ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三

文字の大きさ
19 / 61

19 アロイスの秘密と追跡

しおりを挟む
 
 そんなある日、腹違いの弟のジェリコが王宮と離宮を隔てる林を抜けて、離宮に迷い込んできてしまった。

 俺はキツネになってからは時々、離宮を出て外の世界を楽しんでいた。キツネなら誰かに見られても俺だと気づかれる心配はない。日々のほとんどの時間を一人で過ごしていた俺は人恋しさに、思わずジェリコの前に歩み出てしまった。

 呪いにかかる前はよくジェリコとも遊んだ。ジェリコの母は俺とジェリコが仲良くするのをよく思っていない様だったが、子供同士はお構いなしだった。俺と弟はとても仲が良かったと思う。最後に会った時、ジェリコはまだ六歳だったはず。懐かしい俺の弟! 

 ジェリコは目の前に現れたキツネに興味津々で近づいてきた。ジェリコが俺を触ろうと手を出した時、ジェリコを探しに来た侍女が青い顔をして現れた。

「ジェリコ様、こんな所に! ここは危険でございます。どうかこちらへ!」

 悲鳴に近い叫びをあげたその侍女は、伝染病を恐れて建物に近づくのを躊躇している。ジェリコを必死になって呼んでいるが、耳を触ったり尻尾をつまんでみたり、キツネの俺に夢中の弟にはまるで耳に入っていない。林の方からはジェリコを探す他の声が聞こえて来た。

 と、侍女を押しのけて父上がジェリコに急ぎ足で近づいてきた。父上はジェリコを抱え上げ俺から素早く引き離した。

「従者は何をやっていたのだ! あれほど目を離すなと言っておいただろう!」

 父上は物凄い剣幕で後ろからやって来た従者達を叱りつけた。俺にも一人、身の回りの世話をする従者がいたが、離宮の裏手から出てきて騒動のさ中、こっそりと俺を連れて奥へ引っ込んだ。

 外ではまだ父上の声が響いている。

「大切な息子の身に何かあったらどうするつもりだ! 二度とここへは近づけるな。それはお前たちも同じだ、ここへ来てはならん。これは王命である!」

 父上の断固とした厳しい言い渡しに、俺は捨てられたのだとこの時確信した。俺がこんな風になってしまった今、王太子になるのはジェリコだ。そのジェリコの身を案じて、父上はあんなに激高しているのだ。

 俺の世話をする従者は、食事を運んで来る時以外は王宮のメイドにちょっかいを掛けたりして怠けていたらしい。この騒動の後も俺を部屋に押し込み、鍵をかけて離宮から出て行ってしまった。

 一人、離宮の中に取り残された俺は、声を上げて泣いた。

 俺の犯した大罪は何だったのだろう? いたずらをして従者にケガを負わせた事か? それとも母上が亡くなった時に神に恨み言を吐いたのがいけなかったのか? なぜ俺は神に呪われたんだ? なぜ、なぜ、なぜ?

 この日、涙が枯れるまで泣いた後、俺は一切泣くのをやめた。

 それから一週間ほどすると従者が変わり、今度はヴィンセントという男が俺の世話をする事になった。ヴィンセントは前の従者と違ってずっと俺のそばから離れなかった。きっと一時も俺から目を離すなと命令されているのだろう。


 あれは夏の暑い日だった。ヴィンセントが従者になってちょうど一年が過ぎた頃だった。コリウス教の祭服を纏った、かなり高齢の司祭をヴィンセントが連れて来た。

「アロイス様、この方はコリウス教の司祭様で、神聖力をお持ちの聖人でもあらせられます」

 その司祭は痩せてよぼよぼで、風が吹けば飛んで行ってしまいそうな程弱々しく見えた。だがその声は驚くほど力強かった。

「お初にお目にかかります、ラピスと申します。諸国を旅してコリウス教の布教をしております。この度こちらの国境付近で足を痛めて難儀しておりました所を、お国の近衛兵に助けられました。縁がございまして、陛下へのお目通りが叶い、これからこちらの離宮にて療養させていただく事になりました」

 キツネの俺に向かって何の嫌悪の感情も見せず、司祭は挨拶した。俺の存在は人に見られてはいけないのに、ましてや相手はコリウス教の司祭だ。大丈夫なのかとヴィンセントに尋ねたが、彼は「ラピス司祭様は信頼できるお方です、ご安心下さい」と太鼓判を押した。

 ラピス司祭は翌日から朝食の前に必ず俺に祝福を授けた。療養させてもらう事へのほんのお礼だと言って。そして諸国を旅して出会った人々、美しい街並み、素晴らしい文化や不思議な出来事など色んな話を聞かせてくれた。俺がラピス司祭に親しみを覚えるのに時間はかからなかった。

 司祭を入れて三人の穏やかな日々はしばらく続いたが、劇的な変化が訪れたのはラピス司祭が離宮に来て半年ほど経った日の事だった。

 朝、目覚めてすぐに目に入って来たのは、ベッドからはみ出した自分の足だった。ほぼ同時に部屋に入って来たヴィンセントは一瞬目を見開いた後、破顔してこう言った。

「おはようございます。アロイス様は十二歳にしては体が大きいようですね。新しいベッドを運ばせましょう」

 元の人間の姿には戻らなかったが、俺はキツネからまた獣人の姿に戻っていた。そこからさらに二か月ほど経った日、俺はとうとう人間の姿を取り戻した。

 だがそれは完全ではなかった。なぜかチキンを食べるとキツネに変化してしまうのだ。

 ラピス司祭はそれから一週間ほどして、また旅立たれた。司祭は旅立つ前に俺に助言した。

「私の神聖力ではあなたに掛けられた呪いを取り去ることが出来ませんでした。ですが、聖女の中には私よりも優れた神聖力を持つ者がいます。そんな女性が現れたら、是非ともあなた様の伴侶にお迎え下さい。お互いに慈しみ合う日々を過ごせば、いつの日か呪いが浄化される事でしょう」

 最後に司祭は俺に希望を捨ててはいけない、と強く諭した。

 とりあえずチキンさえ食べなければ人間のままでいられる。俺はヴィンセントから剣術や柔術を学び、勉強は独学で頑張った。元の生活に戻れる可能性もあったが、チキンを摂取してからキツネに変化するのは思ったより速い。危険を冒すわけにはいかなかった。きっと父上も俺が王宮に戻る事は望んでいないだろう。人間に戻った俺をヴィンセントは今まで以上に家族の様に接してくれた。王宮に戻るよりも彼と共にする離宮での生活の方が、俺には楽しく感じられた。

 俺がここを出る決意をしたのは、聖女クレアがアカデミーに留学して来たとヴィンセントに聞いたからだ。クレアの神聖力は歴代の聖女、聖人を遥かに凌ぐという。彼女なら俺の呪いを浄化出来るかもしれない。

 だが呪い子の俺とコリウス教の聖女との婚姻はかなりハードルが高い。王家の権力をもってすれば、聖女を娶ることも可能だろう。だが強制的な婚姻ではラピス司祭の言っていた様な、慈しみ合う結婚生活は実現しないかもしれない。

 手段はひとつしかない。クレアが俺と一緒になりたいと望むようにするんだ。クレアに俺を好きになってもらうしかない。

 こうして俺はアカデミーに編入する事になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日はクレアをデートに誘うのよ!」

 朝からジーナは息巻いていた。

「いきなりどうした?」

「なんだかアロイスの方の進展が遅い気がして。アカデミー絡みだと必ず誰かが一緒でしょ? だから二人きりになれるように外でデートするのがいいんじゃないかと思うの」

 今日の授業は午前までで明日はバザーの振り替え休日だ。今日の放課後に誘ってみてだめなら、明日はどうかと提案すればさすがに両方断られたりしないだろうとジーナは考えたらしい。

「デートなんて言ったら構えてしまうから、町を案内するっていう口実がいいと思うわ。王宮が一般開放している庭園に行って、その後近くにある有名なカフェでスイーツを堪能するの。クレアも甘いデザートは好きだから喜んでくれると思うわ」

 クレアが甘いデザートを好むという事をちゃんとリサーチしてきた。それだけじゃない、中でもブドウを使ったスイーツが一番好きなのだと、ジーナは胸を張った。

「あら、それくらい簡単に調べられるって言いたそうね」
「い、いや、助かるよ。ほんと」

「それからね色も紫が好きなんですって。ブドウ色よ、ブドウ色!」
「分かった、分かった」

「ほんとに分かってるぅ? もしデートが明日になったらちゃんと紫色の花の花束を持参するのよ? 女の子はみんなお花が大好きなんだから!」

 クレアはずっと花束を持ったままデートするのか、と聞きたかったがそれはこっそり胸にしまった。

「あああっ、ぺらぺらしゃべっている間にクレアがいなくなっちゃったわ。大変! 早く探さなきゃ」

 俺たちは慌ててアカデミーを飛び出した。周辺を探したがクレアの姿は見えない。

「もういいよ、今回は諦めよう」
「諦めるのが早すぎよアロイス。あっ、ほら、あの後ろ姿はクレアじゃない?」

 しばらく探し回って、市場も過ぎたあたりで似ている後ろ姿を発見した。

 確かにクレアの後ろ姿に似ているが、断定していいか迷うほどの距離がある。しかもその人物はどんどん先へ進んで行った。

「いけない、また見失っちゃうわ」

 ジーナはその人物を追いかけ始めた。こちらも結構な速度で歩いているが追いつかない。クレアらしき人物は明らかにどこか目的地を目指しているようだが、クレアが滞在している教会とは方向が違う。

 クレアの滞在先である国教会の宿泊棟は、先日の火事で修復中なので別の大きな教会にクレアは寝泊りしている。クレアは国賓に値する聖女だが、王宮や高級なホテルに滞在するのを断ったのだ。

 この国の教会や国王も、そういったクレアの態度を称賛している。あくまでも教会に属する聖女として、過分な贅沢をしないのは俺も好感が持てた。

 今俺たちが追いかけている人物がやっと立ち止まり、横を向いた。確かにあれはクレアだ。だが周囲を警戒するように見回している。

「待って~クレ……」
「ちょっと待て」

 クレアを呼び止めようとしたジーナを俺は制した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴を落としたらシンデレラになれるらしい

犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。 突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー) 私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし… 断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して… 関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!? 「私には関係ありませんから!!!」 「私ではありません」 階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。 否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息… そしてなんとなく気になる年上警備員… (注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。 読みにくいのでご注意下さい。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!    「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」   これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。   おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。 ヒロインはどこいった!?  私、無事、学園を卒業できるの?!    恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。   乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。 裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。 2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。   2024年3月21日番外編アップしました。              *************** この小説はハーレム系です。 ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。 お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)        *****************

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※表紙はAIにより作成したものです。 ※小説内容にはAI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」様にも掲載しております。

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。

バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。 全123話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...