【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜

文野さと@書籍化・コミカライズ

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16 デューンブレイド 3

 一年前のこと。

 大陸の西部にある工房都市ジャルマは、城壁の外を無数のギマにとり囲まれていた。
 その地域は、城壁都市が点在していて、人や物の交流も盛んだったのだが、隣の街に厄災の魔女、エニグマが現れ、多くの人々を殺してギマとしたのだ。
 新しくギマとされた者たちは、この地方で一番豊かな街ジャルマを包囲し、持久戦に持ち込もうとしていた。
 ジャルマの守備兵と、市の評議会に雇われたデューンブレイド隊は、何度も突破口を作ろうと挑み続けていたが、千を越すギマの大群の前に、大きな成果は上がらなかった。
 ギマの最大の武器はその数だが、新しいギマは顔も体も死んだときのままで崩れてはいない。むしろ魔女の悪趣味で、生きているような笑みを浮かべている個体もいる。
 つまり、ジャルマ市民には馴染みの隣町の職人、親戚、友人が、生きていた時そのままの姿をしたギマをほふって、土に返さないといけないのだ。当然、その刃は鈍る。昨日までの知り人を惨たらしく殺すには忍びないという人間特有の心理が邪魔をするのだ。
 だから、デューンブレイドが雇われた。リーダーのブルーは仲間を呼び寄せたが、数としては3百人と少ない。
 ゆえに、大陸きっての工房都市ジャルマの命運は、風前の灯火だったのである。

「くそ! もう紅油こうゆが底をつく!」
「トウシングサも、もうわずかだ! これだけ囲まれては、壁外まで採りに行けない!」
 オーカーの叫びにブルーも応じる。この地方は今までギマに襲われたことがなかったので、対ギマ用の武器の備蓄が少ないのだった。
 ある程度は焼き払い、吹き飛ばしたが、それでもまだ半分以上のギマが眼下にうごめいている。
 このまま街を包囲され続けると、先に力尽きるのは、生きていくのに必要な物品が多い人間の方である。
「リーダー! 見てください! 奴ら、城壁をよじ登ろうとしているます!」
 サップの言葉にデューンブレイドたちは目を見張った。
 ギマ達は次々に折り重なって、城壁の高さに迫ろうとし始めている。彼らに痛覚はないから、一番底辺のものは重さでぐしゃりと潰れてしまうが、上に乗ろうとするギマが意に解することはない。
「なんでギマがそんな作戦を思いつくんだ!」
「多分、あれじゃないか? 魔女の命令を伝える役割の奴がいるっていう……」
 ギマの中には<指令者>がいて、魔女の命令を他にギマに伝えているらしいというの、は最近わかってきたことだ。それが真実なら、この中の個体のどれかが指示を出したものだろう。
「くそ! 最後の紅油を使いきれ! 壁を越えられたらもう後がない! ギリギリまで待ってから、一気に焼き払うんだ」
 ブルーが叫んだ。
「了解!」
 デューンブレイド隊とジャルマの守備兵はなんとか協力して、ギマの梯子はしごが城壁にあと三メートルというところで、最後の紅油をぶちまけた。
「滅びろ!」
 セイジが松明を落とす。
 あっという間にギマは炎の塊となって崩れ落ちた。
「やった!」
「ざまぁみろ!」
 戦士達は目の前の勝利に沸き立つ。しかし、ギマ達が全滅したわけではなかった。
 残ったギマ達は仲間の灰の上に身を投げ出し、再び自らを積み上げていく。
「くそ! まただ!」
「しかし、だいぶ数は減らした。ここは門から討って出て、カタをつけるか!」
「それしかなさそうだな」
「ジャルマの守備兵! 矢はまだあるか?」
「一人十本程度なら残っている!」
 守備隊隊長が声を張るのへ、ブルーが大きく頷いた。
「じゃあ壁の上から援護を頼む! いくぞ!」
 ブルーたちデューンブレイドの主力メンバーが決死の覚悟で、城門の前で陣形を組んだ時。
「ちょっと待って! 何かおかしな動きが見えるのよ! あれはかしら!?」
 目のいいカーネリアが城壁の上から、勢いよく西の方角を指差した。
「どうした!? もう時間がないんだぞ!」
「いいからブルー、突撃はちょっと待って! ここに来てあれを見て!」
 ブルーが再び城壁に駆け上がると、カーネリアの指す方角に確かに妙な混乱がうかがえた。ギマの群れの後ろの先端、つまり壁から一番遠いところに大きな裂け目ができている。
「あれは、群れが割れている……?」
「やっぱりそう見えるわよね! 誰かが背後からギマを攻撃をしている! 援軍かも!」
 カーネリアの声は期待に輝く。
「なんだって! 援軍など、半径五キロ内に一兵もいないはずだぞ!」
 応戦の態勢を取ろうとしていたオーカーが叫び返すが、やはりカーネリアの示す方向を見て目を見張った。
「な、なんだあれは……人間か?」
「一人か!? たった一人で戦っているのか?」
「あいつは……誰だ!」
 城壁に登ってきたデューンブレイドたちが口々に叫ぶ。
 彼らの視線の先には黒い戦士がいた。
 取り立てて筋骨逞しい大男ではない。むしろ戦士としては華奢なくらいすらりとしている。
 その彼はたった一人で、ギマの群れの中に道を切り開いているのだ。彼らのいる城壁へと向かって。
 ギマを倒すこと自体はそう難しくはないとはいえ、彼らの武器は数と増殖への欲求だ。まるで病原菌のように仲間を増やしたい、その意志だけで動く。
 それを軽んじて油断し、あるいは取り囲まれて噛まれ、ギマとなった人間は数知れない。
 また、墓を暴かれてギマとなった古い死者は、力こそないが、その醜怪な見た目で人間の恐怖心を煽る。
 群れの後列にいるのは、そういう古いギマ達だった。大抵の人間なら、腐り果てたその姿と耐え難い臭気で戦意がなえてしまうだろう。
 しかし、黒い戦士の剣先は揺るぎがない。
 その戦い方は独特だった。
 利き腕であろう右手で振り下ろす長剣は間合いが長く、確実にギマの弱点である首をとばしていく。左手の手甲しゅこうには長い鞭が仕込んであり、近づいてくるギマの頭を続けざまに吹っ飛ばすのだ。
「す、すげぇ……」
 デューンブレイドの中で最も勇猛な戦い方をするオーカーが、無意識に後へ下がった。
 まさに一撃必殺の神技だった。戦士は恐れげもなく群れるギマの間に一本道を構築していく。
「ば、化け物か? なんという闘い方だ」
 ブルーも自分の目が信じられないようにつぶやく。
「あいつこそ魔法で操られているのではないか?」
「なんだかわからないが、とにかくギマじゃないことは確かですよ! ギマにあんな知性はないもの!」
 若いサップが否定する。その頬が期待で紅潮していた。
 戦士は既に、城門のすぐ手前まで道を切り開いている。
「ああっ! と、跳んだわ!」
 カーネリアが叫んだ。
 彼は一匹のギマに狙いをつけ、大きく跳躍した。鞭を大地に打ちつけ、その反動を利用して跳んだのだ。
 目指す方向には、比較的整った姿の、兵士の服装をした大きなギマがいた。
 城壁に積み上がりつつあるギマの塊のすぐそばだ。彼はそこへ向けて一直線に突進していった。
その瞬間、懐から取り出した小さなものが、光を反射しながらギマの額に突き刺さる。それは鋭い刀子とうすだった。
「……っ!」
 元兵士のギマは、声にならない叫び声を上げたようだった。たちまち大きな黒い土となって崩れ去る。
 と、同時に、周囲のギマも統制が取れなくなったように右往左往し始めた。積み上がった梯子も一気に崩壊する。
「おい! 奴が合図を送っているぞ!」
「今だ! 一気に叩け!」
 デューンブレイド達の士気は一気に上がった。
 体制を組みなおすと城門から飛び出していく。彼らとて歴戦の戦士達だ。よろよろと襲い掛かるギマ達を次々に殲滅していく。
「援護射撃!」
 ジャルマの守備隊の命令が飛ぶ。
 押されて後退していくギマの上に、ジャルマの守備隊が城壁の上から火矢を放った。
「燃やし尽くせ!」
 戦いは一時間のうちに決着がついた。
 千体近くいたギマは一匹たりとも街の中に入れず滅び去ったのである。
 おびただしい土塊の中に、何かを探している様子の人影があった。例の黒い戦士だ。
「あんた、何者だ?」
 ブルーは尋ねると、戦士は顔を上げた。口布で顔の下半分は見えないが、かなり若い。彼は何かを拾い上げた。黒いガラス玉のようにブルーには見えた。
「クロウ。今はそう名乗っている」
 戦士は玉を袋に入れてから名乗った。
「クロウ? 相当な戦士だろうに聞いたことがないな」
「そんなことは知らない。俺はただ悲憤の魔女、ゾルーディアを倒すために戦っている。それだけだ」
「そうか。しかし、すごい戦いぶりだった。あんたがいなければこの町は滅ぼされていたかもしれない」
「ギマを狩るのが俺の仕事だからな」
「俺たちもそうだ。そして俺たちもゾルーディアを追っている。よかったら仲間になってほしい」
 それがクロウとデューンブレイドたちとの出会いだった。

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