紅い瞳の魔女

タニマリ

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道標

新たなる出発

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校長室から廊下に出ると、窓の外には朝日が昇ろうとする光景が広がっていた。
本来の時間ならば今は真っ昼間のはずだ。
これもテンチム校長が見せている幻影魔法なのだろう。
年老いたばあさんが出せるような魔法じゃない。スケールの壮大さにため息が出る……


「烈士団にいた方がトムという男の情報を得やすいと思ったんだ。」


シャオンがペンダントを握り、男の姿に戻ると話しかけてきた。
トムね……それが犯人の名前か。
良くありそうな名前だし、団員が世界中に何人いると思ってるんだ?
一人一人の顔を見て回るつもりなのかっ?

「だろうなっおまえはそういう奴だっ!」

俺にひとっことの相談もせずに勝手に決めやがって。
あんなに俺が嫌がっていたのに、だ。


「……すまない。巻き込んでしまって……」


うっ……
シャオンのくせにしおらしく謝られると調子が狂う……
そんなしょげた顔見せてんじゃねえよ。
俺はおまえに惚れてんだから本気で怒るわけがないっていうのに……

「んで、そのトムって奴のことでなんか分かってることはあんのかよ?」


俺の質問にシャオンの歩みが止まった。



「………ツクモには、ちゃんと話しておかないといけないな……」








─────あの日………

10年前の満月の夜にトムはふらりと尋ねて来た。


シャオンは子供の頃、母が創った木のお家に隠れるようにして暮らしていた。
学校にあったあの地下空間と同じような仕組みの家だ。
そんな親子の元に来るはずのない客が訪れてきたのである。
不安がるシャオンに母は古くからの知り合いだから大丈夫よと優しく微笑み、シャオンの頭をフワリと撫でた。

「二人が話すのを僕もテーブルに座って聞いていたんだ。母があんなに何度も声を上げて笑うのを見たのはあの日ぐらいだ。」

たわいも無い思い出話だったのだが、トムが胸ポケットから取り出したハンカチを見て母の顔色が変わった。
それは真っ白なハンカチで、欠けた星の印が小さく刺繍されていたのだという……
母にもう寝なさいと言われ自分の部屋に行ったのだが、明らかに様子のおかしい母が気になったシャオンはドアに耳を付けてこっそりと盗み聞きをした。


「トムは母のやっていることは間違いだと必死に諭していた。今ならまだやり直せる。こちらで全て処理するからあの子を差し出せと……」


シャオンはなるべく感情を押し殺して冷静に話そうとしていたのだが、少し震える声からは辛さが滲み出ていた。


「僕は怖くなってきてベッドに潜り込んだんだ。そしたらいつの間にか眠ってしまっていて……」
無表情を装っていたシャオンの顔が、耐えきれなくなって悲しく歪む……


「どれだけ眠っていたかはわからない。急に物凄い攻撃音がして、母が僕の部屋に勢いよく入って来たんだ。僕はびっくりして起きて、母の姿を見たら、母の…母の腕が……」


シャオンの目から、涙が一粒こぼれ落ちた……





「……腕が片方……無かったんだ────」





「もういいシャオン!!」

 

俺から逸らすようにうつむいたシャオンの目には涙が溢れていた。
それは窓から差しむ朝日によって淡紅色に照らし出され、連なるように床へと落ちていった……


「無理に話さなくたっていい。もう…わかったから。」




10年前ならシャオンはまだ6歳だ。
そんな幼い頃に母親が無惨に殺されていく姿を目の当たりにし、死んだのは自分のせいだと責めながら…ずっと、生きてきたのか……?
シャオンの気持ちを思うと胸が張り裂けそうになった……



「犯人を見つけたい。でも僕一人じゃ無理なんだ……ツクモの力を貸して欲しい。」

「……シャオン……?」



……こいつ、全然わかってねえ。
なにを今更改まってお願いしてやがるんだ。
男の姿じゃなかったらギュッと抱きしめているところだ。

「当たり前だろ!シャオンが嫌がってもしつこく付きまとうつもりだよ。」

俺はシャオンの頭を無造作にクシャクシャっと撫でた。



「だから自分は一人だなんて二度と思うな。もっと俺を頼れ。わかったな?」



シャオンは声を押し殺して泣きながらも、無言で頷づいた。

何度も……何度も─────────



やっと……
俺に心を開いてくれた気がした。




ったく…世話の焼ける奴だ─────……











シャオンが落ち着く頃にはすっかり朝日が顔を出していた。
母を想って人前で泣くなんて…シャオンにはきっと初めてのことだったのだろう。
少し照れたように袖口で涙を拭っていた。

「ツクモには本当に感謝している。」
「いいって。礼なん……」

シャオンが俺に向かって微笑んでたもんだから固まってしまった。
笑ってるとこ初めて見た……これは天使か?
可愛すぎるだろっ!!

「ツクモ…どうした?」

やべ…頭がクラクラしてきた……
シャオンのこの破壊力は性別とか関係ねえ。
男のシャオンにはトキメクまいと思っていたのに、もう歯止めがききそうにない……

俺はシャオンの腰に手を伸ばして引き寄せた。


「じゃあさ、今度お礼にデートしてくれね?男のままでいいから。」


笑顔だったシャオンの顔がみるみる凍りついていく……
男でもシャオンは充分可愛いと言いかけた時、辺りが真っ白になって体中に電流が走った。


「するわけないだろっ!!このっ変態野郎!!」


廊下にぶっ倒れた俺を放ったらかしにしたまま、シャオンは長い廊下をスタスタと歩いて行ってしまった。
 




久しぶりに〈デンデ〉を食らった。



やっちまった……

せっかく良い雰囲気だったのに………





痛ってえ~。



















二回目の今日がいつもと変わらず始まった。


「魔具ってんのは元々魔力が込められている使い捨てタイプのもんと、自分の魔力さ入れて動かす放出タイプのもんと2種類あるだあ。」

みんな熱心にクマの授業を受けていた。
まさか自分が記憶を数時間失っていて、同じことを二回繰り返しているだなんて夢にも思わないだろう……

一回目とただ一つ違うこと。
医務室で寝ていたダルドの姿がそこにはなかった……
ダルドは容態がおもわしくなく、しばらくは実家で休養を取るために昨夜遅くに学校を出ていったことになっていた。
今後もいろいろな理由を付けて退学ということになるのだろう……
寂しいが、今後のダルドの幸せを願うしかない。


「まあとりあえずみんなホウキで飛んでみっぺ。」

クマの指導の元でそれぞれがホウキに股がり、空を飛ぶ練習が始まった。
やっぱサボれば良かったな。退屈すぎて欠伸が出る……



にしても──────…


俺達が授業をする広場にある木に、さっきから1羽の鳥がとまっていた。
あの緑の鳥……
入学式の時からずっと、シャオンの周りをうろちょろしている。
野生の鳥にしては少しぽっちゃりとした体型だなと気にはなっていたのだが……
校長室の床にあの鳥と同じ緑色の羽根が落ちていた。

あのばあさん、最初っからシャオンが魔女だって知ってたんじゃないだろうか……?

知ってて敵討ちに奔放するシャオンをあの鳥を使って監視していた。いや…見守っていたといった方が近いか……
じゃあなぜあの地下空間に侵入したシャオンをドールに襲わせて大ケガを負わせたのだろう……

敵なのかと思ったら、今度は仲間として烈士団に引き入れた……



行動に一貫性が感じられない。

何か…裏があるとしか思えない─────……




とにかく……
あのばあさんには要注意だ。











「皆さ~ん、注目~!僕のこのホウキはかのメタリカーナ・デン国王が愛用したとされるホウキと同じデザインのものなんだよ。」

ボンボンの金持ち自慢が始まった。
こんな胸糞悪い話を二度も聞く羽目になろうとは……
蜘蛛の紫の臭気によって溶かされた髪もすっかり元のチリヂリに戻っていた。
あのままつるっパゲで良かったのに。


「ボンボン!僕と勝負しろ!」


ココアがロケットランチャーのようなホウキを持ってボンボンに勝負を挑んだ。

「ボンボンとは何だ君は。僕にはシュワレル・ラルレ・ロレル・ミュパミュル2世という立派な名前が……」
「長──いっ!そして言いづらい!今日からおまえはボンボンでよしっ。」

ココアとボンボンが同じやり取りを繰り返す……
何回聞いてもボンボンの名前はくそ長いし、ココアの言い分はめちゃくちゃだ。
クマがココアのホウキを見て目を輝かせた。

「ココア君のホウキは何度見てもすごいべ。是非その魔具創りの鬼才とやらに会ってみたいべ。」
「僕の村に住んでいる魔具創りの鬼才が創ったも…えっ、僕言いましたっけ?これ、今朝送られてきたばかりなんだけど……」

クマはそうじゃったそうじゃったと言って笑って誤魔化した。
おいおい、しっかりしろよ…クマ。


クマは昔、魔物に襲われたところをテンチム校長に助けられたことがあったらしく、烈士団のメンバーではないのだという。
なにか問題が起こった時に何事もなかったように処理する〝掃除屋〟としての裏の仕事をしてもらうために、テンチム校長から呼び寄せられたのだという……

ココアとボンボンはそれぞれのホウキに股がり、スタートラインに並んだ。

「ボンボンめ。ギャフンと言わせてやるからな。」
「貧乏人が。後で吠え面かくなよ。」

二人の間にバチバチと火花が飛ぶ。


「では行っぐど~!」


クマがスタート代わりに指からピストルを放った。
その合図とともにココアのホウキからジェットエンジンのような強烈な炎が吹き出し、真上へと打ち上げられていった。
何度見ても物凄い光景である。

「ほいっ来た。」

待ち構えてたクマは軽快にココアを追いかけて行った。
こうなることはわかっていたんだから最初から止めてあげれば良かったのに……

「さすがシュワレル様。戦わずして勝利ですね。」
「残念だなあ。皆さんにこのホウキで颯爽と空を飛ぶ僕の勇姿を見せてあげたかったのに。」

取り巻き達におだてられたボンボンがキザに髪をかきあげた。
あのチリチリ癖毛をもう一度ツルっツルにしてやりたい。

「そうだ。よければ勝負しないかい?」
そう言ってボンボンが指名したのはもちろん……


「シャオン君。」


何度言おうがそんなバカバカしい勝負にシャオンが乗るはずがないの……


「いいだろう、受けよう。」


に。て……は?はぁあ?!
勝負を受けて前に進み出るシャオンを慌てて引き止めた。

「おいマジか?こんなのくだらないって言ってただろっ?」
「あいつの鼻、へし折ってほしいんだろ?」

そう言ってシャオンは不敵な笑みを浮かべた。
こいつ…女みたいって言われたことをまだ根に持ってんじゃないだろうな…… 

シャオンはつかつかと進むとボンボンの横でホウキに股がった。



「スタート!」


取り巻きの1人が勢いよくホウキを振り下ろすと同時に、二人がベル塔を目指して飛んでいく……
シャオンは前と同じようにボンボンの後ろにぴったりとくっついていた。

最初にベル塔に到達したボンボンは素早くUターンし、後ろからきたシャオンにすれ違いざまに煙幕弾を投げつけた。
それをシャオンが鮮やかに蹴り返すと、煙幕弾はボンボンの目の前で破裂した。

「汚い手、使おうとするからよ!」
「同情の余地ナシ!自業自得だなっ!」

煙でむせ返るボンボンを見て、クラスのみんなからは笑い声が起こった。



シャオンは今までずっと、暗い海の底のようなところでもがいていたに違いない。

幼い頃に自分のせいで母親を目の前で殺されてしまった……
自分が何者なのかもわからず、正体を隠して1人で生きていかなくてはならなかった日々は…どれほど辛くてやり切れなかっただろう……
自分の正体が魔女だとわかり、烈士団という初めて母を殺した犯人へと繋がる道が見えた。

ようやく暗い海の底から這い上がり、前に踏み出すことが出来たのだ。



ゴールに辿り着いたシャオンをクラスのみんなが取り囲んで祝福してくれた。
シャオンは自分に向けられるたくさんの笑顔に戸惑いながらも、柔らかな表情でありがとうと応えた。

そのすぐそばにボンボンが涙と鼻水で顔をグチャグチャにして戻ってきた。
卑怯者と女子から袋叩きに合っている。ざまあみろだ。


シャオンは輪の外で見守る俺と目が合うと、小さく親指を立ててクスリと笑って見せた。











この世界で、人間と魔物が相入れることは決してない。


ずっと人間として過ごしてきたシャオンは、これからそれを嫌というくらい味わうことになるだろう。


この先辛い目に合っても、シャオンはあんな風に笑っていられるのだろうか……?

せっかく開きかけた心が、また閉ざされてしまうんじゃないだろうか────────……




いや、俺がそんなことはさせない。



シャオンがその運命に翻弄されてしまわないように
シャオンのこの笑顔がまた失われたりしないように






俺が…そばにいて道標になろう。







そう強く

心に誓った─────────………













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