18 / 61
18 ドレスのプレゼントとアロイスの秘密
しおりを挟むもたもたしていた私は教室を出るのが最後になっていた。広い教室に私とレニー二人きり!
「ジーナ、これブリジットと俺が選んだんだ。着てくれると嬉しいんだけど」
少しはにかみながらレニーは大きめの平たい箱を私に差し出した。
「えっ、何かしら?」
「その……言いにくいんだけど君が二着のドレスを日替わりで交互に着てるってブリジットが言ってて。バザーの時の騒動でドレスがだめになったんじゃないかと。それで、この間のお礼も兼ねてドレスをプレゼントしようという話になったんだ」
そうなのだ。アカデミーに着ていけるたった三着しかないドレスのうちの一着があの時だめになってしまっていた。繕いがきかない位にダメージを受けていてどうしようもなかったのだ。
「レニーが一緒に選んでくれたの?! 嬉しい!!」
私は包装をはがすのももどかしく箱を開けた。中には薄いグリーンにオレンジと黄色い小花をあしらったドレスが入っていた。
「うわぁ綺麗! ありがとうレニー、わたし本当に本当に嬉しいわ!」
ドレスをあてて喜ぶ私をレニーも微笑ましく見ている。その時教室のドアが開いてアロイスが顔をのぞかせた。
「あっ、アロイス。ねえ見てこれ。レニーが私にプレゼントしてくれたの! ブリジットと一緒に選んでくれたんですって!」
ドレスをあてている私を見たアロイスは微妙な反応を示した。唯一見える口元の笑みを作るのにも失敗している。もしかしてこの素敵なドレスは私に似合ってないのかしら……。
「おお、よ、良かったな。俺は別に用事があったわけないじゃないから」
アロイスはそう言って半開きのドアを閉めて行ってしまった。アロイスったらまた私とレニーを二人にする為に気を使ったのね。
この後私はレニーと一緒に下校し、バートレットベーカリーの前で別れた。
手を擦りむこうが私は働かなくちゃいけない。明日休みをもらった分、今日はきっちり稼がないとね。明日はアロイスがクレアをデートに誘えるように頑張るんだから!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時は少し遡り、ロザリオを取り返した後、ジーナの屋敷の前。
「ケガしたところ、ちゃんと手当しろよ。じゃあな」
ジーナと別れ、走り去って角を曲がるとそこには馬に乗ったハーリン先生が待っていた。「さ、乗って下さい。帰りましょう」
俺は先生の前に飛び乗った。身軽なのはキツネになった時唯一の長所だ。
「とんだ一日だったな。お前を巻き込んでしまって申し訳ない」
「何をおっしゃるんですか。私はあなたの護衛としてアカデミーに入ったのです、当然の事ですよ。それにしても『アーロンちゃん』とは……フフフ」
「それは言うな! ……お前、面白がってるだろう?」
「いいじゃないですか、あの令嬢はとても面白い。猪突猛進というか無鉄砲というか。でもあなたとクレア様の仲を取り持とうとしておられるのでしょう? 頼もしいではないですか」
「だといいんだがな」
バザーでの一件以来、すっかりジェリコの株が落ちたようだった。それと反比例してジーナの評判が上がっている。アカデミー内でもあの事件は大いに話のネタになっていた。今日も噂話が飛び交っている。
「クリコット令嬢ってジェリコ様と婚約破棄されてから、随分と変わりましたよね。嫌味や自慢も言わなくなって。婚約破棄の主な原因が聖女様いじめだった事で反省したのかしら」
「ええ、まるで別人ですわ。人ってあそこまで変われるものなのね。でも家計が火の車というのは事実らしいですね、最近はお召し物が……いつも同じで」
言われてみると確かにそうだ。一日おきに同じものを着ているような気がする。その日帰ってすぐ、俺は従者兼護衛のヴィンセントに頼みごとをした。
「ドレスですか? この間はメイドの制服をご所望で、次はドレスですか」
ヴィンセントは怪訝な顔で俺を見た。
「変な誤解をするな。その……ジーナに。火事とその後の騒動でドレスがだめになったようだから」
「ああ、確かにあの時はひどい有様でしたね。分かりました、クリコット令嬢に合うようなドレスを見繕って参ります」
ヴィンセントは本当に優秀な男だ。小さな頃から一緒に居るが、頭も切れるし何事にもそつがない。今の俺にとって彼は友であり兄の様でもある。彼より信頼できる人間はこの世にいない。
だが……そうだな、もう一人。ジーナも信用出来るだろう。
初めは俺の弱みに付け込んでレニーとの仲を取り持って欲しいなんて、卑怯な女だと思っていた。ジェリコとの婚約破棄後すぐだった事もあって、ジェリコの代わりにするためだとも陰口されていた。でも彼女の思いは真剣で、決して打算的なものではなかった。レニーに思いを寄せるひたむきな姿は自然と応援したくなるほどだった。
翌日ヴィンセントが用意してくれたドレスを持参して、放課後に渡そうと教室のドアを開けると、レニーとジーナが一緒の所に遭遇した。しかもジーナはレニーからプレゼントされたドレスに大はしゃぎしている。
しまった、被ったか。よりにもよって同じ日に渡そうとするなんてタイミングが最悪だ。慌てて不自然な言い訳をしながらドアを閉め、ドレスの箱を抱えて足早にその場を去った。
「おや、まだ渡していなかったのですか?」
滅多にこちらの校舎に来ないヴィンセントと廊下で遭遇した。
「レニーが……レニーもジーナにドレスをプレゼントしてたんだ。タイミングが悪かったよ」
「そうですか。でも年頃の令嬢にドレスは何枚あっても足りないはずです。きっと喜ばれますよ」
そうだな、と口では言ったが、これは無記名で屋敷に届けよう。レニーからドレスをプレゼントされて喜びを爆発させていたジーナの表情を思い出すと、俺がドレスを贈った時のジーナの顔を見るのは気が引ける。きっとあんな輝くような笑顔を俺には向けないだろうから……。
おかしな成り行きで同盟を組む事になったジーナ・クリコット。貴族令嬢にしてはやたらとバイタリティのあるタイプ。鮮やかなオレンジ色の髪に瞳が若葉色で反対色のせいか、賑やかな印象が強い。その印象を裏切らない行動、物おじしない言動が一緒にいると楽しかった。俺たちはこれまで協定通りに色々な策を講じてきたが、俺はジーナに打ち明けていないことが幾つかある。
俺の本当の名はアロイス・ソルタナ・フォン・サーペンテイン。九歳の時に突然、体に異変が生じてキツネ型の獣人になってしまった。どんな薬も効かない、まじないや祈祷の類も無効。しかもキツネ化はどんどん進行していく。
父上はそんな俺を城のはずれにある離宮に隔離した。俺のこの姿を人目につかないようにする為に。その理由は明らかだ。
我が国の国教でもあるコリウス教の主神コリウスはこの世界を作り上げた時、鷹を飛ばして空からその完成度を確認させたという伝説がある。
絵画や彫像には必ずその傍に鷹を従えた姿で描かれ、故に鷹は神の使いとして崇められている。反対にキツネは鷹の獲物であり、大罪を犯した者や、神を冒とくした者は神に呪われキツネに姿を変えられてしまうという言い伝えがある。キツネになった罪人は鷹に狩られるのだ。
九歳の俺には神を冒とくだの、大罪を犯したなどというのは全く身に覚えのない事だったし、それは父上も承知していたと思う。だが、隔離せざるを得なかったのは俺がこの国の第一王子だからだ。
第一王子が神を冒とくした呪い子だとなっては国の威信にかかわる。それよりは重い病で寝たきりだとしておき、その間になんとか元に戻る方法を探す事にしたのだ。
秘密を知る者はごく少数でなければならない。俺の病は伝染性があるとされ、隔離されている離宮には人が近づかなかった。建物から出ることを許されず、室内で本だけを読んで勉強する日々が続いたが、二年後、十一歳になるとすっかりキツネの姿に変化してしまった。
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。
虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について
あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる