【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜

文野さと@書籍化・コミカライズ

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11 愛しき日々 春 1

 この冬は穏やかで、レーゼは生まれて初めてといっていいくらい、満ち足りた時間を過ごした。
 もともとこの地は塔の背後の山脈、つまりナギが修行をしていた山が風よけとなり、雪は降っても吹雪になることが少ない。
 ナギの身体能力は元戦士のルビアが驚くほど高く、彼の狩る肉は、貧しかった塔の食卓を豊かにしたのだ。そのせいか、あれほど細かったレーゼの体にも少し丸みがついたように思える。
 また、手先が器用で、レーゼにはできない雑用を黙々とこなした。ルビアも、ナギが今まで知らなかった料理や服の繕い方などを積極的に教えた。
 レーゼにとって初めてできた友だち。
 友という言葉も知らぬまま、二人の心が寄り添っていく。
 ナギには話したくない過去があるようだが、そんなことは問題にならない。
 レーゼにとって、今と未来が大切だったのだ。
 一緒に野山を散歩をし、畑を手伝い、昼寝をした。ナギが傷んだ塔の建屋の修繕をするとき、レーゼはできる範囲で手伝った。
 二人はよく話し、よく笑った。
 こんなに幸福な冬はなかったと言えるくらい、二人は幸せだった。
 だが、その冬もそろそろ終わる。
 空気が軽くなる。
 萌える春がやってくるのだ。
 森や山は新しい衣装をまとい始め、冬の間は鳴かなかった鳥たちも帰ってきた。
 山から降りてきた風は樹木の匂いを運び、少女の衣の裾をまくり上げた。
 この春は特別だ。
 レーゼの感覚がそう告げている。

「じゃあいってきます」
 ルビアは時々一日かけて、一番近くの集落へと出かける。冬の間に作った肉の塩漬けや毛皮を生活に必要なものと交換するのだ。
 この冬はナギのおかげで交換する品が豊富で、ルビアは嬉しそうに出かけていった。
 いつもならレーゼは一人きりで待つのが常だったが、今はナギという仲間がいる。
「いってらっしゃい。気をつけて。お土産をどっさり頼むわね」
「かしこまりました。ナギ、レーゼ様をお願いするわね」
「任せろ、ルビア」
「あんたの服も買ってくるわよ。まともな服はそれ一着しかないし、この冬で随分背が伸びたから窮屈でしょ」
 ナギの着ている服は、ここにきた時の黒い皮の上下だ。
 無論今は、防具も暗器も装備していないが、確かに手足がはみ出ている。その割に声はまだ、少年のものだが。
「服なんていらない」
「はいはい。でも、そういうわけにはいかないのよ。身の丈に合ったものを着なくちゃ。留守の間、レーゼ様もナギを困らせないようにしてくださいね」
 ルビアは大きな荷物を背負って歩いていった。

「結界がかなり緩んだところがある」
 二人は明るい前庭で仕事をしていた。
 山で採ってきたつるを煮て柔らかくし、乾かないうちにレーゼが村で売れるような、籠を編む。春の仕事だが、今年はナギのおかげで上質な蔓草がたくさん取れたから、いい籠ができるだろう。
「そうなの?」
 ナギは毎朝鍛錬のために山に入る。そして、結界の緩んでいるところを探っているのだ。範囲が広がった分、もろくなったところが出てきたようだった。
「結界の意志って前にルビアが言ってたね……」
 ナギの言葉にレーゼはしばし考え、蔓草を馴染ませる手を止めた。
「もし結界が破れたら、ナギはここから出ていきたい?」
「わからない。でも、レーゼがいて欲しいと言うなら、俺はずっとここにいる」
「いて欲しいわ」
 レーゼは正直に答えた。
「でも、私にはナギしか希望がないわ。だって私にはまだ結界は有効のようだからナギが外に出られたら、なんとかして結界を壊せるかもだもの」
「……でも、俺はレーゼが」
「私が、なに?」
「……心配だ」
 籠を編む手を止め、レーゼはナギを見つめた。
「え」
「だから、出たくない」
「ナギ……」
「俺は、シグルだった」
「シグル?」
「ああ。<シグル>は組織で、その構成員もシグルと言われる。シグルは金さえもらえればどんな事でもする集団だ」
「そしき」
 言葉自体はレーゼも知っている。しかし発音するのは初めてだった。
「そう。体を鍛えて技を磨いて、一人が軍の小隊くらいの働きをする」
「じゃあ良いこともするの?」
「シグルに何かを依頼する者がいいことを頼むとは思えない。全部悪いことだ。人さらいとか盗みとか……それから人殺しも」
「怖いね」
「ああ。今はそう思う。俺が怖いか?」
「でもナギはもうその一員じゃないのでしょ?」
「そうだ」
「じゃあ大丈夫よ。私怖くない。ナギを信じる」
 レーゼが今までしてきたことを聞かないのが、ナギにはありがたかった。
 彼は優秀だったので、大人たちの先兵として、いくつものくらい仕事に関わってきた。その詳細をレーゼに言いたくはない。
「俺はずっとシグルの大人に使役され、希望もなく、九十六号としていつか死ぬんだと思っていた。けど、レーゼに名前をもらって世界に色がついた」
「色が?」
 レーゼは小さくつぶやいた。
「ああ。俺はずっとレーゼと一緒に生きていたい」
「でも、ここには私たち三人だけよ。ナギには狭いでしょ?」
 結界の範囲は以前より広がったとはいえ、塔を中心に半径四キロ程度なのだ。
「俺はここで静かに暮らしていけたら十分だ」
 ナギはそっと手を伸ばし、レーゼの頬に触れた。ナギが知るものの中で、一番滑らかでやわい肌。
「わ、私、籠あみ飽きたから!」
 レーゼはぱっと体を離した。白すぎる頬は触れられて少し赤くなっている。傍の少年からいつもと違った香りがするのだ。
 少し苦い、これはそう──野生の獣の匂いに近い香り。
「レーゼ? どうした?」
「え? いいえ! 私、畑に水をやる! 香草も摘まなくちゃ!」
「ああ。そうか、もう昼だものな。じゃあ、俺は台所で湯を沸かすよ。ルビアの置いて行ってくれた材料でスープを作る」
 ほんの少し不思議そうにしながらナギは塔へと戻った。レーゼに火は扱わせないのだ。

 ああ、びっくりした。
 
 畑に水をやりながらレーゼは胸を抑えた。まだ少し鼓動が早く、頬も熱い。
 ジョウロから水を少しすくって自分にふりかけてみる。
 前の畑はこの春から少し面積を広げ、野菜の種類も増やしたのだ。いうまでもなくナギの分である。ナギは成長期の少年らしく、よく食べよく飲んだ。

 野菜がいっぱい取れるといいな。ナギがたくさん食べられるように。

 レーゼは柔らかくなった土から香草を引き抜きながら思う。 
 さっきの出来事を忘れるために夢中になって抜いているうちに、手や足が土で汚れてしまった。
「あっ! こんなに採っちゃった! 使わない分は乾燥させておかなくちゃ」
 畑のそばには井戸があり、小さな四阿あずまやのようになっている。柱に春の草花や蔓草が絡んで美しい。周囲には煉瓦が敷かれていて、土を流しやすいようになっていた。
 香草を洗うために水を汲み上げたレーゼは、そっと手足に巻いている布を解いた。泥がついているから、食事の前に洗っておこうと思ったのだ。ついでに帽子も取って傍に置く。畑で汗をかいたので、涼しくなりたかった。
 レーゼは元気よく取手を押した。
 地下水は程よく冷えていて、泥と日差しに温もった手足を清めてくれた。この冷たさが好きだと、泥を落としながらレーゼは思う。

 夏になったら、水浴びがしたいなぁ。ナギも一緒に。

 包帯を巻いていても陽光はレーゼの目に少し眩しい。けれど今は陽の光を感じていたかった。春の日差しは透明だ。しかし、やはり目がくらむ。
 その時、扉が開いた。
「レーゼ!」
「……え?」
 気がつくとレーゼは、硬く平べったいものに顔を押し付けていた。いや、強く押し付けられていたのだ。
 ナギの胸の中に。その奥からは、どくどく脈打つ音が響いている。
「な、なに?」
「なにじゃないだろ!」
 ナギは思わずレーゼを怒鳴りつけていた。
「今、井戸に頭から突っ込むところだったんだぞ!」
「私が、井戸に?」
 心から驚いて、レーゼはあえいだ。少し苦しくなってきたのだ。二の腕をつかむ腕は緩まない。そしてそれは細かく震えていた。
「そうだ! レーゼ、いったいなにを考えていた!?」
 ナギはようやくレーゼを少し離してくれた。ただ、まだ肩が強くつかまれている。
「な……なにも。ちょっと日差しに目がまわったのかな」
「……」
 ナギは黙って、足元に落ちていたレーゼの帽子を拾うと、深く被せた。そして、いつも巻かれている手足の布がほどけているのを見とめた。
 簡単な服からはみ出た細くて白い手足の肌。しかし、そのところどころに、薄い染みのような紫色が浮かび上がっている。

 これは、なんだ?
 以前、額にうっすらしたのを見たことがあるが、こんなに多かったのか?

「……ぶつけたのか?」
 その問いが馬鹿げたものであると知りつつも、ナギは確かめずにはおれなかった。
 倒れ込む前に引っ張ったのだから、どこもぶつけているはずがない。それにこれはぶつけた痕とは全然違うあざだ。しかも多数。
「……ああ、見えちゃったのね」
 ナギの動揺を察したらしいレーゼは、普段通りの声でそう言った。
「そんなにひどく見える?」
 レーゼは見えない目でそろえた両腕を見下ろした。無邪気なその仕草にナギの鼓動がより高くなる。
「これ……この痣は……?」
「気持ち悪い?」
「そうじゃない。でも……」
「前に言ったでしょう? 私は、魔女達の襲撃で国が滅んだ時、ゾルーディアに命を奪われずにすんだ。でも、これはその時の代償なのよ」
「代償?」
「そう、魔女の呪い。ゾルーディアは情けと言ったけど。視力が弱まって、髪は抜け落ち、声もこんなになった。そしてこの痣は、あの夜から腕や足に浮かび上がったの。それから少しずつ広がっているみたい。これって呪いよね?」
「い、痛むのか?」
「ちっとも……でもね、ナギ」
 レーゼは落とした布を拾い上げた。蝶々でも捕まえるような仕草だった。
「この痣が全身に広がった時、多分私は死ぬのだと思うの」

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