【完結】呪われ姫と名のない戦士は、互いを知らずに焦がれあう 〜愛とは知らずに愛していた、君・あなたを見つける物語〜

文野さと@書籍化・コミカライズ

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39 ひとときの休息 3

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「クロウ! クロウったら! 待って!」
 演習場へ降りていくナギを追いかけているのはカーネリアだ。
 今から、デューンブレイド、白藍の使徒、そしてイスカの街の守備隊、そして海軍の合同の演習が始まる。皆、強固な意志を持つレジデンス達で、大量のギマや魔女を想定しての訓練である。
 ナギは得意な山岳での作戦の指揮官となっていた。
 レーゼはクチバと共に、少し離れた高台に立って、俯瞰で先頭の状況を伝達するから今はそばにいない。
「カーネリアか、どうした? もうじき始まるぞ。所定の位置につけ」
「わかってるわ。でも最近、全然クロウと話せてなかったから」
「そうだっけ?」
「そうよ! クロウはいつも、あのレーゼって人にかかりきりだし。食事も部屋で取ってるし」
 カーネリアは約束通り、クロウからナギという名を教えてもらった。その経緯も。しかし、それを知っても尚、彼女はナギと呼ばずに、クロウの名で通している。
「……そうかな? 軍議の時は皆と一緒だと思うけど」
「でもあの人もいるじゃない」
「レーゼの立場と能力を考えたら当然だろう。彼女は俯瞰ふかんで戦況がわかる」
「でも、あの人、急に鎧を脱いだと思ったら、弱いふりしてみんなにチヤホヤされてるのよ」
「みんな? それは誰だ?」
「……」
 どうやらナギの関心の方向は違っていたらしい。カーネリアは自分の失態に気がついて顔をしかめた。
「こ、この街の女の人ちとかよ。珍しい髪の色だから。とにかく、私はもっと戦い方についてクロウと話し合いたいのよ。私の得意なトウシングサの中距離攻撃をうまく使えば、もっと確実にギマを倒せるわ」
「もちろんそうだ。何度も確認したはずだけど」
「そう。私の下についている人たちも、ずいぶんこの攻撃方法に慣れてきた。だから、私はクロウのそばで戦いたい」
「しかしそれは危険だ。俺には常にギマの中でも伝令や、能力を与えられた奴など特殊な個体が群がる。エニグマがそうさせているから」
「わかっているわ。だから、私も新しい戦法を考えたの。まだ実戦で使ったことはないけど。でも、今回の演習でやってみたい」
「それはどんなものだ? いきなり提案されても困る」
「これなんだけど……」
 カーネリアは背中に背負った袋から、クルミほどの大きさの木の実を取り出した。殻は固く、細い紐が一本はみ出ている。
「この実にトウシングサの粉と紅油をたっぷり詰めたの。この紐に火をつけて投げつけると、殻が割れて近距離でもギマを燃やせるわ」
「カーネリアが考えたのか?」
「ええ……そう。クチバも協力してくれて、何かもっといい戦術はないかとずっと模索してたのよ」
「そうか。すごいな。しかし、今は演習だから燃えるのは困るな」
「今は染液を詰めてあるだけ。実も割れやすくしてある。だから染まったら成功だってこと」
「なるほど。試してみる価値はありそうだ。だが、カーネリアは近接戦闘にあまり適してはいない。クチバを補助につけよう」
「わ、私はクロウと共に戦いたいのよ!」
「だから、一緒に戦線に出るだろう?」
「だって、あの人はずっとクロウにべったりじゃない!」
「レーゼのことか? 別にべったりしてない。戦闘中は感覚を広範囲に張り巡らせているから、ひどく疲れるらしいけど」
「そうじゃなくて!」
「?」
「もういい! この演習が終わったら感想を聞かせてよね!」
 カーネリアは一旦引き下がることにした。
 戦闘以外の会話が平行線のままだ。つまり、カーネリアはクロウに戦闘員としてしか興味を持ってもらえないのである。

 だけど、絶対認めさせて見せるわ!
 私の方がずっと役に立つってことを、あの──あの女より、私の方がずっと長くクロウと一緒にいるんだから!

 結論から言えば、その日の演習は大変うまくいった。
 ギマの攻撃は基本的に数だ。数で押し負け、傷ついたところにギマの血を浴びてしまったら、その人間もギマと化してしまう。
 昨日まで仲間だった同胞と戦わねばならない、殺さねばならないということは、人間にとって物凄いダメージとなってしまう。
 だから、本来は距離をとってギマを倒さねばならないのだ。
 ナギの突撃近接戦法は、例外中の例外で、魔女にとっても想定外のことだったのだろう。だからこそ今まで成果を上げてきたと言える。
 しかし、最近は<司令者>のギマの数が増えている。
 最初の頃のなぶるような余裕はなく、いよいよエニグマも、本気でナギを狩りにきたのだ。
 いきなり空間が開いてギマが現れたり、ギマの血を仕込んだ兵器が飛んできたりと、想定外の状況はいくらでも考えられる。
 どんなに準備をしても、十分すぎることはない。
 武器もそうだが、防具もそうだった。
 重くて動けなくなってはいけないので、頑丈な防御はできるだけ胴体や腕に集中させている。
「あの人はいいわよね。あんな魔法の鎧があるんだから」
 訓練が終わって引き上げながらカーネリアは、ブルーに不満を漏らした。
 レーゼの鎧は、彼女が手を差し伸べると、鎧となってすっぽりを包み込むが、今は、玉石に戻ってレーゼの胸に収まっている。
「それはあの鎧が彼女の祖先によって作られたからだろ? 聞けば彼女は王家の末裔だっていうじゃないか。仕方がないさ」
「でも、その王家の血が、あの双子の魔女を産んだとも聞くよ! だからあの女は、もしかしたら魔女に操られているかもしれないじゃない!」
「カーネリア……気持ちはわかるけど、それクロウ……いや、ナギの前では言うなよ」
「わかってるわよ。でも、私にとってはナギなんかじゃない。出会った時からクロウだわ! 私はその名でしか呼ばない!」
 カーネリアは、レーゼのいる物見に向かって走っていくクロウの姿を悲しげに見つめた。

 深夜。
 レーゼは宿舎の風呂を使っていた。
 イスカは温泉地としても有名で、幾つもの共同浴場がある。
 レーゼはこの街に来てから、風呂の使い方を教えてもらったが、入るのはいつも一人になれる深夜だった。
 よく知らない誰かに裸を見られるのには、まだ抵抗があるからだ。
 塔にいた頃は、夏は井戸で水浴び、冬はルビアが沸かしてくれたお湯で体を拭くだけだった。髪もほとんどなかったから、洗髪もしないですんでいた。
 幼い頃は多分誰かが洗っていてくれたのだろう、一人で髪を洗った記憶がない。
 呪いが解けた時、髪は一気に伸びて体を流れたが、鎧の中にいる間は汚れたりしないから髪を洗う必要もなかった。
 でも今は長い髪を手入れしなければならない。切ってもよかったのだが、ナギが異常な熱意で反対したのだ。
「どうして切っちゃダメなのかな?」
 不思議に思いながらも、レーゼは洗髪用の石鹸を濡らした髪になすりつける。イスカ特産の植物の油からとったもので、擦るときめ細かい泡ができて、髪にも肌にも良いらしい。
 少し苦味のある爽やかな木の香りがレーゼは好きだった。
 珍しい白藍色のまっすぐの髪はすぐに洗い上がり、ついでに体も洗って湯に浸かる。髪のまとめ方も覚えた。
 浴場は広くて、古代の様式なのか天井が高く、あちこちに植物の鉢も置かれている。それらの爽やかな香りも相まって、レーゼはゆったりと湯の中で体を伸ばした

 もうすぐエニグマとの決戦なんて、信じられない……。
 でも、私がこんなんじゃあダメなんだ!

 レーゼはそろそろ湯から出ようと立ち上がった。その時、冷たい空気の流れを感じる。
「誰!?」
「あら失礼。こんな時間に誰かいるなんて思わなかったわ」
 入ってきたのはカーネリアだった。

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