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4 聖女との対話と職探し
しおりを挟む降臨祭の翌日の休日を挟んで、私は再びアロイスと対峙した。アカデミーの使われていない旧校舎で作戦会議だ。
「もう元の姿に戻ったのね」
相変わらず鬱陶しい前髪で顔半分は隠れているが、キツネの耳も尻尾も消えている。
「しっ、そんな大きな声で言うな!」アロイスは周囲を見渡して神経質そうに言った。
「大丈夫よ、こんな北側の古い建物になんて誰も来ないわよ」
「……それで、お前はどうして欲しいんだ。レニー・ランディスとの仲を取り持ってくれって言われても、具体的にどうして欲しいんだ?」
「そうね、まずはアロイスがレニーと仲良くなってくれないとね。で、会話の端々に私の事に触れて、いい奴アピールをしてもらおうかしら。私は来週のダンスのレッスン時のパートナーに、クレアとあなたが組めるようになんとかしてみる」
本来ならクレアとジェリコは降臨祭で婚約するはずなのに、何故かまだそこまで進展していない。だからアロイスにもチャンスはあるはず。
「レニー・ランディスは単純そうだから、そういう作戦も効果があるかもな」
アロイスは冷ややかにそう返してきた。単純上等よ! そういう飾らない人柄も私がレニーに惹かれるところなんだから!
午後の授業もあるから長居は出来ずに外に出ると、灌木のそばでしゃがんでいる人物が目に入った。私たちの気配に気づき、振り向いたのはクレアだった。木漏れ日がクレアのプラチナブロンドの長髪を照らし、後光の様に輝いている。さすが主人公、その美しさには人を圧倒するパワーがあるわ。
「あら聖女様、こんな場所でどうされました?」
「この子を見つけたので…どこかに埋葬しようと場所を探していました」
クレアの両手の中にはリスの死骸が横たわっていた。まるで眠っているように見える。
「まあ可哀そうに。今朝の寒さが堪えたのかしら……それにしてもやっぱり聖女様って心が清らかなのね。こんな小さな生き物の死にも涙するなんて」
「あっ」
私がそう言うと、クレアはさっと目元に浮かんだ涙をぬぐった。光の加減だろうか、涙の色が緑に見える。そうして顔を上げた時、やっと私が誰か気付いたらしい。
「あなたはジェリコ殿下の……」
「あ~婚約者だったジーナです。あはは」
「私、あなたには謝りたいと思っていました。辛い思いをさせてしまって、本当に……」
「いえ、聖女様のせいではないですから! もうすっかり吹っ切れてます! 大丈夫です」
「もう? つい一昨日の事なのに?」
「ええと、私諦めは早い方なんです、引きずりません。それに聖女様にたくさんの嫌がらせをしてて、謝らなければいけないのは私の方なんです。すみませんでしたっ!」
私は勢いよく頭を下げた。私がこの世界に来てからやった事といえば、冷たい態度を取ったことだけだけれど、クレアもこうしてジーナに謝ってくれてるんだから私も応じないとね。アロイスとクレアをくっつける為にも仲良くしておいた方がいいし。
頭上でフフッと笑い声がした。
「私ももう気にしていないわ、ジーナさん。これから……私たち、いいお友達になれるかしら?」
「ええ、もちろん!」
私とクレアの話がひと段落するとアロイスが手を差し出した。
「それは俺が埋めておきます。クレア様の手を汚すわけにはいきません」
私に対するつっけんどんな態度とは打って変わって、母親のご機嫌取りをするいたいけな少年のようなアロイス。
私がまじまじとアロイスを見ていると、その視線に気づいたのか「なんだよ?」と文句ありげに囁いた。
「じゃあ私もアロイスを手伝ってから戻るわ。では聖女様、また教室で」
作り笑いで聖女を見送ると、すぐさまアロイスに向き直る。
「なあんだ、全然上手くやれるじゃない。だけど耳まで真っ赤よ、アロイス。あんたって純情なのね」
「違う! そんなんじゃない。この間も言ったが、俺は目的があってクレア様に……」
からかわれてムキになっていたアロイスが突然黙った。手の中のリスに視線を落としている。
「まだ温かい。死んで間もないみたいだな」
「これで包んで埋めてあげましょう」
私はハンカチを取り出してアロイスに渡した。
私は休日を利用して、働き口を探していた。でも仕事経験のない、ましてや貴族令嬢を雇うような物好きな商人などいるはずもなかった。途方に暮れた私はとりあえず夕食用のパンを求めて大きなベーカリーに入って行った。
「ここも店員を募集してるのね。でも朝からもう何件も断られて心が折れそうだわ」
店内には焼きたてのパンのいい匂いが漂っている。香ばしいバゲットやふわふわの白パンは魅力的だけど、とにかく倹約しなくては。この雑穀パンが一番安価ね。
「すみません、この雑穀パンを3ついただけるかしら」
「はいお嬢様、ただいまお包みいたします。それとこちらは新商品のチーズケーキの試食品です。どうぞお召し上がり下さい」
親切そうな丸い顔の店主が大きな手でトレーを差し出した。
おいしそう! 試食品なんてラッキーだわ。アカデミーが休みの日ははまともな食事にありつけないから、いつも空腹だった。
「美味しいわ! もっちりしてて口どけが良くて。それにレモンが利いてるから後味がさっぱりしてるわね。ゼラチンの配分が絶妙なのね。それともメレンゲの固さかしら?」
「おや、お嬢様はケーキを作った事がおありですか?」
「ええ、デザートを作るのが好きなの! 特にチーズケーキは大好物よ。スフレにしたり、レアチーズにしたり。何でも作るわ! まぁ今はデザートに限らず、食事まで全部私が作るんだけれど」
調子に乗ってぺらぺらとまくし立ててから、店主が目を丸くしているのに気付いた私は恥ずかしくなってしまった。前世ではよくデザートを作っていたから、ついそのノリで喋ってしまったのだ。
「ごめんなさい、どうでもいいような私事を。チーズケーキがあんまり美味しくてつい口が緩んでしまったわ」
「いえいえ、食べ物を作る楽しさをご存じなのは貴重な事です」
優しそうな店主の笑顔に、私はもう一度だけチャレンジしてみようという気持ちが湧いてきた。
「あの……こちらでは店員を募集しているようですけど、私を面接していただけないかしら?」
店主は優しい笑顔から一転また驚いて目を見開いたが、ちらっと手元の雑穀パンの包みに目を落とした後、うなずいて言った。
「よろしいですよ。ではこちら奥へどうぞ」
ベーカリーの店主ジム・バートレットは私に何か事情があることに感づいたようだった。だから私は正直に伯爵家の令嬢ではあるが、料理もするし、雑用でも何でもするから働かせてほしいと頼み込んだ。前世での仕事経験もあるし、母と違って貴族が働く事に抵抗はない。
しばらくは放課後からの仕事になるが、アカデミーを辞めた後はフルタイムで働ける旨も話した。
「それでしたら早速明日からでもどうですか?」
「えっ、本当に雇っていただけるんですか?」
「ええ、営業中は接客を。その後は翌日の仕込みを手伝って下さい」
「ありがとうございます! 頑張ります」
仕事が決まった事に小躍りしながら屋敷に帰ると、すぐ夕食の支度に取り掛かった。パンは倹約して3つしか買わなかったけど、スライスして真ん中を1枚ずつ抜き、自分の分にすればお母様達にばれないだろう。食事の給仕まで私がしないといけないから、自分の食事は皆が終わった後だ。
お父様の皿にスープを注ぎながら、そろそろ食費が無くなってきたことを告げた。
「これでやりくりしろ」
革袋からテーブルの上に置かれたのは金貨2枚。次に領地から収入が上がるのはまだ1か月以上も先だ。今までは一月に金貨20枚で生活していたのに、これでは全く足りない。
「これだけですか? 最後にジェリコ殿下に買って頂いたブレスレットとバッグを売ったお金はどうしたんです?」
「あれは降臨祭のプレゼントでルドルフに新しい洋服をしつらえたから、もう無いぞ」
「そんな! 生活費もままならないのに、服を買うなんて!」
「ルドルフは我が家の大切な跡取りだぞ! 大事な長男にみすぼらしい格好をさせる訳にはいかん」
「そもそも殿下に婚約破棄されるお前が悪いんじゃないの。自分でなんとかなさい」
お母様もスープを口に運びながら冷ややかな視線を私に向けた。
キッチンで残り物の夕食を取りながら、金貨2枚を前に頭を悩ませる。ベーカリーに仕事が決まったとはいえ、それだけではとてもまかない切れない。仕立物を増やさないといけないわね……。
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