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25 新たな出発 1
クロウがゴールディフロウ市街跡に戻ったのは、それから更に一日経ってからのことだった。
そこには、遅れてやってきたデューンブレイドの主戦力も集結している。
クロウが旅立って二日後に彼らも出発し、ここに到着してから早速住み着いた人々から警備の仕事を請け負っているのだ。十年前の襲撃から辛くも逃げ出し、戻ってきた人々もいる。
ゴールディフロウは、南の街道の要所だ。
これから南に下って地方の都市を周り、更に仲間を集めて、最後の魔女、エニグマとの最終決戦に備える。
かつての麗しの王都は、今は人々の再起の原点となっていた。ゆっくりとではあるが、街は着実に復活しつつある。
「クロウさん! 戻ったんですね!」
見張りに立っていたサップが、嬉しげに山から下りてきたクロウに駆け寄ってくる。
その呼び名を聞いたクロウはきつく唇を噛み締めた。
俺はナギには戻れなかった。
ナギとは、レーゼにもらった俺だけの名前──あの唇で呼ばれるまではまだ封印しなくてはならない。
クロウは黙ってサップの前を通り過ぎる。街には入りたくはなかったのだ。
彼は街外れの林に入ってひと時の休息を得る。塔で見たことは誰にも話したくない。まだ一人で考えたかった。
「カーネリアが心配しているぞ」
夕刻、枝の間に張った小さな天幕の前で、熾した火を眺めているクロウにブルーが声をかけた。一人でやってきたらしい。手には食糧を持っている。
「一人になりたいなら戻るが」
「……」
青年が答えないのを、ブルーはいてもいいと解釈して横に座る。
「……会えなかったのか?」
クロウが大切な誰かに──おそらく愛する人のために魔女を追っていたことは、デューンブレイドの誰もが知っていた。
彼はなにも言わなかったが、その一途さと必死さから、そうだろう想像していたのだ。
「よければ聞くが、無理しないでいい。カーネリアには、来るなときつく言ってある」
「……そうだな」
クロウは重い口を開いた。しかし、なにを話していいかわからないようで、ブルーは助け舟を出した。
「……恋人に会えなかったのか?」
「こいびと?」
クロウは炎から目を逸らし、ブルーを見つめた。
「いやだって、お前……恋人に会いに行ってきたんじゃないのか?」
「……」
「違ったか? や、なんというか、お前自分のこと話さないから、俺たちは勝手にそう思ってたんだけど。ゾルーディアを滅ぼしてから、えらく急いで旅立ったし、大事な人に会いに行くんじゃないかって……」
「俺は遅かった」
それは血を吐くような声だった。
「え? それはもしかして……」
「あの人を、レーゼを助けられなかった……助けると誓ったのに!」
クロウは自分の膝に顔を埋めて、肩を震わせている。
泣いているのか? この男が?
いや、それよりも、レーゼという名の恋人は、もうなくなっていたのか。
ブルーはどう声をかけていいかわからず、持ってきた食料を焚き火で温め直す。煮込んだ肉の良い香りが林の中に漂った。
「……まぁ飯でも食って力をつけろ。俺はこれから見張の当番なんだ。街に戻るよ」
二人とも気がつかなかったが、遅い夏の夕刻はすっかり暮れていたのだった。
ゾルーディアが滅んでアルトア大陸西方と南方では、ギマはほぼいなくなったが、まだ油断はできない。基本的には大陸全土がまだ、エニグマの版図なのだ。そしてギマを生成できるのは、今やエニグマだけだ。
もしかしたら今頃、失ったギマを増やそうと邪悪な画策をしているかもしれない。だから夜も見張りがいる。
ブルーは去り、クロウは眠れない夜を迎えた。
考えるのは映像で映し出された、レーゼの姿、そしてルビアの叫びだ。クロウは<シグル>の訓練により、多少の読唇術を取得している。あの時は驚きのあまり、そこまでできなかった。
しかし、今ならば──。
クロウは天幕の下にごろりと転がり、きつく目を閉じた。
迫り来るギマからレーゼを必死で庇い、ルビアは何かを指示していた。
あの唇の動き、あれはなんと叫んでいたのだったか。
『レーゼ様! 塔の下から王宮の地下へ! 地下へ逃げてください!』
『地下の宝物庫に行くのです!』
「王宮の地下……?」
クロウはがばりと身を起こした。
「地下だって?」
多分、間違いはない。地下と何度も繰り返していた。
忘却の塔には地下へと下りる通路がある。かつてクロウが流れ着き、レーゼに助け出されたところだ。
あの道は王宮へも繋がっているのか?
昔、魔女に攻め込まれた時、ルビアがレーゼを伴って逃げ延びたのは、もしかしてその道なのか?
考えるよりも先に足が動いた。
塔から王宮に地下道が通じているなら、王宮からも地下に行き着けるはずだ。
星空の下をクロウはゴールディフロウ王宮跡へと向かって走った。
レーゼは生きている。
そう信じて。
誰にも知られたくなかったから、街は迂回する。街から少し登ったところにかつてのゴールディフロウの王宮があるのだ。
かつての壮麗な宮殿は、今は迷宮とも言える廃墟になり、怖がって誰も近づこうとはしないので、却って都合がよかった。しかし、クロウはシグルだった昔、この廃墟でよく訓練をさせられたから、建物の構造が頭に入っている。
ここだ。夜に来るのは初めてだが。
星あかりの下で見る王宮の荒廃は、市街よりも深刻で魔女たちがいかにこの城を憎んでいたかが伝わる。
かつて美しかったであろう広間や庭園は、破壊し尽くされ無惨な様相だった。死骸が転がっていないのは幸いだ。全てギマにされてしまったのだろう。
そして殺した王族の死体を保存しておいてギマとなし、レーゼにさらに絶望を与えた。映像のレーゼは、クロウの記憶にあった時よりもさらに痩せて、包帯の隙間から紫の痣がはみ出していた。
ゾルーディアが滅んだ今、レーゼを蝕む痣は、今頃消えているはずだが、もしエニグマの手に落ちてしまってるなら……。
レーゼ、すまない。
俺がもっと早く魔女を倒していれば!
地下に至る廊下と階段は、王宮の一番奥にあった。
おそらく非常時の際に王族の逃げ道となっていたのだろう。しかし実際には王族は皆殺しにされている。よほど魔女の襲撃が突然、かつ急激なものだったのだろうか?
本来なら厳重に隠されているだろう秘密の抜け道は、誰も使った形跡がなかったが、前室の壁が破壊されていたので比較的容易く見つかった。
扉は壁と見分けがつかないから、ここからギマは奥へは入れなかったのだろう。階段は無傷だったので、クロウは躊躇なく地下へと下りていく。
不思議なことに今は夜で、しかも地下であるはずなのに、周囲はぼんやりと明るいのだ。これも昔の王族の張った結界の一部なのかもしれなかった。
最下層につくと、そこは小さなホールとなっていった。
更に奥へと続く廊下があるが、壁が岩盤になっていて、おそらくそこが山の下を通り「忘却の塔」へと続くのだろう。
レーゼは塔からここまで逃げてきたのか?
クロウはホールへと戻って他に通路がないか調べ始めた。
すると装飾に紛れていくつかの扉があり、分岐があることがわかった。
「……」
しばらく考えて、クロウは一番目立たない扉を開けた。巧妙に隠されていたが壁の一部がわずかに動いた痕跡がある。
中は一本道で広い廊下となっていた。正面に扉がある。
大きな扉にはゴールディフロウ王家の紋章があり、厳重に封印されていたようだが、それがわずかに解けている。つまり、扉が不完全に開いているのだ。痩せた子供なら通り抜けられるくらいに。
昔の彼ならば通り抜けられただろうが、今のクロウには到底無理だ。なので渾身の力を込めてこじ開ける。封印は弱っているから、不可能ではない。クロウにもわずかに魔女の血が混じっているのだ。
かなりの時間をかけて格闘していると、扉がまた少し開いた。
これならなんとか滑り込めるかもしれない。
クロウは迷わずに着ているものを脱ぎ捨て、鉢金も解いた。
下着姿になった彼は扉の隙間からなんとか体を滑り込ませた。ここ数日ろくに食事をしていないことも幸いし、入り込むことに成功する。
入った途端、またしてもぼんやりと灯りが灯った。
そこは王家の宝物庫だった。
そこには、遅れてやってきたデューンブレイドの主戦力も集結している。
クロウが旅立って二日後に彼らも出発し、ここに到着してから早速住み着いた人々から警備の仕事を請け負っているのだ。十年前の襲撃から辛くも逃げ出し、戻ってきた人々もいる。
ゴールディフロウは、南の街道の要所だ。
これから南に下って地方の都市を周り、更に仲間を集めて、最後の魔女、エニグマとの最終決戦に備える。
かつての麗しの王都は、今は人々の再起の原点となっていた。ゆっくりとではあるが、街は着実に復活しつつある。
「クロウさん! 戻ったんですね!」
見張りに立っていたサップが、嬉しげに山から下りてきたクロウに駆け寄ってくる。
その呼び名を聞いたクロウはきつく唇を噛み締めた。
俺はナギには戻れなかった。
ナギとは、レーゼにもらった俺だけの名前──あの唇で呼ばれるまではまだ封印しなくてはならない。
クロウは黙ってサップの前を通り過ぎる。街には入りたくはなかったのだ。
彼は街外れの林に入ってひと時の休息を得る。塔で見たことは誰にも話したくない。まだ一人で考えたかった。
「カーネリアが心配しているぞ」
夕刻、枝の間に張った小さな天幕の前で、熾した火を眺めているクロウにブルーが声をかけた。一人でやってきたらしい。手には食糧を持っている。
「一人になりたいなら戻るが」
「……」
青年が答えないのを、ブルーはいてもいいと解釈して横に座る。
「……会えなかったのか?」
クロウが大切な誰かに──おそらく愛する人のために魔女を追っていたことは、デューンブレイドの誰もが知っていた。
彼はなにも言わなかったが、その一途さと必死さから、そうだろう想像していたのだ。
「よければ聞くが、無理しないでいい。カーネリアには、来るなときつく言ってある」
「……そうだな」
クロウは重い口を開いた。しかし、なにを話していいかわからないようで、ブルーは助け舟を出した。
「……恋人に会えなかったのか?」
「こいびと?」
クロウは炎から目を逸らし、ブルーを見つめた。
「いやだって、お前……恋人に会いに行ってきたんじゃないのか?」
「……」
「違ったか? や、なんというか、お前自分のこと話さないから、俺たちは勝手にそう思ってたんだけど。ゾルーディアを滅ぼしてから、えらく急いで旅立ったし、大事な人に会いに行くんじゃないかって……」
「俺は遅かった」
それは血を吐くような声だった。
「え? それはもしかして……」
「あの人を、レーゼを助けられなかった……助けると誓ったのに!」
クロウは自分の膝に顔を埋めて、肩を震わせている。
泣いているのか? この男が?
いや、それよりも、レーゼという名の恋人は、もうなくなっていたのか。
ブルーはどう声をかけていいかわからず、持ってきた食料を焚き火で温め直す。煮込んだ肉の良い香りが林の中に漂った。
「……まぁ飯でも食って力をつけろ。俺はこれから見張の当番なんだ。街に戻るよ」
二人とも気がつかなかったが、遅い夏の夕刻はすっかり暮れていたのだった。
ゾルーディアが滅んでアルトア大陸西方と南方では、ギマはほぼいなくなったが、まだ油断はできない。基本的には大陸全土がまだ、エニグマの版図なのだ。そしてギマを生成できるのは、今やエニグマだけだ。
もしかしたら今頃、失ったギマを増やそうと邪悪な画策をしているかもしれない。だから夜も見張りがいる。
ブルーは去り、クロウは眠れない夜を迎えた。
考えるのは映像で映し出された、レーゼの姿、そしてルビアの叫びだ。クロウは<シグル>の訓練により、多少の読唇術を取得している。あの時は驚きのあまり、そこまでできなかった。
しかし、今ならば──。
クロウは天幕の下にごろりと転がり、きつく目を閉じた。
迫り来るギマからレーゼを必死で庇い、ルビアは何かを指示していた。
あの唇の動き、あれはなんと叫んでいたのだったか。
『レーゼ様! 塔の下から王宮の地下へ! 地下へ逃げてください!』
『地下の宝物庫に行くのです!』
「王宮の地下……?」
クロウはがばりと身を起こした。
「地下だって?」
多分、間違いはない。地下と何度も繰り返していた。
忘却の塔には地下へと下りる通路がある。かつてクロウが流れ着き、レーゼに助け出されたところだ。
あの道は王宮へも繋がっているのか?
昔、魔女に攻め込まれた時、ルビアがレーゼを伴って逃げ延びたのは、もしかしてその道なのか?
考えるよりも先に足が動いた。
塔から王宮に地下道が通じているなら、王宮からも地下に行き着けるはずだ。
星空の下をクロウはゴールディフロウ王宮跡へと向かって走った。
レーゼは生きている。
そう信じて。
誰にも知られたくなかったから、街は迂回する。街から少し登ったところにかつてのゴールディフロウの王宮があるのだ。
かつての壮麗な宮殿は、今は迷宮とも言える廃墟になり、怖がって誰も近づこうとはしないので、却って都合がよかった。しかし、クロウはシグルだった昔、この廃墟でよく訓練をさせられたから、建物の構造が頭に入っている。
ここだ。夜に来るのは初めてだが。
星あかりの下で見る王宮の荒廃は、市街よりも深刻で魔女たちがいかにこの城を憎んでいたかが伝わる。
かつて美しかったであろう広間や庭園は、破壊し尽くされ無惨な様相だった。死骸が転がっていないのは幸いだ。全てギマにされてしまったのだろう。
そして殺した王族の死体を保存しておいてギマとなし、レーゼにさらに絶望を与えた。映像のレーゼは、クロウの記憶にあった時よりもさらに痩せて、包帯の隙間から紫の痣がはみ出していた。
ゾルーディアが滅んだ今、レーゼを蝕む痣は、今頃消えているはずだが、もしエニグマの手に落ちてしまってるなら……。
レーゼ、すまない。
俺がもっと早く魔女を倒していれば!
地下に至る廊下と階段は、王宮の一番奥にあった。
おそらく非常時の際に王族の逃げ道となっていたのだろう。しかし実際には王族は皆殺しにされている。よほど魔女の襲撃が突然、かつ急激なものだったのだろうか?
本来なら厳重に隠されているだろう秘密の抜け道は、誰も使った形跡がなかったが、前室の壁が破壊されていたので比較的容易く見つかった。
扉は壁と見分けがつかないから、ここからギマは奥へは入れなかったのだろう。階段は無傷だったので、クロウは躊躇なく地下へと下りていく。
不思議なことに今は夜で、しかも地下であるはずなのに、周囲はぼんやりと明るいのだ。これも昔の王族の張った結界の一部なのかもしれなかった。
最下層につくと、そこは小さなホールとなっていった。
更に奥へと続く廊下があるが、壁が岩盤になっていて、おそらくそこが山の下を通り「忘却の塔」へと続くのだろう。
レーゼは塔からここまで逃げてきたのか?
クロウはホールへと戻って他に通路がないか調べ始めた。
すると装飾に紛れていくつかの扉があり、分岐があることがわかった。
「……」
しばらく考えて、クロウは一番目立たない扉を開けた。巧妙に隠されていたが壁の一部がわずかに動いた痕跡がある。
中は一本道で広い廊下となっていた。正面に扉がある。
大きな扉にはゴールディフロウ王家の紋章があり、厳重に封印されていたようだが、それがわずかに解けている。つまり、扉が不完全に開いているのだ。痩せた子供なら通り抜けられるくらいに。
昔の彼ならば通り抜けられただろうが、今のクロウには到底無理だ。なので渾身の力を込めてこじ開ける。封印は弱っているから、不可能ではない。クロウにもわずかに魔女の血が混じっているのだ。
かなりの時間をかけて格闘していると、扉がまた少し開いた。
これならなんとか滑り込めるかもしれない。
クロウは迷わずに着ているものを脱ぎ捨て、鉢金も解いた。
下着姿になった彼は扉の隙間からなんとか体を滑り込ませた。ここ数日ろくに食事をしていないことも幸いし、入り込むことに成功する。
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そこは王家の宝物庫だった。
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