ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三

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3 報告と伯爵家の実情

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「な、な、な、なんだとぉ?!」

 ジーナの父親、クリコット伯爵は私の衝撃的な報告に顔を真っ赤にしてソファから立ち上がった。生え際が後退したおかげで広くなった額に血管が浮き出している。今にも卒倒しそうな様子。

 降臨祭のパーティーで遅くなるはずが、夕方早々に帰宅した私はすぐ父に見つかってしまった。仕方なく、父の書斎でジェリコから婚約破棄を言い渡されたことを報告した反応がこれだ。

 父の反応は当然といえば当然だ。だってジェリコは我が家の生命線だったのだから。


 ――――半年前

 働いていた工場で巨大な機材が私めがけて倒れてきた所で、私の意識は途切れた。その後、最初に目に飛び込んで来たのは、きらきらと眩い輝きを放つ宝飾品の数々だった。

 戸惑い、立ち尽くす私に、「クリコット伯爵は未来の私の父でもあるからね、このプレゼントは私が購入しよう」と笑顔を向けるジェリコを見て、気絶しそうなほど驚いたものだ。

 ジェリコは手にした見事な金細工の懐中時計を満足そうに眺めている。目の前にいる店員は「殿下はとてもお目が高い」「婚約者をとても大切にしておられる」と褒めそやしていた。

 私はまだ何が起こったのかはっきりと認識できずにいた。だがゲームのスチール通りの麗しいジェリコの顔と「ジーナ・クリコット伯爵令嬢」と呼ばれている自分がホーリースターダストの世界にいる事は間違いないとすぐに確信した。

「どうしたんだ、ジーナ。この懐中時計が気に入らないか?」
「はっ、いえ。その、身に余る光栄ですわ。こんな素晴らしい王室御用達のお店で買っていただけるなんて」

 漫画や小説の中で異世界に転生したなんて話はごろごろしている。でもまさか自分が当事者になろうとは思ってもみなかった。それなのに私はジェリコの問いかけに、咄嗟に返答する事ができた。これもゲーム漬けだった毎日の生活の賜物かしら。

 宝飾店を出た後、迎えに来た馬車に乗り込んだジェリコは座席に腰かけるなり顔つきが変わり、大きなため息をついた。

「はあ~全く商人って奴はよくまあペラペラと口が回るもんだ。相槌を打つこっちの身にもなってほしいぜ」

 えっ?! 何このチンピラみたいなジェリコの態度。私が呆気に取られているとジェリコは私を見て煩わしそうに鼻を鳴らした。

「なんだ、自分の分は無かったからって拗ねてんのか? ほんとお前も業突っ張りだよな。安心しろ、来週はお前にブレスレットのひとつでも買ってやるよ」

 なんか……思ってたのと違う。今回は流石にすぐ言葉を返せないでいると、ジェリコは上等な上着を脱ぎ捨て地味なローブを羽織り、フードを目深に下ろした。

「じゃ、俺は行く所があるからここで降りるぜ。俺がここで降りた事は誰にも言うなよ。これは視察だ。平民の暮らしを把握するのも大事な王族の務めだからな」

 ジェリコを下ろした馬車はまたゆっくりと走り出した。私がこっそり窓から盗み見ると、ジェリコは酒場の様な店の扉を開いていた。中から露出度の高いドレスを身に着け、濃い化粧をした女が出てきて、ジェリコの首に腕を回している。

 あれは……あそこは……いわゆる、いかがわしい酒場なのでは?

 ゲームの中のジェリコはまさに王子然としていて、品行方正、学業も優秀で生徒や教師誰からも好かれる人気ナンバーワンにふさわしいキャラだった。いま馬車から出て行ったのが同一人物とはとても思えない。

 ゲームの世界という異世界に降り立って数時間。まるで見知らぬ外国で迷子になったかのように戸惑う私は、クリコット伯爵邸に帰宅して更に驚かされる事になる。

「ええっと……ただいま戻りましたぁ~」

 大きいけれどがらんした玄関ホールで声を掛けてみたが、使用人一人出てこない。自分の部屋がどこかも分からないし、どうしたものかと思っていると廊下の奥から女性と男性が一人ずつ出て来た。急ぎ足でこちらに来たと思うと、有無を言わさず居間らしき部屋に私を引っ張り込む。

 ツヤのない革張りのソファに座る暇さえ与えられず、そのジーナの両親らしき二人はまくし立てた。

「それで今日は何をせしめて来たのだ? 早く出せ、早く!」

 何のことかさっぱり分からずにいると、母親が両手を揉みしだきながら言った。

「今日は宝飾店へ行くと言っていたわね。期待出来るわよ、あなた!」

 その言葉にピンときた私は、ジェリコが買ってくれた懐中時計の箱を父であるクリコット伯爵に手渡した。金の懐中時計を取り出した伯爵は空の箱を、まるで用済みとでもいう様に放り投げ、金時計を愛おしそうに撫でる。

「でかした! これは高く売れるぞ、お前」
「えっ、売るんですか?」

「何を言ってるの、当たり前じゃないの。この時計なら借金の元本が少し減らせるわよ」

 母も金時計の輝きに目が釘付けになっている。そして私の存在をやっと思い出したかのようにハッとして言った。

「先日買っていただいたドレスは明日着て行きなさい。汚さないように十分気を付けるのよ。帰ってきたらすぐ売りに出すんだから」

 これも…思ってたのと違う。

 ホリスタで悪役令嬢のジーナは婚約者のジェリコから様々なプレゼントをねだり、贅沢三昧をしていた。それをアカデミーの生徒に見せびらかして自慢するのだ。聖女クレアが転入して来てからは、ジェリコが聖女に興味を示す事に嫉妬して、クレアに嫌がらせを仕掛けるという設定だった。

 処刑されるような大きな罪は犯していないが、クラスで一人は居る嫌なやつ。ネチネチと姑息なやり方で聖女をいじめる小者なモブがジーナなのだ。

 ところがどうも舞台裏があるようだ。母を誘導して自分の部屋に入ってみたが、玄関ホールと同じくがらんとした部屋には、生活するのに必要最低限の家具しか設置されていない。

 徐々に分かってきたクリコット家の内情は火の車だった。

 もともと商才のないクリコット伯爵は、娘が第二王子の婚約者になると、調子に乗って投資に失敗、多額の借金を背負ってしまったのだ。弟のルドルフはまだ10歳で何のあてにもならない。使用人も通いで掃除に来る老女が一人いるだけ。伯爵夫人が労働をするなんて考えられない母は料理すらしない。

 ホリスタの世界に来てから私はずっとジェリコに物をねだり続けた。正確には家族に強制的にそうさせられていた。伯爵家の領地から上がってくる収入もほとんどが借金の返済に消えていく中、ジェリコはクリコット家の大事な金づるだったのだ。



 その金づるを失ったと告げられた父は、真っ赤だった顔を蒼白に変化させてソファにへたり込んでいる。

「これから……ワシらはどうしたらいいのだ」

 そこへ母が夕食を催促しに来た。帰って来たなら給仕をしろというのだ。だが婚約破棄の話を聞いた母は真っすぐに私に向かって来たと思うと、私の頬を思いっきり平手打ちした。

 空気を裂くような乾いた高音が部屋中に響いた。痛いというより打たれた衝撃が先に私を襲った。

「お前は一体何をやってるの! 第二王子からの収入が無くなればうちは破産してしまうわ。お前はどう責任を取るつもりなの?!」

 それは私なりに多少は考えていた。ジーナはこう見えて割と器用な方だったし、転生者の私は働くことに抵抗はない。

「私が働きます。学期中は放課後のみになりますけど、来年は学費が払えないでしょうからアカデミーは辞めます」

「そんな程度で私たちの生活が維持出来るの? それにアカデミーを辞めたらジェリコ殿下の代わりの嫁ぎ先を見つけられないじゃない」

「お金目当ての結婚はしません。お母様達も収入に見合った生活に変えて下さい」
「なんて生意気なっ、今まで育ててもらった恩も忘れて!」

 また手を振り上げた母から逃げるように書斎を走り出た私は自室に閉じこもった。今になって打たれた頬がヒリヒリと痛む。

「今夜は夕食抜きよ!」ドアの向こうから母の冷たい声がそう言った。

 この半年、知っているゲームの中とはいえ、異世界に来て心細い気持ちを秘めながら、ジーナとして彼女の家族に尽くしてきた。私は孤児院で育ったから夢にまで見た家族だったけれど、こんな家族なら居ない方がましかもね。打たれた頬の痛みのせいだけじゃない、きっとこの涙は。

 涙は静かにこぼれ落ちたが、お腹は派手に自己主張する。悲しい気持ちでもお腹は減るらしい。あーあ、やっぱり惜しいことしたな、あのサンドイッチ。
 
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