戦らん浪まんス♡

タニマリ

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しばしの安らぎ

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司馬 道西が一万もの兵力を失ったことを聞きつけた近隣諸国の大名達は、我先に肥後へと進軍を開始した。
司馬の領地はあっという間に虫食いのごとく乗っ取られ、居住していた城も出ざるを得なくなった道西は、途中、落ち武者狩りに会って命を落とした。
残虐の限りを尽くしていたのだから当然の報いであろう……

跡を継いだ次男では衰退の一途をたどる司馬家を盛り立てる力はなく、もはや滅亡するのは時間の問題であった。

安斎は道西が亡くなったことで司馬家には見切りをつけ、今は阿波《あわ》の沢庵寺《たくあんじ》というところで妻子とともに静かに暮らしていた。
沢庵寺は照景と紅楊が幼少の頃に過ごしたお寺らしく、この先なにかあれば頼るが良いと、照景が口添えをしてくれていたのだという。
敵であろうがどんな状況になろうが救ってあげようとするところが、さすが照景だなと惚れ直してしまった。


紅楊は意外にも、しばらくは様子見だと言って一向に兵を出す気配がなかった。


「混乱の中で戦をしても兵を無駄死にさせるだけだ。戦でなにより大事なことは“情報”だ。」


戦とは物質的にぶつかるより前に、どれだけ敵の情報を集めているかによって勝敗が決まるのだという。
時には嘘の情報を流して敵を操ったりもするのだとか……
う~ん……奥が深い。

「考えも無しにむやみやたらに突っ込んでいくのはただの阿呆《あほう》だ。」
そう言うと紅楊はじっと私を見た。


照景の兄上でなければ引っぱたいている………














私と照景は無事に祝言を挙げ、伊藤家の領土に近いあの境目の城に居城を移して仲睦まじく暮らしていた。

季節は春うらら。
庭には堀に沿ってソメイヨシノが咲き乱れ、水面に映る逆さ桜もいっそう美しかった。
でも……そんな景色を眺める照景の横顔が、一番物憂げで麗しかったりするんだけれど……
照景がふと視線をこちらに向けた。


「阿古……今わしに見とれておったな?」


こっそりと見ていたつもりだったのに、バレバレだったようだ。
部屋の中で桜を見ながら照景とお酒を酌《く》み交わす一時。
まだまだ戦乱の世だというのに、こんなに幸せで良いのだろうか……

にしても、息がかかるほどに照景との距離が近い。ほぼ密着してる感じだ。
嬉しいけれど、耳に吐息がかかる度に背中がゾクリとして意識せずにはいられなくなってしまう……

「照景殿……あまりその、人の目もありますし……」
「それならば人払いをしておるから平気じゃ。」

人払い……?
どうりで、先程から人の気配がまるでしないと思った。


「またいつ戦が始まるやも知れぬ。それまでは出来るだけ阿古とこうしてくっついておきたいのじゃ。」


照景は私の肩にアゴを乗せてクンと、子犬のように甘えてきた。
か、可愛い………



「嫌か?」



そんなのっ………嫌なわけがないっ!
照景にギューッと抱きつくと、勢い余って押し倒してしまった。

「ごめんなさいっ大丈夫ですかっ?」
慌ててどこうとしたら、照景に腕を捕まれた。


「謝るでない。わざと転んだのだ。」


照景はクスっと笑うと、床に寝転がったままで私の着物の帯を解き始めた。
えっ、ここで?ちょ……今から?
まだ真昼間だし外が丸見えだし、鶯《うぐいす》が見てるしいっ!




「……嫌か?」




さっきとは打って変わった誘うような瞳がすっごく色っぽくて………
こんなの、嫌なわけがないっ!!


照景の頬に手を添え、唇をそっと重ね──────……






──────────タンっ!!


直ぐ横にある襖が矢のような速さで全開した。



「今から有明城にて流鏑馬《やぶさめ》の競技を行う。照景、お前も参加してその腕前をみなに披露しろ。」



流鏑馬とは疾走する馬上から鏑矢《かぶらや》を放って的を射る、伝統的な騎射の稽古《けいこ》である。
走る馬の上で手網を持たずに均衡を保つだけでも余程の技術を要するのだが、それに加えて連続する的に向かって矢を放つのである。
相当な腕前がないと当たるもんじゃあないのだ。

……って、解説しとる場所じゃない!
なんでいつもいきなりやって来るんだ、紅楊!!

「兄上。お誘いは嬉しいのだが今日は阿古と花見だと申していたはずじゃが?」

紅楊とバチっと目が合った。


「なんだ小娘もいたのか。お前も見に来るか?」


いたのかって……照景に馬乗りになってたんだから視界に入ってないわけないだろうが。
紅楊ってことあるごとにこの城にやって来ては照景を誘いに来るんだよね。
どんだけ弟のこと好きなんだっちゅうの。せっかく照景と良いとこだったのにぃ……こんのやろ~。


「それって紅楊様も参加されるんですか?流鏑馬は私も得意なんです。」
「なんだ小娘。まさかわしに勝負して勝つつもりか?」

「勝つつもりって……既に回し蹴りをした時に一度は勝ってますけど?」
「は?あれが実戦なら武器を奪われて首に当てられた時点で小娘の負けだ。」  


ああ言えばこう言う………
ようするに紅楊って、私に照景を取られて気に食わないんだと思う。
お腹の中から一緒にいた絆の深さがあるのだろうけれど、私だって今や照景の立派な妻ですから!
当主だろうが関係ない。そっちがその気ならこっちだって売られた喧嘩は買ってやる!!


「お言葉ですが、実戦なら兜を被ってますからあの角度からでは首は切れません。」
「相も変わらずくそ憎たらしい奴だな。良かろう、流鏑馬にて白黒はっきりつけてやろう。」

「負けても文句は一切言わないで下さいね!」
「わしが小娘ごときに負けるわけがなかろう!」

「ぎゃふんて言わせてやるから!!」
「ぎゃふんと言う者などこの世には居らん!!」


言い合う私たちを見て照景がふふっと微笑ましげに笑った。



「二人とも性格が良く似ておる。仲良しじゃな。」




……………………は…あ……?






「「仲良くないっ!!」」











この年、織田信長なる者が今川義元の大軍約二万五千人をたった二千人程度の兵で襲撃し、義元の首を討ち取った。
この「桶狭間《おけはざま》の戦い」により、信長の武名は一躍四方へと轟くことになる。

この戦いにもみてとれるのだが、気象状況は戦の勝敗を左右するほど大事なものであった。
戦い当日の天候をあらかじめ予測出来れば、その天気にあった陣形や布陣などを考えることが出来るからだ。

なので紅楊は、私の能力をとても重宝した。
時には戦場にまで連れて行かれて照景と兄弟喧嘩が勃発したりもするのだが……

それはまた別のお話────────……



今はまだ、このしばしの平和な一時を大いに楽しもうではないか。





では、さらばじゃ。







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