郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

文字の大きさ
36 / 41

第三十六話︰襲撃

しおりを挟む
 二人が上座で頭を垂れると、式司により、天地の神々と祖霊への奉告がなされる。
 差し出された盃を受け取り、静かに口をつけ、今一度夫婦の契りを交わす。
 誓詞が奏上されるその時も、観衆の声は無い。誰も彼もが息を飲んだまま見守っていた。場を包む沈黙こそが、この結婚への祝福であった。
 つつがなく行われた式は、佳境を迎える。

「では──郷守の巫女殿、前へ。」

 式司の言葉を受けて、紬は立ち上がった。
 しゃらん。鈴の音を合図に、木階に歩み寄っていく。

「簪奉焼。あやかしと人間の健やかなる共存、繁栄を祈り、鬼族当主の火をもって簪を奉じる。」

 時紀が言っていた。この時、巫女は最も無防備になるのだと。
 紬は前を向いたまま、足を止めずに口を開いた。

「……沖さん、連さん。そこにいるのでしょう」

 鈴の音に隠れて声をかける。
 いつの間にか、紬の横には、沖と連が控えていた。

「……」

 面をつけての“認識阻害”。今、彼らの姿は、紬以外の者には見えていないのだろう。

「私の護衛は要りません。お二人とも、下がっていてください」
「……いえ、そういう訳には」
「貴女の身に何かがあってはいけません」

 これが我々の役割なのだと、頑なに離れようとしない二人に、紬は毅然と言い放つ。

「命じます。下がりなさい。」
「!」

 芯のある、有無を言わさぬ声だった。
 沖と連はたじろぎ、顔を見合わせる。そして、致し方なく足を止め、彼女の背を見送った。

 木階の前で、紬と焔が合流する。
 焔はそのまま留まり、紬は一人、舞台を降りた。
 しゃらん。しゃらん。
 人々が見守る中、この場の中央まで歩みを進める。

 (ここで……簪を外す)

 二輪の花が、寄り添うように咲いている簪。異なる種の心をひとつにするために、これを燃やすのだ。
 紬はゆっくりと右手を上げて、頭の簪に触れた。
 ──その時だった。

「おっ、おい!?あんた!」

 誰かが声を上げるのと同時に、人混みから、一人の人間が飛び出した。
 その手に握られているのは刃物だ。

「うあああああッ!!」

 喉を潰すような叫び声と共に、その人物は、紬に襲いかかってきた。

「……!」

 紬はすぐさま右手を振り下ろし、袖に仕込んでおいた物を握る。そのまま刃物を受け止める。
 ──ガキンッ!
 刃物とそれが激しくぶつかり、鋭い金属音が響いた。

「な、なんだ……!?」
「きゃあああ!巫女様!」

 突然の乱入者に動揺が広がる。凶器を目にした者が悲鳴を上げ、この場は一気に騒然とした。

「おい、あれ!お前の!」
「……!」

 舞台脇にいた時紀は、隣から肩を叩かれながら、目を見開いた。紬が右手に持って刃物を受け止めているのは、確かに、自分が貸した鉄扇なのだ。

「千歌ちゃん!」

 紬は刃物を払い退け、目の前の少女の名前を呼んだ。
 少女は──千歌は、もう一度切りかかってきた。がむしゃらに凶器を振り、叫んだ。

「郷守の巫女!あんたが、あんたが現れたせいで!」
「その刃物を捨てて!……!」

 千歌の首元を目掛けて、クナイが飛んでくる。
 紬はハッとして鉄扇を振り、それを弾いた。

「っく!」

 直後に刃物が向かってくるのを、咄嗟に左手で掴んで止める。刃が手のひらにくい込んで、血がだらりと垂れる。

「……!」

 千歌は一瞬動きを止めた。自分の手にしている刃物が、人の肉を切り、目の前で血が流れた──思わず怖気付いたのだ。
 その隙をついて、紬が思い切り鉄扇を振り、刃物を叩き落とした。

「あ……」

 ダンッ!
 千歌が拾い上げる間もなく、刃物は、駆けつけた文音に踏みつけられる。

「文音さん……」
「……っ」

 文音は怒りに震えていた。
 紬の手に血が伝うのを見て、ギリと歯を食いしばり、声を荒げる。

「沖!連!どうしてあんたらが付いていないのよ!!」
「……!」
「“認識阻害”で控えて、襲撃者が現れた時には、真っ先に対応する!そのはずだったでしょ!?」
「……それは……」

 舞台上で言い淀む二人。紬は痛みを堪えながら、一歩前に進み出て、文音を制した。

「文音さん、私の指示です。私が彼らに下がっていろと言いつけました。」
「なっ……あんた、自分が何してるか分かってんの……!?護衛をつっぱねて、あたしのクナイを弾いて、この千歌とやらを庇うも同然じゃない!」

 牙を剥き出しに責め立ててくる文音に、厳しい目を向け、言い返す。

「貴女こそ、何をしようとしたんです。クナイは首元を狙って飛んできていた……捕らえるどころか、殺すつもりだったのでしょう」
「ええ、そうよ。こいつは奥様を殺そうとしたのよ……!言ったでしょ?然るべき処罰を与えるって!」

 奥様を殺そうとした。
 その言葉に、遠巻きで見ている里の者たちが、ざわめいた。

「今、なんと……?」
「日和様を……あの子供が……?」

 こうなってしまえば、もう、隠す必要も無いのだ。千歌は髪を振り乱した。

「そうだ、私がやったんだ!あと少しだったのに……!あのひとさえ死んでしまえば、あやかし共をめちゃくちゃに出来たのに!なのにっ!」

 その尋常ではない様子に、人々は糾弾することも出来ず、唖然として息を飲む。
 文音は我慢できないとばかりに、千歌の胸ぐらを掴んだ。

「こいつ、やっぱり生かしちゃおけないわ……!」
「黙れあやかし!!」

 強く、文音あやかしを睨みつける千歌。凄まじい気迫があった。人間の少女には抱えきれないほどの、強い怒りと憎しみが、その身を酷く焦がしていた。

「最初に殺したのは、そっちだ!!」
「!?」

 この場の誰もが目を見開く。
 文音が思わず手を離すと、千歌は咳き込んでから、胸元を押さえて叫んだ。

「私の姉はあやかしに殺された!騙されて、殺されたんだ!」
「……!」

 紬はぴくりと瞼を震わせて、じゃあ、と呟く。

「まさか……姉の、復讐のために」
「ああそうだよ!その為だけに、私はこの里にやってきた!」

 この里で生きていたのも、アカツキ学校に通い日和と仲良くしていたのも、全部全部、復讐のため。

「魔物ってやつと手を組んでまで、行動を起こした。やっと成功すると思ったのに……!」
「……騙されたって、どういうこと?」

 固く眉を顰めたまま、文音は凄むように聞いた。
 千歌は目元をぐいと擦り、吐き捨てるように語り出す。

「忘れもしないよ。今から七年前……姉さんは、あやかしの男と出会ったんだ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

勇者の婿取り~強面女性騎士と報奨の王子~

小西あまね
恋愛
国王が布告を出した。強大な魔物を倒した勇者に王女を与える-- クレシュは顔に大きな傷がある頑健な強面騎士。魔物討伐は職務を果たしただけだったのに、勇者として思わぬ報奨を得てしまい困惑する。 「……うちに美人がいるんです」 「知ってる。羨ましいな!」 上司にもからかわれる始末。 --クレシュが女性であったために、王女の代わりに王子ヴェルディーンを婿に与えられたのだ。 彼も彼なりに事情があり結婚に前向きで…。 勇猛果敢で生真面目な27歳強面女性騎士と、穏やかだが芯の強い美貌の24歳王子。 政争やら悪者退治やら意外と上手くいっている凸凹夫婦やらの話。 嫉妬や当て馬展開はありません。 戦闘シーンがあるので一応残酷な描写ありタグを付けますが、表現は極力残酷さを抑えた全年齢です。 全18話、予約投稿済みです。 当作品は小説家になろうにも投稿しています。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

処理中です...