紅い瞳の魔女

タニマリ

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儀式

手紙

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「シャオンてホント可愛いよね~。」


そう呟くココアの目線の先には、女に戻って寝ているシャオンの姿があった。
朝日に輝くプラチナブロンドの長い髪が、ふっくらとした頬やピンクの唇にはらりとかかっている。
布団からはみ出た透き通るように白くて長い手足がなんとも艶めかしい……

やべっ…これ以上直視してたら理性が吹っ飛んじまう。
気を落ち着かせようと部屋の窓を開けて煙草に火を付けた。




シャオンは魔女である。
普段は魔女であることを隠すために男の姿で過ごしていた。

ルームメイトのココアにはシャオンが魔女であることを知られてしまったので、夜寝る時は変身を解いて体を休ませることが出来るようになった。
これでもう、魔力の使いすぎによるオーバーヒートになってぶっ倒れることもないだろう。


「ツクモは寝る時にヴァンパイアに戻らなくていいの?」

俺はヴァンパイアと人間とのハーフだ。自慢じゃないが千年生きている。

「半分人間の血が流れてるからこの姿でも特に魔力を消費することはないんだ。」
窓際でタバコをふかしながら答えた。
ヴァンパイアの姿といっても牙が二本生えて髪が逆立つ程度なので、シャオンほどの劇的な変化がある訳では無い。

「わっもうこんな時間!シャオン遅刻するよっ。起きないと襲っちゃうぞ~ガオー!」

ココアが冗談交じりでシャオンに呼びかけたのだが全く起きる気配がない。
いつもは誰よりも早く起きて中庭で新聞を読んでいる時間なのに……
俺達に気を許してくれているのは嬉しいが、女の子が男がいる密室でここまで無防備なのはどうかと思うぞ。
ココアが寝ているシャオンの頬っぺにチュッてした。

……って。
なっ?!なにしてくれてんだココア!!


「こんなのただの挨拶じゃん。ツクモもしたら?」
「したらってそんな簡単にっ……!」


確かにメタリカーナ国では親しき男女の仲なら頬にキスをし合う習慣がある……
でも…俺がシャオンにしても良いのか?
思いっきり下心がある(下心しかない)のだが……

スヤスヤと眠るシャオンにゆっくりと近付いた。
起きてる時は絶対にさせてはくれないだろう。
今なら1回や2回してもバレなさそうだ。

ていうかこれ……唇でもいけんじゃね?

こんなに可愛い寝顔を見せられて頬っぺただけで我慢しろってのが無理な話だ。
シャオンの形のいい柔らかそうな唇に引き寄せられるようにそっと顔を寄せると、ぱっと目覚めたシャオンから電流魔法のデンデを食らった。

あんなに熟睡してたのに…俺を感知するセンサーでも付いてんのか?
痛ってえ~……

「油断も隙もないな!このどスケベ野郎が!!」

シャオンは怒り心頭でいつも首から下げている翡翠のペンダントを握ると男の姿になった。
制服に着替えるシャオンを見て、俺はあることを確かめたくなった。


「シャオンてキスの経験あんのか?」


………まさかないよな。
万が一、億が一あったとしたら俺は泣くぞ?
どんな手を使ってでも過去に戻ってその事実を抹殺してやる!
俺の心配を他所にシャオンの顔は真っ赤になった。
このウブな反応……っしゃあ!とガッツポーズをした。

「シャオンのファーストキスは俺が予約なっ。誰にも渡すんじゃねえぞっ?」
「ツクモみたいなデリカシーのない奴は大っ嫌いだ!!」

本日二回目のデンデを食らった。
だから痛えっての……



「シャオン、これ昨日もらった分渡しとく。」


ココアがシャオンに手紙を渡した。
シャオンはまたかとため息をつきながらもそれらを受け取った。

「……なんだよそれ?」
「シャオン宛のラブレターだよん。僕がシャオンとルームメイトで仲良いから、後輩からよく橋渡しを頼まれるんだよねえ。」

この魔法学校での生活も一年が過ぎて新入生が入学してきた。
一年生の女子からシャオンがきゃあきゃあ騒がれているのは知っていたけれど……

見るとラブレターは5通もあった。
1日でこの量って……最近夜遅くまでシャオンが机に向かってなにやら書いていたのは、もしかしてラブレターの返事を書いていたからなのか?
こんなもん放っておけばいいのに。
律儀に一人一人に返事を書いてあげるのはシャオンらしいっちゃらしいのだが……
すっごく大変そうだ。


魔女の特徴として類まれなる美貌というものがある。
男の姿をしていてもその美貌は隠しきれるものではなく……
むしろ超美少年になっているのだから始末が悪い。


俺だってシャオンとルームメイトで仲良いのに、なんで俺のとこには誰も持ってこねえんだ?
こんなもん渡しても無駄だってその場で説教してやんのにっ。

「それはツクモのことを不良だと思ってるから怖いんだよ。そんな派手な見た目して授業もサボってるし。あとそのタバコもっ!改めないと!」
「あ?俺って一年からそんな風に見られてんの?」

髪がピンク色なのも目付きが悪いのも生まれつきだ。
アクセサリーをたくさん着けているのもいざって時に使えるアクセサリー型の魔具なわけだし……
煙草なんか未成年てわけじゃないんだから別に良くね?

「俺って中身は良い奴だよな?クラスメイトとは仲良くやってるし…シャオンもそう思うだろ?」
「ツクモの場合は女子とだけだろ?その女好きなところとスケベなところも改めろ。」

なんだよ…二人して俺の悪口言いやがって。
うるせえな……


でも授業をサボるのだけはマジで改めないといけない。
本来ならば俺は単位が足りなくて二年生にはなれなかった。
校長であるばあさんに頼み込んでなんとか進級させてもらったけれど、次は無いと冷たく言われた。
こんな缶詰みたいな学校でシャオンもいない中、余分に一年過ごすだなんて死んでも嫌だ。

でも、知ってることばかりの授業を何時間も受けるのは退屈でしかない。


ああ…学校ってとこはなんて面倒くせえんだ……



















5mmしか伸びてない……

これでも村では大きい方だったんだけど……
シャオンは女の子なのに172cmもあるし、ツクモなんか180cmを超えている。
僕はやっと141cmか…もうこれ以上は無理なのかな?
そりゃコビーナ村が小人村なんて揶揄《やゆ》されるわけだ。
せめてあと10cmは欲しいんだけどなあ~。

村を出る時から分かりきっていたことなのに、こうも数字ではっきりと突きつけられると……
誰もいない教室で一人落ち込んでしまっていた。

「身体測定なんてやりたい生徒だけすればいいんだ……」

この小さな体格のせいで女子から言われるのはいつもカワイイという言葉ばかり。
僕だって年頃の男の子なのに……



「あのう…ココア君。これ……」


小さく聞こえてきた声に振り向くと、同じクラスの女子が手紙を大事そうに抱えて立っていた。
またか……

「ごめんルルちゃん。僕もうシャオン宛のは受け取らないようにしたんだ。どうしても渡したいなら本人に直接してね。頑張って、応援するよ!」

良かれと思って橋渡しをしていたけれど、夜中まで悩みながら返事を書いているシャオンに申し訳なくなってしまった。
シャオンがゴメンと直接謝って手紙を受け取らなければそれで済む話だ。


「そうじゃなくて……」
「えっ…そうじゃない?」

ルルちゃんは顔を真っ赤にしてもじもじしている。
もしかして……ツクモ?
派手な見た目と素行の悪さから敬遠されがちだったツクモだけれど、時が経つにつれてツクモの内面の良さに気付く人が出てきた。
シャオンがアイドルみたいに騒がれる存在だとすれば、ツクモは密かに憧れられるアウトロー的な存在なんだろう……
まあツクモもカッコイイし、ギャップにも萌えるんだろうな。

「ツクモはめちゃくちゃ好きな子がいてるんだよね。ああ見えて一途だから諦めた方がいいかも。残念だけど……」 

ツクモの場合やっり~とか言って喜んで受け取りそうなんだけどね。
そんなのシャオンが見たら絶対不機嫌になっちゃう……
シャオンて自分の気持ちに気付いてるのかな?
ツクモも女の扱いは慣れてそうなのに肝心なところでスケベなこと言ってシャオンを怒らせてるし……
見てるこっちが歯がゆくなる。
あの二人ってお互いに鈍感過ぎるんだよね。



「そ、そうじゃなくって!」


彼女は意を決っしたように僕の目の前に手紙を差し出してきた。
そこにはココア君へと書かれていた。


「……えっ……僕っ?!」


どうやら鈍感なのは僕もだったみたいだ。













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