ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三

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8 ふたりでお勉強と次のイベント

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 アカデミーの図書室は吹き抜けの二階建てになっている。私とレニーは二階にある閲覧用のデスクに席を取った。

「この事件は百年も前の出来事だからテスト問題には入らないと思うけど、一応ね」
「当時は大騒ぎだっただろうな。本当にこんな事があったのかな?」

 今日は宗教学の中でもコリウス教を主に勉強する。古い歴史を持つコリウス教は覚えておくべき史実がたくさんあるのだ。

「学者の一部には作り話だという意見もあるみたいね。神聖力を悪用するなんて信じられない事だし……ねぇ、レニー、宗教学に力を入れるって事は、もしかしたら聖騎士を目指しているの?」

「よく分かったね?!」

 そうよ! レニーの事なら何でもね! まぁ……分かったんじゃなくて、知ってたんだけど。

「我が家の男子は代々軍人の家系なんだけど、聖騎士はまだ一人もいないんだ。聖騎士は騎士の頂点だしね。それに聖騎士を目指しているところへクレア様が留学して来るなんて、すごく縁を感じるよ」

「そ、そうね。聖女様が全員、留学に来るわけじゃないものね」

 聖騎士は教会を専属に守護する騎士だ。彼らは宗教の規律や儀式にも精通していないといけない。例えば、聖女見習いの女性の肌に直接触れてはいけない、などの規律がある。優れた剣術が必須なのはもちろんだが、腕力だけでは聖騎士になれないのだ。勉強が得意とはお世辞にも言えないレニーには、ちょっと険しい道を選んだことになる。

 それにしても、留学してきただけで縁を感じているなんて、本当にクレアに憧れているのね。多分ここはジェリコルートだから、クレアはレニーを選ばないはず。今の私にはジェリコルートでありがたいけれど、それはそれで胸が痛いわ。プレイヤーの立場だった時は、レニーの幸せが私の幸せだったんだもの。

 留学といえば、ゲーム設定で聖女はどうしてこのアカデミーに留学する事になったんだっけ? 思い出せないって事は明確な理由付けがなかったのかしら。

 ふと階段下から視線を感じると、数人の女子生徒が私を見上げている。彼女達はちょうど真下のデスクに席を取ったようで、ひそひそと話す声が聞こえてきた。

「あれはクリコット伯爵令嬢よね?」
「ええ、私は彼女と同じクラスよ。最近はずっとああなの……彼にべったりよ」

「私も食堂で良く見かけるわ。ジェリコ殿下に婚約破棄されたばかりでよくやるわよねぇ」
「恥って物を知らないのかしらね。はしたないわ、伯爵令嬢のくせに」

「だから婚約破棄されたんじゃないかしら。金品にも貪欲で贅沢好きでしょ」
「それを見せびらかすのも大好きよねぇ」

 他人から見たらそうでしょうね。ジーナはそういうキャラ設定だし、私が憑依する以前の事はどうしようもない。レニーの事は婚約破棄されたばかりで、自分でもはしたないと思う。でも私は今学期までしかここに居られないから時間がないの。なりふり構っていられないのよ!

「ジーナ……大丈夫?」

 階下の陰口はレニーにも聞こえたらしかった。その上で、階下に聞こえるようにわざとらしく大きな咳ばらいをしてみせる。陰口はそれ以降、ピタリと止んだ。

 ジェリコと違って本物の紳士なレニーは私を気遣ってくれている。ああもう、ほんとに優しい人なんだから、レニーって。

「私は大丈夫よ。今日は一緒に勉強してくれてありがとう。私そろそろバイトの時間だから行くわね」
「バイト?」

「ええ~っと、実はね、私パン屋で働いているの。伯爵家の令嬢がって思うでしょうけど、で……」

 レニーは大きく首を振って早口で言った。

「貴族も働いている人は沢山いるよ。ジーナにはジーナの事情があるんだろう? 学業との両立は大変そうだけど、応援するよ」

 応援すると言ってくれたレニーの言葉に、やる気が倍増した私の足取りは軽く、バートレットベーカリーに向かった。

 ただ、これを境にジェリコからあっさりレニーに乗り換えたと、また私は周囲から白い目で見られるようになってしまった。

  でもこんな事でくじけていられないわ。そろそろ次のイベントが始まる時期だもの。

 それはジェリコの誕生日パーティー。主人公である聖女はこのイベントで起きるアクシデントにうまく対応すればジェリコとの好感度がアップ。更に最後のジェリコとの結婚式がグレードアップされるというもの。本来なら婚約が決まっているはずなので、ご褒美は結婚式に関連した物なのだ。

 このイベントはレニーが関係していないから、私としては興味はない。でもクレアとジェリコの関係が近づくのはアロイスにとって不利になるので、同盟を組んだからには私もアロイスを手伝ってこれを妨害しないと。

 問題は招待状。婚約破棄されたばかりの令嬢に招待状が来るはずはない。その上、ジェリコの誕生日パーティーは当然王宮で開かれる。厳重な警備の王宮に忍び込むのはほぼ不可能だ。

 ジェリコに婚約破棄されて以降、あえて私と仲良くしようという生徒はいなくなった。アロイスにしたってジェリコから見ればクレアを狙うライバルだもの、誕生日パーティーになんか呼ぶはずがない。

 アロイスには申し訳ないけど、この誕生日パーティーイベントでクレアとジェリコの邪魔をするのは私には難しいかも。




「おはようございます……あら、今日はバートレットさんは店頭に出ていらっしゃらないのですか?」

 放課後、いつものようにバートレットベーカリーで仕事を始めると、店主のバートレットさんの姿が見えない。この時間は売り場にいるはずなのに。

「しばらくは工房が忙しいのよ。奥様の臨月とも重なってしまって、一人で色々とやらなきゃいけないってぼやいてたわ」

 私の隣でパンを包装しながら教えてくれたのはファラマン夫人。体格のいい、陽気で気さくな人。大工のご主人と22歳になる息子さんと3人暮らし。

「ジーナさんが息子の嫁に来てくれたら」と、私の事をとても気に入ってくれている。

「何が重なってしまったんですか?」

「今度王宮で開かれる第二王子殿下の誕生日パーティーに、パンや菓子を卸すことになったんですって。なんでも王宮のオーブンのひとつが壊れてしまって修理がパーティーに間に合わないとか」

 壊れていないオーブンだけでもなんとかなるが、もし不足があっては大変だという理由で一部のパンや菓子を外注することになったそうなのだ。

 当日王宮に商品を届けに行くのもバートレットさん一人でやるらしい。その日はアカデミーも休日。これってまたとないチャンスなのでは?!
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