郷守の巫女、夜明けの嫁入り

春ノ抹茶

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最終話︰未来へ

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「それじゃあ、頼んだよ。」
「バウッ」

 彗月が頭を撫でてやると、白狼は応えるように吠えた。
 炎のように揺らめく毛並み、主と同じ真っ赤な瞳。紅蓮の御車を引いていたこの白狼は、どうやら焔の式神らしい。

「乗っていいんですか?」
「ええ。里を見て回るなら、この子が適任です。」

 慣れた様子で白狼にまたがる彗月に続き、紬もおずおずと、毛深い獣の背に乗っかる。見た目は猛々しいが、案外ふわふわと座り心地が良い。

「しっかり捕まっていてくださいね。」
「はい。……わっ!」

 彗月の身体に腕を回した直後。白狼はひとつ吠えて、地面を蹴った。
 紬が思わず目をつむる間に、その身は空高く飛び上がり──

「……!」

 そっと目を開けて、見下ろすと、暁の里が一望できた。

「すごい……!彗月さん、里が見えますよ。端から端まで、全部。」
「ふふ、見えますね。」

 紬の手に触れながら、彗月は楽しそうに笑った。



 あれから数日。
 暁の里は、今日も活気に溢れている。

 その姿はどこか晴れ晴れとしたようだった。いつものように人々が笑い合っているが、その笑顔は確かに、今までとは違うのだ。



「傷の具合はどうですか?」
「少しずつ塞がって、痛みも和らいできました。あと一週間もすれば、治ると思います」
「よかった。二度としないでくださいね、素手で刃物を受け止めるなんて真似。」
「はい、誓って……」

 前を座る彗月の表情は見えないが、ひやりと肝が冷えるのを感じて、紬は即座に頷いた。口にこそ出されないものの、次の無茶は看過しない、という確かな圧が伝わってくる。

「そ、そうだ。千歌ちゃんの様子はどうですか?」
「今のところ、問題なさそうです。まずは下働きから、頑張っているようですよ」

 恭子が紅蓮邸を訪ねて来るので、それも心の支えになっているのだろう。少しずつだが笑顔を見せるようになって、日和も喜んでいるそうだ。

「“紅蓮邸うちに入り浸るやつがまた増えた”と、日暮がボヤいていましたけどね」
「ふふ、言いそう。恭子ちゃんは毎日のように来ているし、時紀さんなんて、相変わらずですからね」

 ──紅蓮邸から離れ、里の東の方へ飛ぶと、人気のない丘が見えてきた。
 そびえたつ立派な大木が、広げた枝先に花をつけている。

「!あの花……こんなところまで」
「ええ。奥様が妖力を取り戻している証です。」

 花のあやかしである日和は、里の花々に生命力を与える。彼女が再び、満開の花を咲かせる日は近い。

「奥様と約束した、お花見が楽しみ。屋敷のみんなでしましょうね」
「花見か、いいですね。……奥様は酒に酔うと、我々の前でも焔様にべったりなので、焔様は渋い顔をするかもしれませんが。」
「あら、絶対に見たいですよそんなの。何としてでも開催しましょう。」

 食い気味に答えると、彗月はくすりと笑ってから、白狼に着地の合図をした。
 白狼は徐々に下降し、地に足をつけて、バウと吠える。
 降り立ったのは丘の上だ。

「わあ……風が気持ちいいですね」
「里の者たちもあまり足を運ばない、穴場なんですよ。小さい頃、叔父が教えてくれました」

 二人で白狼を降りる。そして、丘の上からの景色を見渡した。
 遠くに連なる山々が、青空に透けている。瓦の屋根も、行き交う人々も、とても小さい。風が吹くと足元の草がなびいて、心地のよい音がした。

「こんなに素敵な景色なのに、誰もいないんだ……秘密の場所みたい。」

 今ここにいるのは、二人だけ。
 ふと、彗月を見上げると、彼もこちらを見てくれた。優しくて、どこか熱を帯びた眼差しに、心臓がとくんと鳴るのが分かった。

「紬さん。これを」
「え?」

 彗月が懐から取り出したのは、黒の桐箱。

「これは……」

 中に何が入っているのか。なんとなく分かったような気がして、紬ははっと彗月を見上げた。

「私に、ですか」
「もちろん。」

 桐箱が開かれる。その中にあるのは──花の簪。
 淡い光をもつほど白く、美しく透けるその花は、まるで月のようだった。

「……月の、花。」
「おや、ご存知でしたか。朝日村にもこの花が?」
「いいえ……春子さんから、教えてもらって」

 彗月はおもむろに、簪を手に取る。そして、紬の髪に挿す。

「──綺麗ですよ。やっぱり、貴女によく似合う。」
「……!」

 パチパチ、光が弾けた気がした。
 想いが心から溢れ出す。紬はたまらず、彗月に抱きつく。
 おっと、と言いながら、彼はしっかりと受け止めてくれる。それがよりいっそう嬉しくて、腕の中で彗月を見上げた。

「私、この簪が欲しかったんです。月の花の簪!春子さんとも話していたんですよ」
「本当ですか……!それは良かった」
「他でもない貴方が、この簪を選んでくれたというのが、とっても嬉しい。……それに」

 紬は、金色の瞳を細めて、簪に触れる。

「ちゃんと知っていますよ。簪を贈る意味。」

 ──彗月は、宵色の瞳を見せて、微笑んだ。
 愛おしそうな目をしていた。この感情の正体は、とうにわかっていた。
 彗月が紬を抱きしめる。紬は強く抱きしめ返す。ずっと伝えたかった。この心をすべて、あなたに伝えたかった。

「好きです。貴女を愛しています。」
「私も。貴方のことが、大好きです。」

 郷守の巫女と、影族の当主。私たちは役目を与えられて、里のために結ばれた。
 けれどもう、それだけじゃない。愛しいあなたのそばにいたい。里の幸せも、あなたの幸せも願いたい。
 何があろうとも、どんな未来があろうとも。あなたの隣を歩み、あなたと共に生きていきたい。

 二人は口付けを交わした。
 髪に触れて、頬に触れて、笑い合った。

 どこまでも澄んだ青空には、白く透ける月が浮かんでいた。
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