47 / 61
47 クレア
しおりを挟む私はシュタイアータ皇国の南方、サウスプレインズ平野にある名もない小さな村で生まれた。
サウスプレインズは肥沃な土地柄、農業が盛んで小麦の産出量は国内では常に一位を誇っている。国外への輸出も盛んで、小さい町ながらも人々は豊かな生活を送っていた。
私の神聖力が発現したのは六歳だった。大抵の人より遅かったが、他の聖女見習いと同じように十三才で教会に入り見習い期間を経て聖女になった。
正式な配属先は偶然にも故郷の隣町だった。教会に到着した翌日には、両親は姉と妹、祖父母を連れて家族総出で会いに来てくれた。見習いで入った教会が遠い場所だったため、里帰りもほとんど出来なかった私のために。
だが久しぶりの家族団らんは大きな物音でかき消された。
私たちは昼食後、談話室で家族の再会を喜び合っていた。そこへ複数の馬のいななきと扉が乱暴に開かれる音が聞こえて来た。
私が外の様子を見ようと扉から出ると、一人の司祭様が慌てて駆けてこられ、私たち家族を、先ほどまで昼食を取っていた食堂に連れ戻した。食堂には司教様と数人の司祭様、下働きが何人か不安げな様子で私たちを待っていた。
「ラスブルグ王国が攻め入って来ました。聖女様と司教様はこちらにお隠れ下さい」
食堂の大きなテーブルがずらされていて、下に敷かれた絨毯がめくれている。床には地下に通じる扉があった。
「有事の際の隠れ場所です、さあ早く」
「でも二人だけですか? 司祭様は……私の家族は?」
「いくら戦争でも神に仕えるものに危害は加えますまい。念のためですから安心して隠れていてください。これは万が一のためです」
言われるままにはしごを降りると、下は小さな部屋になっていた。司教様が持っている蝋燭の灯だけでも十分なほど狭い空間だった。上ではテーブルを元の位置に戻す音が響いている。
「御覧の通りの大きさなのです。二人が隠れるので限界でしょう」
司教様がそう言い終わらない内に、大人数の足音が食堂になだれ込んで来た。
「これはこれは皆さんお集まりで」
「そちらはラスブルグの方とお見受けしますが。この神の家に何用でしょうか?」
絨毯と扉一枚で隔たれた食堂の声は、地下にいる私にもはっきりと聞こえて来た。
「戦争が始まったんだよ、司祭様。我々は勝たなきゃいけない。その為には色々工作をしなくちゃいけないんですよ」
「ああっ、畑がっ!」
「なんという事を、もうすぐ収穫の時期だというのに」
なんだろう、畑に何かされたのだろうか……。
「この辺りはシュタイアータの台所と言われるほど、農作物の供給率の高い地域らしいですね。まぁそれを少し下げただけの事です。さて……聖女様はどなたかな?」
「聖女様に何の用です」
私はびくっとした。思わず声が漏れそうになると、司教様が口に指をあてて
『しっ』と囁く。
「ラスブルグにも聖女様が何人かおられるんですがね、数の上では圧倒的にシュタイアータに劣るのです。ですから少し均衡化したいのですよ」
ゾッとした。背中に冷たい物が流れているのがはっきりと分かる。胸の上で祈るように組み合わせていた手が震えて来た。
「せ、聖女様は今はお留守です。首都の総本山に出向されています」
「おやおや、聖職者ともあろうお方が嘘はいけませんね。私はちゃんと情報を掴んで来ているのです。昨日赴任したばかりの聖女様がいらっしゃるはずですよ」
少しの沈黙が訪れた。だがこうなる事を予想していたかのようにラスブルグの兵士は言った。
「この食堂には女性は五人いますね。一人は見るからに子供だから除外できるとして、残り四人。では一番後ろのあなた、そう、あなたです。私の前へ来てください」
ギシギシと床が軋む。言われた通りにしたのだろう。するとすぐ何か物音がしてドサッと床に振動が伝わった。と、同時に悲鳴があがった。
「さあさあ聖女様、名乗り出て頂きますよ。でないと女性全員を殺さなくてはいけなくなる」
今や私は全身がガタガタと震えていた。恐ろしくて恐ろしくて、立っているのもやっとだった。司教様は私の肩をしっかりと支えてくれていたが、私はこの狭い地下で一人きりのような感覚に陥っていた。
妹の泣き声が聞こえる。父が懸命に妹をなだめる声も聞こえて来た。
「わ、私が聖女です」
母の声だった。
「おお、名乗り出て頂いて助かります……ぷっ、ははははは。お母さん、そんなウソに私が騙されると思いましたか? 赴任したばかりの聖女という事はまだ二十歳前後の少女のはずです。失礼ですが、あなたが二十代というのは無理がありませんか? という事はあなたですね!」
また悲鳴が聞こえた。妹と姉が泣き叫んでいる。
「やめてぇっ、やめて下さい。どうかその子を連れて行かないで! 代わりに私を……なんでもしますから!」
「ここは神の家です、これ以上の暴挙は許しません。すぐにここから出て行って下さい!」
悲鳴やら嘆願やら泣き声と怒号。色々な声が入り混じって、上は混乱状態だ。
「司祭様、私は軍人でこれも私の仕事なのです」
でもその声には申し訳なさが少しも混じっていなかった。むしろ嬉々としているように感じる。
「さて聖女様、あなたに恨みはありませんが、聖女様に沢山の兵士を癒されては困りますのでね」
「あああっ」
またどさりと床に何かが落ちる音がする。妹の泣き声が激しくなった。母が姉の名を何度も呼んでいる。
「いくら戦争とはいえ、こんな残忍な事が許されていいはずがありません。我々は抗議します。あなた方を絶対に許しません」
「それは困りますね司祭様。おいお前たち、ここにいる全員を始末しろ。お前とお前は他に隠れている奴がいないか見てこい。いればその場で殺せ」
「なっ!」
「ランディス隊長、命令では聖女を国へ連れて帰るだけでいいはずではありませんか! それに司祭様を殺すなど……」
「ああ、そんな命令は初めからないんだよ。聖女を減らすのは私のアイデアだ。お前たちも出世したいならこれくらい頭を働かせないと。司祭といえど目撃者には消えて頂くんだ」
「し、しかし……」
「君は上官に逆らうのかね? もう聖女を含め二人死んでいる。司祭を生かして証言されたら、我々の不利になるとは思わないか? ここは我々が到着した時には火が回っていて、誰も助ける事は出来なかったと私は記憶するはずなのだが」
「……分かりました。おい、外から油を持ってこい」
そこからはさながら地獄のようだった。悲鳴や命乞いする声が交錯し、床にどさどさと響く音は、人が殺されて倒れる音だと嫌でも気がついた。
司教様の持つ蝋燭の炎も小刻みに揺らめいている。私は嗚咽と悲鳴を懸命に堪え、拳を噛みしめていた。やがて静寂が訪れた。重い靴音が食堂から出て行き、床に油をまく水音がした。天井の隙間から油だろうか、ぽたぽたと落ちてきている。
司教さまは囁いた。
「私の後ろに扉があります。外の家畜小屋へ出る道が繋がっていますから急ぎましょう」
「で、でも上の家族を置いていけません」
私は司教様の制止を振り払い、はしごを登って扉を押し開けた。ほんの十五センチ位の隙間だったと思う。油と血なまぐさい匂いと共に飛び込んで来たその光景は、目に焼き付いて今も離れない。
食堂はまさに地獄絵図だった。床には教会の人、ついさっきまで笑い合っていた私の家族が血まみれで折り重なっている。目はうつろで、誰ももう息をしていないことが一目で分かる。同じ人間と言う生物として本能的にそれが分かってしまったのだ。
私は震える手で扉を閉じた。
司教様が何も言わず振り向いて蝋燭で照らすと、確かに小さな扉があった。でもしばらく使っていなかった木戸は軋み、物凄い音を立てた。さっきこれを開けようとしていたら上の兵士達に気づかれていただろう。
扉の向こうは狭い通路で、身を屈めながら前に進んだ。家畜小屋に出る扉の前まで来てもしばらくはそこから動かなかった。
どれ位時間が経っただろう。司教様がとっくに燃え尽きた蝋燭立てを手に外の様子を見に行った。待つように言われたが、私もすぐ後を追った。
外はまた別の地獄だった。一面に広がる収穫間近だった黄金の小麦畑は轟々と火に包まれ、振り向くと、私たちのいた教会も激しい炎と黒煙を上げている。
司教様は何か呟きながら、がっくりと膝折れて地面にへたり込んだ。
13
あなたにおすすめの小説
靴を落としたらシンデレラになれるらしい
犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。
突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー)
私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし…
断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して…
関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!?
「私には関係ありませんから!!!」
「私ではありません」
階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。
否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息…
そしてなんとなく気になる年上警備員…
(注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。
読みにくいのでご注意下さい。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~
四つ葉菫
恋愛
橘花蓮は、乙女ゲーム『煌めきのレイマリート学園物語』の悪役令嬢カレン・ドロノアに憑依してしまった。カレン・ドロノアは他のライバル令嬢を操って、ヒロインを貶める悪役中の悪役!
「婚約者のイリアスから殺されないように頑張ってるだけなのに、なんでみんな、次々と告白してくるのよ!?」
これはそんな頭を抱えるカレンの学園物語。
おまけに他のライバル令嬢から命を狙われる始末ときた。
ヒロインはどこいった!?
私、無事、学園を卒業できるの?!
恋愛と命の危険にハラハラドキドキするカレンをお楽しみください。
乙女ゲームの世界がもとなので、恋愛が軸になってます。ストーリー性より恋愛重視です! バトル一部あります。ついでに魔法も最後にちょっと出てきます。
裏の副題は「当て馬(♂)にも愛を!!」です。
2023年2月11日バレンタイン特別企画番外編アップしました。
2024年3月21日番外編アップしました。
***************
この小説はハーレム系です。
ゲームの世界に入り込んだように楽しく読んでもらえたら幸いです。
お好きな攻略対象者を見つけてください(^^)
*****************
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※表紙はAIにより作成したものです。
※小説内容にはAI不使用です。
※「小説家になろう」「エブリスタ」「カクヨム」様にも掲載しております。
異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。
バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。
全123話
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる