことが出来るようになったアロイス。でも…「チキンを食べるとまたキツネに戻ってしまうんだよっ」
「あら、どうして?」
「そんなの知るか! まあ……その聖人が言うには完全に呪いが解けていないかららしい」
「じゃあまたその方に神聖力で戻してもらえばいいんじゃないの?」
「いや1日経過したら人間の姿に戻るんだ」
「ふうん……」
「もういいだろ! 事情を話したんだ、離してくれ。それから絶対、誰にも言うなよ!」
アロイスは学期の途中にこのアカデミーに編入して来た転校生だ。聖女のクレアが転入してきた時期の少し後だったわね。聖人に癒してもらったけど呪いは解けていない……。まだ何かありそうね!
私はここに来て、推し様と結ばれるのが新たな目標になったけど、ホリスタの隠しキャラも気になるわ! ジェリコが降臨祭で聖女に求婚しなかったのは、隠しキャラのルートに進んでいるからなのかもしれない。ジェリコルートなのに違うキャラと聖女の距離が近づいたら、その人が隠しキャラって事になるわ。だとしたらヒントになりそうなハプニングをすんなり手放すわけにはいかない。ホリスタファンの名が廃る!
「まだ何かあるでしょ? ねえ、私はあなたの秘密を知ってしまったのよ。これも何かの縁だし、私も呪いを解く手伝いができるかもしれないでしょ?」
「うぐ……」
アロイスは考え込んでいるようだ。まだ何かあるのは図星だったみたい。ふさふさの尻尾が大きく左右に揺れている。
「その聖人が自分よりもっと神聖力の高い人間と長い時間を共に過ごせば、神聖力の影響を受けて徐々に呪いが浄化されるかもしれないと言ったんだ」
「はは~んクレアの事ね。だからこのアカデミーに編入して来たのね。クレアの近くに居ればいいなら、私にも何か出来るかもしれないわ。隣の席になるようにするとか、同じ科目を受けられるようにするとか……」
「そんな程度じゃだめなんだ。もっと親密になって……生涯を共にする位じゃないと」
あ~あ、そういう事! アロイスはクレアと結ばれたいのね! まあ残念ルートではあるけど、主人公の聖女とアロイスが結ばれるってエンドもあるんだから不可能じゃないわ。隠しキャラのルートに進んでいたとしても、失敗すればアロイスと結ばれるんだし。私ならゲームのイベントがいつ発生するか知ってるし、手を貸すことも出来るわね。でもそれなら……。
「私が手を貸すわ! クレア様と結ばれるように知恵を貸す。その代わり私にも手を貸してちょうだい。私、レニー・ランディスと付き合いたいの!」
レニー・ランディス子爵令息。ホリスタの攻略対象の一人で私のクラスメイトでもある。そして私の憧れの推し様なの!
「はあ?」アロイスはすっとんきょうな声を上げた。
「レニーよ! 背が高くて運動神経抜群で、弱い者の味方で優しくて。それでいてちょっとシャイで照れ屋さんで…あのマロンクリームみたいな髪に琥珀色の瞳はまるで勇猛なライオンのようじゃない? 女子なら誰でもあの逞しい腕にぶら下がりたいって思ってるわよ!」
「お前……さっきジェリコに婚約破棄されたばかりだろうが!」
「あらやだ、聞いてたの?」
「あそこに居た全員が聞いてたさ」
「うーん、正直に言うと私、ジェリコ様の事あんまり好きじゃなかったの。だから婚約破棄されてバンザイ、じゃなくて……もう終わった事だし私はもう前に進みたいのよ。だから協定を結びましょう。私はクレア様とアロイスを、アロイスは私とレニーの仲を取り持つ事!」
「ああ…仕方ないな」
アロイスは少し考えてから返事をくれた。まあ断れる状況じゃないわよね。
「それじゃあ、明日の夕方には人間に戻るんでしょ? またその時会いましょう。スターク家のお屋敷はどこ? 送っていくわ。その姿じゃ馬車も拾えないだろうし」
「い、いや、いい。走って帰れるから大丈夫だ」
「そうなの? 遠慮しなくていいのに、これから私たちは同志になるんだから!」
頑なに送迎を辞退したアロイスの走り去る尻尾を見送った後、私はサンドイッチの残骸を拾いに行った。
「あーやっぱり食べられそうにないわね。本当にもったいないわ」
ここ正面玄関のホールにまで、大講堂の賑やかな音楽が流れてくる。降臨祭は生前の世界でいったらクリスマスよね。家族みんなでご馳走を食べて、ダンスしておしゃべりして……。
私は楽しいクリスマスの光景を振り払うように大きく頭を振った。しっかりしなきゃ! 帰宅すればもう一波乱が待ち受けているんだから。
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