彼女はウソつき

タニマリ

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彼女はウソつき 前編

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夏が終わった──────



正確には夏休みが終わった。


俺が住んでいるところは普段はただの田舎なのだが、近くにリゾート地として人気の高い海水浴場がある。
なので夏は遊びに来た女の子達をナンパし放題だ。
彼女らもそれを目的に海に来てるし、俺は見た目がいいからまさに入れ食い状態だった。
って言っても俺はまだ高校二年生だから酒池肉林みたいなふしだらなことはしてないぞ?
海で仲良く遊ぶ程度だ。
キスくらいなら何人かとはノリでしたけどね。
とにかくすっげぇ楽しい夏休みだった。



「くっそ、マジかよ。」

ただでさえ今日から学校ってので気分がだだ下がりなのに、自転車のチェーンが切れやがった。

海沿いだと常時潮風に吹かれている状態だから金属製である自転車のチェーンは錆びやすい。
わかってて洗浄してなかった俺が悪いのだけれど……

チェーンが外れることは今まで何度もあったけど、このタイミングで切れるってのが信じられん。
まだ学校まで半分以上あんのにこの炎天下の中を歩きかよ。
マジでついてねぇ。










「トオギ遅っ!もう始業式終わったで。ほんまアホやな~。」
「鬼畜のようにナンパしてたから女に刺されたんだと思ってた。」

……うるせぇよ。
ちょっとは汗だくの俺をねぎらえ。
俺が教室に入ったとたん腹の立つことを言ってきたのは同じクラスの悪友二人だ。
去年大阪から転校してきたお調子者の千尋《ちひろ》ことチロと、クールで頼れる存在の一也《かずや》ことイチ君だ。


「昨日ナホちゃんから会いたいってメールきたで。これで夏のモテ勝負は俺の勝ちやな。」
「はあ?ナホちゃんは俺に気があるっちゅーの!そんなもんノーカンだろっ。」

俺はチロとこの夏、どちらが女の子にモテるかを賭けて一緒にナンパしまくっていた。
負けた方が相手に五千円を支払わなければならない。
俺はジャニーズ系の正当なイケメンだが、チロはいわゆるベビーフェイスのカワイイ系だ。
それが大阪弁を話すもんだから、そこが女の子には堪らんらしい。


「質で言えば俺の方が上だろ?チロなんかおばはんまで数に入れてんじゃねーか。」
「数で勝負言うたんはトオギやろ?今さらルール変えんなやっ。」

「それだって相手が自分に惚れた数だったろっ?チロ君可愛い~なんて曖昧すぎて数に入んねぇわ!」
「トオギだって小学生から好きとか言われたのも数に入っとるやないか!おめぇはロリコンか!!」


俺とチロが言い合っているのを止めるのは大人なイチ君の役目だ。


「うるさい。ヤった数で決めろ。」


うん…イチ君は大人だ……
俺達は口だけのチェリーボーイなのでぐうの音も出ない……
ちなみにイチ君は年上の彼女がいるのでその点でも立派な大人だ。
それにイチ君はサーフィンをやっていて腕前はプロ級だ。
ナンパなんかしなくても逆ナンされまくりなので、本当のウィナーはイチ君だったりする。


はあ…結局、彼女を作るっていう本来の目的は今年の夏も失敗に終わるのか……
だいたいひと夏の思い出作りに来るような浮ついた女に理想の彼女像を求めんのが間違ってるんだよな。
俺、清純派が好みだし……


ガックリしながら自分の席に座ると、ずっと空席だった隣の席に荷物が置いてあるのに気付いた。



「あぁそれ?転校生のやで。都会からきた女の子。」

俺の隣に都会からの転校生だと?
なんだこの胸膨らむシチュエーションは……
今は女子のクラス委員に学校を案内してもらっているらしい。


「その子可愛い?」

チロは一瞬悩んだ後……
「うん可愛いで~さすが都会の子って感じ。トオギが好きそうなタイプやったわ。なあイチ君?」
「まぁ可愛いっちゃ可愛いかな。」

さらには俺が好きなタイプだと?
これは千載一遇のチャンスかもしれない。

俺の夏はまだ終わってなかったんだ─────


「じゃあさ、その子を1ヶ月以内に口説き落とせたら、この夏の勝負俺の勝ちでいい?」


俺の提案を聞いてチロは二カッと笑った。
「やっぱな~トオギならそう言うと思ったわ。ええで~その勝負のった。」
「俺が勝ったら五千円払えよ。」

こいつらの手前、真面目に彼女を作りたいのだと悟られるのが恥ずかしかった。
それにこれなら上手くいかなくても笑って終われそうだ。




「じゃあね眞白《ましろ》さん、私は部活があるからこれで。わからないことがあったら何でも聞いてねっ。」
「はい。ありがとうございました。」
廊下から声が聞こえてきて教室の扉が開いた。

「来たで。あの子が転校生、ツバメちゃんや。」

チロに耳打ちされ、どんだけ純真無垢なかわい子ちゃんなのだろうとワクワクしながら振り返ると、そこには派手な女がいた。
長い茶髪を部分的に赤くし、原型がわからないほどの濃いメーク、デカいピアスにギリギリまでの短いスカート……
想像していたのと余りにも違いすぎて目が点になってしまった。
騙しやがったなチロのやつ……俺のタイプと正反対じゃねえかっ。


大爆笑しているチロをにらんだ。


彼女にするにはアウトだが、賭けには負けるわけにはいかない。
ああいうタイプは意外と男慣れしていないパターンが多い。
1ヶ月以内じゃなく、一週間で楽々落とせるんじゃないだろうか?
まずはこのイケメンキラースマイルで……


「トオギ、おまえバカだろ?」

イチ君が呆れ顔で俺を見ていた。
俺は考えを口に出して言うクセがある。
まさか……

「……俺…どっからしゃべってた?」
「彼女にするにはアウト。から。」
やべえ…全部じゃねえか。
ツバメちゃんがすぐ横で無言で鞄に荷物を入れている。
非常に気まづい……

「あ、あのツバメちゃん。俺、トオギって言うんだ。ヨロシクねっ。」
「どうも。」

冷たい。それにチロの笑い声がすっげえうるさい。

「あのさ、ツバメちゃんどっから来てんの?」
「磯崎町から。」

「近くじゃん!俺自転車壊れちゃってさあ、俺がこぐから一緒に帰らない?」
「スズメ。」

……うん?スズメ?


「私の名前は、ツバメじゃなくてスズメ。」


はぁあっ?
チロが床を転げまくるくらいの勢いで大爆笑していた。
「女の子の名前間違えるなんてサイテイやー!」
「チロてめぇいい加減にしろよっ!!」

「スズメちゃんこいつだけは止めといた方がええで?顔だけのアホやからっ。」
「妨害は止めろ!賭けになんねえだろっ!」

教室中に響き渡る大きな物音で俺達はピタッと固まった。
スズメちゃんが鞄を机に叩きつけたからだ。



「いくら?」



すっげえ怒ってる。
ただでさえ顔が怖いのに殺気立ってるもんだからすっげえ怖い。

「な、なにがでしょうか?」
「賭けはいくらかって聞いてんの。」

「ご、五千円です。」

いつの間にか俺もチロも仁王立ちするスズメちゃんを前に正座をしていた。



「私があんたを先に惚れさしたら全員から五千円ずつ頂く。」


えっなに?
今とんでもないこと言わなかった?

「ちょっと待ってやスズメちゃん。トオギは見た目よりウブやから女の子から迫られたらヤバイわっ。」
チロがカチンとくることを言いやがった。

「なんで俺までその全員とやらに入ってんの?五千円取られんのイヤなんだけど?」
イチ君が俺が負けることを前提で話してやがる。



「どうなの?やるのやらないの?」


スズメちゃんが俺だけを睨みつけて聞いてきた。
なんなんだこの自信満々な態度は。
どいつもこいつも…なんで俺が負けると思ってるわけ?

「やるに決まってんだろっ。勝つのは俺だっ!」
「ふ~ん…どんな手でくるか楽しみにしてるわ、トオギ君。」


スズメちゃんはじゃあと言って余裕の表情で教室から出ていこうとした。
「絶対お前の口からトオギ君好きって言わせてやるからな!」
スズメちゃんはチラリとこちらを見たあと、ベッと舌を出して出て行った。


あっ……

今のはちょっと可愛かったかも……


「可愛いとか言うとる場合か!!」
チロにどつかれた。
どうやら声に出ていたらしい。

「五千円あったら彼女とうまいもん食いに行けるのにな~。」
イチ君が盛大にため息をついた。


だからなんで俺が負ける前提なんだよ。















今日も朝から暑いっ。どうなってやがる日本の夏っ!
教室のクーラーが全然効きやがらねえ。
窓を全開にしてた方が潮風が入ってきて涼しい気さえする。

「トオギおっぱよ。ほんでスズメちゃん落とすアイデアは浮かんだんか?」

前の席のチロが俺の顔を見るなり話しかけてきた。
昨日はあんな風に偉そうに啖呵を切ったものの、クラスメイトを落とすテクなんてものは持ち合わせてはいない。
ナンパみたいな軽薄な口説き文句ならアホほど出てくるのだが……

「……壁ドンとか頭ナデナデとか顎クイとか?」

答えが気に入らなかったチロから思いっきり頭をどつかれた。
「そんなもんもう古いわ!今は肩ズンに耳ツブにおでこトンや。逃げようとしたら腕ゴールテープしたったらええねんっ。」

はぁあ?なんだそれ?
耳ツブ?ツブ貝の仲間にしか聞こえん。


肩ズン·····女の子の肩に頭を乗せること。
耳ツブ·····女の子の耳元でつぶやくこと。
おでこトン·····指先で女の子のおでこをツンと触ること。
腕ゴールテープ·····片手で女の子の体を引き止めること。


他にもおでこコツンに壁ギュッに指チュウ。
床ドン、肘ドン、足ドン、股ドン、手首ドンとかもあるらしい。
なんでもかんでも省略すりゃいいってもんじゃねえだろ。
ドンドン鳴りすぎて太鼓かって感じだ。


「おまえら朝からなにふざけた会話してんの?」

朝が苦手なイチ君が欠伸をしながら教室に入ってきた。
チロが賭けに勝つために口説き方を伝授してるんやと自信満々に説明する。
全然役立ちそうな気がしないのだが……

「そんなもん相手は転校生なんだから教科書見せてやるなり優しくしてやりゃあいいだろ?」

確かにイチ君の言う通りだ。
スズメちゃんは新しい土地、新しい人間関係に不安を抱いているはず……
そこに隣の席の俺、イケメン君が優しくしてあげたら普通にキュンてくるはずだ。

「トオギの方が有利な立場なんだから、負けるなんて許さねえからな。」

イチ君は俺をギロりと睨んだあと、寝ると言って自分の席に突っ伏した。
イチ君怖い……



スズメちゃんは予鈴が鳴ったあとにようやく教室へとやってきた。
暑そうに襟元をパタパタとさせている。

「スズメちゃんおはよっ。あっぶね、遅刻するとこだったじゃん。」
「あんたには言われたくない。」

これって昨日俺が遅刻したことへの嫌味だよな?
てかなんだよ…スズメちゃんも俺のことを惚れさなきゃいけないんだよな?
にしては態度が素っ気なさすぎやしないか?


「俺はMじゃないんだけど?」
「……いきなりなに言ってんのよ。」

「俺は清純派が好きなんだよ。」
「だからなに言ってんの?」

「おまえ勝負忘れてなっ……」


「汐田《しおた》うるさいぞっ!」


担任の先生に怒られた。くっそお。
スズメちゃんが紙を小さく畳んで俺に投げてきた。


『忘れてないから。バーカ!』


スズメちゃんの方を見るとベッと舌を出されてしまった。


あぁくそ……

それ可愛いんだって。















スズメちゃんは新しい教科書を夏休み中に用意していたようだった。
俺の計画は呆気なくポシャった。
……って、あれ?
一限目の古文の教科書がない。

俺が鞄の中身をあたふたと探すのに気付いたスズメちゃんが、机をくっつけて教科書を見せてくれた。
見た目とは違うさり気ない優しさに思わずキュンとな……
なっ、なんで俺がキュンてなってんだっ。
逆だろ、逆!
その様子を見ていたイチ君とチロに物凄い形相で睨まれた。
二人とも怖っ……


次の物理の教科書も鞄に入ってなかった。
どうやら曜日を間違えて用意してしまったらしい。
スズメちゃんはバッカじゃないのと言いつつも見せてくれた。

「ドジな男の子ってそそられない?」
「そそられない。」

「スズメちゃんの好みってどんなヤツ?」
「古文と物理の教科書忘れない人。」

冷たく返されてしまった。
……そう来るか。
スタートダッシュ完璧に誤ったよな。こっからどうやって巻き返していこうか……
帰りにどっか誘ってみる?
どこが喜ぶだろう…そもそも断られたら意味ねえし。
誘い方も大事だよな。

あれこれと考えていると、スズメちゃんの頭がコクリコクリと揺れているのに気付いた。
眠いのかと思い横を見ると、俺の肩にフワリと乗っかってきた。


こ、これは………
チロが言ってた肩ズンてやつだっ!


スズメちゃんの寝息が耳元で聞こえてくる。
なんかムニャムニャとつぶやいてるし……
はっ!これは耳ツブじゃねーかっ!!

なんだよコレ…破壊力ハンパねえじゃん。
すっげえドキドキするっ。
チロに言われた時はなに二次元なこと言ってんだと思ったけど、実際女の子からされたらキュンなんてもんじゃねえ!
スズメちゃん、シャンプーの良い香りするし……





「トオギ…おまえホンマなにやっとるんや?」

授業が終わると、前の席に座るチロが俺達を振り返って呆れたような顔をした。

「チロ静かにしろ。スズメちゃん起きちゃうだろ。」
「もう起きとるわっ。ちゅーかわざとやわざと!俺らの会話聞いとったんやろ。」

えっ……?
まだ俺の肩に頭を乗せていたスズメちゃんがクスクスと笑い出した。
ウソだろ…全部演技だったの?
スズメちゃんは頭を起こし席から立ち上がると、俺のことを見下ろした。

「たかがこれくらいのことで動揺しすぎ。さすがドウテイ君。」

俺に向かって中指をおっ立ててそう言い放つと、教室から出て行った。
ウソだろ。マジか…マジなのか……
ちょっとアリかもって思い初めてたのに……


「トオギ、素直に負けを認めた方がいいかもな。あの子の方が一枚も二枚も上手だ。」
イチ君が俺のことをなだめるように肩を叩いた。

「同感やな。早めに降参して金額を半分にしてもらうように交渉してこい。」

はぁあ?!
なんでこんなにコケにされたのに許しを乞わなきゃなんねえんだっ。
俺の純情をもて遊びやがって…あったまにきた!

俺は絶対負けねえっ!





















今日は放課後にクラスの親睦会としてみんなでカラオケに行く予定だったのだが断った。
あれから俺とスズメちゃんの賭けに進展はない。
俺はなんとかスズメちゃんを振り向かせようと頑張ってはいるのだが、いつもツーンと素っ気なく交わされていた。
俺ってそんなに男として魅力ない?
すっかり自信を失い、とてもはしゃぐ気分にはなれなかった。

「ごめん委員長。今度は絶対行くからさ。」
「用事があるなら仕方ないよ。本当は眞白さんの歓迎会も兼ねてたんだけど、彼女も来ないみたいだし……」
来ない?
せっかくみんなと仲良くなれるチャンスなのに。
そう言えば転校してから二週間以上経つけど、スズメちゃんて他人と変に壁を作ろうとしてるよな……


チロとイチ君にもごめんと謝ってから教室を出た。


二人にはまだ諦めないとは言ったものの、正直これからどうアプローチしたらいいのかわからない。
ナンパなら脈がなさそうならすぐ次って代われるのに。 


たった一人の女の子に好かれようとするのって思った以上に難しい……





夏休みは終わったものの、ビーチは今もマリンスポーツや海水浴を楽しむ人達で賑わっていた。
俺がいつものように自転車で海岸沿いの道を通って帰っていると、前方に自転車を停めて座り込んでいる人が見えた。
あれって……
一旦は通り過ぎたものの、すぐさま思い直して引き返した。
どうやら自転車のチェーンが外れて困っているらしい。


「直してやろうか?スズメちゃん。」


俺が後ろから声を掛けると、スズメちゃんは目をパチクリさせながら振り向いた。
俺が助け舟を出したことがそんなに意外だったのだろうか…驚きすぎだろ。


「手ぇ真っ黒じゃん。何分やってんの?」
「あんたには関係ないでしょ?」

「下手くそだな。それだとチェーンがねじれる。」
「うるさいっあっち行って!」

「チェーンが内側に落ちた場合は一番小さいギアに変速機位置を合わせて、チェーンをギアにしっかりかけてからペダルをゆっくり逆方向へ半回転させんだよ。わかった?」


相変わらずいけ好かない女だ。
やり方は教えたし嫌がられてるようだから去ろうとしたのだが、シャツを手で引っ張られた。
……っておい!俺のシャツ、真っ黒に汚れたじゃねえか!


「……やっぱり直して……」


─────ちょっ……

なに気弱な感じでおねだりしちゃってんの?
俺って単純なのかな……
今までの怒りはどこへやら…可愛いとか思ってしまった。

「直しといてやるから、海いって手ぇ洗ってこい。」
首にかけてたタオルを取ってスズメちゃんに貸してあげた。

「このタオル汗臭い。」
「悪かったなぁ汗っかきで!」

スズメちゃんは少し口元を緩ませると、防波堤の階段を下りて砂浜へと走っていった。


なんだろな……

憎まれ口ばかり叩くからマジでムカついているし、あのメイクと派手な格好は俺の中では有り得ない。
全然好みじゃないのに、たまにすっごく可愛いなって思ってしまう……
どんな顔して笑うんだろうとか想像してしまう……
女の子の行動ひとつひとつにここまで感情的になることなんて今までにはなかった。

言っとくがこれは決して好きとかいう感情ではないぞ?
賭けがあるからちょっとセンチメンタルになってるだけだ。うん。




遅いな……
もうとっくに直ったのに。
まさか溺れてんじゃないだろうな?

心配になって砂浜までいってみると、スズメちゃんは夕日で赤くなった海の方を眺めながらたたずんでいた。
スズメちゃんて…背が高いしスタイルがいいからこういうの絵になるよな。
……って、別に見とれてねーし。



「トオギ君…あの島はなに?」


俺が近付くとスズメちゃんは前を見据えたままで尋ねてきた。
スズメちゃんの視線の先には、樹木がこんもりと生い茂った大きな島と小さな島が寄り添うように並んでいた。


「ああ、あれは神の島って書いて神島《かしま》って呼ばれてる島。」
「神島?神様が住んでるの?」

「昔はあの島に神社があったんだ。神社合祀運動ってので随分昔に無くなっちゃったけどな。」


神島は古来から神の島として信仰され、人の手がほとんど入らない自然の森が残る島として維持されてきた。
明治時代末期に行われた神社の合併政策により、全国的に神社の数は減らされ、神島の神社もその対象となってしまった。
神社が無くなった今でも、神島に残る木は神木として崇められ、伐採はもちろん上陸することさえ禁じられている。


地元では誰もが知っている話なのだが……
スズメちゃんは俺の話を聞き終わるとポツリとつぶやいた。




「神様でも…帰る家が無くなっちゃうんだね。」





─────スズメちゃん……?


「行こ、もう直ったんでしょ。」


スズメちゃんは俺からの視線を避けるようにクルッと回ると、自転車のある方向に足早に歩いていった。



気のせいかな……

スズメちゃんの横顔がとても寂しげで泣いてるように見えたんだけど……







俺とスズメちゃんは暑い~だの学校つまんね~だのたわいもないことを会話しながら並んで自転車をこいだ。

「私の家こっちだから。」

俺の家の道とは分かれ道になってしまったようだ。

「送ろうか?」
「もうすぐそこだから大丈夫。」

俺だけかな……
このまま別れてしまうのが寂しい。もう少ししゃべっていたいと思うのは……

「あのさ、スズメちゃん。今度デートしない?」
「デート?」

「さっきのあの島まで。」
「上陸禁止なんでしょ?却下。」

俺のアホ。ただの冗談ぽいやり取りになっちまった……


「それよりも……」

スズメちゃんはそう言うと下を向き、ぎこちない仕草で口元に手をやり頬を染め出した。
なんだ?
急に照れ始めたぞ?


「あのっ…今日は、自転車直してくれてありがと。」


それだけを小さな声で言うと、急いで自転車に乗って去って行った。


ちょっと待て……

たかがお礼言うだけでモジモジしすぎだろ!
すっげえキュンキュンしちまったじゃねえかっ!










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