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あの人は先生 前編
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山、川、畑っ!
田舎だ、どこをどう見渡しても田舎だ。
あなたが住む町はどんなとこ?って聞かれても田舎ですとしか答えようがない。
高校は電車に乗って一時間のところにある。
一時間に数本しかない電車……
学校にちょうど良い時間に着くのは7時15分発の電車なんだけど、私ははあえて一本早い電車に乗っている。
なぜかって?
私には同い年の幼なじみが二人いる。
ハマ君とムッちゃんだ。
小学校1年から中学校3年まで、同級生は私を含めて3人だけだった。
ずっとずっと3人一緒だった。
それは高校に行っても変わらなかった。
高校では同級生が100人ほどいる。
ひとクラス30人ほど。
人に囲まれながら授業を受けるのなんて初めてだったけど、三年生にもなればその環境にも慣れた。
私達は一緒に学校に行き、悩みなんかも相談し合って相変わらず仲良くしていた。
のに────……
ハマ君とムッちゃんが先月から付き合い出したのだ。
私の疎外感わかってくれる?
なぜ卒業まで待ってくれなかったのだろうか……
まあムッちゃんはずーっとハマ君のことが好きだったから、いつかこうなるかなとは思っていたけれど……
最初はそれでも一緒の電車に乗って高校に通っていたのだが、カップルの邪魔をしているようでなんだか気まずい……
なので最近は一緒の電車を避けている。
これは私なりの優しさだ……
なーんて。
本当は他の理由がある。
私はいつもの一本早い時間にホームで電車が来るのを待っていた。
いつものように耳にヘッドホンを付け、お気に入りの音楽を聞きながら。
人が少ない朝のホームでノリノリになってる私の頭を、誰かがポカンと叩いた。
「いったぁ……なによコータローっ。」
ヘッドホンを外し、叩いた相手に文句を言う。
「おまえ小声で歌ってるつもりかもしれんがめっちゃデカい声になってるからな。」
彼は私の家の隣に住む5歳年上の幼なじみ
木原《きはら》 孝太郎《こうたろう》。
子供の頃はよく遊んでくれた。
遊ぶというより彼は村の子供達を子分に従え、ジャイアンのようなガキ大将っぷりで山や川に引きづり回してたって感じだったのだが……
私が中学一年生の時に東京の大学に行くと聞いた時は悲しくて泣いた。
でも大学を卒業して今年からこっちに戻って来たのだ。
「何度も言ってるがコータローって呼ぶな。ちゃんと先生って呼べ。」
そう…今は私が通う高校の先生なのだ。
教科は三年生の理科を担当していて、私のクラスの担任でもある。
若くて人気があるので、たまにみんなから親しみを込めてコータローと呼び捨てにされてたりもした。
それを本人も特に気にしてる様子はないのだが……
私にはしつこいくらい先生と呼べと言ってくる。
電車がゆっくりとホームに到着し扉が開く……
先生と乗り込み並んで椅子に座った。
「にしてもおまえも悲惨だよな~。あんだけ仲良かった3人のうち2人がくっついてハミるなんて。」
先生には2人を避けるために仕方なくこの電車にしていると説明している。
本当は先生とお話したくてあえてこの電車にしているだなんて口が裂けても言えない……
「まあムッちゃん美人だしスタイルもいいから。誰だってムッちゃんを選びますよー。」
先生といられるからむしろラッキーだったんだけどね。
「そうか?俺ならヒマリを選ぶけど。」
「えっ……」
「だっておまえだけ子供の頃の俺のむちゃくちゃな遊びにも、ひるむことなく食らいついてきたじゃん?」
「あー……」
確かに……
先生は子供の頃危険な遊びをいっぱいしていた。
高い崖の上から川に飛び込んだり、ヘビを素手で捕まえにいったり、洞窟探検とかいって一晩帰って来れなくなったこともあった。
ハマ君やムッちゃんや、他のみんながもう無理~と言ってギブアップして帰って行く中、私だけが頑張ってついていってたのだ。
それもこれも、小さい頃から先生が大好きだったから一緒にいたくて頑張っていただけなのだが……
────────今は先生と生徒。
超えられない壁が出来てしまった。
「ヒマリ、明日俺に付き合え。」
急に先生に誘われ心臓が高鳴る……
えっ、なに?まさかデート?
「カエル取りに行くぞ。」
……はい?
次の日、私は田んぼにいた。
カエル百匹取るために……
「なんなんですか?なんでカエル?」
待ち合わせ場所に行くとジャージを着て頭にタオルを巻いた先生が、慣れた手つきでカエルを捕まえていた。
カエルを入れておく衣装ケースにはすでに50匹ほどのうにょうにょとうごめくものが見えた。
恐ろしくて直視出来ない……
小さい頃、カエルのお尻からストローを刺し、空気を入れて破裂させるというのを目の前で見せられてから苦手なのだ。
「来週の生物の授業でカエルの解剖やろうと思って。」
その日学校休もうかな……
「生き物の中身がどうなってるのか…命とはどういうものなのか。もっと真剣に考えて欲しいんだ。」
先生の授業はとてもわかりやすくて面白い。
生徒に何を学ばせたいのか……
常に生徒の立場に立って考えてくれているからだろう。
学校ではとても生徒思いの優しくて頼れる先生なのだ。
「ぼさっとしてないで早く手伝え。田んぼん中に頭から放り込むぞ。」
私には子供の頃のままの傍若無人な俺様的ジャイアンな態度なのだが……
覚悟を決めて手伝おうとカエルを見つけはしたのだが、どうしても触ることが出来ない。
「なんだ?カエル苦手なのか?田舎育ちのくせに。」
誰のせいだと言ってやりたい。
私に強烈なトラウマを経験させたのはこいつだ。
「じゃあ俺が捕まえたカエルをケースに向かって投げるから、タイミングよくフタを開けてくれ。」
それくらいなら出来そうだ。
私は衣装ケースの中身を見ないようにスタンバった。
しかし、先生が勢いよく投げたカエルは私の顔面に命中した。
「ぎゃ──────っ!!」
思いっきりパニクったもんだから後ろにすっ転んで衣装ケースをひっくり返してしまった。
何匹ものカエルが私の体の上を飛び交う……
「ちょっ、ちょっ先生っ!先生ーっ!!」
「おわっ!おまえなにやってんの?!」
服の中に一匹カエルが入り込んできた。
カエルが胸の辺りで大暴れしている。
「取って取って!先生早く取って!!」
着ていたTシャツを脱いでこっちに来た先生に胸にへばりつくカエルを取ってもらった。
た、助かった──────
「早く服着ろ。バカが……」
先生が顔を赤らめそっぽを向く……
私も気が付いて真っ赤になった。
Tシャツの下にはブラしか付けていない。
「先生のエッチ!!」
「はあ?おまえが勝手に脱いだんだろ!」
「先生のせいですっ私がカエルを苦手なのも!!」
「意味わかんねぇし!だいたい昔と胸の大きさ変わっ……」
「それ以上言ったら教育委員会に訴えます!!」
「上等じゃねぇか!やってみろ!!」
とりあえず家から虫取り網を持ってきて、私もなんとか手伝って目標の百匹を確保した。
解剖の授業は意外と女子の方が平気だった。
男子なんて腰を抜かしているやつもいた。
私は……
体中を這いまわる大量のカエルという新たなトラウマを植え付けられたけど、なんとか無事にやり遂げた。
最後にカエルに黙祷をし、それぞれ裏山に埋めてお墓を作ってあげた。
「すいませーん。畑で取れた野菜持って来ましたーっ。」
私は近所に野菜を配って回っていた。
私の家は農家だ。
売りもの以外にもいろんな野菜を作っていて、家で食べきれない分はこうやって近所におすそ分けをしている。
近所の人も、代わりに米やら鶏の玉子やらをくれたりする。
田舎ならではの物々交換という名の助け合いだ。
「ヒマリちゃーん、台所にキノコたくさんあるから好きなだけ持ってってー。」
作業場から隣のおじさんの声が聞こえてきた。
隣はキノコを栽培している農家だ。
先生の家でもあるのだけれど……
私はお邪魔しますと言って勝手口から台所に上がった。
カゴに入っていた野菜をテーブルに並べ、代わりにキノコを詰めた。
先生いないのかな……
台所の奥が先生の部屋なのでこっそりのぞくと、まだベットの上でうつぶせの状態で寝ていた。
もうすぐお昼なのに……
こんなに暑い中でよく寝れたもんだ。
先生は東京から帰ってきて随分垢抜けた。
もともと格好良くてモテてはいたのだが、やはり田舎ということでどこか野暮ったさがあった。
でも今は髪型も身につけているものも……洗練された大人の雰囲気が漂っていた。
もちろん、女子生徒にはモッテモテだ。
もっと近くで見たくてそっと近づいてみた。
「……可愛い寝顔……」
思わずつぶやいてしまう……
これ……
チュウとかやったら起きちゃうな?
いや、さすがにヤバいか……
あ、でもおでことかほっぺとかならアリ?
あぁやっぱダメだ。
バレた時のことを考えると恐ろしい。
絶対ぶん殴られる。
でも触りたい…超触りたいっ。
髪の毛触るぐらいなら全然OKだよね?
そ───っと手を差し伸べ、柔らかそうなこげ茶色の髪に触れようとした時、手首をつかまれた。
「なにやってる?」
「げっ!」
「わざわざ俺の寝込みを襲いに来やがったのか?」
「まさかっ!野菜の代わりにキノコを頂こうとしただけで……」
「……俺のキノコ?」
「ちっ違います!!」
これ以上言い訳してもさらなる誤解をうみそうだ。
私はとりあえず謝って先生の部屋から出ようとした。
「ヒマリ待てっ。」
先生に呼び止められ体がピタリと止まる。
小さい頃からの主従関係で、先生の命令には自然と体が反応してしまう。
「俺、腹減ってるからなんか作って。」
「……えっ?」
先生は大きく伸びをしたあと、私をジロっとにらんだ。
「シャワー浴びてくるから、その間に旨いもん作れよ。」
「……はい。」
ジャイアンには逆らえない……
作業場にいるおばさんに台所を使っていいか聞いてみた。
あのバカ息子のためにごめんねえと謝られた。
冷蔵庫の中のものも自由に使っていいと言われたけどどうしよう……
農家である私の家は両親も祖父母も毎日畑で働いている。
忙しい母親の代わりに家族には何回もご飯を作ったことはあるけれど、家族以外には初めてだ。
しかも好きな人になんて……
心臓がドキドキしてきた。
先生なにが好きかな……
男の人だしガッツリ系がいいよね。
「めっちゃいい匂い…なに作ってんだ?」
お風呂から上がってきた先生が調理をする私のすぐ後ろに立ってのぞき込んできた。
「なっ、なんで裸なんですか?!」
「ちゃんとズボンはいてるし。」
「上も着てくださいっ。」
上半身は首にタオルがかけてあるだけだった。
「ヤダよ、暑いもん。こないだはヒマリが裸見せてくれたから今日は俺の番てことで。」
「なにわけのわからないことを言ってるんですか!それに私は見せたくて見せたんじゃありません!!」
私が作った野菜のかき揚げ丼とニラ玉汁を先生は美味しそうに食べてくれた。
ガツガツ食べる先生の姿いいなぁ……
いけないいけない、つい顔がニヤけちゃう……
「おじさんとおばさんの分も作ったんで。お昼に食べさしてあげて下さい。」
そう言って私は先生の家をあとにした。
あまりにも旨い旨いと言って食べてくれるもんだから、私を嫁にしたら毎日食べれますよと言ってしまいそうになった。
先生は大学に通っていた4年間、一度も実家には帰って来なかった。
もう東京で就職するんだと思っていたので卒業したらこっちに戻ってくると聞いた時は、そりゃあもう泣いて喜んだ。
先生が帰ってくる日、ちょっとでも早く会いたくて偶然の振りをして駅まで迎えに行ったほどだ。
もう二度と会えないと思っていた人とまたこうやって会えるようになった。
これ以上望んじゃいけない。
そう
これ以上は────────
もうすぐ夏休みかぁ……
放課後の教室。窓の外を眺め思わずため息が出る。
電車に乗れないんじゃ毎日会えなくなるなぁ。
隣に住んでるけど…毎日野菜を届けに行くのも不自然だし。
「もしかしてコータロー先生のこと考えてる?」
同じクラスのハマ君が私の前の席にある椅子に座った。
私が先生のことを好きだというのは秘密だ。
だって迷惑がかかるから……
昔はコータローのことが好きって2人には素直に打ち明けていたが、今は先生が大学に四年間行ってる間に気持ちは冷めたと説明していた。
「か、考えてないよ。なんのこと?」
いきなり言い当てられたのでかなりうろたえてしまった。
「電車ズラしてるのだって先生と行きたいからだろ?」
なんかハマ君怒ってる?
なんでも相談し合っていたのに、私が隠しているのがバレバレだからかな……
「いくら幼なじみでも相手は学校の先生だからね?」
「ハマ君に言われなくてもわかってるよそんなことっ。」
私のために言ってくれてるのはわかるけど、ちょっとイラッとしてしまった。
そんなことは私が一番よくわかっている。
苦しいくらいに……
ハマ君が机に置いた私の手に自分の手を重ねてきた。
「……ヒマリ、俺さぁ……」
「あっ、いたいた二人とも!」
隣のクラスのムッちゃんがやって来た。
ハマ君が私の手をパッと離す……
「ねぇヒマリぃ。私のクラスの鈴木って知ってる?」
鈴木君は野球部のエースなのでこの学校で知らない人はいない。
私はうんとうなずいた。
「その鈴木も入れて、今年の花火大会は4人でダブルデートしない?」
「えっ……」
毎年ある花火大会。
歴史が古く、全国の花火師達が腕を競う有名な花火大会でテレビ中継をされたりもする。
この時ばかりはこの田舎の町に県外からも多くの観光客が押し寄せ、露店なども立ち並んですごく盛り上がるのだ。
地元の若い子達にとってはカップルでこの花火を見ることが憧れとなっている。
私はいつか先生と二人で見れたらなぁとずっと夢見ていた。
「ヒマリ今好きな人いないんでしょ?まさか花火大会行かないつもりじゃないよね?鈴木はのり気だよ。」
毎年この3人で見に行っていた。
今年はせっかくカップルになれた2人を邪魔しちゃ悪いと思っていた。
ムッちゃんもそれを感じてダブルデートなるものを企画したのだとは思うんだけど……
「ゴメン、私よく知らない人ムリだっ。」
「じゃあ花火大会前にダブルデート何回かする?」
いやいやいや。そういう問題じゃなくて……
ハマ君の方を見ると先生がいるからだろって目をしていた。
「ゴメン、ムッちゃん!」
ムッちゃんからのお誘いとハマ君の視線に耐えきれず、教室から逃げるように飛び出してしまった。
今日は終業式だ。
明日から夏休み。いつもならワクワクもんなのに……
電車を待つホーム。
耳にヘッドホンはつけているけれど、音楽は流れていない。
聞く気になれないのだ。
肩をポンと叩かれ、振り向くとそこにはハマ君が立っていた。この時間、いるはずないのに……
「どしたのハマ君……?」
ヘッドホンを外して聞いてみたのだが……
なんだかすごく思い詰めた表情をしている。
ムッちゃんとなにかあったんだろうか?
昨日は普通に仲良さそうにしていたのに……
ハマ君は私を見つめながらなにかを言いたそうに、でも言いづらそうにしていたのだが、意を決したように口を開いた。
「今度の花火大会…俺と2人で行かない?」
一瞬なにを言われてるのか分からなかった。
えっ?私と…花火を……
2人でって……?!
「なに言ってんの?ムッちゃんは?!」
「ムッちゃんとは別れる。」
ウソだ……
信じられない……
ハマ君から離れるように後ずさりしてしまった。
ハマ君と付き合うことになったーっと嬉しそうに私に報告してきたムッちゃんの顔が浮かんだ。
「3人の関係を壊しなくなかったから付き合ったけど…やっぱり俺……」
やめてやめて。聞きたくないっ……!!
「スト─────っプ!!」
ハマ君の言葉をさえぎるように大声を出したのは先生だった。
「ハマ、それは順番がおかしい。ヒマリに告白するならちゃんとムツミと別れてからにしろ。」
「なんなんですかいきなり……先生には関係ないでしょ?」
「先生だから言うんだ。おまえ、こんな中途半端じゃ2人の女を不幸にすんぞ。」
電車がゆっくりとホームに入ってきた。
私と先生は電車に乗り込んだのだが、ハマ君はホームに立ち尽くしたままだった。
「すいません…頭冷やします。」
ハマ君は先生に軽くお辞儀をし、改札口を出て行った。
3人で毎日通っていた改札口……
ずっとずっと、この関係は続くと思っていた。
私はムッちゃんを裏切ってしまったんだろうか?
いつだって私のことを親身になって考えてくれたのに。
「あいつがどんな答えを出すかは知らないけど、今度はちゃんと返事してやれよ。」
先生が隣に座る私の頭を優しくポンと叩いた。
返事ってなに?
私は先生のことが好きなのに……
ずっとずっと先生のことだけを見てきたのにっ……
「私が花火を一緒に見に行きたいのは……
先生ですっ。」
───────どうしよう。
言ってしまった。
先生を困らせるようなことを。
今すぐ取り消したい。
電車が次の駅で止まり、扉が開いた。
「……ヒマリ……」
声だけで、先生の困惑している気持ちが伝わってきた。
扉が閉まり出した時、私はホームに飛び出していた。
動き出した電車の窓から先生の視線を感じたけれど、見ることが出来なかった。
ぐちゃぐちゃな気持ちのままで告白するなんて……
サイアクだ。
これ以上なにも望んじゃいけないって
わかっていたのに───────
田舎だ、どこをどう見渡しても田舎だ。
あなたが住む町はどんなとこ?って聞かれても田舎ですとしか答えようがない。
高校は電車に乗って一時間のところにある。
一時間に数本しかない電車……
学校にちょうど良い時間に着くのは7時15分発の電車なんだけど、私ははあえて一本早い電車に乗っている。
なぜかって?
私には同い年の幼なじみが二人いる。
ハマ君とムッちゃんだ。
小学校1年から中学校3年まで、同級生は私を含めて3人だけだった。
ずっとずっと3人一緒だった。
それは高校に行っても変わらなかった。
高校では同級生が100人ほどいる。
ひとクラス30人ほど。
人に囲まれながら授業を受けるのなんて初めてだったけど、三年生にもなればその環境にも慣れた。
私達は一緒に学校に行き、悩みなんかも相談し合って相変わらず仲良くしていた。
のに────……
ハマ君とムッちゃんが先月から付き合い出したのだ。
私の疎外感わかってくれる?
なぜ卒業まで待ってくれなかったのだろうか……
まあムッちゃんはずーっとハマ君のことが好きだったから、いつかこうなるかなとは思っていたけれど……
最初はそれでも一緒の電車に乗って高校に通っていたのだが、カップルの邪魔をしているようでなんだか気まずい……
なので最近は一緒の電車を避けている。
これは私なりの優しさだ……
なーんて。
本当は他の理由がある。
私はいつもの一本早い時間にホームで電車が来るのを待っていた。
いつものように耳にヘッドホンを付け、お気に入りの音楽を聞きながら。
人が少ない朝のホームでノリノリになってる私の頭を、誰かがポカンと叩いた。
「いったぁ……なによコータローっ。」
ヘッドホンを外し、叩いた相手に文句を言う。
「おまえ小声で歌ってるつもりかもしれんがめっちゃデカい声になってるからな。」
彼は私の家の隣に住む5歳年上の幼なじみ
木原《きはら》 孝太郎《こうたろう》。
子供の頃はよく遊んでくれた。
遊ぶというより彼は村の子供達を子分に従え、ジャイアンのようなガキ大将っぷりで山や川に引きづり回してたって感じだったのだが……
私が中学一年生の時に東京の大学に行くと聞いた時は悲しくて泣いた。
でも大学を卒業して今年からこっちに戻って来たのだ。
「何度も言ってるがコータローって呼ぶな。ちゃんと先生って呼べ。」
そう…今は私が通う高校の先生なのだ。
教科は三年生の理科を担当していて、私のクラスの担任でもある。
若くて人気があるので、たまにみんなから親しみを込めてコータローと呼び捨てにされてたりもした。
それを本人も特に気にしてる様子はないのだが……
私にはしつこいくらい先生と呼べと言ってくる。
電車がゆっくりとホームに到着し扉が開く……
先生と乗り込み並んで椅子に座った。
「にしてもおまえも悲惨だよな~。あんだけ仲良かった3人のうち2人がくっついてハミるなんて。」
先生には2人を避けるために仕方なくこの電車にしていると説明している。
本当は先生とお話したくてあえてこの電車にしているだなんて口が裂けても言えない……
「まあムッちゃん美人だしスタイルもいいから。誰だってムッちゃんを選びますよー。」
先生といられるからむしろラッキーだったんだけどね。
「そうか?俺ならヒマリを選ぶけど。」
「えっ……」
「だっておまえだけ子供の頃の俺のむちゃくちゃな遊びにも、ひるむことなく食らいついてきたじゃん?」
「あー……」
確かに……
先生は子供の頃危険な遊びをいっぱいしていた。
高い崖の上から川に飛び込んだり、ヘビを素手で捕まえにいったり、洞窟探検とかいって一晩帰って来れなくなったこともあった。
ハマ君やムッちゃんや、他のみんながもう無理~と言ってギブアップして帰って行く中、私だけが頑張ってついていってたのだ。
それもこれも、小さい頃から先生が大好きだったから一緒にいたくて頑張っていただけなのだが……
────────今は先生と生徒。
超えられない壁が出来てしまった。
「ヒマリ、明日俺に付き合え。」
急に先生に誘われ心臓が高鳴る……
えっ、なに?まさかデート?
「カエル取りに行くぞ。」
……はい?
次の日、私は田んぼにいた。
カエル百匹取るために……
「なんなんですか?なんでカエル?」
待ち合わせ場所に行くとジャージを着て頭にタオルを巻いた先生が、慣れた手つきでカエルを捕まえていた。
カエルを入れておく衣装ケースにはすでに50匹ほどのうにょうにょとうごめくものが見えた。
恐ろしくて直視出来ない……
小さい頃、カエルのお尻からストローを刺し、空気を入れて破裂させるというのを目の前で見せられてから苦手なのだ。
「来週の生物の授業でカエルの解剖やろうと思って。」
その日学校休もうかな……
「生き物の中身がどうなってるのか…命とはどういうものなのか。もっと真剣に考えて欲しいんだ。」
先生の授業はとてもわかりやすくて面白い。
生徒に何を学ばせたいのか……
常に生徒の立場に立って考えてくれているからだろう。
学校ではとても生徒思いの優しくて頼れる先生なのだ。
「ぼさっとしてないで早く手伝え。田んぼん中に頭から放り込むぞ。」
私には子供の頃のままの傍若無人な俺様的ジャイアンな態度なのだが……
覚悟を決めて手伝おうとカエルを見つけはしたのだが、どうしても触ることが出来ない。
「なんだ?カエル苦手なのか?田舎育ちのくせに。」
誰のせいだと言ってやりたい。
私に強烈なトラウマを経験させたのはこいつだ。
「じゃあ俺が捕まえたカエルをケースに向かって投げるから、タイミングよくフタを開けてくれ。」
それくらいなら出来そうだ。
私は衣装ケースの中身を見ないようにスタンバった。
しかし、先生が勢いよく投げたカエルは私の顔面に命中した。
「ぎゃ──────っ!!」
思いっきりパニクったもんだから後ろにすっ転んで衣装ケースをひっくり返してしまった。
何匹ものカエルが私の体の上を飛び交う……
「ちょっ、ちょっ先生っ!先生ーっ!!」
「おわっ!おまえなにやってんの?!」
服の中に一匹カエルが入り込んできた。
カエルが胸の辺りで大暴れしている。
「取って取って!先生早く取って!!」
着ていたTシャツを脱いでこっちに来た先生に胸にへばりつくカエルを取ってもらった。
た、助かった──────
「早く服着ろ。バカが……」
先生が顔を赤らめそっぽを向く……
私も気が付いて真っ赤になった。
Tシャツの下にはブラしか付けていない。
「先生のエッチ!!」
「はあ?おまえが勝手に脱いだんだろ!」
「先生のせいですっ私がカエルを苦手なのも!!」
「意味わかんねぇし!だいたい昔と胸の大きさ変わっ……」
「それ以上言ったら教育委員会に訴えます!!」
「上等じゃねぇか!やってみろ!!」
とりあえず家から虫取り網を持ってきて、私もなんとか手伝って目標の百匹を確保した。
解剖の授業は意外と女子の方が平気だった。
男子なんて腰を抜かしているやつもいた。
私は……
体中を這いまわる大量のカエルという新たなトラウマを植え付けられたけど、なんとか無事にやり遂げた。
最後にカエルに黙祷をし、それぞれ裏山に埋めてお墓を作ってあげた。
「すいませーん。畑で取れた野菜持って来ましたーっ。」
私は近所に野菜を配って回っていた。
私の家は農家だ。
売りもの以外にもいろんな野菜を作っていて、家で食べきれない分はこうやって近所におすそ分けをしている。
近所の人も、代わりに米やら鶏の玉子やらをくれたりする。
田舎ならではの物々交換という名の助け合いだ。
「ヒマリちゃーん、台所にキノコたくさんあるから好きなだけ持ってってー。」
作業場から隣のおじさんの声が聞こえてきた。
隣はキノコを栽培している農家だ。
先生の家でもあるのだけれど……
私はお邪魔しますと言って勝手口から台所に上がった。
カゴに入っていた野菜をテーブルに並べ、代わりにキノコを詰めた。
先生いないのかな……
台所の奥が先生の部屋なのでこっそりのぞくと、まだベットの上でうつぶせの状態で寝ていた。
もうすぐお昼なのに……
こんなに暑い中でよく寝れたもんだ。
先生は東京から帰ってきて随分垢抜けた。
もともと格好良くてモテてはいたのだが、やはり田舎ということでどこか野暮ったさがあった。
でも今は髪型も身につけているものも……洗練された大人の雰囲気が漂っていた。
もちろん、女子生徒にはモッテモテだ。
もっと近くで見たくてそっと近づいてみた。
「……可愛い寝顔……」
思わずつぶやいてしまう……
これ……
チュウとかやったら起きちゃうな?
いや、さすがにヤバいか……
あ、でもおでことかほっぺとかならアリ?
あぁやっぱダメだ。
バレた時のことを考えると恐ろしい。
絶対ぶん殴られる。
でも触りたい…超触りたいっ。
髪の毛触るぐらいなら全然OKだよね?
そ───っと手を差し伸べ、柔らかそうなこげ茶色の髪に触れようとした時、手首をつかまれた。
「なにやってる?」
「げっ!」
「わざわざ俺の寝込みを襲いに来やがったのか?」
「まさかっ!野菜の代わりにキノコを頂こうとしただけで……」
「……俺のキノコ?」
「ちっ違います!!」
これ以上言い訳してもさらなる誤解をうみそうだ。
私はとりあえず謝って先生の部屋から出ようとした。
「ヒマリ待てっ。」
先生に呼び止められ体がピタリと止まる。
小さい頃からの主従関係で、先生の命令には自然と体が反応してしまう。
「俺、腹減ってるからなんか作って。」
「……えっ?」
先生は大きく伸びをしたあと、私をジロっとにらんだ。
「シャワー浴びてくるから、その間に旨いもん作れよ。」
「……はい。」
ジャイアンには逆らえない……
作業場にいるおばさんに台所を使っていいか聞いてみた。
あのバカ息子のためにごめんねえと謝られた。
冷蔵庫の中のものも自由に使っていいと言われたけどどうしよう……
農家である私の家は両親も祖父母も毎日畑で働いている。
忙しい母親の代わりに家族には何回もご飯を作ったことはあるけれど、家族以外には初めてだ。
しかも好きな人になんて……
心臓がドキドキしてきた。
先生なにが好きかな……
男の人だしガッツリ系がいいよね。
「めっちゃいい匂い…なに作ってんだ?」
お風呂から上がってきた先生が調理をする私のすぐ後ろに立ってのぞき込んできた。
「なっ、なんで裸なんですか?!」
「ちゃんとズボンはいてるし。」
「上も着てくださいっ。」
上半身は首にタオルがかけてあるだけだった。
「ヤダよ、暑いもん。こないだはヒマリが裸見せてくれたから今日は俺の番てことで。」
「なにわけのわからないことを言ってるんですか!それに私は見せたくて見せたんじゃありません!!」
私が作った野菜のかき揚げ丼とニラ玉汁を先生は美味しそうに食べてくれた。
ガツガツ食べる先生の姿いいなぁ……
いけないいけない、つい顔がニヤけちゃう……
「おじさんとおばさんの分も作ったんで。お昼に食べさしてあげて下さい。」
そう言って私は先生の家をあとにした。
あまりにも旨い旨いと言って食べてくれるもんだから、私を嫁にしたら毎日食べれますよと言ってしまいそうになった。
先生は大学に通っていた4年間、一度も実家には帰って来なかった。
もう東京で就職するんだと思っていたので卒業したらこっちに戻ってくると聞いた時は、そりゃあもう泣いて喜んだ。
先生が帰ってくる日、ちょっとでも早く会いたくて偶然の振りをして駅まで迎えに行ったほどだ。
もう二度と会えないと思っていた人とまたこうやって会えるようになった。
これ以上望んじゃいけない。
そう
これ以上は────────
もうすぐ夏休みかぁ……
放課後の教室。窓の外を眺め思わずため息が出る。
電車に乗れないんじゃ毎日会えなくなるなぁ。
隣に住んでるけど…毎日野菜を届けに行くのも不自然だし。
「もしかしてコータロー先生のこと考えてる?」
同じクラスのハマ君が私の前の席にある椅子に座った。
私が先生のことを好きだというのは秘密だ。
だって迷惑がかかるから……
昔はコータローのことが好きって2人には素直に打ち明けていたが、今は先生が大学に四年間行ってる間に気持ちは冷めたと説明していた。
「か、考えてないよ。なんのこと?」
いきなり言い当てられたのでかなりうろたえてしまった。
「電車ズラしてるのだって先生と行きたいからだろ?」
なんかハマ君怒ってる?
なんでも相談し合っていたのに、私が隠しているのがバレバレだからかな……
「いくら幼なじみでも相手は学校の先生だからね?」
「ハマ君に言われなくてもわかってるよそんなことっ。」
私のために言ってくれてるのはわかるけど、ちょっとイラッとしてしまった。
そんなことは私が一番よくわかっている。
苦しいくらいに……
ハマ君が机に置いた私の手に自分の手を重ねてきた。
「……ヒマリ、俺さぁ……」
「あっ、いたいた二人とも!」
隣のクラスのムッちゃんがやって来た。
ハマ君が私の手をパッと離す……
「ねぇヒマリぃ。私のクラスの鈴木って知ってる?」
鈴木君は野球部のエースなのでこの学校で知らない人はいない。
私はうんとうなずいた。
「その鈴木も入れて、今年の花火大会は4人でダブルデートしない?」
「えっ……」
毎年ある花火大会。
歴史が古く、全国の花火師達が腕を競う有名な花火大会でテレビ中継をされたりもする。
この時ばかりはこの田舎の町に県外からも多くの観光客が押し寄せ、露店なども立ち並んですごく盛り上がるのだ。
地元の若い子達にとってはカップルでこの花火を見ることが憧れとなっている。
私はいつか先生と二人で見れたらなぁとずっと夢見ていた。
「ヒマリ今好きな人いないんでしょ?まさか花火大会行かないつもりじゃないよね?鈴木はのり気だよ。」
毎年この3人で見に行っていた。
今年はせっかくカップルになれた2人を邪魔しちゃ悪いと思っていた。
ムッちゃんもそれを感じてダブルデートなるものを企画したのだとは思うんだけど……
「ゴメン、私よく知らない人ムリだっ。」
「じゃあ花火大会前にダブルデート何回かする?」
いやいやいや。そういう問題じゃなくて……
ハマ君の方を見ると先生がいるからだろって目をしていた。
「ゴメン、ムッちゃん!」
ムッちゃんからのお誘いとハマ君の視線に耐えきれず、教室から逃げるように飛び出してしまった。
今日は終業式だ。
明日から夏休み。いつもならワクワクもんなのに……
電車を待つホーム。
耳にヘッドホンはつけているけれど、音楽は流れていない。
聞く気になれないのだ。
肩をポンと叩かれ、振り向くとそこにはハマ君が立っていた。この時間、いるはずないのに……
「どしたのハマ君……?」
ヘッドホンを外して聞いてみたのだが……
なんだかすごく思い詰めた表情をしている。
ムッちゃんとなにかあったんだろうか?
昨日は普通に仲良さそうにしていたのに……
ハマ君は私を見つめながらなにかを言いたそうに、でも言いづらそうにしていたのだが、意を決したように口を開いた。
「今度の花火大会…俺と2人で行かない?」
一瞬なにを言われてるのか分からなかった。
えっ?私と…花火を……
2人でって……?!
「なに言ってんの?ムッちゃんは?!」
「ムッちゃんとは別れる。」
ウソだ……
信じられない……
ハマ君から離れるように後ずさりしてしまった。
ハマ君と付き合うことになったーっと嬉しそうに私に報告してきたムッちゃんの顔が浮かんだ。
「3人の関係を壊しなくなかったから付き合ったけど…やっぱり俺……」
やめてやめて。聞きたくないっ……!!
「スト─────っプ!!」
ハマ君の言葉をさえぎるように大声を出したのは先生だった。
「ハマ、それは順番がおかしい。ヒマリに告白するならちゃんとムツミと別れてからにしろ。」
「なんなんですかいきなり……先生には関係ないでしょ?」
「先生だから言うんだ。おまえ、こんな中途半端じゃ2人の女を不幸にすんぞ。」
電車がゆっくりとホームに入ってきた。
私と先生は電車に乗り込んだのだが、ハマ君はホームに立ち尽くしたままだった。
「すいません…頭冷やします。」
ハマ君は先生に軽くお辞儀をし、改札口を出て行った。
3人で毎日通っていた改札口……
ずっとずっと、この関係は続くと思っていた。
私はムッちゃんを裏切ってしまったんだろうか?
いつだって私のことを親身になって考えてくれたのに。
「あいつがどんな答えを出すかは知らないけど、今度はちゃんと返事してやれよ。」
先生が隣に座る私の頭を優しくポンと叩いた。
返事ってなに?
私は先生のことが好きなのに……
ずっとずっと先生のことだけを見てきたのにっ……
「私が花火を一緒に見に行きたいのは……
先生ですっ。」
───────どうしよう。
言ってしまった。
先生を困らせるようなことを。
今すぐ取り消したい。
電車が次の駅で止まり、扉が開いた。
「……ヒマリ……」
声だけで、先生の困惑している気持ちが伝わってきた。
扉が閉まり出した時、私はホームに飛び出していた。
動き出した電車の窓から先生の視線を感じたけれど、見ることが出来なかった。
ぐちゃぐちゃな気持ちのままで告白するなんて……
サイアクだ。
これ以上なにも望んじゃいけないって
わかっていたのに───────
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