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17 デューンブレイド 4
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工房都市ジャルマからギマを撃退したデューンブレイドたちは、休養も兼ねてジャルマで装備や物資を整えることとなった。
先日の戦いでギマを一掃したデューンブレイドの名は周辺に知れ渡り、様々な人々協力を申し出てくれるようになったのだ。
ジャルマの元守備隊や、周辺の街からからくも逃げてきた若者たちも、デューンブレイドに加わって共に戦いたいというのだ。みな魔女を憎み、ギマを叩き潰したい思いは一緒だった。
こうして仲間はどんどん増えていく。
ブルーやオーサー達は、もはや一軍とも言える人数を再編成し、訓練を積むことに専念している。
そしてクロウもゾルーディア滅殺のために、デューンブレイドの一員となることを決めた。熱心に勧誘されたこともあるが、一人の戦いではやはり限界があると考えたのだ。
彼の望みはただ一つだが、なかなか果たせていないことに対する焦りもあった。
これまでも旅の途中でできた仲間と協力して戦ったことはあるが、訓練された組織とは言い難く、クロウの切り込みについていけず、大抵の戦士は死んだり、離れていったりしてしまったのだ。
だからクロウにとって、久々にできた仲間はありがたかったが、同時に戸惑いも伴う。もともとクロウは<シグル>の構成員で、簡単に人の心を許す性質ではない。
しかし、若いデューンブレイドたちは屈託がなかった。
「あんたが加わってくれたら百人力だ!」
「あの戦い方を教えてくれ!」
彼らはナギの戦闘能力を素直に讃え、教えを乞うた。
また、彼の端正な面立ちや、均整の取れた肢体には若い娘たちの視線が集まった。特にカーネリアは積極的に彼に関わるようになったのだ。
「あんたの技を盗みたいわ! ぜひ指南してちょうだい!」
「ああ、皆と一緒ならば」
クロウはおとなしく、若い戦士たちに剣の稽古をつけたり、刀子で狙うやり方を教えた。そして、同年代の若者たちと交わることで、でクロウにも新たな学びがあった。
ここまで組織化され、目的を同じにする集団に加わるのは初めてだったし、戦術を組むことにより、より多くのギマを滅ぼし、それだけゾルーディアに近づくことができるからだ。
また、ジャルマは工房都市というだけあって、クロウに恩義を感じた職人たちが、新しい武器や防具の補強も進んで行ってくれたのだ。
痛んでいた皮の鎧も真新しくなり、新たに剣も鍛えてくれた。ギマを倒す剣は軽く鋭いものが適している。鞭も中に細い鉄糸を仕込んで、破壊力が増した。
「素敵! 黒い戦士の名にふさわしい……い、い……イデタチよ!」
装具をすべて新しくしたクロウを見て、カーネリアは普段使わない言葉をようやく捻り出した。しかしクロウはにべもない。
「そんな二つ名、いらない。武器や防具として、戦いに耐えうるものだったらなんでもいい」
「だけど、色にはこだわってるじゃない! 黒が好きなの?」
「いや、そういう訳でも……他の色を着たことがないから」
さすがのクロウも、カーネリアの押しにはたじたじとなっている。
「あとはその鉢金だけね。それだけかなり傷んでいるわ。よほど使い込んでいるのね。ちょっと見せ……」
伸ばした指先は、冷たく払い落とされた。
「触れるな!」
「え……?」
傷ついた顔の年上の娘に、クロウは自分がやりすぎたことを知った。
「あ……すまない。強くしたつもりはなかったんだ」
「それはいいのよ。こんなの痛いうちに入らないから……でも、ちょっとびっくりしちゃった」
「以前作ってもらった額に巻く皮の上に、自分で鉄の板を打ち付けただけだ」
言いながらクロウは後頭に手を回した。確かに長いこと使っていたので、丈夫な革でもかなり傷んできている。
「大切なものなのね……ごめんなさい。でも……その、それ誰が作ったの? えっと……聞いてもよければ」
「……ある国の女兵士だった人だ」
クロウは用心深く答えた。
「へぇ……若くて綺麗な人?」
「若くて綺麗?」
思わずクロウは、大柄で頑丈そうなルビアの顔を思い浮かべた。おおらかな笑顔。彼女は厳しくも優しかった。
けど、ルビアを若くて綺麗だと感じたことはなかったな。
「いや、どっちかというと、あんた達の言う『お母さん』みたいな人だったと思う」
「そうなの? お母さんか……じゃあ、クロウはお母さんのこと知らないのね」
カーネリアは少し微妙な顔つきだ。その隙にクロウは背を向けたが、そこには別の男が立っている。
「なら、俺がやってやるよ」
そこにいたのは若い職人だった。
「誰だ?」
「俺はボッシュっていう武器職人見習いさ。俺も妹のハンナも、あんたたち、デューンブレイドに入隊したんだ。ただでやってやるよ」
「いやこれはいい。自分でやる」
クロウはそっぽを向いたので、ボッシュの目に後頭で結んだ紐が目に入る。
「でも、皮がだいぶ傷んでいるぞ、ちぎれちまうんじゃないか? それにこんな上等の皮はなかなか手に入らないぜ。俺んとこなら別だが」
「……」
ちぎれるのは困る。クロウは考え込む。
「……この下を見られたくないんだ」
「なんだ、傷でものこっているのか」
「……ああ、まぁ」
「なんだい。あんた最強の戦士とか言われてるけど、娘っ子みたいに恥ずかしがるんだな。いいさ、うちの工房は防具専門で、鎧を合わす部屋があるから、そこで外して、鉢金だけよこしたらいいよ。部屋であんたが休んでいる間にやっておいてやるよ」
そこまで言われては仕方がない。それに古びているのは確かなのだ。クロウは結局ボッシュにうなずき返した。
「じゃあ頼む」
「まかしとき。ついてきな」
「ああ。じゃあ、カーネリア、後で」
「わかった。後でね」
カーネリアは余り詮索好きだと思われるのが嫌だったので、あっさり引き下がる。
二人の青年は立派な工房へと入っていった。店の中にはさまざまな防具が陳列してあり、奥ではたくさんの職人が働いている。皆仕事に夢中だが、目が合うと頼もしく笑ってくれた。
「兄さん、おかえり……あ!」
ハンナはクロウを見て驚いたようだ。茶色い髪の小柄な娘である。
「ただいま、ハンナ。俺は今から仕事をするから、この人を試着室に案内してくれ」
「は、はい! こっちらです。どうぞ!」
ハンナは仕事場の奥の扉へと案内する。中に入るとボッシュが手を差し出した。
「中から鉢金だけ渡してくれ」
「わかった。ありがとう」
その部屋は、できた鎧や兜を試着するところなので、大きな鏡がある。贅沢なものだ。クロウはその前に立った。
「……」
レーゼと別れた頃とは違って、背だけ伸びた自分が映りこむ。
額には小さな、しかし青く澄んだ守り石が埋まっている。クロウはそっと、石を押さえて目を閉じた。
レーゼ、すまない。
あれからこんなに時間が経ったのに、まだ俺はゾルーディアに辿り着かない。
あなたは元気だろうか?
一緒にいた時はたった半年あまりなのに、今も思い出せる。白い顔。細い手足。赤い唇。
「レーゼ……」
クロウはそっとその名を呼んだ。
ほわん
瞼の向こうで石が優しく光る気配。
はっとクロウが目を開けた時には、もう通常の状態に戻っている。
それは気のせいだったのかもしれない。
けれどクロウ──ナギには、それで十分だった。
ああ、レーゼ。あなたはまだ俺を見守ってくれている。
きっともうすぐ、もうすぐだから。
俺にはわかる、ゾルーディアはすぐそばにいる。だから──。
待っていて。
青年は指先で額の石に触れ、その指を唇に押し当てた。
先日の戦いでギマを一掃したデューンブレイドの名は周辺に知れ渡り、様々な人々協力を申し出てくれるようになったのだ。
ジャルマの元守備隊や、周辺の街からからくも逃げてきた若者たちも、デューンブレイドに加わって共に戦いたいというのだ。みな魔女を憎み、ギマを叩き潰したい思いは一緒だった。
こうして仲間はどんどん増えていく。
ブルーやオーサー達は、もはや一軍とも言える人数を再編成し、訓練を積むことに専念している。
そしてクロウもゾルーディア滅殺のために、デューンブレイドの一員となることを決めた。熱心に勧誘されたこともあるが、一人の戦いではやはり限界があると考えたのだ。
彼の望みはただ一つだが、なかなか果たせていないことに対する焦りもあった。
これまでも旅の途中でできた仲間と協力して戦ったことはあるが、訓練された組織とは言い難く、クロウの切り込みについていけず、大抵の戦士は死んだり、離れていったりしてしまったのだ。
だからクロウにとって、久々にできた仲間はありがたかったが、同時に戸惑いも伴う。もともとクロウは<シグル>の構成員で、簡単に人の心を許す性質ではない。
しかし、若いデューンブレイドたちは屈託がなかった。
「あんたが加わってくれたら百人力だ!」
「あの戦い方を教えてくれ!」
彼らはナギの戦闘能力を素直に讃え、教えを乞うた。
また、彼の端正な面立ちや、均整の取れた肢体には若い娘たちの視線が集まった。特にカーネリアは積極的に彼に関わるようになったのだ。
「あんたの技を盗みたいわ! ぜひ指南してちょうだい!」
「ああ、皆と一緒ならば」
クロウはおとなしく、若い戦士たちに剣の稽古をつけたり、刀子で狙うやり方を教えた。そして、同年代の若者たちと交わることで、でクロウにも新たな学びがあった。
ここまで組織化され、目的を同じにする集団に加わるのは初めてだったし、戦術を組むことにより、より多くのギマを滅ぼし、それだけゾルーディアに近づくことができるからだ。
また、ジャルマは工房都市というだけあって、クロウに恩義を感じた職人たちが、新しい武器や防具の補強も進んで行ってくれたのだ。
痛んでいた皮の鎧も真新しくなり、新たに剣も鍛えてくれた。ギマを倒す剣は軽く鋭いものが適している。鞭も中に細い鉄糸を仕込んで、破壊力が増した。
「素敵! 黒い戦士の名にふさわしい……い、い……イデタチよ!」
装具をすべて新しくしたクロウを見て、カーネリアは普段使わない言葉をようやく捻り出した。しかしクロウはにべもない。
「そんな二つ名、いらない。武器や防具として、戦いに耐えうるものだったらなんでもいい」
「だけど、色にはこだわってるじゃない! 黒が好きなの?」
「いや、そういう訳でも……他の色を着たことがないから」
さすがのクロウも、カーネリアの押しにはたじたじとなっている。
「あとはその鉢金だけね。それだけかなり傷んでいるわ。よほど使い込んでいるのね。ちょっと見せ……」
伸ばした指先は、冷たく払い落とされた。
「触れるな!」
「え……?」
傷ついた顔の年上の娘に、クロウは自分がやりすぎたことを知った。
「あ……すまない。強くしたつもりはなかったんだ」
「それはいいのよ。こんなの痛いうちに入らないから……でも、ちょっとびっくりしちゃった」
「以前作ってもらった額に巻く皮の上に、自分で鉄の板を打ち付けただけだ」
言いながらクロウは後頭に手を回した。確かに長いこと使っていたので、丈夫な革でもかなり傷んできている。
「大切なものなのね……ごめんなさい。でも……その、それ誰が作ったの? えっと……聞いてもよければ」
「……ある国の女兵士だった人だ」
クロウは用心深く答えた。
「へぇ……若くて綺麗な人?」
「若くて綺麗?」
思わずクロウは、大柄で頑丈そうなルビアの顔を思い浮かべた。おおらかな笑顔。彼女は厳しくも優しかった。
けど、ルビアを若くて綺麗だと感じたことはなかったな。
「いや、どっちかというと、あんた達の言う『お母さん』みたいな人だったと思う」
「そうなの? お母さんか……じゃあ、クロウはお母さんのこと知らないのね」
カーネリアは少し微妙な顔つきだ。その隙にクロウは背を向けたが、そこには別の男が立っている。
「なら、俺がやってやるよ」
そこにいたのは若い職人だった。
「誰だ?」
「俺はボッシュっていう武器職人見習いさ。俺も妹のハンナも、あんたたち、デューンブレイドに入隊したんだ。ただでやってやるよ」
「いやこれはいい。自分でやる」
クロウはそっぽを向いたので、ボッシュの目に後頭で結んだ紐が目に入る。
「でも、皮がだいぶ傷んでいるぞ、ちぎれちまうんじゃないか? それにこんな上等の皮はなかなか手に入らないぜ。俺んとこなら別だが」
「……」
ちぎれるのは困る。クロウは考え込む。
「……この下を見られたくないんだ」
「なんだ、傷でものこっているのか」
「……ああ、まぁ」
「なんだい。あんた最強の戦士とか言われてるけど、娘っ子みたいに恥ずかしがるんだな。いいさ、うちの工房は防具専門で、鎧を合わす部屋があるから、そこで外して、鉢金だけよこしたらいいよ。部屋であんたが休んでいる間にやっておいてやるよ」
そこまで言われては仕方がない。それに古びているのは確かなのだ。クロウは結局ボッシュにうなずき返した。
「じゃあ頼む」
「まかしとき。ついてきな」
「ああ。じゃあ、カーネリア、後で」
「わかった。後でね」
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二人の青年は立派な工房へと入っていった。店の中にはさまざまな防具が陳列してあり、奥ではたくさんの職人が働いている。皆仕事に夢中だが、目が合うと頼もしく笑ってくれた。
「兄さん、おかえり……あ!」
ハンナはクロウを見て驚いたようだ。茶色い髪の小柄な娘である。
「ただいま、ハンナ。俺は今から仕事をするから、この人を試着室に案内してくれ」
「は、はい! こっちらです。どうぞ!」
ハンナは仕事場の奥の扉へと案内する。中に入るとボッシュが手を差し出した。
「中から鉢金だけ渡してくれ」
「わかった。ありがとう」
その部屋は、できた鎧や兜を試着するところなので、大きな鏡がある。贅沢なものだ。クロウはその前に立った。
「……」
レーゼと別れた頃とは違って、背だけ伸びた自分が映りこむ。
額には小さな、しかし青く澄んだ守り石が埋まっている。クロウはそっと、石を押さえて目を閉じた。
レーゼ、すまない。
あれからこんなに時間が経ったのに、まだ俺はゾルーディアに辿り着かない。
あなたは元気だろうか?
一緒にいた時はたった半年あまりなのに、今も思い出せる。白い顔。細い手足。赤い唇。
「レーゼ……」
クロウはそっとその名を呼んだ。
ほわん
瞼の向こうで石が優しく光る気配。
はっとクロウが目を開けた時には、もう通常の状態に戻っている。
それは気のせいだったのかもしれない。
けれどクロウ──ナギには、それで十分だった。
ああ、レーゼ。あなたはまだ俺を見守ってくれている。
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