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29 100年前の本
しおりを挟む「うん、去年贈ったブローチが不評でね。身に着けるものはやめて欲しいと釘を刺されてるんだ」
女の子に贈る物で真っ先に浮かぶのは装身具だと私は思う。それをすべて排除した上で、更にブリジットが喜ぶものじゃないといけない。
私もブリジットと知り合ったのは最近の話だし、同学年じゃないから接点も多くない。ブリジットの事を私はあまり知らないのだ。
「何か最近ブリジットが夢中になっているものってないかしら?」
闇雲に歩き回って疲れてしまい、一息つくために私たちはカフェに入った。そして幾つか候補を決めてから、目的をもってお店を回ろうという事になったのだ。
「そうだなぁ……誘拐されたあの事件の後、一時は外出を怖がって屋敷に籠りがちだったんだけど、ジーナのドレスを買いに行った辺りからはようやく普段の生活に戻って来てさ」
誘拐されるなんて恐ろしい目にあったら、誰でもトラウマになるのが必至だと思う。でも一ヵ月もしないうちにアカデミーに復学してきたから、ブリジットはとても強い人だわ。
「最近は、う~ん……あ、よく本を読んでるな」
「本! お気に入りの作家がいるのかしらね。その作家の本ならいいんじゃないかしら?」
「作家か、ええと、あれは……確かシュタイアータに関する本だったと思うな」
「小説ではないのね。そうだ、ブリジットはシュタイアータ皇国から寄贈されたロザリオにも高い関心を寄せていたわよね」
「そうだった! あいつは子供の頃、聖女になりたいって言ってたんだ!」
昔の事を思い出して、レニーはクスッと忍び笑いを漏らした。こんな何気ない表情でも、アカデミーでは見られない顔を私に見せてくれるのがとても嬉しい。レニーは本当に私に心を開いてくれたのだと実感できる。
「神聖力の発現は五歳までだろう? ブリジットは五歳の誕生日の時に、神聖力が発現しなかったってショックを受けて大泣きしてさ」
神聖力は十万人に一人位の割合で発現するらしい。五歳までに発現しなかったら一生発現しない。それは、ちょっとしたケガを癒したり、風邪の症状を和らげたりする程度の力がほとんどで、クレアみたいな大きな力を持っている人は極稀だ。
それでも神聖力を持つ人は希少だから、発現した人は教会での仕事を義務付けられる。この力を私利私欲の為に使う事を阻止するためでもあるらしい。
「へえ~聖女になりたかったのね。でも小さな女の子が憧れるのは、ちょっと分かるかも」
「うん、ブリジットも夢見る少女だったんだよな、五歳までは。よし、本にしよう。大きな本屋なら東地区に戻った方がいいかな?」
「さっき一件だけ本屋を見かけたから、そこへ行っていいのが無かったら戻りましょうか」
私が見かけた本屋はこじんまりとした作りだったが、店内は床から天井までびっしりと本で埋め尽くされていた。ここはどうやら古本屋だったようで、少しカビ臭い、独特の本の匂いが私たちを出迎えた。
窓が無く、少ないランプの明かりだけが頼りの薄暗い店内で、大まかにしか区分けされていない棚を、二人でキョロキョロと見ていると店主が声を掛けて来た。丸眼鏡をかけた初老の男性、いかにも本屋の店主といった風情だ。
「何かお探しですかな?」
私たちは聖女に関する本を探していると答えると、店主は迷いもせずあちこちの棚から数冊の本を取り出して持ってきた。
その中で、既に絶版になっているという本を店主は薦めて来た。
「これはシュタイアータの司祭だった方が書かれた本です。その司祭様に関わりのあった聖女様についての話、その司祭様がおられた教会に伝わっている逸話などが盛り込まれていて、なかなか読みごたえがございますよ」
「どうして絶版になってしまったのかしら?」
「そうですねぇ、これは百年ほど前に書かれた本なのですが、聖女様の力について変わった見解を述べておられましてね。それが当時の教会側に好ましくないと判断されたと言われています」
シュタイアータの教会はこの本を回収して焼却したが、この国に入って来た数冊は難を逃れたらしかった。
この貴重な本ならプレゼントにふさわしいと、レニーは店主が提示した金額に臆することなく即決で購入した。
「いいものが買えて良かったわね。でもその紙の包みじゃ味気ないから、包装紙とリボンを買いましょうよ!」
綺麗な包装紙を扱っている店は西地区寄りにあり、そこで買い物を終えた頃には夕闇が迫って来ていた。
「遅くなったね、ここからなら西地区の待合所の方が近いな。僕が馬車を呼んでくるからジーナは待っててくれる?」
「一緒に行きましょう。私、歩くのは平気よ」
私は少しの間でもレニーと一緒にいたかった。西地区の待合所は以前に見かけているから、なんとなく場所が分かる。歩けない距離じゃないわ。そう、あれはアロイスと一緒にクレアの後を追いかけた時ね。あの時はアカデミーから歩いてこんな所まで来てたのね、私たち……。
「やあ、クレア様だ」
「えっ、クレア?」
レニーの視線を辿ると、確かに待合所にクレアが立っていた。
「ジーナとレニー、あなた方も馬車なのね。でもあいにく出払っていて、もう少し待つみたいよ」
先に乗合馬車が到着して大勢の人が乗り込んで行った。待合所のベンチが空いたので、私たち三人は並んで腰掛けた。
「聖女様に関する本を買った直後に、クレア様に出会うなんて奇遇だよね」
まだ本屋の包み紙にくるまれたままの本を、軽く叩きながらレニーは言った。
「ジーナたちはお買い物だったのね」
「クレアは? そういえば以前も西地区に来てたわね。警備隊本部にはやっぱり教会関係で?」
「あら、どうして警備隊だと思うの?」
しまった! あの時は勝手にクレアの後を尾行したんだったわ。それにアロイスから言うなと言われていたのに!
「ええと、いつだったかしら……クレアを警備隊の本部で見かけたような気がして。でも人違いだったのかもね、あはは」
あせって誤魔化したけど、警備隊の話が出たとき、クレアの表情が急に険しくなったような気がした。あんな風に非難するような口調が、クレアの口から飛び出したのも初めてだった。でもすぐいつも通りの和やかな口調に戻ってクレアは質問した。
「そうだったの……それで、聖女に関する本ってどんな本かしら? 私も興味があるわ」
「これ古本屋で見つけたんだ」
レニーは包み紙を開いて百年前に書かれたという、濃紺地に銀色の文字が装丁された本を取り出した。見るからに歴史がありそうな重厚な装丁だ。
ベンチの真ん中に座っているレニーの手元をクレアはじっと見ていた。包みが開かれると、クレアの膝の上に重ねられた手にキュッと力が入った。
「随分と古い本のようね」
「百年くらい前に書かれたものなんですって。あら、馬車が来たわ。クレア、お先にどうぞ」
「ほんとね。次も来たみたいだし、お言葉に甘えるわ」
クレアを乗せた馬車が去ってすぐに、二台目も到着した。レニーと私は揺れる馬車の中でなんとか包装紙を取り換え、リボンで飾り付けた。
「いいね! 包装紙とリボンの色の取り合わせも完璧じゃないかな。ジーナはとてもセンスがいいね」
そう言って私に笑いかけるレニーの笑顔は、眩し過ぎてくすぐったい。馬車の中は二人きりなせいか、やけに私との距離が近い気がする。
『ホリスタ』のキャラクターとしてのレニーは、もっとシャイな感じだったけれど、ここ数日の彼は同一人物とは思えないような積極さが垣間見える。
「君の髪の色ってホントにいい色だ。食べちゃいたいな」
向かいの席から私の隣に座席を移し、私の髪を人差し指でなぞるレニー。わわわわ、なんてことを! 心臓がばっくんばっくんと飛び出しそうに跳ねだした。
私は前世でも恋愛経験はなかったから、こういう時にどうしたらいいかさっぱりだ。ゲーム漬け生活の弊害がこんな所で出るなんて!
レニーの親指が私の髪をつたって頬に移り、ゆっくりと唇の端までやって来る。トントンと、これからの展開を知らせるように軽く唇がノックされた。指が離れていくのと反対にレニーの顔が近づいて来る……。
ガクンとわずかな衝撃の後に馬車が止まった。御者の声が到着した番地名を告げる。
「着いちゃったね、残念」
私は思わず顔を逸らしてしまった。名残惜しそうなレニーの視線が私の横顔に突き刺さる。
「もう行くの?」
ドアの取っ手に手を掛ける私の手首を掴んで、レニーが言う。
「わ、私行かないと。じゃ、じゃあまたアカデミーで」
掴まれた手を振り払う様にして、私は馬車を降りた。心臓はまだ飛び出しそうなままで、息も絶え絶えだ。あれは……あれは本当にレニーなの? 照屋さんで純粋な、って思っていたのは私の勘違いだったの?
「な、なに今の……? なん、だったの? 今の?」
動揺が収まらない、今夜は眠れる自信がないわ。
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