眠り騎士と悪役令嬢の弟

塩猫

文字の大きさ
70 / 116

運命は変えられる

しおりを挟む
トーマは俺を背中に庇うように立ち英雄ラグナロクに大剣を向ける。
そして一歩踏み出した。

俺はトーマの戦いの邪魔にならないようにノエルのところに急いだ。
まずは手を顔に近付けて呼吸を確認して……良かった、息をしている。
思ったより傷は浅いのかもしれない。

しかし、このまま手当てしないと体温がどんどん奪われて死んでしまうのには変わりがないように思えた。
俺には治癒魔法は使えない、俺に出来る事はただ一つ…

ノエルに魔力を渡して、ノエル自身の魔力で自然治療するしかない。

これは治療だ、トーマにしたキスとは違う。

ゲームではヒロイン大好きなノエルだったから今のノエルもそうかもしれない…ノエルにごめんなさいと小さく呟き軽くチュとキスをした。
………これがノエルのファーストキスだったら申し訳なさすぎる。
ペットにするようなキスだと思ってほしい、これはノーカウントだよ。

足元に魔法陣が現れた。
魔力を補給したからか、ノエルの瞼が震えてうっすらと目を開けた。
しかし、また閉じてしまった。

驚いて死んでないか呼吸の確認をすると、寝てしまったのか寝息が聞こえた。

ホッと一安心をしてから、トーマの方を見る。

トーマは英雄ラグナロクと剣を交えて押し合っていた。
一歩も譲らないその迫力に圧倒される。

先に剣を離したのは英雄ラグナロクだった。
それからトーマに向かって剣を振り回す。
火花が飛び散りトーマは剣を受けるのに精一杯で反撃が出来ない状態だった。

「どうした!魔力を使わないと私は倒せないぞ!」

「くっ…絶対に、使わないっ」

押され気味でも剣術のみで英雄ラグナロクを負かそうとしていた。
ただ見てる事しか出来ないなんて悔しい。

……トーマと一緒に戦えたら良いのに、魔力しか与えられないなんて…

部屋にいる時、少しでも剣の修行をしとけば良かったと悔やまれる。

英雄ラグナロクの重い一撃にトーマは顔を歪める。
ギリギリと剣を押し、少しでも力を抜いたら魔剣がトーマを襲うだろう。
笑いながら息子に魔力を使わすためなら傷を付ける事さえ構わないと思っている英雄ラグナロクは狂気のようだ。
何故、そこまでしてトーマを強くしたいのか。
…騎士団を継ぐだけが理由ではないように思えた。

「トーマ、お前は私だ…だから力を使え…この森全てを焼き払うお前の最強の力を!!」

「ふ、ざけんなっ…俺は俺だ…お前なんかに…負けるか!!」

英雄ラグナロクはトーマの気迫に驚いた。

その隙にゆっくりだが確実に魔剣を押し退けている。
英雄ラグナロクはすぐに我に返り力を込めるがトーマは体をずらして大剣を手から離した。
突然対抗していた力がなくなり大きくバランスを崩した。
そして大剣が地面に落ちる前にしゃがんで再び手に握った。

そして無防備となった英雄ラグナロクの腹に大剣を食い込ました。
いきなりの圧迫に一瞬息が止まったのが分かった。
あまりの痛みに意識が真っ白になる。

「…峰打ちだから安心しろ、次に目を覚ました時は冷たい牢獄の中だろうけど」

トーマが言い終わると同時に英雄ラグナロクは地面に倒れた。

トーマの荒い息のみが静かな空間に響いた。
相当疲れたのか大剣を地面に刺して寄りかかる。

俺は急いでトーマのところに駆け寄る。
凄い汗を掻いていて、自分の服の袖で拭うと腕を掴まれた。
驚いてる暇はなく抱き締められてそのまま二人共地面に倒れた。

俺の体重が掛かってトーマ重くないのだろうかと心配したが嬉しそうなトーマを見て口を閉じた。

「…姫、本当に姫なんだな」

「……今更だよ」

ギュッと強く抱き締められて、照れくさくてぽつりと呟いた。
俺も同じ気持ちだった……トーマ…トーマがいる…嬉しくて涙が出る。
トーマの胸に耳を当てて瞳を閉じると鼓動を感じる。
ちょっと早いな…ドキドキしてるって事なのかな。

俺も……ずっとこの時間が続けば良いのに…

トーマは俺の体ごと上半身を起こした。
お互い目線が絡み合う。

するとそうする事が当然のように自然とトーマは俺にキスをした。
トーマは今回のキスで魔力が戻った感覚がしただろうから俺の力の事は知ったのかもしれない。
……いや、初めてのキスじゃないから既に分かってたかもしれないが…

でも詳しくは知らないのかもしれない、だからもっと俺とキスをしたら強くなると勘違いをしているのかも…
ちゃんと説明しないと…

「と、トーマ…あのね…俺の力は魔力を補給するだけのものだから魔力を使ってないトーマは何度もキスする必要はないんだよ?」

説明下手だが俺の言いたい事は伝わっているだろうか。
顔色を伺う、トーマは眉を寄せて悲しげな顔をしていた。

ごっ、ごめんトーマ!男に無駄なキスさせて…すぐに説明すれば良かったよね!

二人の間に沈黙が訪れる。
俺はトーマに拒絶されるのが怖くてびくびくと肩を震わせていた。

やがてトーマは口を開いた。

「…今のキスは魔力がどうのとは関係ない」

「…………え?」

「この意味が分からないほど君は鈍感なのか?」

まっすぐ俺をトーマは見つめていた。
俺の頬が赤く色付いた。

えっ…でも…それって…

自分の都合のいい解釈かもしれない。
トーマも同じ気持ちなんじゃないかって…

俺のこの気持ち、トーマに伝えても良いの?

勘違いかもしれない、でも優しく微笑んで俺の流した涙を拭ってくれるトーマがいたら言える気がした。

「トーマ、あの…俺…トーマの事が…」

「茶番は終わりだ、トーマ・ラグナロク」

俺の声と第三者の声が重なる。
横を見ると金色に輝く大砲が見えた。
トーマが俺と一緒に立ち上がる。

きっと俺とずっと一緒いるために腕を掴んでいたが、俺はその腕を外してトーマを押した。
お互いその場から離れるとさっきまで俺達がいたところが大砲の魔力の弾丸により抉れた。

トーマは俺を見て驚いていた。
俺は大丈夫だとトーマに笑った。

大砲を再びトーマに向ける騎士さんに駆け寄る。

こうする事が一番だと思った。

英雄ラグナロクとの戦いでトーマはとても疲れている。
なのに騎士さんともなんて無理に決まっている。
騎士さんはトーマに殺してもらうように仕向けるためにトーマか、眠ってるノエルを傷付ける危険性が高い。
逃げるにしてもノエルと英雄ラグナロクを担いだら上手く逃げられないだろう。
その無防備な背中を狙われたら終わりだ。

この場の誰もが傷付かない方法がただ一つ、俺がシグナム家に戻る事。
なんとか騎士さんと帰ってトーマが安心して逃げれる時間を作らなくては…
きっと帰ったら父の罰が待ち受けているだろう…それでも俺はトーマ達が傷付けられるよりマシだと思った。 

「姫!必ず、必ず迎えに行くからっ!だから待っていてくれ!」

トーマは俺の考えを理解したのかそう叫んだ。

ポロポロと涙を流しながら必死に頷いた。
…トーマ、君がこのゲームの結末を変えてくれる事を信じて待ってるよ。

騎士さんの傍にやって来て大砲に手を添える。
騎士さんは素直に大砲を下ろした。

「死ぬチャンスはまだいくらでもある」…そう言われたような気がした。
このゲームでアルトが死ぬフラグが多いのは分かってる。
…でも、未来は…ゲームは変えられるとはこの時強く思った。

だって今日死ぬ筈だった英雄ラグナロクはこうして生きてトーマに捕らえられたから…

騎士さんはアルトだけど俺ではないから英雄ラグナロクを見逃した。
俺達はトーマ達に背を向け、歩き始めた。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@悪役神官発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 透夜×ロロァのお話です。 本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけを更新するかもです。 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑) 大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑) 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...