49 / 61
49 クレア3
しおりを挟む「やあクレア、とても綺麗だ! さすがカメリアのブティックのドレスだけの事はある」
「ありがとうございます、ジェリコ殿下」
ジェリコは客間に入って来ると、人払いをして近づいて来た。雲ひとつない快晴の天気の様に上機嫌だ。
ここは王宮の中にある客間の一室。私は今日の婚約記念舞踏会の為に昨日から王宮に招待されていた。
「クレアはもっと淡い色のドレスを選ぶと思っていたよ、でもこの深紅は君をより知的に見せてくれるね。これで大正解だ」
これはこれから始まる復讐のための赤だ。ラスブルグはあの時私の家族が流した血よりも遥かに多くの血に染まっていくだろう。
「殿下も濃紺地に深紅を取り入れるセンスは素晴らしいと思いますわ」
「こっちへおいで」
ジェリコは姿見の前まで招いて、鏡の中の私たちを満足そうに眺めた。
「うん、私たちは本当にお似合いだと思うね。これは母上からの贈り物だ、私が付けてあげよう」
ジェリコは凝った細工の小箱からネックレスを取り出した。大小のアクアマリンが朝露の様にきらめいている。
「綺麗だわ……でも私には過分の贅沢な気がします」
「何言ってるんだ、そんな事はない。クレアは王太子妃になるかもしれないんだぞ。いくら聖女でも、これくらいは神も許して下さるさ」
ジェリコはそう言って笑った。私との婚約で自分は王太子になれると確信しているのだろう。楽しくて仕方ないという顔だ。
「もうすぐ舞踏会が始まる、銀の間の控室へ行こう」
銀の間はラスブルグ王宮の中でも一番の広さを誇る広間らしい。アカデミーの同クラスの生徒やほとんどの高位貴族、シュタイアータと取引のある名だたる商家を軒並み招待したと自慢げに話す、ジェリコとその母親の王妃を思い出す。
「銀の広間ならどうにか収まりきるだろうが、全員が私たちに挨拶するのは無理だろうな」
ソファでふんぞり返るジェリコに案内役が声を掛けた。
「殿下、ご入場のお時間です」
銀の間へ続く扉の前に立つと、中からゆったりとしたテンポの音楽と人々のざわめきが聞こえて来た。
「ジェリコ・コーディー・サーペンテイン殿下、シュタイアータの聖女クレア様ご入場です」
銀の間に足を踏み入れると一斉に私たちに視線が注がれる。銀の間はブルーの花をふんだんに飾り付け、花にあしらわれたリボンやレースにはクリスタルのチャームが散りばめられまばゆい光を放っていた。まさに豪華絢爛の中心、階段下のホールにジェリコは私をエスコートする。
国王陛下が私たちの婚約を祝福して舞踏会の開催を宣言した。音楽隊はワルツに曲を変更し、ジェリコが私の手を取り中央に進み出る。私たちが踊り始めると、招待客もパートナーと踊り出した。
ダンスは好きではない。平民出身の私がワルツを踊る機会など皆無だったし、必要に迫られて習い始めても好きにはならなかった。
ダンスが終わると早速王妃がやって来て、諸貴族への紹介や挨拶が始まった。
王妃は私とジェリコの結婚がもたらすラスブルグへの経済効果について大袈裟に吹聴して回る。権力のある貴族へ、ジェリコがいかに王太子にふさわしいかを印象付けているのだ。ジェリコもシュタイアーとラスブルグの交易に、より一層力を入れるつもりだとか、それらしい事をしたり顔で話している。
次から次へとお祝いの言葉を掛けにやって来る人々、フロアでダンスに興じる人々。その光景はまるでお芝居を近くから眺めているようで、私には現実感に乏しく感じられた。フロアでダンスしている人の中にジーナとクリストファーを見つけた。アロイスはランディス家の娘と来ている。計画は順調だ。
終わらない挨拶の応酬に疲れを感じていた時、真ん中の出入り口辺りが騒がしくなった。五,六人の女性が警備に当たっている近衛騎士の制止を振り切って広間になだれ込んで来た。
派手な化粧に安っぽい生地とデザインのドレス、扇をあてているが皆一様に声が大きく下品だ。今日は貴族だけでなく平民も招待されているが、彼女たちがどんな職業かは容易に想像がついたし、ここに招待されるような人達でないことは誰が見ても明らかだ。
「あたし達はちゃんと招待されたんだって言ったでしょ、招待状も見せたじゃない、しつこいわね。殿下にご挨拶するんだから放してよ!」
女性達はパートナーを連れていなかったが、用心棒のような男を一人従えている。近衛騎士はこの男に仕事を阻まれていた。
周囲が呆気にとられる中、私とジェリコの前へ真っすぐ突き進んで来た彼女たちは軽くお辞儀して口々に言った。
「殿下、おめでとうございます。これでハーレムへの道が見えてきましたわね」
「な、なんの事だ。私はお前たちを招待した覚えはないぞ」
ジェリコは狼狽えた。王妃の顔は驚きから侮蔑の表情に変わっている。
「殿下ったらぁ~私たちを呼ぶのは当たり前じゃないですかぁ。殿下が国王になったらぁ、ハーレムを作って私たちを入れてくれるって約束でしょぉ」
「そうよ、この前三人でお相手をした時に私も誘われたわ! 政治は臣下に任せて殿下は私たちと遊んでくれるんだってぇ」
「お堅い聖女様じゃつまんないから、私を側室にしてくれるっていうのも忘れてませんよね? フフ」
「うそ! 側室になるのはあたしよ!」
別の三,四人の団体が横やりを入れて来た。最後の一人は貴族女性とぶつかって口論になっている。
「あんた達『夜の薔薇』の子ね、殿下ったらあっちこっちで見境ないんだから!」
「何言ってんのよ、殿下が最初に利用したのはうちなのよ。ハーレムのアイデアだってうちのアニーが言い出したんだから!」
とうとう王妃が我慢できずにジェリコの腕を掴んだ。
「ジェリコ殿下! 一体これは何なのです?!」
「知らない、わ、私は知らないぞ!」
ジェリコは悪夢を振り払う様に首を振り、後ずさりながらドアに向かって小走りに逃げてしまった。
「誰か、あの者たちを追い出しなさい!」
王妃に命令された近衛騎士が女たちに手を掛けようとしたが、国王が制止した。
「招待状を持ってここに来たのなら追い返す道理はない」
「こんな事は……陰謀です。あの者達が嘘をついているんですわ!」
王妃は悔しそうに顔を歪めて王を睨みつけた後、ジェリコの後を追った。
「さすが国王陛下ですわ! ね、アニー、あっちへ行って何か食べましょうよ」
彼女たちはオードブルをつまみに行ったり、給仕が持つカクテルを飲み干したり、貴族男性に声を掛けてダンスに誘ったりと好き勝手に行動し始めた。
パートナーを連れていかれた女性は怒り狂ったり、泣き出したりして混乱が生じ始めている。
「ジェリコ殿下の噂って本当だったんですわね……」
「噂ってまさか、ああいう女性たちのいる店に出入りしているって事なんですの?」
「出入りというより入り浸っているらしいですな。うちの使用人が殿下に似た人を見ただけだと思ってましたが、これはどうも……」
貴族連中どころか、豪商も不快感を露わにしている。
「なんと逃げ足の速い事ですな」
「あれでは国政を任せられないのでは?」
私に憐れみの眼差しを向ける者や、呆れて帰り始める人も出て来た。王宮一広い銀の間ではまだ全体にこの醜聞は知られていないようだが、広まるのも時間の問題だろう。ジェリコの誕生日パーティーの時と同じ流れになっている。
何てことなの! これでは私の計画が狂ってしまう。もし人間の姿を取り戻しているアロイスが王太子になってしまったら、計画がとん挫してしまうわ。私が掛けた呪いが消えていないのは確かだけれど、人間の姿でいられる時間があるのは事実だからまずい。
国王はどう? 王座に目を向けるが、その表情からは何も読めない。隣の王妃の席は空いたまま、一人前を向いて淡々とグラスを傾けている。王の後ろに控えている護衛騎士二人の方が、気まずい顔をしていて余程分かりやすい。横で給仕している侍従もかなりビクついている。
いえ、神はまだ私を見捨ててはいないわ!
ジェリコが逃げて行った出入り口とは反対の方で、何やら揉め事が起きていた。そちらに注目が集まっているのを機に、私はそっと物陰に身を潜めて様子を伺った。
0
あなたにおすすめの小説
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。
虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
推しの幸せをお願いしたら異世界に飛ばされた件について
あかね
恋愛
いつも推しは不遇で、現在の推しの死亡フラグを年末の雑誌で立てられたので、新年に神社で推しの幸せをお願いしたら、翌日異世界に飛ばされた話。無事、推しとは会えましたが、同居とか無理じゃないですか。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる